708 ちゃんとした斬り方ができるなら、いい鋼の剣の方がいいんだよ
初めはこんな高いの使えないって言ってたニコラさんたち。
でも買わないとゴブリンの村をやっつけに行けないよってお父さんに言われたもんだから、あきらめたみたいなんだよ。
「よし。それじゃあ実際に振ってみて、使い勝手を確かめるか」
それを確認したお父さんはそう言うと、ニコラさんたちのために選んだ剣が何本も入ったおっきな革の袋を肩にかけたんだ。
このお店は刃物屋さんだけど、武器屋さんでもあるでしょ。
だからお店の奥に、買いたい武器を実際に振ったりできるとこがあるんだって。
お父さんはそこで、ニコラさんたちに武器を選ばせるつもりみたい。
「さっきも言ったが、ゴブリンの集落は洞窟の中だから短い方がいいと俺は思っている。でも、慣れない武器はそれだけで危険に陥る可能性があるから慎重に選んでくれ」
「はい」
お父さんに言われて、ニコラさんたちは選んでもらった武器を持って構えたり実際に振ったりしだしたんだ。
まず最初に選んだのは、いつも使ってるのとおんなじくらいの長さの剣。
「なんか変な感じ」
「軽いから振りやすいんだけど、これで威力が出ているのかが解らないと言うか……」
でもいつもの武器と重さが違うから、ちゃんと攻撃できてるのかなぁって言ってるんだよ。
そしたらそれを聞いたお母さんが、大丈夫だよって。
「軽いから打撃力と言う点では確かに、今使っているものよりも劣るわよ。でも鋼の剣はそれを補ってくれる硬さと切れ味のよさがあるわ。だから、きちんと振れていれば間違いなくこちらの方がダメージは通るの」
「そういうものなんですか」
お料理のナイフだってちゃんとした鋼を使ってよく研いだのを使うと、切りにくい皮とかもすーって切れちゃうでしょ。
それとおんなじで、今ニコラさんたちが練習してる刃をたてて引き斬るような使い方ができれば今使ってる鋳物の剣よりも絶対こっちの方がいいんだって。
「それに軽い分取り回しが楽でしょ。だから今使っている剣よりも扱いやすいはずよ。実際に刃をたてて引き斬ることを意識して振ってみたら解るんじゃないかしら」
「やってみます」
ニコラさんはそう言うと剣を腰の前に、中段っていうのかな? そんな形に構えると、そのまま振りかぶってえいやぁって振り下ろしたんだ。
そしたら前に見た時よりもずっとうまく振れてたもんだから、僕はすっごく練習したんだろうなぁって思ったんだよ。
それはお母さんもおんなじだったみたいで、そんなニコラさんを見てニッコリ。
「今の振り方なら、間違いなくこちらの方が威力は上よ。多分その剣を使えば、ブルーフロッグの背中の皮でもちゃんと切りさけると思うわ」
「本当ですか!?」
ブルーフロッグの背中の皮って、とっても厚くてちょっと硬いから切りにくいんだよね。
だからヘタな人が攻撃するとちゃんと切れなくって、なめした時にそこが硬くなっちゃうんだ。
でもお母さんからさっきの振り方ならちゃんと切れるよって言われて、ニコラさんは大喜び。
だってそれは、ちゃんと剣を振れるようになったねって言われたってことだもん。
「でも、横なぎや切り上げもちゃんとできるように練習しないとダメよ。常に上段から振り下ろす攻撃が使えるとは限らないんだから」
「はい!」
ニコラさんが元気よくお返事すると、今度はユリアナさんとアマリアさんが私のも見てってお母さんのところへ来たんだよ。
「どうですか?」
「ちゃんと振れてますか?」
「二人とも、努力の跡がちゃんと見えるわ」
お母さんはにっこりしながらそう言ったんだけど、ユリアナさんとアマリアさんはちょっとしょんぼり。
だってニコラさんの時みたいに、ちゃんと振れてるって言って貰えなかったんだもん。
でもね、お母さんは大丈夫よって。
「努力の跡は見えると言ったでしょ。そう遠くないうちに、ちゃんと振れるようになるわ。それにニコラちゃんだって、まだまだな部分もあるのよ。だから三人とも、鍛錬を怠らないこと」
「解りました!」
お母さんに向かっていいお返事をするニコラさんたち。
