611 ホーンラビットは怖いけどかわいいんだよ
休みや閑話が入った為、約1月ぶりの本編です。
内容をよく覚えていないという方は申し訳ありませんが、610話をもう一度読み直してから楽しんでもらえたら幸いです。
クリームお姉さんが、お顔だけじゃなくって全体の絵を描いてって言ってたでしょ。
だから僕、木の板に一生懸命描いて、はいって見せてあげたんだ。
「あら、顔がすごく大きいのね」
「うん。だってこの方がかわいいもん」
僕が描いた絵だとね、このくまのぬいぐるみはお顔と体がおんなじくらいの大きさなんだ。
そりゃちょっとは体の方が大きいよ。
でもこれだと普通のお人形に比べたら頭が大きすぎるって思っちゃうかも。
「だめかなぁ?」
僕はかわいいと思うけど、初めて見る人にはおかしく見えてるかもしれないもん。
だからこんなの変だよって言われちゃうかなぁって、ちょっとドキドキしてたんだ。
でもね、クリームお姉さんはちょっと考えた後、にっこし笑ってこう言ったんだよ。
「なるほど。言われてみると確かに、このバランスはいいかも」
「ほんと? おかしくない?」
「ええ。本物に似せた木彫りの人形よりも、私はこの方が好きかな」
クリームお姉さんはそう言うとね、さっき作ったブラックボアのぬいぐるみを手に取って見せてくれたんだ。
「ほら、これだってつぶらな瞳がかわいいでしょ? それに丸々としていて本物とは程遠いじゃない」
「うん。すっごくかわいいよね」
「ええ、この絵のぬいぐるみも、できあがったらすごくかわいいと思うわよ」
はじめっからクリームお姉さんはかわいいものが欲しいって言ってたでしょ。
僕のぬいぐるみは本物と全然違うけど、作るのなら絶対こっちがいいって笑ったんだ。
「型紙に落としてみると、お尻がかなり大きいのね。それに足が前に出ているのは何か理由があるの?」
「うん。だってこうしとけばお座りできるでしょ」
木彫りの人形は足が硬いから、普通に作っても立つことができるんだよ。
でもぬいぐるみは布でできてるから、足が柔らかいもん。
おんなじように作ったら倒れちゃうから、はじめっから座れるように作んなきゃダメなんだよね。
そのことを教えてあげると、クリームお姉さんはちょっと感心したお顔に。
「なるほど。飾る時のことを考えてあるのね」
「うん。それにこの形ならくまさんだけじゃなくって、ちっちゃな子のぬいぐるみも作れるでしょ」
「そうか、他の形を作る時のことも考えての形なのね」
クリームお姉さんはそう言うとね、何かを思いついたのか近くにあった木の板を手に取ってすらすらすらって絵を描きはじめたんだ。
「じゃあさ、こういうのもいんじゃない」
「わぁ、ブラックボアが座ってる」
そこにはね、お座りしてるかわいいブラックボアの絵が描いてあったんだ。
それも顔が上じゃなくって前を向いてる、ほんとなら有り得ない形のが。
「初めから似せようと考えなければ、これと同じようにかわいくなる動物や魔物は多いんじゃないかしら?」
「うん。僕の村の近くに出るホーンラビットなんか、ぬいぐるみにしたらきっとかわいいと思うよ」
ウサギさんだもん。
角を丸っこくしたら絶対かわいいと思うんだよね。
「ホーンラビットって、あの凶悪な魔物よね。かわいくなるの?」
「うん。見ててね」
僕が考えたホーンラビットの絵を描いてあげたらね、それを見たクリームお姉さんはびっくり。
「なによ、これ! こんなかわいい人形になるの!?」
「うん。ホーンラビットは丸っこくするとかわいいんだよ」
クリームお姉さんは僕が描いたホーンラビットがすっごく気に入ったみたい。
「ブラックボアのぬいぐるみはもうあるし、今日はクマとホーンラビットのぬいぐるみを作ることにしましょう」
そう言って、ホーンラビットの型紙をすらすらと書き始めたんだ。
「ルディーン君。端切れで布を作っておくから、クマとホーンラビットの目と鼻を作っておいてくれない?」
「うん、いいよ」
体は布で作るけど、おめめとかお鼻はお外に落ちてる石で作るでしょ?
