720 お昼まで時間があるからまだ開いてるお店が少ないんだよ
「はぁ~、ほんと緊張したわ」
錬金術ギルドから出ると、クリームお姉さんが急におっきなため息をしながらこんなこと言ったんだよ。
「どうしたの? クリームお姉さん」
「フランセン様って、実はとっても偉い人なのよ。それに私をまだルディーン君くらいの頃から知っている人だから、今の姿を見てどう思われるのかと心配だったの」
クリームお姉さんはお兄さんだけどお姉さんでしょ。
だからそれを知ったロルフさんに怒られちゃうんじゃないかって心配してたんだって。
「でもロルフさん、全然怒ってなかったよ」
「ええ。だから安心したわ。自立しているとはいえ、フランセン様から実家の両親に苦言を呈されたりしたら大変だもの」
そっか、クリームお姉さんもお父さんやお母さんにコラーって怒られたら困っちゃうもんね。
だから僕、よかったねって言ってあげたんだよ。
そしたらクリームお姉さんはありがとうねってにっこり。
「はぁ、安心したらちょっとお腹がすいて来ちゃったわ。それじゃあ露店街へ行きましょうか」
「うん!」
ほっとしたからなのか、すっごくニコニコしてるクリームお姉さんとおててをつないで、僕たちは露店や屋台がいっぱい並んでるところへと歩いて行ったんだ。
でもね、ついてみるとあんまり開いてるお店が無かったんだよね。
「なんか、みんなお店の準備してるみたいだよ」
「そうね。この辺りのお店が開くのは、もしかしたらもうちょっと後なのかも?」
「まだお昼には少し早いものね」
お母さんの言う通り、お昼までにはまだ時間があるんだよね。
イーノックカウには時計台があって、お昼になるとごーんごーんって中にある魔道具が鐘を鳴らして教えてくれるからみんなおんなじ時間にご飯を食べるんだよ。
お店の人たちはそれに合わせてお料理を出せるようにって、今一生懸命準備をしてるみたいなんだ。
「これじゃあご飯、食べられないね」
まだ空いてないお店を見て、僕はちょっとしょんぼりしたんだよ。
でもね、それを見たクリームお姉さんがニッコリ笑顔で教えてくれたんだ。
「大丈夫よ。この辺りは食事を中心とした店ばかりでしょ。うちのお針子さんたちに聞いたことがあるんだけど、お菓子類を扱っている屋台は出勤してくる前に寄っても買えるって言ってたからそっちならもう開いていると思うわ」
「そっか。ごはんじゃなかったら、お昼じゃなくても食べるもんね」
裁縫ギルドに来るお針子さんたちって、結構お菓子を食べるんだって。
だからいつもどこで買ってくるの? って聞いたことがあるのよって、クリームお姉さんはそのお菓子が売ってる屋台があるところに連れてってくれたんだ。
そしたらさ、そこにはご飯屋さんはあんまりなかったけど、その代わりお菓子を売ってるお店がいっぱいあったんだよね。
「ほんとにお菓子屋さんがいっぱいあるね」
「そうでしょ」
僕がにっこりしながらそう言うと、クリームお姉さんもにっこり。
でもね、そこでキャリーナ姉ちゃんがこんなこと言ったんだ。
「前に屋台でお菓子を買った時、あんまりおいしくなかったけど大丈夫かなぁ?」
「そっか。アマンダさんのお菓子屋さんに行ったのって、お菓子がおいしくなかったからだっけ」
「えっ、何それ? 何の話?」
クリームお姉さんはその時居なかったから、何のことか解んないみたい。
だから僕、教えてあげることにしたんだよ。
「前にお腹が減ったからどっかでお菓子を買って食べようってなったの。その時食べたのが甘いんだけどおいしくなかったから、アマンダさんのとこに行ったんだよ」
「えっと……」
僕が教えてあげると、困ったようなお顔になってお母さんを見るクリームお姉さん。
