608 ちっちゃな布でもいっぱい使うとおっきくなるんだよ
僕がぬいぐるみは布で作るお人形だよって教えてあげたらね、クリームさんがなんか言う前にお母さんがそんなの作れないよって言い出したんだ。
「ルディーン。布はとても作るのが大変で高価な物なの。だからそんなものを使って人形を作るなんてとても無理よ」
「そうなの?」
僕、ぬいぐるみだったらキャリーナ姉ちゃんやスティナちゃんも欲しがるだろうから、クリームお姉さんが作る時に一緒に作ってもらおうって思ってたんだ。
でもお母さんがそんなの作れるはずないって言うんだもん。
だからしょんぼりしちゃったんだけど、そしたらクリームお姉さんが笑いながら大丈夫よって。
「そんなにがっかりしなくても大丈夫よ。それより、布で作るぬいぐるみと言うお人形がどんなものなのかを教えてもらえないかしら?」
「えー、でもお母さんが布のお人形なんか作れないって言ったよ」
「そうね。では、まずその心配から取り除いて行きましょうか」
クリームお姉さんはそう言うと、さっき僕たちに見せてくれた刺繍がしてある小っちゃい布をもう一回出して見せてくれたんだ。
でね、それをテーブルに一枚ずつ並べながら、こんな事を言ったんだよ。
「服を作っていると、どうしてもこんな端切れができてしまうのよ。でも流石にここまで小さいものだと、もう使い道が無いでしょ? だから私はこれに刺繍をしていたんだけど、でもほら」
「あっ! おっきな布みたいになった」
隙間が無いように並べてったらね、一枚一枚はちっちゃかったのにおっきな布みたいになっちゃったんだ。
「こんな風に小さな布を継ぎ足したら確かに一枚の布にはなるけど、流石に服には使えないわ。でもお人形さんにすると言うのなら話は別だと思うのよ」
いっぱい並んでるちっちゃな布はみんな色や形が違うから、つなげて布を作ってもそれを使った服は誰も着たいと思わないんだって。
でもね、そんな布でもお人形さんにするんだったら、いろんな色があってかわいいんじゃないかしらってクリームお姉さんは言うんだ。
「いろいろな布をつなぎ合わせると、カラフルな見た目になるもの。そんな布でお人形を作ったらかわいいと思わない?」
「う~ん、よくわかんない」
僕、いろんな布を使って作ったぬいぐるみなんて見た事無いから、そう言われてもよく解んないんだよね。
だけど今テーブルの上に並んでるちっちゃな布には、クリームお姉さんが縫った刺繍がしてあるでしょ。
だからそれは、テーブルに並んでるだけでもとってもきれいなんだ。
「でもこれ、とってもきれいだからぬいぐるみにしてもいいと思うよ」
「うふふっ、そうね。じゃあ、これでそのぬいぐるみというものを作ってみる事にしましょう」
作るための布が決まったから、クリームお姉さんは僕にぬいぐるみがどんなものなのか、もうちょっと詳しく教えてねって言ってきたんだ。
だから僕、ぬいぐるみの事を教えてあげたんだよ。
「なるほど。ぬいぐるみと言うのは人形の形に縫った布の中に詰め物をして作るのね」
「うん。中に綿を入れてパンパンに膨らませるんだ。そしたらふわふわになるから、抱っこしたら気持ちいいんだよ」
でもね、それを聞いたお母さんがまたちょっと待ってって言ったんだよ。
「ルディーン。”わた”ってなに? 私、そんなもの知らないんだけど」
「あのね、雲のお菓子みたいなのがあるんだって。前にロルフさんがコットンって言ってた」
「わたって、コットンのことなの? う~ん、流石にそれは使えないわね」
僕たちのお話を横で聞いたクリームお姉さんはね、流石にコットンは高すぎて使えないなぁって言うんだよ。
「クリームさんはわたって言うものが何か知っているんですか?」
「ええ。綿花と言う白い糸を丸めたような花をつける植物があって、その花を集めたものをコットンって言うの。でもこれ、すごく高いのよね」
コットンの花って糸や布の材料になるけど、一個一個がちっちゃいからすっごく広い畑で作ってもそんなにできないんだって。
それに普通のとこだと食べ物の方が大事だから、みんなコットンの花を植えるよりも麦とか芋とかを育てる方がいいって思うでしょ。