それは僕にしか作れないから、クリームお姉さんが端切れで布を作ってる間に作っちゃうことにしたんだ。
「どれくらいの大きさのを作ればいいの?」
「ちょっと待ってね、実寸大の絵を描くから」
そう言ってクリームさんが描いた絵を見てびっくり。
だって思ってたのよりもずっとおっきかったんだもん。
「こんなにおっきなのを作るの?」
「ええ。どうせ作るのなら、私がぎゅって抱きしめられるくらいのが欲しいもの。これくらいの大きさじゃないとね」
クリームお姉さんって筋肉ムキムキで体もすっごくおっきいもん。
そのお姉さんがぎゅってするぬいぐるみなら、確かにこれくらいの大きさのものがいるかも。
「色はどんなのがいい?」
「そうねぇ。目はクマが青っぽいのでホーンラビットは赤かな。鼻は両方とも茶色っぽいのをお願いするわ」
「うん、わかった!」
僕は元気よくお返事すると、そのままお外へ。
近くをうろうろしながら、いい石が無いかなぁって歩き回ったんだよ。
でもね、イーノックカウは石畳のとこが多いから、あんまり石が落ちてないんだよね。
「黒いのとか青っぽいのはいっぱいあるけど、赤いのがないなぁ」
ホーンラビットは真っ赤なおめめだから、なるべく赤いのが欲しいんだけどなぁ。
そんなことを考えながら探してたら、結構時間がかかっちゃったんだよね。
だから大急ぎで裁縫ギルドに帰っていくと、そこにはもう完成した2個のぬいぐるみが置いてあったんだ。
「わぁ、もう作っちゃったの? 僕、お手伝いしたかったのに」
「ああ、ごめんなさい。どうにも我慢ができなくて」
クリームお姉さんはね、できあがった布と型紙を見てるうちに、早く出来上がったものが見たくて仕方がなくなったんだって。
だからお母さんと一緒に、この2つを完成させちゃったんだってさ。
「でも、一番大事な目と鼻はルディーン君が作ってくれないとつけられないの。だからお願い」
「うん、すぐ作るね」
いつまでもおめめが無いのはかわいそうだもん。
僕は拾ってきた石をテーブルの上にのっけると、体に魔力を循環させてクリエイト魔法を使ったんだ。
「はい。できたよ」
「ありがとう。これでこのぬいぐるみたちに命を吹き込めるわ」
クリームお姉さんは僕から石を受け取ると、ずばばばばぁって、あっと言う間に縫い付けちゃったんだよ。
「うん。やっぱり目が入るとすごくかわいくなるわね」
そう言って、クマのぬいぐるみをぎゅって抱っこするクリームお姉さん。
それを見た僕もホーンラビットのぬいぐるみを抱っこしようとしたんだよ。
でもこのぬいぐるみ、ちょっとおっきすぎるんだよね。
「あらあら、クリームさんだとちょうどよく見えるけど、ルディーンはどちらかというと抱き着いてるって感じになってしまうわね」
「だってこれ、座った僕とおんなじくらいの大きさだもん。抱っこできないよ」
この二つのぬいぐるみはどっちも高さが60センチ以上あるし、体なんて僕より太いんだもん。
持ち上げるのは大変だから抱きつくことにしたんだ。
「私を基準に作ったから、ルディーン君には大きすぎたわね」
「でも、ふかふかで気持ちいいいよ」
このホーンラビットのぬいぐるみって、中にブルーフロッグの背中の皮が入ってるでしょ。
だから抱き着くとすっごく柔らかくって気持ちがいいんだ。
「ええ、そうね」
クリームお姉さんもその感触がすごく気に入ったみたいで、ずっとニコニコ。
「ねぇ、ルディーン君。これ、他の街のギルドマスターにも教えてもいい? きっと多くの人たちが欲しがると思うわよ」