「ああ。その時に私が昔、冒険者ギルドの受付をしているルルモアさんって人からクッキーと言うおいしいお菓子を貰ったことがあると話したんですよ。それで少し高級なものが売っている区画にあるお菓子屋さんにみんなで行ったんです」
「ああ、なるほど。あの話題のお菓子が売っている店に行ったのね。私も食べたことがあるわ。口直しにと言うのなら、最高のお菓子が揃っているものね」
クリームお姉さんもアマンダさんのお店のことは知ってるみたい。
そう言えばイーノックカウの領主様の家の人も買いに来るって、オーナーさんが言ってたもん。
クリームお姉さんもお貴族様なんだから、アマンダさんのとこのお菓子を食べたことあるんだね。
「それじゃあ、そのアマンダさんのお店ってところに行く?」
「いいえ。あそこは少し遠いですし、今日のところはこの辺りで何か食べましょう」
バーリマンさんが帰ってきたら石のクリエイト魔法が使える人のこと聞かないとダメだし、それにあんまり遅くなるとロルフさんが心配するかもしれないでしょ。
だから今日はここにあるお店のお菓子を食べようよって話になったんだ。
「そうね。お針子さんたちによると、このごろは新しいお菓子が出始めたって話だもの。もしかすると、おいしいものが見つかるかもしれないわよ」
「そうなの?」
なんかね、ちょっと前から屋台や露店で売ってるお菓子の中に今まで見たことがないような新しいお菓子が出てきてるんだって。
売ってるものの中にはなんだこれ? ってものもあるみたいなんだけど、結構おいしいものもあるんだよってお針子さんが教えてくれたそうなんだ。
「へぇ。ちょっと来ないだけで、いろいろ変わってるのね」
「それって、おいしいのかなぁ? ちょっと楽しみ」
お母さんとキャリーナ姉ちゃんは、クリームお姉さんのお話を聞いてどんなのがあるのか気になったみたい。
でも、レーア姉ちゃんだけはちょっと違うみたいなんだよね。
「二人とも、いつもルディーンのお菓子を食べてるんだから、あまり期待しない方がいいわよ」
「あっ、言われてみればそうかも?」
レーア姉ちゃんのお話を聞いて、お母さんは期待のし過ぎはダメねって。
でもそれ以上におっきな反応をしたのがクリームお姉さんなんだよ。
「えっと、もしかしてルディーン君。お菓子も作るの?」
「うん。だってみんなが甘いお菓子、食べたいって言うんだもん。それにスティナちゃんも食べたいって言うから、グランリルのお家ではよく作ってるんだ」
「すごいんだよ、ルディーンが作るお菓子。アマリアさんのお菓子よりおいしいんだから」
キャリーナ姉ちゃんのお話を聞いて、ニッコリ笑顔のクリームお姉さん。
でもそれを見たキャリーナ姉ちゃんが怒っちゃったんだ。
「あー、その顔。クリームさん、信じてないよね!」
「そうじゃないのよ。でも、アマリアさんってイーノックカウでも話題のお菓子屋さんの人でしょ?」
「まぁ、普通は信じないでしょうね」
クリームお姉さんのお話を聞いて、レーア姉ちゃんもそうだろうなぁって言うんだもん。
だからキャリーナ姉ちゃんがもっと怒りそうになったんだけど、
「はいはい。そんなことで怒らないの。ルディーンが作ったお菓子がここにない以上、証明しようが無いんだから」
お母さんがおててをパンパンって叩きながら、キャリーナ姉ちゃんにもうやめようねって。
でも、そこで止まらなかった人がいたんだ。
それはクリームお姉さん。
「えっと、シーラちゃん。もしかしてルディーン君の作るお菓子が、イーノックカウのお菓子屋さんのものよりおいしいと言うのは本当なの?」
「ええ。多分だけど今話題になってるっていうそのお菓子、この間ルディーンがアマリアさんに教えたものだと思うもの」
これを聞いたクリームお姉さんは、びっくりしすぎて声も出なくなっちゃったんだ。




