493 パッと見るとすごいけど、ホントはすごくないんだって
今回から、本当の意味での再開です。
お風呂場を見終わった僕たちは、さらに奥のお部屋へ移動。
その先にある何個かのお部屋はね、ロルフさんからメイドさんや執事さんの見習いさんたちがお勉強するとこにするんだよって聞いてたとこなんだ。
僕たちはその中でも一番手前のお部屋をのぞいてみたんだけど、ここってさ、前に来た時は家具が何にも入ってなかったし、装飾とかもないお部屋だったんだ。
そこをお勉強するお部屋に改造するって言ってたもんだから、僕、きっと前の世界の学校ってとこにあった教室みたいなとこになってるんだろうなぁって思ってたんだ。
でもね。
「わぁ、すっごく豪華な部屋に変わってるわ」
「流石に二階の客室ほどじゃないけど、私たちじゃ近づくのも躊躇われそうなお部屋よね」
入った瞬間にニコラさんたちがこんな風に言うくらい、そのお部屋はすっごく豪華になってたんだもん。
だから僕も一緒になって凄いなぁって見てたんだけど、でもさ、その後ろからお部屋の中を見たロルフさんとバーリマンさんがこんなお話をしてたもんだから、僕たちはすっごくびっくりしちゃったんだ。
「ふむ。接客をする部屋としては及第点からほど遠いが、それを学ぶための場として外観だけでもそれらしく見えるようにしたようじゃな」
「そうですわね。ここまで整えられているのであれば、メイドや執事の教育にはさほど支障が出るような事は無いでしょう」
僕やニコラさんたちは、のぞいたとこがすっごいお部屋になってるってびっくりしたでしょ?
なのにロルフさんは、これじゃあダメって思ってるみたいなんだよ。
その上バーリマンさんまで、これでもお勉強には問題ないくらいにはなってるねなんて言うんだもん。
だから僕、どこがダメなのかなぁってバーリマンさんに聞いてみる事にしたんだ。
「バーリマンさん。何がダメなの? 僕、何にもなかったとこがすっごいお部屋になってる! ってすっごくびっくりしたのに」
でもね、僕のお話を聞いたバーリマンさんは、フフフって笑いながらこう言ったんだよ。
「ただ漠然と見渡しただけでは、もしかするとそう感じてしまうかもしれないわね。でもルディーン君。伯爵の、ロルフさんの別邸に何度か足を運んだことのあるあなたなら、注意深く見ればどこがいけないのか解るのではないかしら?」
バーリマンさんはそう言うと、僕の頭をなでながらもういっぺんお部屋の中を見たんだ。
「よく見たら解るの?」
だから僕もそれにつられて、お部屋の中をよ~く見たんだけど、
「あっ、ホントだ。ちょっと変!」
そしたらほんとに変なとこが何個か見つかったんだよね。
まずお部屋の床なんだけどね、パッと見ただけだときれいな赤っぽいオレンジ色の絨毯が敷いてあるように見えるんだよ。
でもそれは絨毯じゃなくって、ちょっと厚手なだけの、オレンジ色したただの布が敷いてあるだけだったんだ。
それにね、テーブルに白い布がかかってたからすぐには解んなかったけど、よ~く見てみるとテーブルの足が村にある僕んちで使ってるのみたいなやつなんだよね。
あと、そのテーブルと一緒になってる椅子だって、僕たちから見える背もたれのとこに赤い布が貼ってあるだけで、椅子自体はやっぱりこれも僕んちで使ってるような普通の木の椅子だったもんだから、それに気が付いた僕はすっごくびっくりしちゃった。
って事はさ、多分近くで見たらきっと座るとこもクッションなんか敷いてないと思うんだよね。
だったらこのお部屋はバーリマンさんがいう通り、見た目だけを高級なお部屋っぽくしてあるだけって事なんだろうなぁ。
それに気が付いた僕は、パッと見ただけで気が付くロルフさんたちは凄いなぁなんて考えてたんだけど、
「ルディーンくん。どこが変なの? 私には解らないんだけど」
ニコラさんは、同じようによ~く見ても解んなかったみたい。
それにね、それはユリアナさんやアマリアさんもおんなじだったみたいで、3人そろって僕のお顔を見ながら頭をこてんって倒してたんだよね。
「なんで解んないの? だって床に敷いてあるのは厚めのだけどただの布だし、テーブルや椅子も普通のだよ」
「ええっ!? こんな広い部屋の床一面に布が敷いてあるなんて、それだけですごいじゃない」
「それに椅子やテーブルだって、今まで私たちが泊まっていた宿に比べたらはるかにいいものを使っているわよ?」
これを聞いた僕は、ちょっとびっくりしたんだよね。
だってさ、今ニコラさんたちが泊まってる『若葉の風亭』は、お部屋の中にちゃんと絨毯が敷いてあるんだもん。
それにね、広いって言うんだったら、みんなでご飯を食べた食堂はここよりも広いんだよ?
