766 どうせなら選べる方がいいよね
フィートチーネが茹で上がりそうだから、次の工程の準備。
「僕が辛いお野菜切るから、フライパンで油を温めて」
「解った」
モーガンさんがフライパンに油を入れるのを横目で見ながら、僕はトウガラシを輪切りにしてったんだよ。
そしたら中から種が出てきたから、それを分け分け。
「おや、その種は入れないのかい?」
「うん。これも入れちゃうと辛くなりすぎちゃうもん。フィートチーネの時は入れない方がいいと思うんだ」
それを見たノートンさんが聞いてきたから、それに答えながら輪切りにしたトウガラシを小皿に入れてモーガンさんのところへ。
フライパンの中からにんにくのいいにおいがしてきてたから、僕はその中に輪切りにしたトウガラシをちょびっとだけ入れたんだよ。
「これだけでいいのかい?」
「うん。だってみんな、どれくらい辛いのが好きなのか解んないもん」
みんな、あんまり辛いのが好きじゃなかったら困っちゃうでしょ。
だからちょっとだけ辛いって感じるくらいがいいって思ったんだ。
「これもにんにくとおんなじであっつくしすぎると焦げちゃうから、その前にフィートチーネを入れてね」
「おう」
モーガンさんはそう返事をすると、フライパンを一度火からおろしてフィートチーネを茹でているお鍋の横へ持ってったんだよ。
でね、お鍋の横に置いてあった細い棒がいっぱい飛び出てる長い柄の木のへらをお鍋に突っ込むと、中から茹で上がったフィートチーネを取り出してフライパンの中に入れたんだ。
「あとは油を絡めながら焼けばいいんだね?」
「うん。でもこのままだと味が薄いと思うから、味を見ながらお塩を入れてね」
フィートチーネを入れる時にゆで汁が一緒に入ったから、ちょっとはお塩の味が付いてるとは思うんだよね。
でもそれだけだとちょっと薄いだろうから、モーガンさんはフライパンから一本だけ取り出すとそのままお口の中へ。
ウンってうなずいてからちっちゃなおさじでツボからお塩を掬うと、それをフィートチーネにサラサラってかけてから焼き始めたんだ。
「おお、よい香りがしてきたのぉ」
「これは期待ができますわね」
ロルフさんとバーリマンさんが言う通り、フライパンからはすっごくいい香りがしてきたんだよ。
だから早く食べたいなぁって思ったんだけど、そこで僕、気が付いちゃったんだ。
「あっ! 辛いのを入れちゃったから、僕とキャリーナ姉ちゃんが食べられないや」
「えー!」
入れたのはちょびっとだけど、それでも僕やキャリーナ姉ちゃんには辛すぎるんだよね。
だからそう言うと、キャリーナ姉ちゃんはしょんぼり。
でもね、そこでノートンさんがこう言ってくれたんだよ。
「大丈夫、鍋にはフィートチーネがまだ少し残ってるから、これを焼いてあげるよ」
「ほんと? やったぁ!」
トウガラシを入れないんだったら、油を弱い火で温める必要ないもん。
だからノートンさんは魔道コンロを強火にしてフライパンをのっけると、その中へにんにくの油を入れたんだ。
でね、フライパンを回しながら油をあっつくすると、その中へフィートチーネをドバっ! そしたらじゅーっておっきな音がして湯気がたくさん上がったんだ。
「塩はこんなもんかな?」
「ノートンさん、味見なくていいの?」
「ああ。さっきモーガンが塩を入れるのを見たから、大体解るよ」
ノートンさんはお金持ちのロルフさんちで料理長をしてるくらい凄い料理人さんでしょ。
だから他の人がお料理してるのを見ただけで、どれくらい味をつけたらいいのか解るみたい。
そのままかき混ぜながら焼いて行くと、あっと言う間ににんにく味のフィートチーネができあがっちゃったんだ。
「クラークの方も出来上がったようじゃな。それでは味見をするとしようかのぉ」
ロルフさんたちのはモーガンさんが、僕とキャリーナ姉ちゃんのはノートンさんがお皿に少しづつ載っけてくれてテーブルの上に並べてくれたんだよ。
そしたらロルフさんが味見しようねって言ったもんだから、みんな一斉に食べ始めたんだ。
「にんにくと塩、それに赤からの実しか入っておらぬというのにこれほどの味になるとは」
「シンプルですが、辛みがアクセントになってとても美味ですわね」
ロルフさんとバーリマンさんたちは、トウガラシの入ったニンニク味のフィートチーネが気に入ったみたい。
「辛いの入ってなくてもおいしいよ!」
「うん。にんにくのいいにおいがするし、お塩がちょうどいいからすっごくおいしい」
それにキャリーナ姉ちゃんと僕がそう言うと、ノートンさんがにっこり笑ってこう言ったんだよね。
「では次に、こちらのにんにくスライスをかけたものをどうぞ」
