489 蒸し料理ってないの?
「この調理法だとクレイイールが信じられないほど美味くなったが、このままだと味が薄すぎるな。次は塩を振って焼いてみるか?」
クレイイールってお魚、焼いただけでおいしくできちゃったでしょ?
だからノートンさんは、これでお料理は終わったって思ったみたいで、次はお塩をかけて焼いてみる? って聞いてきたんだよね。
「あっ、待って。まだやんなきゃダメな事があるんだ」
でもこのクレイイールって魚、焼いただけでもおいしくはなったけど、やっぱり何となくウナギっぽい味がする気がするんだよね。
だったらさ、もしかするとウナギとおんなじお料理の仕方をしたらもっとおいしくなっちゃうかもしれないもん。
だから僕、このままお料理を続けようって思ったんだ。
「やらないといけない事? 今のままでもかなりよくできてると思うんだけど、ここからまだ何か手を加えるのかい?」
「うん。あのね、焼いて脂を落としたから、ちょっと硬くなっちゃでしょ? だから今度は蒸して柔らかくしようって思うんだ」
炭で焼いたクレイイールはね、香ばしくっておいしいんだけどちょっとカリカリした食感なんだよね。
このまんまでもたれを付けながら焼いてったら前の世界のウナギとおんなじになるかもしれないけど、もしかしたらもっとカリカリになっちゃうかもしれないもん。
だから僕が知ってるお料理の通り、この焼いたやつを一度蒸してから、その後にもういっぺん焼こうかなって思ったんだ。
でもね、それを聞いたノートンさんは何でか知らないけど急に変なお顔になっちゃったんだよね。
「どうしたの? ノートンさん」
「えっと……ルディーン君。その”むす”っていうのは何だい? もしかして新しい調理法だったりするのかな?」
これを聞いた僕はすっごくびっくりしたんだよ。
だってノートンさんはロルフさんちの料理長をするくらいすごい人なのに、蒸すっていう料理法を知らないって言うんだもん。
でもね、それを聞いた後にお部屋の中を見渡してみると、フライパンとかが吊ってあるとこは当たり前として、お鍋とかが並んでる棚のとこにも蒸し器になりそうな調理道具が一個も無かったもん。
だから僕、もしかしたら蒸し料理自体が無いのかも? って気が付いたんだ。
「そういえば蒸し料理って、あんまり作んないもんなぁ」
前の世界でも蒸して作るお料理ってあんまりなくって、僕、お店でしか食べた事無かったんだよね。
それに前の世界の僕んちには、蒸し器なんてなかったもん。
って事はさ、あんまりやらない料理法って事でしょ?
だからこの世界になくったって、もしかしたら全然おかしくないかもしれないんだよね。
「あ~、何やら考え込んでいるところ悪いんだが、そのむすっていうものがどんな料理なのか、そろそろ教えてもらえないかな?」
僕がそんな事を考えてたらね、ノートンさんがもう一回蒸すって何? って聞いた来たんだよ。
だからすぐにごめんなさいして、教えてあげたんだ。
「あのね、お湯を沸かすと湯気が出るでしょ? 蒸すっていうのはね、オーブンみたいにあっつくなったその湯気を使ってするお料理なんだ」
「熱せられた蒸気でだけで火を入れるのかい?」
普通のお料理はね、あっつくした鉄板で焼いたり、ぐつぐついってるお湯でゆでたりして作るでしょ?
