584 お父さんが持ってくんじゃないんだってさ
貸してくれるっていうマジックバッグが領主様のもんだって聞いて、お父さんがそんな依頼受けられないって怒っちゃったでしょ?
だからそれを聞いたルルモアさんは大慌て。
「ちょっと待ってください。まだこの話には続きがあるんです」
「領主様の持ち物を借りて、もしそれをなくしたり壊したりしたら大変だろう? だから断ると言っているのに、そこからどんな話があるって言うんだ?」
「いえ。そもそも、その前提が間違っているんです」
ルルモアさんはね、確かに貸し出されるのは領主様のマジックバッグだけど、それを貸すのはお父さんにじゃないんだよって言うんだ。
「ん? ベニオウの実を採りに行くからマジックバッグを貸し出すって話になったんだろ? なのに貸すのは俺たちじゃないってどういう事なんだ?」
「それはですね、正確にはマジックバッグを貸し出すのではなく、それを持った者を派遣するのでカールフェルトさんたちに同行させてほしいという依頼なんですよ」
冒険者ギルドもね、領主様のマジックバッグを貸してあげるから採ってきてって言っても断られるだろうなぁって思ったんだって。
だから最初は依頼が来た時に無理ですよって断ったんだって。
でもね、そしたら領主様の方から、貸すのが無理ならマジックバッグを持たせた人を一緒に連れてたらいいんじゃないの? ってお返事が返ってきたんだってさ。
「だからもし紛失したりしたとしても、カールフェルトさんたちの責任にはならないんですよ」
「なるほど。それならば別に構わないが、一体だれを連れて行けばいいんだ?」
無くしちゃってもお父さんが怒られないんだったら、領主様のマジックバッグを借りてってベニオウの実を採りに行っても別にいいんだよ。
でもそのマジックバッグを持ってく人によっては、ちょっと問題があるかもしれないよってお父さんは言うんだ。
「もし領主様のところの兵士の一人だというのなら、そいつがたとえ優秀だとしてもそれは危ないから正直やめておいた方がいいと思うぞ」
「ああ、それに関しては私たちも解ってますから大丈夫ですよ」
僕ね、このお父さんとルルモアさんとのお話を聞いて、何で? って思ったんだよ。
だってさ、兵士さんっていっぱい訓練してるから強いはずでしょ?
なのにお父さんとルルモアさんは、兵士さんだと危ないから連れてっちゃダメなんて言うんだもん。
それにさ、前にロルフさんたちを森の奥の方まで、ベニオウの実を採りに連れてってあげた事があるよね。
お爺さんのロルフさんは連れてってもよかったのに、何で強いはずの兵士さんはダメなんだろう?
そう思った僕は、お父さんに聞いてみる事にしたんだ。
「ねぇ、お父さん。ロルフさんたちはベニオウ狩りに連れてってあげたよね? なのに何で兵士さんだとダメなの?」
「ああ、それはな、人と魔物、それに平地と森とでは戦い方が根本的に違うからなんだ」
兵士さんたちはね、他のとこから攻めてきた人たちや野盗なんかの悪もんと戦うのがお仕事でしょ?
でも僕たちが行くのは森の中で、戦うのも動物や魔物だから危ないんだよってお父さんは教えてくれたんだ。
「これが前に連れて行ったロルフさんのような人たちなら、俺たちが守りながら戦えばいいだけだろ? でも兵士は自分たちも戦えると思っているから、かえって守るのが難しいんだ」
「ええ。だからギルドからもその事を伝え、兵士の代わりに領主様の懇意にされている方が専属契約をしている冒険者を派遣してもらえる事になっているんです」
そっか、悪もんは剣とかを持ってやーってこっちに向かってくるだけだけど、魔物は大人よりずーっとおっきなのがドドドって突進して来たり、ちっちゃくってすばしっこいのが木の間をぴょんぴょん飛び回ったりして襲ってくる事もあるもんね。
それに森の中には背の高い草が生えてたり木の根っことかがうねうねしてる事があるから、ちゃんと足元を気にしてないと転んじゃうでしょ?
