78 失われた?魔法の復活
「あれ、馬車で行くの?」
週があけてイーノックカウに向かう日の朝、僕とお父さんは村の入り口にいた。
そしてそんな僕らの横にあるのは、前に行った時と同じ馬車。これを見た僕は驚いたんだ。
だって、
「今回は錬金術ギルドに特許とか言うのを申し込みに行くだけなんでしょ? それなら馬で行ったほうが早いんじゃないの?」
「確かにその通りなんだけどなぁ」
そう、ただイーノックカウに向かうというだけなら馬車ではなく馬に乗っていくのが普通なんだ。
これが何か売りに行くものがあるって言うのならともかく、今回は完全に手ぶらで行くことになるのにわざわざ馬車を引いていったら馬も大変だし、時間もかなりかかっちゃうんだよね。
それだけに、僕はてっきりお父さんの馬に乗せて行ってもらうんだって思ってたんだ。
「俺としてもそのつもりで鞍をつけてたんだけど、シーラにどうせイーノックカウまで行くんだから色々な物を、特にセリアナの実を買ってくるようにって言われたんだよ」
ああなるほど。確かに折角遠出をするのなら日持ちのするものを買って来た方がいいだろうし、セリアナの実もお肌つるつるポーションだけじゃなく髪の毛つやつやポーションも作るとなるとこの間クラウスさんに買ってきてもらった分だけじゃ村中に行き渡らないもんね。
まぁ僕としてもまだ1人では馬に乗れないから馬車で行くほうが楽だし、急いで帰ってくる用事があるわけでもないからこれでよかったのかも。
ところでこの世界では移動に馬をよく使うんだけど、でも前の世界とはちょっとだけ違う所があるんだ。それは基本、鐙がついてないって事。
鐙って言うのは馬に乗る時に足を置く馬具の事ね。
これがあると馬に乗っている時に体が安定するし、ずっと膝で体を支える必要がなくなるから長時間馬に乗るのならかなり楽になると思うんだけど、この世界では手綱や鞍はあるのに何故か鐙だけは生まれなかったみたいなんだ。
それを知った僕は前にこう言うのをつけたら? ってお父さんに聞いてみたんだけど、そしたら、
「それって乗る人によって長さを調節しないといけないんじゃないか?」
って答えが返って来たんだ。
言われてみればその通りで、この世界では10歳くらいでもう馬に乗り始めるからもし鐙をつけるというのなら長さを調節できるようにしないといけないんだよね。
でも、それをやろうと考えたら、お父さんが言う通り、調節用の金具を調達しなきゃいけなくなっちゃう。
「それに鞍さえ付けずに裸馬に乗っているところも多いんだぞ? うちみたいな裕福な村や鍛冶屋が居る村ならともかく、そのままでも乗れている馬にそんな器具をつけるような物好きはいないんじゃないか?」
だからこう言われちゃったんだよね。
でもさぁ、鐙のはもう一つ利点があるんだ。それは馬に乗って戦う時に、足を踏ん張れるから武器が安定するって事。
特に弓を射る時はこれがあるとないとじゃ大違いなんだよね。
だからそれをお父さんに教えてあげたんだけど、
「馬に乗ったまま魔物と戦おうって言うのか? それは流石に危ないだろう。とっさに飛びのけないような状況で魔物と対峙するなんて自殺行為だぞ」
って言われちゃった。
確かにそうだよね、鐙が必要な戦いって人と人との戦争くらいだけど、魔法があるこの世界で武器を構えて突撃なんてやったら鉄砲隊に敗れた武田騎馬軍団みたいになるよね?
