7 ルディーン、世界の秘密を知る
僕の手助けで無事魔法が使えたキャリーナ姉ちゃん。
でもまだ一人で魔力を体に循環させる事はできないらしくて、僕は今日もお姉ちゃんの魔力操作の練習に駆り出されていた。
そんな時のこと。
「ねぇ、ルディーン。ゆびをひからせるまほうのじゅもん、なんで『らいと』なの?」
練習中、お姉ちゃんはふと疑問に思ったかのように、小首を傾げて僕にそう聞いてきた。
でも、その問いに僕は答えることができないんだよね。
「なんでだろ? まほうのごほんにはじゅもんはかかれてたけど、どうしてそのじゅもんなのかはかいてないから、わかんないや」
当然これは嘘、光の魔法がなぜライトなのかは前世の記憶がある僕は当然知っている。
でも説明してって言われても、どう説明したらいいのか解らないんだよね。
理由は解んないけど、この世界の魔法の呪文はドラゴン&マジックオンラインのものと同じみたいなんだ。
ならここはゲームの世界なのかと言うと、どうやらそうではないらしい。だってゲームの中には僕が住んでいるグランリルの村なんてなかったし、それどころかアトルナジア帝国と言う国も舞台となっている世界にはなかったもん。
それに現実世界なんだから当たり前の事ではあるんだけど、ドラゴン&マジックオンラインの世界と違ってジョブごとに装備できないものがあるなんて事も無く、神官のジョブを持っている司祭のお爺ちゃんも普通に刃物を持てるし、弓も撃てる。
あと一般職の中にもゲームの中には無かった見習い剣士や見習い狩人なんてものもあるから、魔法の呪文以外は多分ゲームとは違っているんじゃないかな。
では何故呪文だけが同じなのか? そんなの解るはずがない。
解らないものは答えようがないから、僕は知らないと言うしかなかったんだ。
「ふ~ん。まほうのじゅもんだから、よくわからないことばなのかなぁ」
「うん、ふしぎなことがおこうじゅもんだから、わからなくてもしかたないよ」
そう言って僕はこの話題を終わらせた。
長引かせると、ついうっかり変な事を口走るかもしれないからね。
お姉ちゃんの魔力操作の練習に付き合わされること数日。
「やった、ひとりでできた!」
「よかったね、キャリーナねえちゃん。これでひとりでもまほうつかえうよ」
こうして僕はやっとキャリーナ姉ちゃんの練習から解放されることとなった。
「うん。もうひとりでもまほうつかえるから、こんどはおけがをなおすまほう、おしえて。わたしもヒルダおねえちゃんたち、なおしたい」
「いいよ! きょうからいっしょにやろ」
ただ今までずっと僕一人でやっていた兄弟たちへのキュアをこれから二人でやる事になったから、練習できる回数が減ってしまったけどね。
さて、お姉ちゃんの練習から解放された僕は、やっと図書館へ向かう事ができた。
それは当然、ずっとお預けになっていた勇者の物語の本を読むためだ。
どんな内容なんだろう? ドラゴンとか退治するのかな? それとも凶悪な悪魔を倒したとか? もしかして、魔王を倒したりしたのだろうか? なにせ高価な本が売切れるくらい人気がある物語なんだから、今まで読んだ冒険者の話より、もっと面白いに違いない。
そんな本がやっと読めるんだと、僕はわくわくしながら集会所へと急いだんだ。
「こんにちわ! おじさん、ゆうちゃのごほん、ちゃんとある? だれかかりてない?」
「おおルディーン、来たな。ちゃんととってあるぞ」
司書のおじさんは、そう言うと机の下から1冊の本を取り出してくれた。
魔法の本や歴史書などに比べて比較的薄いその本は、子供向けに簡単な文章で書かれた念願の勇者の物語だ。
「ありがとう!」
僕はその本を受け取ると図書館にある机に向かい、椅子によじ登ってからページを開いた。
そこに書かれていた物語は僕にとって衝撃的なものだった。
なぜならそこに書かれていた物語の内容が、僕の良く知っているものだったのだから。
それは400年ほど前のお話。
スランテーレと言う平和な大陸がありました。
ある日突然、その大陸の中央に不気味な城が現れます。
そしてその城からは無数の魔物と、強大な力を持った魔族たちが溢れ出しました。
