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542 そっか、生きてるのはぬるぬるしてるんだね


 ノートンさんたちと蒸し器のお話をしてたらね、厨房にメイドさんが来てストールさんに声を掛けたんだよ。


 でね、そのメイドさんとお話したストールさんは、僕に向かってこう言ったんだ。


「ルディーン様、どうやらクレイイールが届いたようです」


「ほんと? ノートンさん、クレイイールが届いたって」


 さっきのメイドさんはね、クレイイールを買いに行った人が戻ってきたから、それを教えてくれるために来たんだって。


「あれ? でもさっきのメイドさん、クレイイール持ってなかったよね」


「はい。流石に女性一人では運べませんから、厨房の外に出るためのドアの前まで運ぶようにと指示を出したそうですわ」


 そう言えばクレイイールって、前の世界のウナギと違ってとってもおっきかったっけ。


 僕が前に持ってきた時はしっぽの方だけ切って持ってきたけど、ノートンさんはクレイイールを買って来てってしか言ってないから、きっとおっきいまんまのを買って来たんだよね。


 なら、そんなのをメイドさんが一人で入口からこんなとこまで持って来れるはずないか。


「お外にあるの? ノートンさん、見に行ってもいい?」


「ああ、いいぞ。というか、食材が届いたのなら状態を確認しないといけないから、俺も一緒に行くぞ」


 って事で僕とノートンさん、それにカテリナさんとストールさんの4人でお外へ。


 そしたらそこに執事さんの格好をした人が二人いて、その横にはおっきな木でできたタライみたいな入れもんが置いてあったんだよ。


「あれかな? あれの中に入ってるのかな?」


 それを見た僕は早くクレイイールが見たかったもんだから、タッタッタッて走ってそのタライのとこまで行ったんだよ。


 でね、そのタライの中を覗き込んだんだけど、そしたら中でおっきなクレイイールがうねうねしてたもんだから、僕、すっごくびっくりしたんだ。


「ノートンさん。動いてる! このクレイイール、生きてるよ」


「そりゃ生きてるだろ。死んでたら、鮮度が急速に落ちるからな」


 ノートンさんが言うにはおっきなお魚屋さんは普通、お魚を生け簀ってのの中に入れて売れるまで生きたまんま置いとくんだって。


 だってノートンさんの言う通り、お魚はお肉と違って死んじゃったらすぐに鮮度が落ちてっちゃうでしょ?


 だからおっきなお魚屋さんにこういうお魚が欲しいって買いに行くと、こんな風に生きたまんま持って来てくれることが多いんだってさ。


「そっか。だから生きてるんだね」


 僕はそう言うと、もういっぺんタライの中のクレイイールを見てみたんだ。


 そしたらね、ある事に気が付いたんだよ。


「あれ? このクレイイール、何かぬるぬるしてるっぽい。こないだ屋台のおじさんにもらったのはぬるぬるしてなかったのに、何でかなぁ?」


 前に屋台のおじさんから貰ってきたクレイイール、触ってもぬるぬるしてなかったからよく似てるけど前の世界のウナギとは違うんだなぁって思ったんだよ。


 でもこのタライの中に入ってるクレイイールは、ウナギとおんなじようにぬるぬるしてるんだもん。


 だから僕、もしかしてクレイイールにもいろんなのがいるのかなぁ? って思ったんだよ。


 でもね、それはちょっと違うみたいなんだ。


「ああ、それは多分、前にルディーン君もらって来たやつは締めた後に、扱いやすいよう洗ってぬめりを取ってあったんじゃないかな」


「このぬめぬめって、洗ったら取れるの?」


「ああ。生きてるうちはいくら洗っても出てくるが、締めてから少し経てば出なくなるからな」


 そっか、確かに屋台でお料理しようと思ったらお水をあんまり使えないもん。


 だから先に洗ってから持って来てたって不思議じゃないよね。


「僕、生きてるの初めて見たから、もしかして違うクレイイールなのかと思っちゃった」


「まぁ、こんな特殊な魚、普通は見た事無いだろうから勘違いしても仕方がないかもな」


 ノートンさんは僕にそう言って笑うと、その後調理場の中にクレイイールを運んでねって執事さんの格好をした二人に頼んだんだ。



 調理場に戻った僕たちは炭に火を起こしたり、捌いた後のクレイイールに打つための串とかを用意してたんだけど、その途中で僕、あれ?って思った事が出て来たんだ。


「そう言えば、ノートンさん。クレイイールってお魚屋さんで普通に売ってるんだね」


「ん? どうしたんだ、いきなり」


「あのね、僕、前に市場を見て回った時に、おっきなお魚がいっぱい売ってるとこを見つけたんだ。でもさ、そこにはクレイイールなんて売ってなかったんだよ。それにさ、屋台のおじさんも売ってるのはみんな自分で獲ってきたやつだって言ってたもん」


