685 キャリーナ姉ちゃんが話しちゃった!
ルルモアさんから黒い石の板を渡された僕。
でも、いきなりそんなのをもらってもどうしたらいいのか解んないでしょ。
だから頭をこてんって倒しながらルルモアさんを見たんだけど、
「それは石筆板?」
お母さんが僕が持ってる物を見てそう言ったもんだから、知ってるの? って聞いてみたんだ。
「お母さん。せきひつばんって何?」
「ああ、村では使わないからルディーンは知らないわね。それは書いたものを後で簡単に消せる板よ。ほら、一緒に白い石が付いてるでしょ。それで書くのよ」
そう言われて見てみると、石の板の隅っこにくぼみが彫ってあって、そこに白い石がはまってたんだ。
お母さんはそれを取ると石の板の上に線を一本書いてから、それを手でササって拭いてあっという間に消しちゃったんだ。
「ほんとだ。書いたのが消えちゃった」
「ねっ、便利なものでしょ」
この黒い板はね、何度も書き直さないとダメなところで使われるものなんだって。
だからイーノックカウのご飯屋さんとかでは、メニューを書くのにみんな使ってるんだよってルルモアさんが僕に教えてくれたんだ。
「何でご飯屋さんにそんなのいるの? おんなじ物出してれば、木の板でいいのに」
「それができれば一番なんだけどね。少し前にポイズンフロッグが出て、ブルーフロッグのお肉が手に入らないってことがあったでしょ。あれほど極端なことはほとんどないけど、でも毎回必ず同じ食材が手に入るとは限らないからメニューはどうしても変えなきゃいけなくなってしまうのよ」
イーノックカウはおっきな街だから、食べ物の多くは自分のところで作るんじゃなくって他から買ってるでしょ。
だから食べ物屋さんもその日に安かったもので作ったものを売るから、毎日メニューが違うそうなんだ。
「そっか。お店をやるのって、大変なんだね」
「そうよ。みんな苦労してるんだから」
そう言ってルルモアさんは笑ったんだけど、ここでキャリーナ姉ちゃんがこんなこと言いだしたんだ。
「でもルディーンやお母さんは、村で食べ物屋さんをやってるけどそんなの使ってないよね」
「えっ? 村でお店を?」
ちょっとびっくりしてお母さんのお顔を見るルルモアさん。
「シーラさんって狩人ですよね? お店までやってるんですか?」
「ああ、そんな大層なものじゃないんですよ。この子がいろいろなお菓子を作るものだから、ご近所の人たちが食べに来るようになっただけで」
「パンケーキとか、作ってるんだよね」
僕がお母さんに、ねーってやったら、キャリーナ姉ちゃんもつられて他のお菓子のお話を始めちゃったんだ。
「私、ルディーンが作るお菓子はプリンが好き! あとあと、アイスも!」
「ぷりん? あいす?」
「あっ、キャリーナ姉ちゃん。しぃー、しぃー」
キャリーナ姉ちゃんのお話を聞いて、頭をこてんって倒すルルモアさん。
でも、プリンはいいけどアイスクリームはナイショにしないとダメって言われてるでしょ。
だから僕、お口にひとさし指をあててキャリーナ姉ちゃんにしぃーってやったんだ。
そしたらお姉ちゃんも解ってくれたみたいで、慌てて両手をお口に当てたんだよ。
それを見た僕は一安心。
「よかった。ナイショだもんね」
そう言いながらホッとしてたんだけど、
「ルディーン君。キャリーナちゃん。何を内緒にしないといけないのかな?」
ルルモアさんがちょっと怖い笑顔で、僕とキャリーナ姉ちゃんに聞いてきたんだ。
「わっ、私知らない。だってルディーンが作ったお菓子だもん」
「あっ! キャリーナ姉ちゃん、ずるい」
キャリーナ姉ちゃんったら、そんなの知らないって後ろ向いちゃうんだもん。
だから僕、どうしようって思いながら周りをキョロキョロ見たんだよ。
そしたらお母さんがくすくす笑ってるのが見えたんだ。
「あー、お母さん、何で笑ってるの? 僕、困ってるのに」
「フフフっ、ごめんなさいね。あまりにかわいかったものだから」
お母さんがそう言って頭をなでたもんだから、僕がほっぺを膨らませて怒ってるんだぞってアピール。
でもそんな僕をほったらかしにして、ルルモアさんが今度はお母さんに聞いたんだよ。
