775 イーノックカウの冒険者は幼いルディーンたちよりも森歩きが下手
今回もハンスお父さん視点です。
ぞろぞろと集まってくる第二陣の冒険者を横目に、俺たちも森前の商業ギルドの天幕を出発。
「途中、魔物がいたら狩ってもいいの?」
「大物じゃなければ大丈夫だろ。森に入った冒険者が手ぶらの方が、ゴブリンたちからするとおかしな状況に見えるだろうからな」
なにせ俺たちは一度森の奥に入り、そこから引き返すような形でゴブリンの集落を目指すルートを通るんだ。
それなのに手ぶらで歩いていたりしたら、それこそ集落に向かっていますと宣言しているような物だろ。
だから小動物でも狩ってそれを手にして歩いていた方が、遠くからゴブリンに見られたとしても怪しまれることはないだろう。
とはいえ、俺たちが通るのは他の冒険者たちに比べたらかなりの回り道だ。
狩りに夢中になって遅れるなんてことがあっては流石にまずいから、狩りをするのは俺たちではなくニコラちゃんたち。
彼女たちに弓の使い方や森の歩き方、それにエモノの見つけ方なんかを教えながら森の奥へと進む。
「お父さん。そろそろ引き返した方がいいんじゃない?」
「ん? ああ、そうだな」
太陽の位置を確認すると、テオドルの言う通りそろそろ集落に向かうべき時間のようだ。
「それじゃあここからは、例え良い獲物を見つけても素通りで行くぞ」
ここまでに野鳥を何羽か狩ったおかげで、引き返したとしてもおかしくない程度にはなっている。
だから俺たちはたとえ途中でゴブリンたちに見られたとしても問題がないくらいの気持ちで森の入口を目指して歩き出した。
とは言っても、微妙に道をズレて集落に向かっているんだけどな。
「かなり歩きにくい場所にあるんですね」
「だからこそ、今まで誰にも見つからなかったんじゃないか?」
集合場所に向かう途中、難所と言えるところがちらほらあった。
とはいえ森歩きに慣れている俺やディックたちには何の問題もない程度の場所ではあったんだ。
しかし冒険者としての活動しかしていないニコラちゃんたちにとって、この程度の難所でも結構大変なようで。
「う~ん。歩き方を教える俺たちが一緒でもこんなに苦労するところを見ると、他の冒険者たちが時間通りにたどり着けるか心配になってくるな」
「多分ほとんどの人たちが遅れてくると思いますよ」
「私もそう思います。それに集合場所についても、疲れてすぐには動けないなんて人までいるかも」
なれない森の道を歩くのは大変だからなぁ。
ユリアナちゃんとアマリアちゃんの言う通り、多くの冒険者が使う比較的楽なところばかりで狩りをしている奴らからしたらここを踏破するのはかなり苦労するかもしれない。
「これは盲点だった。ルディーンやキャリーナでも普通に歩けていたから、そこまでとは思わなかったよ」
「ルディーン君やキャリーナちゃんはまだ小さいのに、こんな道を普通に歩けていたなんてすごいですね」
ニコラちゃんたちとそんなことを話しながらしばらく森の中を進む。
すると前方で何やら異変を感じたんだ。
「そろそろ、合流予定の場所に近づいているはずだが……」
「お父さん、あっちって確かゴブリンの集落がある方だよね。なんか、騒がしくない?」
集落を強襲する作戦である以上、目立つ行為はご法度だ。
それにもかかわらず前方で騒ぎが起こっているのを察知して、俺たちは騒がしい方へと慎重に進む。
するとそこでは、頭を抱えるようなことが起こっていたんだ。
「何で、もうゴブリンと戦ってるんだよ」
「その上あの連中、どう見ても低ランクじゃないか」
移動中ゴブリンに見つかったのか、それともゴブリン程度なら自分たちでも倒せると思って名をあげるために抜け駆けしたのか。
ディックたちが指摘した通り、どう見ても動きの悪い冒険者たち十数名が集落近くでゴブリンたちと戦っていたんだ。
その様子からすると、彼らは確かにゴブリンより強いのだろろう。
