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689 絵に描いたからってすぐきれいに作れるわけじゃないんだよ

「ところで」


 そう言って石筆板をちらっと見るバーリマンさん。


「これに書いて宝石のカットを考えるというのはいい思い付きね」


 バーリマンさんはね、今までいろんな宝石を見てるからカットの形を絵に描いてみようなんて考えたことが無かったんだって。


 それに石筆板は書いたものを簡単に消せちゃうでしょ。


 だからいろんな形を試しに書いてみるのに、これほど向いてる物は無いよねって言うんだ。


「それで、この石筆板にはどんなカットを書いてみる予定だったの?」


「あのね、ルルモアさんがマッドリザードって魔物の魔石を持って来てくれたんだよ。それは平らなとこがみんな三角だったから、それをお手本にして作ってみてって言われたんだけど、魔石ってちゃんとした形してないでしょ。だから無理って言ったら、ちゃんとした形のを絵で書いてみたらいいじゃないかってキャリーナ姉ちゃんが教えてくれたんだ」


「なるほど。さっき緑の宝石をカットしたものは六角形で一つの面が大きかったから、それを小さな三角形の面にしようと考えたのね」


 僕が教えてあげると、バーリマンさんは石筆板になんか書き始めたんだ。


 でね、その書いたものを見てこんなものかな? って言うと、僕に見せてくれたんだよ。


「緑の宝石は亀の甲羅をモチーフにしたから楕円形だったけど、三角だと表現しづらかったから丸で描いてみたの。これをお手本にできる?」


 バーリマンさんが描いたのは、丸の中に三角をいっぱい描いた図形だったんだ。


 でも、絵は平らでしょ。だからそれを見ただけじゃ、できるかどうか解んなかったんだよね。


「原石でやって失敗したらやだから、こっちで作ってみていい?」


「ああ、鉄の玉で作るのね。いいわよ」


 バーリマンさんがいいって言ってくれたから、僕は鋼の玉を手にのっけながら石筆板を見たんだ。


 そこに書かれてる絵は平らだけど頭の中で一生懸命想像して、こんな形になるはずだよねって思いながらクリエイト魔法を発動。


 いっつもやってる鋼の変形だからなのか、頭の中にあった形にすぐ変わったんだ。


「う~ん。なんか変な感じがする」


「そうね。上の方がいいけど、下に向かって行くほど三角の形が崩れているわね。でも実物を目にしたおかげで、修正すべき点も見えて来たわ」


 できあがったものは、僕から見てもあんまりきれいじゃなかったんだよ。


 でもバーリマンさんは、それを見たおかげで大体の形がどんなものか解ったみたい。


 だからそれをお手本に、石筆板の絵を描き直してくれたんだ。


「上から見ただけじゃなく、横から見た絵も描いてみたんだけど」


「わぁ、これだったらちゃんとしたのが作れるかも?」


 さっきのよりもずっと解りやすいのを描いてくれたおかげで、どんな形にしたらいいのかがちゃんと想像できたんだよね。


 だからそれをお手本にクリエイト魔法を発動! そしたら今度はきれいな形のができあがったんだ。


「バーリマンさん。すっごくきれいな形になったよ」


「ええ、そうね。これなら原石で試してみてもいいんじゃないかしら」


 バーリマンさんもその形が気に入ってくれたみたい。


 この形にはどの色がいいかしらなんて言いながら、原石を選び始めたんだ。


「私ね、この形なら赤いのがいいと思うよ」


「そう? それならこれにしようかしら」


 キャリーナ姉ちゃんが赤がいいよって言ったらね、それを聞いたバーリマンさんはちょっと色が薄めだけどすっごく透明な赤い宝石の原石を選んだんだ。


「それじゃあ、ルディーン君。これでお願いするわ」


「うん、いいよ。でもこれ、最初に選んだ3つのと違うやつだよ。いいの?」


 さっきバーリマンさんが選んだのは、形はちょっと変だけど原石の中でおっきい順の3つだったんだ。


 でもこの原石はその3つよりちょっと小さいやつだもん。


 だからほんとにこれでいいの? って聞いたんだよ。


 そしたら、これでいいのよって。


「大きさも大事だけど、形に合うきれいな色を選んだ方が素晴らしいものができると思うもの。それにキャリーナちゃんも赤い宝石がいいと言ったから、これにするわ」


