714 裁縫ギルドには裁縫師さんはあんまりいないんだよ
並んでるかわいいぬいぐるみに大興奮のキャリーナ姉ちゃん。
「お母さん。おっきなぬいぐるみがいっぱいだよ」
「ほんとねぇ」
これにはお母さんもびっくりしたみたいで、おいしいご飯のことなんてすっかり忘れてクリームお姉さんに聞いたんだよ。
「どうしたんですか、これ? この間来た時は、布や糸が並んでいたはずですよね?」
「それにはちょっと事情があってね」
クリームお姉さんはそう言うと、手のひらをちょいちょいって振って僕たちを隅っこにあるテーブルセットの方に呼んだんだ。
でね、そこに座ったところで、なんでこんなことになってるのかを教えてくれたんだよ。
「初めは教えてもらったぬいぐるみを、私が端切れを継ぎ足して趣味として作って飾っているだけだったのよ」
こないだ僕が教えてあげたぬいぐるみ、とってもかわいいし木彫りの人形と違ってクリームさんが自分で作れちゃうでしょ。
だから今まで刺繍をしていた時間を使ってちっちゃなぬいぐるみを作っては、こないだ作った2個のぬいぐるみと一緒にカウンターの隅っこに並べて飾ってたそうなんだよ。
「でも、それを見たお客さんたちが欲しいって言いだしちゃって」
そのぬいぐるみを欲しいって言いだした人たちはみんなお金持ちだったんだって。
なのに端切れで作ったぬいぐるみなんて渡せないでしょ。
だから最初は新しい布で作ったちっちゃなぬいぐるみを作ってあげてたんだよってクリームお姉さんは教えてくれたんだ。
「でもでも、ここにあるのってみんなすっごくおっきいよ」
「そうですよ。こんなに大きいと、使ってる布だけでもかなりの値段がすると思うんだけど……」
僕とお母さんがそう言うと、クリームお姉さんはちょっと苦笑い。
「それがねぇ、お金持ちの間で競い合い始めた人が出てきちゃったのよ」
初めは私の持っている方がかわいいって言い合ってただけだったんだって。
でも、そんなの自分のものの方がいいってみんな絶対思うもん。
だからその言い合いがいつの間にか、私の持ってる方がちょっとおっきいって話に変わってっちゃったみたい。
そっからはとにかく他の人のよりおっきいのが欲しいってことになって、いつの間にかこんなにおっきなぬいぐるみを作ることになったんだよってクリームお姉さんは教えてくれたんだ。
「それにしてもこの数は……」
そう言って裁縫ギルドの中を見渡すお母さん。
そこにはおっきなぬいぐるみが10体くらいあったんだよ。
それにね、最初は気付かなかったけど、抱っこできるくらいのぬいぐるみもいっぱい並んでたんだ。
そのせいでここは裁縫ギルドじゃなくって、まるでぬいぐるみ屋さんみたいになってるんだよ。
「イーノックカウって、こんなにお金持ちがいっぱいいたんだね」
だから僕、クリームお姉さんにそう言ったんだけど、それが違うのよって言われちゃった。
「この街、領主様がおいしいお店を誘致するものだから他の街からもよくお客さんが来るのよ」
「ああ、なるほど。その人たちもぬいぐるみを見て注文をしてきたんですね」
「その通りなの。困っちゃうわよね」
ぬいぐるみは僕が教えてあげたから、クリームお姉さんしか作り方を知らないんだ。
だから他の街には売ってないでしょ。
欲しかったらここに頼むしかないから、こんなにいっぱいぬいぐるみが並ぶことになっちゃったんだってさ。
「他の街の裁縫ギルドに作ってもらうことができないのですか?」
「あら、当然ぬいぐるみに関しては、裁縫ギルドのライブラリーに基本の型紙とアレンジ型紙の両方をルディーン君の名前で登録してあるわよ」
「ライブラリー……ですか?」
聞いたことないお名前が出てきて、お母さんはそれ何? ってクリームお姉さんに聞いたんだよ。
そしたら新しく出て来たデザインなどを盗作されないように、裁縫ギルド全体で共有する仕組みのことだよって教えてくれたんだ。
「裁縫師ならこれを見れば誰でもぬいぐるみを作れると思うのよ。でも売ろうと思うと権利料を払わないといけないでしょ。でもぬいぐるみはまだ知っている人が少ないから」
「なるほど。誰も手を出さないのですね」
これが帝都とかで流行ったのなら、すぐにみんなが作り始めるんだって。
でもイーノックカウは僕たちが住んでるアトルナジア帝国の端っこにあるもん。
だからすっごくいいものができても、それを知らないから誰もお金を払って作ろうだなんて思わないんだよってクリームお姉さんは教えてくれたんだ。
「これが魔道具とかなら、毎年新しい書籍が発売されてそのトップに新発見や新事実が載るからあっという間に情報が広がるらしいんだけどね」
「裁縫ギルドにはそういうものは無いんですか?」
「無いわよ。だってデザインなんて自分で考えるものだってみんな思っているんだから」
今まで誰も見たことないようなすっごいデザインなんてそう簡単に出てこないでしょ。
だからご本を出しても毎年おんなじのしかのってないってことになっちゃうから、裁縫ギルドじゃそういうのは出してないんだって。
「このぬいぐるみと言うのは、広まれば間違いなく大ヒットするわよ。でも知らないものは誰も欲しがらないもの。そして欲しがらないものをお金を出してまで作る人はいないわ」
「布は高いですものね。だから地元の裁縫師ではなく、みんなクリームさんに依頼してくるのか」
「私の腕がいいと言うのもあるんだけどね」
そう言って笑うクリームお姉さん。
そっか、だから裁縫ギルドの中がぬいぐるみでいっぱいになっちゃったんだね。
そう思って僕がうんうんうなずいてたらクリームお姉さんが、でもそのせいで困ったことがあるって言うんだよ。
「なんかあったの?」
「このぬいぐるみたち、私一人で作ってるでしょ。だから」
「ええっ、一人で作ってるのぉ!?」
クリームお姉さんのお話を聞いてびっくり! だってここ、さっきから言ってる通りぬいぐるみでいっぱいだもん。
だから僕、きっと裁縫ギルドの人たちみんなで作ってるって思ってたんだ。
それなのに、これを全部クリームお姉さん一人で作ってたなんて。
「なんで? 他に作る人いないの?」
「ここは裁縫ギルドであって仕立て屋じゃないでしょ。だから見習いはいてもちゃんとした裁縫師といえる子はあまりいないのよ」
そういえば錬金術ギルドも、錬金術に使うものは売ってるけどポーションとかは売ってなかったっけ。
ここもギルドだから布を作る人や糸をつむぐ人はいるけど、お洋服とかを作る人はあんまりいないみたい。
それにぬいぐるみを欲しいって人はお金持ちばっかりでしょ。
だからへたっぴな人には任せられないから、クリームお姉さんが作らないとダメなんだってさ。




