764 フィートチーネには生麺もあるんだって
ロルフさんたちとノートンさんたちのお話しが終わったみたいだから、じゃあ早速ニンニク味のフィートチーネを作ろうよってなったんだよ。
でもね。
「あれ? モーガンさん、これ、フィートチーネじゃないよ」
「ん? いや、これは間違いなくフィートチーネなんだが……」
そう言われて僕は、もう一度モーガンさんが持ってきたものを見てみる。
「やっぱり違うよ。だってこれ、棒じゃないもん」
モーガンさんが持ってきたのはね、前の世界で麺って言われてたものにそっくりだったんだ。
でもフィートチーネって、平ぺったい棒でしょ。
だからやっぱり違うよって言ったんだけど、そしたらモーガンさんが笑いだしたんだ。
「ああ、ルディーン君が言っているのは保存用に加工したフィートチーネのことだね。これは乾燥させる前のものだけど、間違いなくフィートチーネだよ」
「さっきわしらもフィートチーネはパンのように生地を寝かさねばならぬから、今から作るのは無理と話しておったではないか」
ロルフさんはね、保存を考えなければ生地をそのまま麺の形にするのは当たり前でしょって言うんだ。
「そっか。僕、あの棒になってるのがフィートチーネだと思ってたから、きっと乾かす魔道具とかがあってわざわざああいうのにしてるんだと思ってた」
だってキノコだって採ってすぐより、お日様に当てて乾かした方がおいしくなるもん。
それを言うと、モーガンさんもクラークさんもちょっとびっくりしたお顔に。
「確かに乾いたものを戻す時には汁を多く吸い込むから、そちらの方がしっかりと味が付くという考え方もできるのか」
「これはもしかすると、生と乾いたものとでは合う味付けが違うのかもしれないな」
乾いてるってことは、その分お水をいっぱい吸うってことでしょ。
味の付いたお水を使って棒のフィートチーネを茹でれば、きっと生のフィートチーネと違う味のもんができるんじゃないかな。
そう思った僕とモーガンさん、それにノートンさんはそのお話をしようとしたんだよ。
でも、そこでロルフさんたちからストップがかかったんだ。
「確かに興味深そうな話題ではあるが、今はそれを試行錯誤する時間はなかろう?」
「そうね。それより私は早くルディーン君が考えているフィートチーネが食べたいわ」
そう言えば揚げたにんにくスライスと、それを作った時の油でフィートチーネを食べるために持ってきてもらったんだっけ。
みんなそれを待ってるんだから、乾かしたフィートチーネのお話しはまた今度にしないと怒られちゃうよね。
「確かに、お嬢様の言う通りですね」
「ああ。旦那様を待たすわけにはいかないな」
そう思ったのはモーガンさんたちもおんなじだったみたい。
「それで、フィートチーネに使う新しい食材とやらはどこにあるのかな?」
「これだよ」
何を使うのか知らないモーガンさんたちが聞いてきたから、僕はテーブルに乗ってるふたつを指さしたんだ。
「ほう。香りからすると、にんにくを使っているのかな?」
そう言うとノートンさんとモーガンさんは、カリカリになったにんにくスライスをパクリ。
「これはなかなかいい食感ですね」
「それに香りも強烈だ」
続いて、にんにくスライスを煮た油もペロリ。
「なるほど。こちらにもにんにくの良い香りが移ってますね」
「肉を焼く時ににんにくを細かくして油に入れるというのは前に教えてもらったけど、油単体を調味料に変えるというのは盲点でした」
前に教えてあげたノートンさんだけじゃなく、モーガンさんもにんにくがお料理に使えることは知ってたんだって。
だからいろいろと試そうと思ってたみたいなんだけど、元々がお薬だし売ってるところも少ないでしょ。
それにつぶしたり細かく刻んだりしてお料理に混ぜただけでもおいしくなっちゃうから、他にどうやって使おうかなかなか考え付かなかったみたい。
「それにしても、とても焦げやすいにんにくをどうやってこんなに薄いままカリカリになるまで揚げることができたのですか?」
「ノートンに教えてもらって最初に使った時は、俺も焦がしてしまったからなぁ」
「あのね、あんまりあっつくしないで油でゆっくり煮ればいいんだよ」
これを聞いたノートンさんとモーガンさんは、ちょっと不思議そうなお顔をしたんだ。
だからどうしたの? って聞いたんだけど、そしたらこんな答えが返ってきたんだよ。
「いや、油で煮るというのは今一歩想像できなかったものだから」
「湯と違ってすぐに高温になるからな。だが、それを聞いてにんにくをスライスした理由が解った。油は多く使うと温度管理が難しいが、薄くすれば少量でも揚げられるからな」
ノートンさんたちの言う通り、油がいっぱい入ってるとあっつくなりすぎて焦げちゃったり、逆に温度が低すぎてできあがるまでに材料が油を吸いすぎちゃったりすることがあるもん。