なのに、ここに布が敷いてあるのを見てびっくりするなんて変だよね。
「広いって、宿屋さんの食堂にだって敷物がちゃんと敷いてあったじゃないか!」
だからその事を言ったんだけど、そしたらニコラさんはそれがすごいんじゃないの? って。
「えっと、ここはこの間まで何もない部屋だったのに、あの高級宿の食堂と同じようになっていたら、すごいと思うのは当たり前だと思うのだけど……」
それにさ、ニコラさんのお話を聞いたユリアナさんたちまでそうだよって、うんうん頷いてるんだよね。
でもさ、あそこに敷いてあったのはちゃんとした敷物だったのに、ここのは厚手だけどただの布でしょ?
だから僕、違うよって言おうとしたんだけど、
「ルディーン君。この子らの今までの生活では、そもそも床に何かを敷いてあるという事自体が無かったのであろう。だからその敷いてあるものの違いなど、横に並べて比べでもせねば解るまいて」
そしたらお爺さん司祭様に、ニコラさんたちは布が敷いてある事自体がすごいと思ってるんだからきっと解んないよって言われちゃった。
「そっか。あっ! でも、テーブルや椅子の違いは分かるでしょ? 宿屋さんで見てるし」
「確かに宿屋さんにあったテーブルや椅子は彫刻がしてあったりして凄く豪華だったけど……」
「ええ。この椅子やテーブルだって、表面がこんなに滑らかになるほど丁寧に仕上げられてるもの」
「こんな高級な椅子やテーブル、私からしたら傷を付けたら大変だから怖くて使えないくらいすごい物なのよねぇ」
ニコラさんたちに聞いてびっくりしたんだけど、冒険者さんたちが泊まってる宿屋さんで使ってる椅子って、座るとこしかつるつるにしてないんだって。
それにね、テーブルだって木の板を並べて作ってあるだけだから、たまに板の厚さが違って少し段差があるとこまであるんだよって教えてくれたんだ。
「ほらやっぱり。こんな一枚板の、それも表面を磨き上げてあるテーブルなんて、今泊めてもらってる『若葉の風亭』に行くまで見た事も無かったわよ」
ニコラさんは白い布をめくってテーブルが一枚板でできてるのを確認すると、僕に向かってこんなの普通は無いのよって。
「それにこの椅子だって、背もたれがある上に、そこと座るところに布まで貼ってあるでしょ? こんな事がしてあるのも、私たちが使っていたところでは見た事が無いわ」
あと、冒険者さんたちが行くようなお店だと、椅子に背もたれなんて無いんだって。
それどころか、ベンチみたいなとこにみんなで座るところまであるって言うんだもん。
それを聞いて僕、びっくりしちゃったんだ。
「背もたれ、無いんだ……」
「あれ? ルディーン君、冒険者ギルドにいった事あるわよね? あそこにある椅子も、背もたれなんて無かったと思うけど?」
「無かったっけ?」
「ええ。ギルドの中にある酒場の椅子も、確か背もたれは無かったはずよ」
僕、冒険者ギルドで座るのってギルドマスターのお爺さんのお部屋だったり、奥にあるお部屋だったりする事が多いでしょ?
そこの椅子にはみんな背もたれがあったもんだからすっかり忘れてたんだけど、よく思い出してみると前に受付近くのとこで果実水を飲んだとこの椅子は、ニコラさんの言う通り背もたれが無かったような気がする。
「そっかぁ。背もたれが無い椅子のとこもいっぱいあるんだね」
「私たちからすると、村の子供なのにルディーン君が背もたれのある椅子の方が普通だと思っていた事の方がびっくりだよ」
ニコラさんはそう言うとね、村といっても私たちの村とグランリルの村とはそんなに違うんだなって、ちょびっとだけしょんぼりしちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
生活レベルによって常識は違うというお話でした。
さて、思い出してみると椅子の背もたれって、今でもない居酒屋が結構多いですよね。
というか、ルディーン君が驚いていたベンチタイプの店も結構多いような?
そう考えるとグランリルの村って、今の常識からみてもかなり上級な暮らしをしているんだなぁ。