と言う事は、この世界では人同士の戦いでも楯を構えたり障壁を張ったりしてぶつかり合ってるんじゃないかなぁ? だったら、馬に乗って戦争する事もあんまり無いのかも。
こうして僕は、鐙なんて無くても何の問題も無いんだっていうお父さんの意見に賛同するしかなくなっちゃったんだ。
話がそれちゃったね。
村から出て数時間、僕たちは馬車に揺られてイーノックカウを目指してる。
でもこの馬車って、積荷は当然空だし帰りもそんなにいっぱい積んでくる程物を買ってくるわけじゃないんだよね。
それなら折角錬金術ギルドに行くんだし、いろんな事を教えてもらったロルフさんに食べてもらいたいから魔力を流し込んで使うほうの雲のお菓子を作る魔道具を積み込んでいい? ってお父さんに聞いたんだ。
これ一つしかなかったら持って行くわけにいかないけど、魔道リキッドで作るほうはお家に残してあるからいいよねって。
そしたら物は大きいけど重さ自体は僕でも持てるくらい軽いからいいよって言ってくれたから、後ろの荷台には少しの砂糖とその魔道具だけが載っているんだ。
僕たちを乗せた馬車はごとごとと進む。
こうして途中の休憩の時に作った雲のお菓子を片手に、周りの景色を見ながらのゆったりした旅は特に大きな事件も無くイーノックカウを望む丘の上まで到達したんだ。
「ここから見ると、やっぱり大きな街だね」
「そうだな」
そこで最後の休憩をしながら、僕は眼下に広がるイーノックカウの周辺を見渡した。なぜかって言うと、ジャンプの転移場所を決めるのに丁度いい場所が無いか探さないといけないから。
イーノックカウは中に入る時に審査があって、その時にお金も要る。なのにそんな街の中に直接転移するのは流石にいけない事だよね? だから僕は、イーノックカウまで歩いていけるような場所に転移の魔法陣を設置するつもりなんだ。
でも街道の真ん中や見通しのいい場所に設置するわけにもいかない。だって、いきなり人が現れたりしたら、通ってる人が驚いちゃうもん。
それにもし馬車を引いている馬が驚いて事故なんか起しちゃったらもっと大変だ。だから、街道から少しだけ離れている林のようなものが無いかな? って思って門の周りを見てたんだよね。
でも残念ながら林のようなものは見つからなかった。
多分イーノックカウ周辺の街道に野生の動物が住み着くと困るからって、そういう場所は木を切り倒してしまったんじゃないかなぁ?
だって僕たちが居る丘を下った辺りまでは林のような場所が何箇所かあるのに、ある程度街に近くなるとまったく無くなってるんだもん。自然にこんな場所ができるはずがないから、人の手が入っているとしか思えないよね。
困ったなぁ、これじゃあジャンプをする場所が作れないや。
そう思ってどこか設定できる場所はないかなぁって考えてたんだけど、木がある程度かたまって生えている所はこの丘の麓辺りしかない。
でもここからイーノックカウはまだ馬車で1時間半くらいかかるし、そんな離れた場所にジャンプしても不便なだけなんだよね。
「ルディーン、そろそろ出発するぞ」
なんとかならないかなぁって思いながらその後もキョロキョロとイーノックカウの辺りを見渡していたんだけど結局は時間切れになっちゃって、僕たちはまた馬車に揺られてイーノックカウへと向かったんだ。
そしてある程度街に近づき、大きな門がかなり大きく見えてきた時の事。
ふと街道横を見ると一本の凄く大きな木と、その下に屋根つきの休憩所みたいなもの作ってある場所があったんだ。
「お父さん、あれって何?」
「ん? ああ、あれか。あれはイーノックカウの閉門時間までには入れなかった人が、次の日の開門時間まで野宿する為の場所だな。ほら見てごらん。すぐ横に馬車を置いて野営ができるようになっている開けた場所と、石を使った簡単なかまどが作ってあるだろう。あんな場所がこのイーノックカウの4つの門それぞれに作ってあるんだぞ」
そっか、村と違ってこういう大きな街は夜になると門を閉めてしまうから、それに間に合わなかったら中に入れなくなっちゃう。だからそんな人たちが困らないように、こんな場所が作ってあるんだね。
教えてもらってからもう一度見てみると、確かに大きな木の近くには馬をつなぐ為の木枠のようなものが何箇所か作ってあるし、小さなかまどが何箇所か作ってあるのが解った。
僕たちの村から一番近い門は帝都からの街道も繋がってるから、ここを利用する人もきっと多いんだろうね。
と、その時ひらめいたんだ。ここを転移場所にすればいいんじゃない?