でもそれは少数のゴブリンを相手にできる実力があるというだけであって、数多くのゴブリンを捌く実力があるという訳じゃない。
ゴブリンたちの猛攻にひるんでいるようだけど、囲まれてしまっているから引くに引けなくなっているようだ。
「カールフェルトさん。あれ、まずいんじゃないですか?」
ニコラちゃんの言う通り、状況はかなり悪い。
なにせ、いまも洞窟の奥から次々とゴブリンたちが湧き出しているのだから。
その数はすでに100を超えているのだが、こちら側の準備は当然まだ整っていない。
さっき予想した通り、俺たちが到着する予定の時間から考えても集まっている冒険者の数がかなり少ないんだ。
それにすでに到着している実力を持つ高ランク冒険者たちであっても、あの状況の中に飛び込むのははっきり言って自殺行為だろう。
数は力だ。人の目は前にしかついていないし、腕も二本しか無いんだから囲まれてしまったら実力差なんて簡単に覆されてしまうからな。
「お父さん、やっぱりルディーンを連れて来るべきだったんじゃない?」
「そうだなぁ。こんなことになると解っていたら、シーラの反対を押し切っても連れて来るべきだった」
このテオドルと俺との会話を聞いて、顔色を変えるニコラちゃんたち。
「何を言っているんですか。いくらルディーン君が強力な魔法が使えると言っても、あの集団に向かうのはあまりに無謀ですよ」
「そうですよ。まだ小さいんだからそんなに何度も魔法を使えるわけじゃないだろうし」
そう言って抗議するニコラちゃんたち。
でもなぁ。
「ルディーンは大人数を一度に眠らせてしまう魔法が使えるんだよ」
「えっ、あれだけの数のゴブリンを眠らせることができるのですか?」
「多分な」
ルディーンは前にブルーフロッグの群れを魔法でまとめて眠らせたことがある。
その中にはポイズンフロッグに変異したものも混ざっていたのに、それもまとめてだからなぁ。
もしかすると多少のうち漏らしはあるかもしれないが、あそこにあの魔法を打ち込めばまず間違いなく大部分を眠らせてしまうことができるだろう。
だが、そのルディーンはここにいない。
いないものを嘆いたところで、事態は好転しないんだ。
「あっ、危ない!」
「どうにかならないんですか?」
与太話をしている間に、本当に危機に陥る下級冒険者たち。
遠目に俺が唯一知っている新緑の風を含むイーノックカウの高ランク冒険者たちがいるのが見つけたが、彼らも手を出せない状況のようだ。
でも、俺たちが介入するのもなぁ。
「冒険者の行動は基本自己責任だ。今ここで俺たちが手を出すと、集落にいるゴブリンたちが逃げ出してまた別の集落を作る可能性がある。それが一つなら問題はないが、もし分裂して複数の集落ができてしまうと、イーノックカウやそこで生活する冒険者たちの危険度も上がることになるんだ」
「確かに、無謀にもゴブリンの集落に攻撃を仕掛けたのはあの冒険者たちです。彼らを助けるために、イーノックカウに住んでいる人達を危険にさらすのは避けた方がいいというのは解ります」
理由を付けて俺たちは介入しないと伝えると、ニコラちゃんは納得してくれたみたいだ。
だがここで、理屈なんかすべて吹き飛ばすような発言が出て来てしまったんだ。
「でもでも、助けられるのに見殺しにするなんてかわいそうじゃないですか!」
涙を浮かべながらそうつぶやいたのはアマリアちゃん。
そう、アマリアちゃんがこんなことをつぶやいてしまったんだ。
そうなると黙っていられないバカがここにいる。
「そうだな。見殺しにする訳には行かない!」
そう高らかに宣言したのは我が家の長男。
「アマリアさん、安心してください。彼らは俺が助け出します」
「ディックさん……」
そう言ってディックを満面の笑顔で見上げるアマリアちゃん。
……あれ? 君、さっき涙を浮かべてなかったっけ?
もしかしてアマリアちゃん、ディックが自分を好きなことに気付いてない?