だからにんにくのスライスを油で煮る時はちょびっとの油だけお鍋に入れて、温度が上がって来たなぁって思ったら火からおろしちゃうんだ。
そうすれば焦げちゃうなんてことも無く、きれいなきつね色になるからね。
と、そこまで考えた所で、僕はもう一個思い出したことがあるんだ。
「そうだ! にんにくって、粒のまんま油や蒸留したお酒に入れとくだけでいいにおいがつくんだよ」
「なに、酒に香りじゃと!」
ノートンさんたちとお話してたはずなのに、ロルフさんが急に入って来たからびっくり。
「どうしたの?」
「いや、酒ににんにくの香りと聞いて少々驚いたのじゃよ。して、それはうまいのか?」
「解んない。だって僕、お酒飲めないもん」
それを聞いたロルフさんは、そう言えばそうだねって。
「じゃが、この香りのする酒か。クラークよ、いかに思う?」
「そうですね。案外悪くないかと」
にんにくってとってもいいにおいがするでしょ。
ノートンさんが言うには、お酒は香りを楽しむって言う面もあるからそれはそれでおいしいんじゃないかなって言うんだ。
「それに私のカンも、それはいい酒になると言っていますし」
「料理スキルを持つお前のカンか。それならばまず間違いないな。ふむ、一度試してみるとするかのぉ」
ロルフさんはにんにくのにおいの付いたお酒が飲みたくなったみたいで、ノートンさんに今度作ってよって言うんだ。
だから僕、思ったんだよね。
「今ここに蒸留したお酒があれば、すぐに作れるのにね」
「なに、今ここでじゃと!」
ロルフさんはそう言うと、バーリマンさんの方を見たんだよ。
「えっと、蒸留酒は料理に使いますし、薬瓶の洗浄などにも使うのでここにもございますが」
「ならば用意してはもらえぬか?」
ロルフさんに言われて、バーリマンさんが棚から蓋の付いた陶器のかめと木でできた柄杓を出してきたんだよ。
それをテーブルに置くと、それを見たロルフさんは僕に聞いてきたんだ。
「して、これをどうするのじゃ?」
「簡単だよ。にんにくをすっごく細かくしたのをお酒に混ぜて、それに軽く熟成をかければいいんだ。そしたら入れたにんにくの香りがお酒にしっかりつくから、長く漬けといたのとあんまり変わらないのができると思うよ」
「なるほど。では、やってもらえるかな?」
「うん、いいよ」
僕はそう言うとね、新しいにんにくを割って一粒だけ取り出したんだ。
でね、上と下をナイフで切ってから薄皮を取ると、ナイフの横っ側を上にのっけてバンって叩いたんだよ。
「あとはこれを細かくしてっと」
細かく刻んでから更にナイフでとんとんしてすっごく細かくしてくと、にんにくをすりおろしたのみたいになったんだよ。
だからそれをおっきめのボウルに入れてバーリマンさんに、はいって渡したんだ。
「バーリマンさん。これにお酒入れて」
「えっと、どれくらい入れたらいいのかしら?」
「お嬢様、それは私が行います」
モーガンさんも、ノートンさんとおんなじくらい料理スキルが高いでしょ。
だから僕が入れたにんにくと丁度いいくらいのお酒を柄杓でボウルに入れて、それを近くにあった木のおさじで軽くかき混ぜたんだ。
「ここからはルディーン君におまかせで。残念ながら、熟成スキルは持っていないからね」
「うん、任せて!」
僕はそう言うと、ボウルの中のお酒に熟成スキルをかけたんだよ。
そしたら透明だったお酒が、ちょっとだけ黄色っぽくなったんだ。
「これでいいと思うけど、僕、お酒飲めないからノートンさんかモーガンさんが一度味見してみて」
「旦那様が口にするものですから、ここは俺が」
ノートンさんはそう言うと、どっから持ってきたのか銀色のスプーンでちょびっと掬ってお口に入れたんだよ。
「ふむ。これは悪くないどころか、かなりいいですね。香りもいいし、味もよく練られていてまろやかだ。ただ酒精が強いので、水かお湯で割った方がいいかと」
「それならばより香りが立つ湯で割ってもらおうかのぉ」
ロルフさんがそう言ったもんだからノートンさんはカップ一杯分くらいのお水をお鍋の中へ。
それを魔道コンロで温めてからにんにくのお酒と一緒にカップに入れて、ロルフさんに渡したんだ。
「ほう、これは飲む前からよい香りがするのぉ」
みんなが見てる中でロルフさんはそれを一口。
そしたらすぐにニッコリ笑顔になったんだよ。
「ギルマスも飲んでみるがよい。これはかなり滋養に良さそうな味じゃぞ」
「そうなのですか。では、ユリウス。私のも作ってもらえる?」
「解りました、お嬢様」
モーガンさんがそう答えると、クリームお姉さんがじゃあ私もって。
「それじゃあ私は、自分の分とカールフェルトさんの分を作ろうかしら」
「いいんですか、クリームさん。ではお言葉に甘えて」
そこからは大人たちがお酒の味見をし始めちゃったでしょ。
でも僕とお姉ちゃんたちはお酒が飲めないから、代わりにキャラメルのポップコーンを食べながらそれが終わるのを待つことになっちゃったんだ。