「その様子からすると、シーラさんはご存じのようですね」
「ええ。アイスクリームのことを他で話してはいけないと言ったのは私ですから」
お母さんはね、アイスクリームは特別な魔道具を使わないと作れないお菓子なんだよって教えてあげたんだ。
「うちの村では最近、魔道リキッドの使用量が増えてきているから注意するようにと村長からお達しがあったんですよ。なので魔道具を使わないと作れない新しいお菓子のことは、他の人に教えてはダメよとこの子たちには言ってあるんです」
「なるほど。そういう事情があったのですね」
そう言って納得したようなお顔をするルルモアさん。
でもね、プリンとアイスクリームがどんなものなのかは気になってるみたい。
だからキャリーナ姉ちゃんに聞いたんだよ。
「それで、そのぷりんとあいすっていうのはどんなお菓子なの?」
「あのね、プリンは甘くてとろとろで、お口に入れるととっても幸せなんだよ。でね、アイスは甘くて冷たくて、お口に入れるとあっという間に溶けちゃうんだ」
身振り手振りをしながら、こんなにおいしいんだよって一生懸命教えてあげるキャリーナ姉ちゃん。
でもルルモアさんはよく解んないみたいで、困ったようなお顔をしながらお母さんの方を見たんだ。
「説明をお願いできますか?」
「ええ。いいですよ。まずプリンですが、卵と牛の乳、それに砂糖を溶かしたものを蒸すという蒸気を使った調理法で作るお菓子です。あと砂糖を焦がした、からめるというものも使います」
お母さんはキャリーナ姉ちゃんと違って、プリンの作り方を教えてあげたんだよ。
でもルルモアさんは、別のとこに引っかかったみたい。
「むす? と言うと、先日フランセン家の料理人が知識共有登録をしたという新しい調理法ですね」
「ちしききょうゆう?」
よく解んない言葉が出て来たもんだから、僕はルルモアさんにそれ何? って聞いたんだよ。
そしたら特許をとれるようなものではないけど、広く知らせた方がいいと商業ギルドが思った時に出すものだよって教えてくれたんだ。
「ただ、蒸すための道具に関して発案者を秘匿した状態で特許を取ったらしいのよ。それをみんな不思議がっているの。だって蒸す技術をその料理人が教えたなら、その調理道具もその人の発案だろうから」
「そっか。ノートンさん、なんでナイショにしたんだろうね?」
僕も何でかなぁって思ったから、ルルモアさんの隣で頭をこてんって倒したんだよ。
そしたらルルモアさんが、あっ! ってお顔をして僕を見たんだ。
「ああ、なるほど。これもルディーン君が考えたものだったのね?」
「何のこと?」
「蒸す道具のことよ。ルディーン君がロルフ様の料理人に教えたんでしょ?」
そう言われて考えてみたんだけど、クレイイールを蒸すんだよって教えた時はおっきな鍋の中にクリエイト魔法で作った土台と焼き網を入れたのを使ったでしょ。
僕、あれのことを蒸し器って言ったけど、次に行った時にノートンさんはクレイイールを蒸すためのちゃんとしたのを作ってたもん。
特許を取ったのはあの蒸し器だろうから、多分違うんじゃないかなぁ?
「蒸し方は教えてあげたけど、ちゃんとした蒸し器の作り方は教えてあげてないよ」
「その教えた蒸し方と言うのは、どういうものなの?」
「あのね、おっきなおなべの中にお水とそれよりも高い土台を入れて、その上に焼き網をのっけるんだよ。でね、そこに材料をのっけて蒸してもらったんだ」
僕がクレイイールを蒸した時のやり方を教えてあげると、ルルモアさんはちょっと考えてからこう言ったんだよ。
「ほら、やっぱりルディーン君が蒸し器の作り方を教えてあげたんじゃない」
「え~、なんで? 僕が作ったのとノートンさんが作った蒸し器は違うもんだよ」
「形はそうかもしれないけど、構造は同じでしょ。特許と言うのはその構造に対して与えられるものなんだから、多分その特許はルディーン君の名前で取られていると思うわよ」
そうなのかなぁ? 違うと思うんだけどなぁ。
僕がそう思いながら何度も頭をこてんって倒してたらね、ルルモアさんは気になるなら今度聞いてみたらいいじゃないって笑ったんだ。