 屋台のおじさんは、クレイイールはあんまりおいしくないけど安いから売れるんだよって言ってたよね。


 だったらさ、わざわざおっきなお魚屋さんで高いお金を出して買う人なんかいないんじゃないかなぁ?


 そう思った僕は、ノートンさんにクレイイールがお魚屋さんに売ってる事にびっくりしたんだよって言ったんだよ。


「ああ、なるほど。確かにクレイイールを買いに行ったという事実だけを見れば確かに驚くかもな」


 そしたらね、ノートンさんはなんでお魚屋さんにクレイイールが売ってるのかを教えてくれたんだ。


「実を言うと、先日までクレイイールを扱っている魚屋は無かったんだ」


「売ってるお店、無かったの?」


「ああ。だがこの間ルディーン君が美味しく食べる方法を教えてくれただろう? だからいつでも手に入るように、贔屓にしている魚屋に仕入れておいてくれと頼んでおいたんだ」


 これにはちょっとびっくり。


 クレイイールがいつでも買えるようになったのは、ノートンさんがわざわざ頼んでくれてたからなんだってさ。


「流石に生簀の数は限られているから泥抜きまでして置いてくれとまでは頼めないが、クレイイールは泥の中で眠る習性を見ても解る通り水から出しても数日は生きているくらい生命力が強い魚だからな。あらかじめ捕まえておけば頼んでからすぐに泥抜きを始められるから、囲った場所でいつも1匹か2匹は確保してくれているんだよ」


 クレイイールって、お魚だけど餌さえあればお水が無くっても泥があるとこだったらずっと生きてられるそうなんだよね。


 だから他のお魚を入れとくとこを減らさなくっても、川辺にある泥の所に柵を作って入れとけばクレイイールが寝る夜だけじゃなく、いつでも簡単に捕まえられるようになるんだってさ。


「ただ、さっきも言った通り、俺たちが調理しようと思ったら数日前に泥抜きを始めてくれと魚屋に頼む必要があるからな。今日みたいにすぐに食べようと思ったら、ルディーン君のような錬金術師に頼まないといけないんだ」


「そっか。じゃあ急に誰かが食べたいって言ったら、ロルフさんに泥抜きしてって頼まないとダメなんだね」


「いや、流石に旦那様に泥抜きを頼む勇気はないなぁ」


 僕ね、ロルフさんだったら頼めばきっとすぐにやってくれるんじゃないかなぁって思うんだよ?


 でも、ノートンさんはそれは無理だよって。


「そっかぁ。あっ! だったらさ、バーリマンさんに頼めばいいと思うよ」


「いや、流石にクレイイールの泥抜きを錬金術ギルドのギルドマスターに頼むのはちょっと」


「そっか、バーリマンさんもダメなのかぁ」


 とってもいい考えだと思ったのに、ノートンさんはちょっと困ったようなお顔をしながら、今度やってくれそうな人を探しとくよって笑ったんだ。



 それからノートンさんが、ぬめぬめしてるクレイイールのエラの所をつかんであっと言う間に捌いちゃったり、それをカテリナさんが骨や内臓を取ってから適当な大きさに切り分けたりしてったんだよ。


 でね、僕はお手伝いできることがなさそうだから、その間に焼いたクレイイールに付けるたれ作り。


 これはオヒルナンデスヨでやってた作り方なんだけど、まずはノートンさんが切り落としたクレイイールの頭を泥抜きしてから起こした炭火の上に置いた網にのっけて、そのまましっかり火が通るまで焼いたんだ。


 でね、それをほんとだったら日本酒とみりんの入ったお鍋に入れて煮るんだけど、ここはそんなのないでしょ?