ここはあくまで野宿をする為の場所だから、昼間に人が居る事は殆どないと思う。
だってここはイーノックカウまでは歩いても10分もかからないくらい近いし、こんな所で休憩するくらいなら普通は門まで行ってしまうはずだからね。
「よし、ここにしよう!」
「ん?どうしたんだルディーン。何かやるのか?」
「うん。新しく覚えた魔法を使ってみるんだよ」
お父さんにそう言って馬車を止めてもらい、僕は屋根のある休憩所のほうに駆けて行く。
でも、実際に行って見たらただ屋根があるだけの休憩所だったから、そこに魔法陣を作ると転移してきた時に街道から丸見えなんだよね。
「う~ん、ここに飛ぶと通りがかった人がびっくりしちゃうかも。やっぱり街道からは見えない位置じゃないとなぁ」
と言う訳で、もう一度周りをキョロキョロ。そしたら休憩所の横に生えている太くて大きな木が僕の目に止まったんだ。
そうだ! あの木の道とは反対側に魔法陣を置けば、転移して出てきた所を見られても遊んでた近所の子が木の陰から出てきたんだって思ってもらえるんじゃないかなぁ。
それでもちょっとはびっくりするかもしれないけど、いきなり何も無い所から出てくるよりはずっといいよね。
と言う訳で早速木のそばへ。その裏側に回って街道の方を見てみると、その場所は物凄く太い幹のおかげですぐ近くの街道からは見えなくなってた。
少なくとも僕たちが乗ってきた馬車は見えないから、ここなら近くに人がいてもびっくりする事はあんまりないんじゃないかな。
うん、ここにしよう!
「じゃあ早速」
「何が早速なんだ?」
場所も決まったと言う事で僕が転移魔法陣を敷く為の魔石を取り出してそこに設置しようとしたんだけど、その時後ろから急にお父さんから声をかけられたんだ。
どうやら僕がやってる事をずっと近くで見てたらしいんだけど、何をやってるかまでは解んなかったみたい。
で、僕が魔法陣を敷く場所を決めたのを見て、とりあえず何かをする前に声を掛けたそうなんだ。もし危ない事をやろうとしてたら困るからって。
でもそれならそうと初めから言ってくれたらいいのに。いきなりだったから僕、びっくりして魔石を落としそうになったよ。
もう! 大人なのにダメだなぁ。
声をかける時はびっくりさせないようにちゃんと相手の事を考えなさいって、いつもお母さんが言ってるじゃないか。
「お父さん、さっきも言ったでしょ? 新しく覚えた魔法を試してみるんだよ」
「ああそれは聞いた。でもどんな魔法なんだ? 攻撃魔法とかだったら、ここはもうイーノックカウにかなり近いから下手な方向に向かって撃つと憲兵が飛んでくるぞ」
ああそっか、お父さんは僕が魔法を試すとだけ言ったもんだから、そんな心配をしてたんだね。
でもさぁ、いくらなんでもこんな所で攻撃魔法の練習を始めるわけないじゃないか。
「お父さん、そんな心配してたの? そんなの村の近くでやればいいんだから、こんな所まで来てやらないよ」
「そうなのか。じゃあ何の魔法なんだ?」
お父さんは魔法の事をあまり知らないし、口で説明しても解ってもらえるかなぁ?
うん、ここはやっぱり実際に見せたほうが早いよね。
「どう言ったらいいか解んないから、そこで見ててよ」
僕はそう言うと、さっき取り出した魔法陣設置用の魔石を木の近くに、ぽいって放り投げた。
するとその魔石が地面に落ちると同時に、その場所を中心に周りに向かって赤く光る複雑な記号がびっしりと書かれた魔法陣が広がって行ったんだ。
「おお、これは凄いな。でも何の意味があるんだ、これ?」
それを見てたお父さんはびっくり。
でもその魔法陣はある一定の大きさまで広がると光の粒になって消えてしまったもんだから、お父さんからすると見ていれば解るみたいな事を言われた筈なのに、何の魔法を使ったのか解らなかったから不満そう。
うん、解んなくても仕方ない。だってこれは下準備なんだから。
「今のは魔法じゃないよ。これから使うのが実験したかった魔法なんだ。それじゃあ使ってみせるからそこで見ててね」
僕はそう言うと、お父さんから魔法陣も僕の姿も両方見える少し離れた場所まで走って移動した。
そして、
「ジャンプ」
体に魔力を循環させて力のある言葉を口にする。そしたら、ステータス画面と同じようなものが目の前に開いたんだ。
そこには3本の線が引かれていて、その一番上の線の上には《イーノックカウ西野営地》の文字が。
多分これはジャンプをする時の目的地を選ぶ項目なんだと思う。と言う訳でそれを指定してやると、僕の視界は一瞬にして違うものになったんだ。
「うをっ! ルディーン、今のは一体?」
「やった! ジャンプの魔法、成功だ!」
こうしてお父さんが驚きの声をあげる横で僕は1人、無事ジャンプの魔法が成功したのをぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜んでたんだ。
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