だからそういうとこでの戦い方を知らないと、いっぱい訓練してる兵士さんたちでも危ないかも。
「うーん、それだったら兵士さんは連れてかない方がいいかも」
「ああ、そうだろ。その点、冒険者が一緒に行くというのなら安心なんだが」
お父さんはそう言うとね、ルルモアさんにその冒険者さんはすぐに来れるの? って聞いたんだ。
「その冒険者はすぐにここに来られるのか? 俺たちはこれから森に向かうつもりだったから、あまり時間がかかるようなら、やはり断りたいんだが」
「ああ、それは大丈夫です。私がカールフェルトさんにこの話をしはじめた時点で、すでに使いの者が呼びに行っているはずですから」
その冒険者さんはね、このギルドの近くにお家を借りて住んでるんだって。
だからギルドの人が呼びに行けばすぐ来てくれるよってルルモアさんが教えてくれたんだ。
「なるほど。ではマジックバッグはどうなんだ? 領主様のところから借りてこようと思ったら、結構な時間がかかるんじゃないか?」
「ああ、それも大丈夫です。なにせこの冒険者ギルドで保管しているのですから」
僕ね、このお話を聞いてすっごくびっくりしたんだよ。
だってさ、マジックバッグってすっごく高くて貴重なもんでしょ?
だから領主様のマジックバッグはきっと、領主様の住んでるお城とかに大事にしまってあるんだろうなぁって思ってたんだもん。
でね、それはお父さんもおんなじだったみたいで、すっごくびっくりしたお顔でそれはほんとなの? って聞いたんだよ。
「領主様のマジックバッグを冒険者ギルドで預かってるって、それ、本当なのか?」
「はい。実を言うとですね、この街にあるマジックバッグは、その殆どがこの冒険者ギルドに預けられているんですよ」
僕たちはグランリルの村に住んでるから知らなかったけど、この事はイーノックカウに住んでるお金持ちだったらみんな知ってるお話なんだって。
「ご存じの通り、マジックバッグはとても高価で貴重なものです。でも、普段からよく使うものではないですよね? だから普段は安全な場所に預けておいた方が安心だと考える人が多いんですよ」
「なるほど。それがこの冒険者ギルドだと?」
「はい。どんな大きな盗賊団だとしても、冒険者ギルドに押し込もうなんて考えませんからね」
この冒険者ギルドってギルドマスターのお爺さんもそうだけど、その他にも強い人がいっぱいいるんだって。
だからもし悪もんが攻めて来たって、みんなやっつけちゃうんだよってルルモアさんは言うんだ。
「それにもしDランク以上になれるのなら、野盗になんてならずに冒険者になってますね。だってその方がよっぽど稼げますから。そしてそんな実力もない野盗たちなら例え何十人いたとしても、うちのギルマス一人で簡単に撃退すると思いますよ?」
「あの爺さんならやりかねないな」
そう言えばお父さん、前にギルドマスターのお爺さんはすっごく強いんだよって言ってたっけ。
他の野盗の人は知らないけど、前に道であった野盗の人たちはすっごく弱っちかったから、あんな人たちばっかりだったらきっとギルドマスターのお爺さんだけでみんなやっつけちゃうだろうなぁ。
「それにですね、マジックバッグが入れてあるこのギルドの金庫も普通のものじゃないんですよ」
「と言うと、その金庫は魔道具なのか?」
「ちょっと違うんですけど、似たようなものですね。このギルドは地下がすべて一つの大きな金庫になっていて、その壁も扉も普通じゃない造りになっているんですよ」
この冒険者ギルドの金庫にはね、マジックバッグだけじゃなくって貴重な魔物の素材とかもいっぱい入ってるんだって。
だからどんな泥棒でも盗めないようにしてあるんだよって、ルルモアさんは言うんだ。
「壁や床には厚さ1メートル以上の、それも普通のものよりかなり硬い岩が敷き詰められているので、穴を掘って侵入する事はできません。それに扉だって中心にミスリルが使われているという話ですから、あれを力ずくで突破しようと思ったら国宝級の武器が必要なんじゃないかしら」
「それは凄いな」
「はい。そしてその地下金庫に続く扉は警備担当の職員が常にいる部屋にありますから、こっそり忍び込むのも不可能ですからね。だからある意味、領主様の館よりも安全な場所と言えるでしょうね」
このギルドの警備をしてる人たちはね、冒険者を引退する前はパーティの中で魔物を探したり、隠れた罠や扉を見つけたりする係だった人が多いんだって。
だから隠れるのが得意な泥棒が来たって絶対見つけちゃうから、こんなに入るのが難しい金庫は冒険者ギルドの中でもあんまりないんじゃないかなぁってルルモアさんは笑ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
現実世界でも、押収品の麻薬が置いてあるからと言って警察署に押し込む強盗はいませんよね。
それと同じで、野盗の討伐依頼を受ける冒険者ギルドに押し込む野盗はいません。
そう考えると、数人の警備しかいない貴族や大商会の館よりも冒険者ギルドの金庫に預けた方が安心というのは当たり前ですよね。