 だからお水の中に蒸留酒を入れて、その中に焼いたクレイイールの頭をドボン。


 そのお鍋をストールさんに火にかけてもらって、ぐつぐついってきたらその中にお砂糖をどばって入れたんだよ。


「ルディーン様、このままこれを煮続ければよろしいのですか?」


「ううん。もうちょっとしたらね、ここにお醤油を入れるんだよ」


 お砂糖が全部解けた後、お鍋の中からお酒の匂いがあんまりしなくなるまで待ってから、今度はその中にお醤油を投入。


 でね、そのお鍋がもういっぺんぐつぐついってきたら、ストールさんにお鍋をちょっと火から遠いとこに移してもらってと。


「後はちょっとの間このまんま煮といて、最後にクレイイールの頭を取ったらたれは完成だよ」


「意外と簡単なのですね」


「うん。でも、焼いたクレイイールの頭から油が出てくるからとってもおいしいたれができるんだよ」


 たれはこのまんまほっとけば勝手にできちゃうでしょ?


 だからこれはストールさんに見といてねって頼んじゃって、僕は次の工程へ


「カテリナさん。串、刺し終わった?」


「はい、できてるですよ」


 カテリナさんが串打ちをして並べたクレイイールを端から順番に鑑定解析をかけてって、その中に入っている泥を指定して抽出を発動。


 これだけであっという間に泥抜きが終わっちゃうから、できたやつからノートンさんに渡してって一度目の焼き作業をやってもらったんだ。


 でね、それが全部終わると今度は蒸し器の元へ。


 そしたら買って来たクレイイールはすっごくおっきかったのに、串に刺して焼いたのが全部いっぺんにその蒸し器に入っちゃったもんだからちょっとびっくり。


「こんだけおっきいと、クレイイール一匹分でも全部いっぺんに蒸せちゃうね」


「元々、そのつもりで設計した大きさだからな」


 ノートンさんは、クレイイールがどれくらいおっきいのか知ってたでしょ?


 だからそれを調理する時に、これくらいの大きさだったら全部入るよねって職人さんとお話しながらこの蒸し器を作ってもらったんだってさ。



「そろそろいいだろう。カテリナ、焼きに入るぞ」


「はい!」


 クレイイールが蒸しあがったところで、いよいよ本焼き。


 って事は、僕が作ったたれの出番だよね。


「ストールさん。たれを煮てる鍋、こっちに持って来て」


「あら? このたれは最後にかけるのではないのですか?」


「うん。このたれはね、クレイイールに付けながら焼くんだよ」


「「えっ!?」」


 僕ね、ストールさんに聞かれたからそう答えたんだけど、そしたら違うとこからえっ? って声がしたもんだからちょっとびっくり。


 慌ててそっちの方を見てみたら、ノートンさんとカテリナさんが、二人ともすっごくびっくりしたお顔でこっちを見てたんだ。


「ルディーン君。そのソース、クレイイールに付けながら焼くのか?」


「お砂糖、入れるましたよね? 焼いたら焦げるですよ?」


 あれ? さっきぐちゃぐちゃにしたお肉を焼いた時も、お砂糖が入ったお醤油のたれを焼いてる時に入れて絡めたよね?


 ノートンさんたちがすっごくびっくりしてるもんだからその事を言うと、それとは違うよって。


「あれは最後に火を入れて、煮詰めながら絡めただけだろう」


「お砂糖、そのまま火にかける、焦げるの当たり前なのですよ」


 そっか、確かに言われてみたらそうかも。


「でもでも、クレイイールは脂がいっぱいあるでしょ? それに蒸してあるから、お水もいっぱい入ってるもん。だからたれを付けながら焼いても大丈夫なんだよ」


「う~ん、確かにそうかもしれないけど……」


 僕が大丈夫だよって言っても、ノートンさんとカテリナさんはちょっと困ったお顔のまんまだったんだ。


 でもね、これってそうやって焼くお料理でしょ? 


