4 知識チートなら?
神様に毎日祈ってもチート能力はもらえませんでした。
うん、解っていたよ。だって後付けでチート能力を手に入れるのって、物語でも再度死に掛けるとかそもそも転生したのがモンスターだったとか位で、神様に祈ったらもらえたなんてご都合主義のものはなかったからね。
だから僕はまた違った方向からアプローチする事にした。と言うか能力ではない、もう一つのチートを思い出したんだ。
それは知識チート。
僕は病弱であったとは言え、18歳までは生きていたから元の世界の知識をある程度覚えている。
それを使えば勇者にはなれなくてもお金持ちにはなれるんじゃないか? そう思ったんだ。
よぉ~し前世の知識で出世して、お父さんとお母さんを楽させてあげるぞ! そう息巻いて、僕は自分が何ができるのか考えた。
まず、よくラノベ主人公が最初に手を付ける内政チートだ。
……いや、4歳児が、それも貴族や王族ならともかく、ただの村人の子が内政に口が出せるはずないじゃないか。
いきなりこうしたら経済が回るとか言い出しても、周りからしたら優しい笑顔でよく考えたね、偉いねって褒められて終わる未来しか想像できないよ。
と言う訳で内政チートはやめ。
では次に農業チート。
うん、これは行けそうだ。
グランリルの村はモンスターの狩りが盛んで、その素材によってよその村よりも収益を上げてはいるけど、食料を自給する為に農業も当然行っている。
主に作っているのは麦と芋、各種野菜に後は何故かクローバーだ。
最後のクローバーは家畜の餌用なのかな? よく解んないけど、一つの畑で年間に4種類の作物を作っていて、収穫したら耕して次の種をまき、育ったら収穫して次の種をまくという流れで違う作物を次々に作っているんだって。
でも僕はラノベを読んでいたから知っているぞ、この手の世界では肥料をまくという事がされていないから、それを教えるだけで収穫量が増えると言う事を。
だから僕がそれを教えてヒーローになるんだ! なんて事を考えて畑を耕しているお父さんの元へと向かったんだ。
と、そこではお父さんが耕した畑に、なにやら白い粉をお母さんが撒いていた。
「ねぇ、おかあさん。おとうさん、なにまいてるの?」
「あらルディーン、こんな所に来るなんて珍しいわね。これはねぇ、石灰を撒いているのよ」
石灰? 石灰ってあの運動場に線を引くあれだよね。
そんなものを畑にまいてどうするんだろう? もしかして肥料の代わりだったりするのかな。
「せっかいってのをまくと、どうなるの?」
「畑はね、ルディーンたちがご飯を食べるのと同じで、種をまく前に動物や魔物の糞とわらを混ぜておいたものをご飯の変わりに土と混ぜておくと作物がよく育つの。だけど、それだけだと栄養が偏ってしまうのよ。ルディーンも、お肉ばかりじゃなくてお野菜も食べないと大きくなれないのは知っているでしょ。肥料がお肉なら、この石灰はお野菜なのよ」
なんと、作物というのは水と肥料だけではダメで、別の栄養素がないとうまく育たないのか。まったく知らなかったよ。
「そうだぞ、ルディーン。あと空から降ってくる雨も肥料と同じ酸性だから、それを中和するアルカリ性の石灰を撒いてやらないといけないんだ」
「あなた。ルディーンに酸性とかアルカリ性とか話しても、まだ理解できないわよ」
「あっと、それもそうか」
ここまで聞いて、そう言えば畑は弱アルカリ性の土がいいと習ったような気がすることを思い出した。
何が農業チートだ、この世界の住人のほうがよく知ってるじゃないか。
と言う訳で、これも頓挫した。
まだだ、まだ終わってはいない。
そう、究極の知識チート、料理があるじゃないか。
飽食の国、日本で育った記憶を持つ僕は、色々な料理やお菓子を知っている。
だからこの知識があればきっと今度こそヒーローになれるはずだ。
そう思って、前世の記憶を引っ張り出す。
前にラノベに出てきた料理の中でも特に評判になるエピソードとが多かったのが、カレーだ。
と言う事は、カレーを作る事ができればお金持ちになれるはずなんだ。
「そういえば、かれーって、なにでできてるんだっけ?」
でも材料が解らなければ作れるはずがない。
僕の場合、前世は病弱で入退院を繰り返していたくらいだから、日本の子供なら誰もが経験した事があるキャンプのカレー作りさえ参加した事がないんだよね。