「解った! じゃあ、やってみるね」


 僕はその赤い宝石を手にのっけると、お手本の鋼の玉を見ながらクリエイト魔法を発動したんだ。


 そしたら原石の形がゆっくりと変わっていって、ちょっとしたらお手本そっくりになったんだよ。


「できた。これでいい?」


「ちょっと見せてね」


 僕がきれいになった赤い宝石を渡すと、バーリマンさんはそれを持って窓の方へ。


 そこでお外の光をいろんな方向から当てながら見てたんだけど、最後にうんって言ってニッコリしながらこっちを見たんだ。


「これ、想像以上にいいわよ。小さな三角の面が重なり合っているおかげで、光を当てる角度によって表情が変えてくれるもの」


 バーリマンさんは嬉しそうに言ったんだけど、それを聞いた僕はびっくりしたんだ。


「えっ? お日様に当てる方を変えると、形が変わっちゃうの?」


 今までいろんなものをクリエイト魔法で形を変えて来たけど、そんなこと一回も無かったでしょ。


 それにさっきまで形を変えた小さなかけらや原石も、光を当てたからって形は変わらなかったもん。


 だから何でそんなことになっちゃのか解んなくって、僕は大慌て。


 でもね、お母さんが笑いながらそういう意味じゃないよって教えてくれたんだ。


「バーリマンさんが言っている表情を変えるというのは、形が変わるという意味じゃないのよ」


「違うの?」


「ええ。見え方が変わるって言うのかな? この場合は光を当てる角度によって、きらめき方が変わるってところかしら」


 宝石に光を当てると、中がキラキラになるでしょ。


 お日様に当てる方向を変えるとそのキラキラが変化することを表情が変わるって言うんだって。


 もう! 変な言い方するから、びっくりしたじゃないか!


 そう思いながらぷんぷんしてると、そんな僕をほっといてキャリーナ姉ちゃんがバーリマンさんに私にも見せてって。


「ええ、いいわよ。キャリーナちゃんのリクエストでこの原石を選んだのですもの」


「やったぁ!」


 バーリマンさんに宝石を渡してもらって大喜びのキャリーナ姉ちゃん。


 それを持って窓のとこまで行くと、すぐに光を当て始めたんだ。


「ほんとだ! いろんなキラキラになるよ。それにほら」


 そう言って手のひらに宝石をのっけるキャリーナ姉ちゃん。


 何があるのかなってみんながのぞき込むと、手のひらの向きをあっちやこっちに変え始めたんだ。


「これ、下が平ぺったいからコロコロしないでしょ。だからこうやって動かすと、手にいろんなきらきらの影が映ってとってもきれい」


「あら、ほんと。それには気が付かなかったわ」


 それを聞いたバーリマンさんはびっくり。


 宝石に光を当てることはあっても、それを通ってできる陰のことなんて今まで考えたことが無かったんだって。


「ルディーン君もそうだけど、キャリーナちゃんの発想力もすごいわ。大人はそれそのものにしか目が行かないから、言われないとこの美しさには気付けないもの」


 バーリマンさんはそう言うと、さっき僕が形を変えた四角い宝石と亀の甲羅の形をした宝石も持って来たんだよ。


 そしてそのふたつの横に赤い宝石も並べて、お日様の光を当てたんだ。


「宝石の色だけじゃなく、カットや透明度の違いでもできる影は大きく違うのね。趣は違っているけど、どれも美しいわ」


 バーリマンさんはお母さんやルルモアさん、それにキャリーナ姉ちゃんにそれを見せながら、ちょっとの間宝石の影を見続けたんだ。


 読んで頂いてありがとうございます。


 今回ルディーン君が作った宝石のカットはローズカットと言われるものです。


 現実世界だと16世紀からあるものらしいのでそれほど新しいカットの形ではないですけど、面が多い分削る量が多いので魔力の内包量をなるべく減らさないという考えからこの世界ではまだ誰もやったことのない形だったりします。


 ただ、元々魔力を内包する力の弱い水晶などではその誤差など気にする必要もない程度ですから、後々それに気が付いたバーリマンが自慢と共に社交界に広めることになるのはまた別のお話w


挿絵(By みてみん)

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