だから裁縫ギルドのギルドマスターをやってるクリームお姉さんでも、コットンは1年に1度触れるかどうかって言うくらい貴重なものなんだってさ。
「そっか。じゃあ綿は使えないんだね」
このお話を聞いて、僕はまたしょんぼりしちゃったんだよ。
だって思ってる通りのぬいぐるみは作れないんだって解ったんだもん。
でもね、クリームお姉さんはまたおほほほって変な笑い方をしながら、実はいいものがあるのよって。
「つい最近、冒険者ギルドが面白いものを売り出してね」
「いいもの?」
そう言って出してきたのがよく知ってるものだったから、僕、すっごくびっくりしたんだ。
「あ~、ブルーフロッグの背中の皮だ」
「あら、よく知ってるわね。これ、大きなものは高かったけど前から売られていたのよ。でもそのせいで今一歩使いにくかったのが、つい最近こんな小さなものが安く売り出されてね」
クリームお姉さんが見せてくれたのは、筒状になってるブルーフロッグの背中の皮だったんだ。
「これってとても柔らかいでしょ? だからぬいぐるみの詰め物にもってこいなんじゃないかしら」
「うん。これなら大丈夫だと思うよ」
ブルーフロッグの背中のなめし皮で作ったベッドは、ふわふわで寝るととっても気持ちいいって言ってたもん。
だから僕、これを入れてぬいぐるみを作ったら抱っこした時にとっても気持ちいいんじゃないかな。
そんな事を考えてたらね、ふとある事に気が付いたんだ。
「あれ? でもなんでこれがここにあるの?」
これって確か、ベッドなんかを作る時に使うって言ってたよね。
だから僕、何で裁縫ギルドにあるの? って聞いてみたんだよ。
そしたらクリームお姉さんは、笑いながらその理由を答えてくれたんだ。
「これは君の言う通り、椅子に使ったりベッドに使ったりするものでしょ。その本体は確かに木工ギルドの領分だけど、座面や寝る場所は布を使って作るもの。だから私たち裁縫ギルドも製作にはかかわっているのよ」
「そっか! 寝るとこや座るとこは布だもんね」
そう言えばストールさんが僕んちに置いてくれた椅子も、座るところはブルーフロッグの皮が入った布でできてたっけ。
それに僕、この皮の筒は最初、クッションに使ったらいいんじゃないかなぁって思って作ったんだよね。
クッションだったら、これさえあれば裁縫ギルドだけで全部作れちゃうもん。
ならここにあっても全然変じゃないのか。
「それにこれ、同じブルーフロッグの皮でも腹の皮と違ってナイフで簡単に削れるから、加工するのにも向いているのよね」
「そうだね。これを小っちゃく切って詰めてけば、きっと綿を入れたのとおんなじくらいふわふわなぬいぐるみが作れると思うよ」
ぬいぐるみって中に入ってる綿の量で硬くなったり柔らかくなったりするでしょ?
だから入れる量を変えやすいように、ブルーフロッグの皮はちっちゃく切ってからぬいぐるみに詰めた方がいいと思うんだよね。
「ああ、なるほど。確かに小さく切ってから詰めた方が、硬さの調節が簡単そうね」
クリームお姉さんはブルーフロッグの皮を使うとこまでは考えてたけど、それを小っちゃく切って入れた方がいいなんてことまでは思ってもいなかったみたい。
「これはいきなりじゃなく、一度簡単なものを作ってから本番のぬいぐるみ作りに入った方が良さそうね」
だから僕のお話を聞いて、ぬいぐるみを作る前に簡単な形の物を作って実験する事になったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
端切れを継ぎ足して作るパッチワーク、今ではこれを使った服もありますが、流石に手縫いの頃はそんなものはないですよね。
なにせ端切れをつなぎ合わせる手間はものすごくかかるのに、出来上がったものは傍から見ればつぎはぎだらけの貧乏くさいものになってしまうので。
ただ、端切れでも大きなものは穴の開いた場所に当てるなどして使われる事はあります。
でも今回使われているのは手のひらに乗るほど小さな端切れなので、今までは捨てるしかありませんでした。
穴が開いたという事はその周りの布もすり減っているという事なので、小さな布では穴をふさいだらそこだけが強くなって別の場所がすぐにやぶれてしまうので。