まぁ、たとえキャンプのカレーを経験していたとしても、カレールーを使って作っているのだから一から作り出すことなんて無理だろう。
「こうしんりょが、いっぱいはいってりゅことくらいはぼくだってしってるけど、なにがはいってるかはまったくわからないんだよなぁ」
とりあえず唐辛子が入ってることだけは間違いない。
あとターメリックだったかな? カレーが黄色いのはこれのせいだと言うのを聞いたことがあるんだよね。でも知ってるのはこれだけだ。
そしてその入っているものだけど、
「たーめりくって、どんなかたちしてるんだろ?」
そう。そもそもお店で名前が書かれて売られていない限り、町で売っているものを見かけたとしてもそれがターメリックであることが解らないのだからなんともならないだろう。
「かれーはむりだね」
どう考えても無理なものはあきらめるに限る。
では次だ。次によく見かけるのはチョコレート。
これに関してはカカオの実の収穫風景をテレビで見たことがあるから僕は知っている。
だから店頭で見かけることがあれば解るはずだ。
と、ここで一つ大きな問題が発生する。
「かかおをどうしたらちょこになるんだろ? まめをどうにかすればいいというのはしってるんだけど」
それ以前にカカオ豆ってどんな形状なんだろう? よく考えたら色も知らないぞ。
チョコレートってカカオ豆から作られるって話だから、もしかして店頭でもカカオ豆の状態で売ってるんじゃないかなぁ?
ああ、僕は何故生前それを調べておかなかったのだろうか? いや無理だよね、転生するなんて想像もしてなかったんだから。と言う訳で、チョコレート作りも頓挫してしまった。
いや、これに関してはもしかしたらお店で名前が書かれて売られている可能性もあるんだから、とりあえず今はやめとくって事でいいじゃないか。
売っていたらその時こそチョコレート無双だ! 作り方は解らないけど。
と、ここまでは頓挫してばかりだけど、最後の一つは違う。
中毒性がある調味料で、これまたラノベでもよく登場する食材。そして僕が作り方を知っていると言う好条件が3つもそろった大本命! マヨネーズだ。
前世でもマヨラーなる中毒者を続出させるほどの美味しい調味料で、肉にも野菜にも合うから作り出せば絶対に受けるはず。
そしてその作り方もそれ程難しくはないから、もしこの世界にあるのならグランリルの村くらい町に近くて裕福ならば一度は食卓に上がっているはずだからきっと存在していないはずだ。
と言う訳で作り方をおさらいしよう。とは言ってもそれ程難しくはないんだよね。
卵黄に酢を入れてその後水と塩を少しだけ入れる。そしてそれを泡だて器でかき混ぜながら植物油を分離しないようちょっとずつ加えれば出来上がると言う、ただそれだけでできるのだからもう勝ったも同然だ。
と言う訳で僕は、材料がこの村でも手に入るかどうかを調べて回ることにした。
まずは卵。これは森でたまに取れるものや町から仕入れてくるものがあるから、値段は高いかもしれないけど手に入るだろう。
次に酢。これも日本にあったような酢はないけど、ワインビネガーはうちにもあるから代用できると思うんだ。
水と塩。これもある。と言うか無かったら生きていけないから当たり前だよね。
後は油だけど、これも料理に毎日使っているからある……と思っていた僕は何も知らない子供だった。
「油? そこにあるでしょ」
「えっ、これがあぶら?」
夜、お母さんが料理をしている時に聞いてみたところ、あるものを指差されて僕は愕然とした。
そこにあったのはその日仕入れた動物の脂身。
「そうよ、それで熱した鉄板に油を引いてお肉を焼いたり、鍋に少量の水と一緒に入れて煮ることで油を一杯出してルディーンの好きな芋揚げを作ったりするのよ」
「そっか、どうぶつのあぶらがあったっけ」
毎日森に入って動物や魔物を狩っているこの村では、わざわざ植物油を使う必要がないのかもしれない。
そう言えばこの村では菜花もごまも栽培していなかったっけ、と言う事はもしかして。
「おかあさん、しょくぶつのあぶらはないの?」
「植物の油? 植物に油はないでしょ」
菜種もゴマも無いのなら油を搾っているはずないよね。
そして動物性の脂は冷えると固まるからマヨネーズを作る事ができない。
この瞬間、僕の知識チートの夢は完全に絶たれたんだ。