 だから僕、一度そうやって焼いてみてよってノートンさんに頼んだんだ。


 そしたらしぶしぶ焼いてくれたんだけど。


「これは……なるほど、焦がす事により美味くなる、そんな調理法もあるんだな」


「少し焦げある所、カリカリして香ばしいです」


 やってみたらすっごくおいしかったもんだから、二人ともすっごくびっくりしちゃったんだよ。


 それにね、たれを付けて焼いた事によって、


「なんか、凄くいいにおいがするって思ってきたら、ルディーン君がいる!」


「どうしているの? グランリルの村に帰ったはずよね?」


 なんと、帰って来たニコラさんたちが匂いにつられてやってきたんだ。


「わぁ、ニコラさんたち、こんにちわ! あのね、今度僕んちのみんなで遊びに来ることになったから、さきぶれのししゃ? ってので今日は来たんだよ」


「へぇ、そうなんだ。そんな事より、ルディーン君。この凄くおいしそうなにおいは何なのかな?」


 だから僕、ニコラさんたちに今日なんでここにいるのかを教えてあげたんだけど、そしたらアマリアさんがそんな事よりこの匂いは何? ってすごい勢いで聞いてきたんだよね。


「あのね、今日来る時にお醤油ってのを持ってきたんだ。この匂いは、それを使ってクレイイールってお魚を焼いて出たんだよ」


「クレイイールって、あのぶよぶよした泥臭い魚よね? 何でそんなものをわざわざ」


 アマリアさんはね、お金が無い時にクレイイールの串焼きを食べた事があるんだって。


 その時はものすごくお腹が減ってたから仕方なく食べたそうなんだけど、でももう二度と食べたくないって思うくらい美味しくなかったんだってさ。


「他にもおいしい魚はいっぱいあるのに、何でよりによってクレイイールなんか」


「それがな、ルディーン君に教えてもらった調理法で焼くととんでもなく美味い料理になるんだ。ここにあるから、試しに食べてみろ」


 そう言ってノートンさんがクレイイールの串焼きを渡したもんだから、アマリアさんはホントに? なんて言いながら小さく一口。


「んっ!?」


 そしたらすぐにすっごくびっくりしたお顔になっちゃって、その後残りの串焼きをあっと言う間に全部食べちゃったんだ。


「どうだ、美味かっただろう?」


「これ、本当にあのクレイイールなんですか?」


「ああ、生きてるのを俺が一から捌いたから、間違いないぞ」


 そんなノートンさんとアマリアさんのお話を聞いてて、ニコラさんとユリアナさんも食べたくなったみたい。


「私たちにもください」


「おお、いいぞ」


 ノートンさんから串焼きをもらって、二人ともすっごくおいしいねって全部食べてくれたんだ。


「料理ってすごいんですね。あんな魚が、調理法一つでこんなに美味しくなるなんて」


「作った俺もびっくりしてるくらいだからな。そう考えると最初に口にしてまずいと思ったものでも、これからはいろいろと調理法を試してみるべきなのかもしれないな」


 ニコラさんたちはもう一本もらった串焼きを食べながら、ノートンさんのお話を聞きながらほんとにそうだねって頷いてたんだ。



 みんなでクレイイールの串焼きを食べたところで今日は時間切れ。


 もう帰らなきゃダメだから、僕、みんなにサヨナラのご挨拶をしてたんだよ。


「あっ、そうだ! 今度ね、お父さんやお母さん、それにお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと一緒に来るんだ」


「そうか。ならその時、また一緒にうまいものを作ろうな」


「うん!」


 食べるもの好きだけど、ノートンさんとお料理するのも大好きだもん。


 だから僕、またお料理しようねって元気にお返事したんだ。


「ありがとう! それじゃあ今度は、みんなで遊びに来るね」


「道中、お気を付けて。お帰りをお待ちしております」


「うん! ありがとう、ストールさん。それじゃあみんな、またね」


 僕はそう言ってみんなに手を振ると、ジャンプの魔法を使ってグランリルのお家に帰ってったんだ。




 読んで頂いてありがとうございます。


 前回異常に短かった分、かなり長くなりましたが(なんと普段の目標文字数の倍である6000文字越え)これでようやくイーノックカウへの先触れ編は終わりです。


 でも次から家族での旅行編が始まるので、イーノックカウでの話はまだまだ続くんですけどね。


 最後に余談ですが、本文中で最初に使いに来たメイドはメイドさんと表現しているのに執事には執事の格好をしている人と表現しているのは、最初のメイドがこの館で働いている正式なメイドであり、後から出て来たのは執事見習いとしてここに勉強に来ている人だからです。


 だから本文中でも買って来たクレイイールを厨房の外まで運ぶようにと、メイドさんが執事見習いに指示を出したとストールさんがルディーン君に説明していると言う訳です。


 追記


 のちの話と今回の話で食い違いが出て来たので、ラストの部分を少々変更しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 好みとしては、蒸さないほうが好きなんだけど、うなぎは。
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