でもね、それを見てたお父さんはちょっとあきれたお顔でこう言ったんだ。
「おいおい、今は練習の成果をシーラに見せに来たんじゃなく、どちらの剣を買うかを選びに来たんだろうが」
「あっ、そうでした」
ニコラさん、お母さんに褒められたもんだから何しにここに来たのかを忘れちゃってたみたい。
だから慌てて剣を振り始めたんだよ。
「う~ん、やっぱりいつもの長さの方がしっくりくる気がします」
「私もかなぁ」
「自分で言うのもなんですけど、まだ基礎ができていないと言うか……。長さが少し違うだけで、まるで使える気がしません」
三人とも両方を振ってみて、やっぱりいつもの長さに近い方がいいって言うんだよ。
特にまっすぐ振り下ろす以外の切り方の時は違和感がすごいみたい。
「なんか空振りしそうで怖いです」
アマリアさんがそう言うと、お父さんはでもなぁって。
「さっきも言ったが、狭い所で使うとなると長い剣は使い辛いぞ」
「でも空振りしたら、かえって危ないんじゃないですか?」
アマリアさんに言われて、お父さんはそれもそうかって考えこんじゃった。
そしたらそこでディック兄ちゃんが、やっぱり使いやすいやつを選んだ方がいいよって言いだしたんだ。
「俺も洞窟で使うのなら短い方がいいと思う。けど、まだ剣の基礎を覚え始めたばかりなのに変則的な長さの剣を使ったら変な癖がつくんじゃないかな?」
「僕も同意見」
ディック兄ちゃんの意見に、テオドル兄ちゃんも賛成みたい。
「それにお父さんは今回のゴブリン集落のことしか言ってないけど、ここで買う武器は今回だけの使い捨てだと考えてない?」
「ん? そこまでは言わないが、短い剣は森や草原のようなある程度の広さがあるところだと不利だからな。捨てろとまでは言わないけど、普段使うのはいつも使っている長さの方がいいだろうからこれは次に使う時まで倉庫にでも放り込んでおくべきだな」
お父さんがそう言うと、ニコラさんたちはすっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだよ。
「こんな高いものをルディーン君に買ってもらって、それを使わずにしまっておくなんてできません」
「そうですよ。きちんと手入れをしながら使い続けるつもりですよ」
ニコラさんとユリアナさんの意見に、アマリアさんもそうだそうだって頷いてる。
それを見たテオドル兄ちゃんは、やっぱりそう思うよねぇって笑ってるんだ。
「お父さんや僕たちにとってこの剣は消耗品の一つにしか見えないけど、ニコラさんたちにとっては大金を払って買ってもらう大事な剣なんじゃないかな? それならそれ以降も使えるいつもの長さの剣を選んだ方がいいと僕は思うんだけど」
「そうです。テオドルさんの言う通りです!」
テオドル兄ちゃんの意見に、ニコラさんは大賛成ってうんうん頷いてるんだ。
だからお父さんも、ちょっと考え方を変えたみたい。
「普段も使いたいと言うのなら、確かにいつも使っている長さの剣の方がいいだろうな」
俺はやっぱり短い方がいいと思うんだけどと言いながら、まぁ長い方でもいいかって言ったんだよ。
それにね、お母さんもそっちの方がいいんじゃないなって言うんだ。
「空振りするかもしれないっていう不安は、そのまま疲労につながるもの。なれない洞窟での狩りなのに、剣の長さにまで気を使わないといけないのはどうかと思うわよ」
お母さんのこの一言がダメ押しになってみたい。
「シーラまでそういうのか」
お父さんはそう言うと、じゃあ長い方にするかって。
「ただこちらを選ぶ以上、危険が無いようゴブリン集落の攻略に向かう前に狭い所での戦い方をたたき込むからな」
「はい! お願いします」
こうしてニコラさんたちは、お父さんに狭い所の戦い方を教わることになったんだよ。
でもね、
「さて、剣選びは終わったみたいね。それじゃニコラちゃんたち、料理道具のコーナーに戻るわよ」
すぐに帰って練習をするつもりだったお父さんをほっといて、お母さんはニコラさんたちを連れてさっさとお料理道具を売ってるところに行っちゃったんだ。