裁縫ギルドにも、今までになかったデザインの服を登録する特許みたいなものがあるんだって。
それに登録するといろんな街の裁縫ギルドのギルドマスターに通知が行くから、こういう新しいものはすぐに伝わるんだよって教えてくれたんだ。
「じゃあさ、ブラックボアのぬいぐるみも一緒に教えてあげようよ。だってこれ、すっごくかわいいもん」
クリームお姉さんが作ったブラックボアのぬいぐるみ、丸っこくってすっごくかわいいんだよね。
これを見たらきっと、みんな欲しいって思うんじゃないかな。
「単純な形だけど、これはこれでかわいいものね。わかったわ。この型紙も一緒に登録しておくわね」
クリームお姉さんはそう言うと、はいって僕にブラックボアのぬいぐるみを渡してきたんだ。
だから僕、どうしたんだろうって頭をこてんって倒したんだよ。
「この二つのぬいぐるみは材料費がかなりかかっているし、いい宣伝になるからこのギルドに飾らせてほしいのよ。その代わり、このボアのぬいぐるみはルディーン君に進呈するわ」
「いいの?」
「ええ。その代わり、今度目と鼻の石をいくつか作ってもらえないかな、石はこっちで用意するから」
ぬいぐるみはクリームお姉さんでも作れるけど、おめめやお鼻の石は無理でしょ。
作れる職人さんは探すそうなんだけど、すぐには見つからないだろうから僕に作って欲しいんだって。
「うん。いいよ。でもその代わり、今度小っちゃいぬいぐるみを作ってね」
このぬいぐるみ、スティナちゃんに持って帰ってあげたらすっごく喜ぶと思うんだ。
それにきっとキャリーナ姉ちゃんも欲しいって言うと思うもん。
クリームお姉さんにそれを教えてあげると、ニコニコしながらいいわよって。
「私としても何個か作って早くコツをつかみたいから、お安い御用よ」
「いいの? やったぁ!」
ぬいぐるみが作ってもらえると聞いて、僕は大喜び。
お母さんにまた来ようねって言って帰ろうとしたんだよ。
でもそんな僕にお母さんは呆れたお顔でこう言ったんだ。
「ルディーン、私たちがここに来た理由は何だったかしら?」
「あっ、そうだ! 取っ手の付いた敷物を探しに来たんだった」
こうして僕たちは無事取っ手の付いた敷物を手に入れる事ができたんだけど、この話には続きがあるんだ。
「ギルドマスター、なんてものを店先に置くんですか!」
クリームお姉さんが作った二つのぬいぐるみ、僕たちが帰った後に早速裁縫ギルドに飾ったんだって。
それにね、端切れでちっちゃなぬいぐるみを新しく作ってはその横に並べてたそうなんだよ。
そしたらそれを見た人たちがあれは何? って騒ぎだして、すぐに作って欲しいって人がいっぱい来たみたいなんだ。
「どうしましょう。本体は作れるけど、ぬいぐるみの命ともいえる目の部品が私じゃ作れないのよねぇ」
「これは、誰に作ってもらったんですか? すぐに依頼を出してください!」
「そんなの無理よ。これを作ったのは小さな子供なのよ」
僕に頼むなんてできないからって、クリームお姉さんたちは大慌てでぬいぐるみのおめめを作れる職人さんを探すことになっちゃったんだってさ。
読んで頂いてありがとうございます。
世にあふれている現在でもぬいぐるみは人気商品です。
それが初めて世に出たとなれば、大騒ぎになるのは当たり前ですよね。
そしてこれも特許なので、当然その収益の一部はルディーン君に入る訳で。
これ、クーラーや簡易冷蔵庫なんかよりかなりのビックビジネスの予感。
なにせ魔石のような特殊なものは必要がありませんからね。
こうしてまた知らぬ間にルディーン君の預金が増えていくとw