彼らは魔王ガンディアの使いと名乗り、国を荒らし、町を襲い、人々を恐怖に陥れます。
そんな中、ボーデンと言う村に住む青年、ヘルトの元に少女の姿をした創造の女神ビシュナが降臨し、一振りの聖剣を与えて魔王討伐の命と、ある神託を下します。
その聖剣を手に旅にでた勇者ヘルトはその道中で仲間を集め、魔族を打ち倒し、最後には魔王ガンディアの住む魔王城に攻め込みます。
死闘の末、勇者ヘルトはあと一歩のところまで魔王ガンディアを追い詰めました。
しかし魔王は最後の最後、打ち倒される寸前に、
「我は不死身。ここで朽ち果てようとも、人の死と絶望を吸っていずれ蘇るであろう」
と叫んで、禍々しい瘴気を口から噴出しました。
その瘴気は、触れてしまった生き物は全て死に絶えると言うほど恐ろしい威力を持つもので、そのまま放置すればやがて世界中に広がり魔王の言い残した通り人々に死を撒き散らし、全てを滅ぼしてしまうほどの恐ろしいものでした。
その時、勇者ヘルトは聖剣を天に突き上げ、その秘められた力を使います。
これこそが女神ビシュナが勇者に与えた神託の正体であり、その聖剣の力を持って不死身の魔王を封印すると言うものでした。
しかし、女神の神託にはこの瘴気は含まれていませんでした。
聖剣の力によって瘴気を噴出する魔王そのものは封印できたものの、すでに放出された瘴気は消えません。
今までに噴出したものだけでもスランテーレを死の大陸にするには十分なもので、勇者はその悲劇を防ぐ為に自らの魂を聖剣に捧げてその力で大陸全土を覆う事で、そこに住む人々を瘴気から守り、なおかつ瘴気がその大陸から出ないよう結界を施しました。
こうして勇者ヘルトのおかげで魔王の脅威から人々は救われ、世界は平和になったのでした。
おわり。
勇者の物語はここで締められているんだけど、僕はその続きを知っている。
彼の恋人であり、共に旅をした女性神官が身ごもった勇者の子が後に国を興し、勇者が生まれた土地を首都としてヘルトボーデン王国が生まれるんだ。
そしてその国こそが、僕がプレイしていたドラゴン&マジック・オンラインの舞台なんだと言う事を。
と言う事は、もしかして本当にここはゲームの世界なの? でも、それだと辻褄が合わない部分もあるんだよなぁ。
そこで僕は司書のおじさんに聞いてみることにしたんだ。この物語の場所は本当に実在するのかって。
「おじさん、すらんてーれって、ほんとうにあうの?」
「ああ、あるぞ。勇者の物語は昔、本当にあった話だからね。ただ、行く事はできないんだ。勇者が張った結界のせいなのか、今は常に嵐が吹き荒れる雲で大陸自体が隔離されてしまっているからな」
へぇ、そうなのか。
そんな設定はドラゴン&マジック・オンラインには無かったけど、ある意味これで辻褄が合うとも言えるね。
ゲームの中では魔大陸スランテーレの外の世界は出てこなかったし、そこが400年もの間ずっと他と隔離されていると言うのなら、この世界と色々な部分が違ってきてもおかしくはないもん。
同じ国の中でさえ場所が違えば文化や食生活が違っちゃうくらいなんだから、400年もあれば一般スキルとかジョブの性質が変質して、元とは違う進化をしていたとしても不思議じゃないからね。
ん? 待って。そうなると一つ大きな懸念が浮かぶんだけど。
「おじさん。もしかしてまぞくも、ほんとにいうの?」
「魔族か? ああ、この周辺では活動しているって話をあまり聞かないけど、本当にいるぞ。でもまぁ、こんな辺鄙なところまで来ないだろうから安心していい。それに今の時代に出没する魔族程度なら、Aクラス以上の冒険者パーティーが何体か滅ぼしたと言う話を聞いたことがあるから、勇者の物語に出て来る程脅威になるような存在でもないしな」
そうなのか。
ドラゴン&マジック・オンラインでは魔族といえばボスクラスだったから弱いのでも30レベル近いだろうし、もしそんなのが出たら大変だと思ってたんだけど、とりあえずこの村は大丈夫みたいだね。
そうかぁ、辺鄙なところまでは来ないのか、ならちょっと安心。
グランリルの村は田舎で不便な事もあるけど魔族なんて出ない方がいいから、この村はこのままが一番だね。