そう言えばこれ、カリカリのにんにくスライスを載っけてなかったっけ。
そう思いながらモーガンさんとノートンさんの持って来てくれた小皿を見ると、今度のにはちょっと大きめに砕いたにんにくスライスがかかってた。
「ほう。カリカリとした食感もそうじゃが、香ばしさが加わってまた違った味わいとなるのぉ」
それを食べたロルフさんは、さっきのよりおいしくなったって言うんだよ。
でも、みんながそう思ったわけじゃないみたい。
「私はかけない方が好きですね。作り立てのつるつるとした食感が、このにんにくスライスによって損なわれている気がします」
クリームお姉さんは、にんにくスライスをかけたせいでつるつるがざらざらになってダメになってるって言うんだよ。
そしたらモーガンさんたちが、にっこり笑顔で確かにその通りですねって。
「実は私とノートンも同じ懸念を抱きまして」
「ですからまずはつるつるの食感を楽しんで頂き、続いてにんにくスライスをかけたものをお出しすることでお好きな方を選ぶことができるようにしたのです」
そっか、にんにくスライスは後から載っけられるもん。
最初っからかけとくとカリカリしておいしいけど、せっかく生麺でつるつるなのに全部ざらざらになっちゃうでしょ。
でも分けといて後から掛けられるようにすればつるつるとカリカリ、どっちも楽しめるからモーガンさんたちは解りやすいように二つに分けて出してくれたんだね。
「しかし、油だけのものでもこれだけおいしくなるとは思いませんでした」
「惜しむらくは一度火を入れた油は早く悪くなるので、長期保存がきかないことでしょうか」
にんにくスライスの方は、カリカリにした分長持ちしそうなのにってちょっぴりしょんぼりするモーガンさんとノートンさん。
だから僕、教えてあげることにしたんだ。
「あのね。今日はにんにくのスライスを茹でたけど、油の中に生のにんにくを入れて置いとくと、蒸留したお酒とおんなじようににんにくのにおいが付いた油になるんだよ」
「生のにんにくを入れる? 刻んだものではなくて?」
「うん。お酒も今日はすぐに作ろうと思ったから細かくしたけど、ほんとは粒のまんま30日間くらい漬けといた方がいいんだ」
そうすれば後でニンニクだけ取り出して使えるでしょって言うと、モーガンさんたちはなるほどってうなずいたんだよ。
「油漬けも蒸留酒で漬けた物も、入れたにんにくは生とはまた違った風味になるだろうからな」
「それに酒の方が果実漬けと同様、熟成させる場合は中から取り出した方がいいだろうから、細かく刻むよりも粒の方が作業はしやすい」
モーガンさんたちはちょっとお話ししただけで、粒のまんま付けた方がいろんなことができるねって気が付いたみたい。
だからなのか、僕にこう聞いてきたんだよ。
「なぁ、ルディーン君。一つ聞きたいんだが」
「なあに?」
「先ほど刻んだものを使って熟成酒を作っただろ? あれを熟成スキルを使って、粒のまま漬け込んだ酒と油をすぐに作ってみることができないかな?」
これを聞いた僕はすっごくびっくりしたんだよ。
だって熟成って、かけた物の味がなじんでおいしくなるスキルなんだよってお菓子屋のアマンダさんが教えてくれる時に言ってたもん。
にんにくをお酒や油に漬けるのはにおいを移すためでしょ。
だから、熟成をかけても意味が無いんじゃないかなって思ったんだ。
でもね、それを話すとモーガンさんはもしかすると違うかもしれないって言うんだよ。
「先ほど作ってもらった酒だけど、この底に沈んでいるにんにくの色が白からほのかな黄色に変色しているよね? これは多分、熟成をかけたことによって短時間で酒がにんにくの中に浸透したってことじゃないかと思うんだ」
中に入るものがあるということは、代わりに外に出たものがあるということ。
だから熟成スキルによって漬け込んだお酒や油を時間を置くことなく作ることができるんじゃないかなって、モーガンさんは真剣なお顔で言ったんだよ。
読んで頂いてありがとうございます。
今書いているエピソードを最初に思いついた時は、フィートチーネを作って終わりにしようと思っていたんですよ。
でも何話か書いているうちに他の案が浮かんでしまいまして、思ったよりも長いエピソードになってしまいました。
ですのでもう少しだけお付き合いください。
さて、そんなことを書いておきながら申し訳ないのですが今週末、急な用事が入ってしまいました。
こちらも当初は土曜日だけだったので休載する必要は無いと考えていたんですよ。それなのに日曜日にまで別の用事が入ってしまいまして。
そんな訳ですので申し訳ありませんが月曜日はお休みさせて頂き、次の更新は来週の金曜日になります。