そういうとこにさ、もし手を突っ込んだりしたらやけどしちゃうよね。
でも例えば湯気が出てるお鍋の上に手をかざしても、あっついなぁって思う事はあるけどやけどなんてしないもん。
だからなのか、ノートンさんは僕のお話を聞いてもホントにそんな事できるのかなぁ? ってお顔をしてるんだよね。
「あっ、そうだ! ノートンさん。お鍋の蓋をとった時って、すっごくあっつい湯気が出てくるでしょ? あれくらい熱かったらお料理できると思わない?」
「ん? ああそういえば確かに、蓋の中に閉じ込められている湯気はかなりの温度があるな」
「でしょ? この蒸すっていうのはね、お湯と蓋の間に網を置いて、その閉じ込めたあっつい湯気でするお料理なんだ」
でもさ、蓋の中にある湯気のお話を聞いたら、ノートンさんも解ってくれたみたい。
それだったら、確かにお料理できるくらいあっつくなってるねって言ってくれたんだ。
でもさ、それは解っても今度はまた別の事が気になったみたいなんだよね。
「熱い蒸気の中で火を入れるって事は全体にまんべんなく火を入れるって事なんだろうけど、それなら別にオーブンでもいいんじゃないか? それにだ、蒸気の中に置いたりしたら水滴で折角の料理がダメになったりはしないのかい?」
ノートンさんはね、湯気の中でお料理なんかしたらベタベタになっちゃうんじゃないの? って心配してるみたいなんだよね。
でも僕、蒸し料理って多分それをするための料理法なんじゃないかなぁって思うんだよね。
「だから最初に言ったでしょ? 焼いて硬くなったから蒸して柔らかくするって。蒸すとね、湯気がいっぱいかかるから、中に入れたものがふわぁってなるんだよ」
「おお、なるほど。むすというのは、水分を補う為の料理法なのか」
ノートンさんはね、僕のお話を聞いて、蒸すって料理法がどんなのか解ってくれたみたい。
「油の少ない鳥なんかは、あらかじめ砂糖を溶かした水をもみ込んでから焼いたりするからな。それを一つの工程でやると言う訳か」
「それにね、ずっと前にレーア姉ちゃんと作った事あるんだけど、卵とお砂糖、それに振るった小麦粉を蒸して作ったパンはとってもふわふわでおいしいんだよ」
僕はね、まだベーキングパウダーもどきを見つける前に作った蒸しパンの事をノートンさんにお話してあげたんだ。
そしたらさ、パンケーキ以外にもオーブンを使わなくても作れるパンがあるのかってすっごくびっくりしたんだよね。
「それはどうやって作るのか、教えてもらえないか?」
「いいけど、今から作るの?」
「ああ。場合によっては、旦那様に報告しないといけないかもしれないからな」
ノートンさん、クレイイールの事なんかすっかり忘れちゃってるみたいで、蒸しパンを作りたいって言い出しちゃったんだよね。
でもまぁ、僕も久しぶりに食べてみたかったし、クレイイールを蒸すのにはどうせ蒸し器を作んないとダメだから先に蒸しパンを作ってもいいかなって思ったんだ。
「それじゃあさ、作り方を教えるからノートンさんは生地作ってて。僕は蒸し器、作るから」
前にレーア姉ちゃんと作った時の生地を教えてあげると、ノートンさんはさっそくそれを作り始めたんだよね。
だから僕はその間に蒸し器を作る事に。
とは言っても、ここにはいろんな大きさのお鍋があるし、その中に入れる焼き網も何種類かあるんだよね。
だから適当な大きさの蓋つきの鍋の中にクリエイト魔法で作った土台を入れて、そこにすっぽりと入る焼き網を入れたら、あっと言う間に完成しちゃった。
「ルディーン君、生地ができたぞ。それで、これをどうするんだ」
そしたらすぐにノートンさんが生地ができたよって言ってきたもんだから、僕、すっごくびっくりしたんだよね。
だってさ、レーア姉ちゃんと一緒に作った時は魔道泡だて器を使ったのに、卵を泡立てるのにもっと時間がかかったんだもん。
「ノートンさん、もうできたの?」
「ああ。卵を泡立てるのは、ビネガーソース作りで慣れてるからな」
そういえばノートンさん、フォークだけでもマヨネーズが作れちゃうんだっけ。
ここには細い木を束ねた泡だて器っぽいものもあるし、ノートンさんだったらそれを使えばあっという間にできちゃってもおかしくないよね。
そう思った僕は、今作ったばっかりの蒸し器をノートンさんに渡して、中にお水を入れてから火にかけてもらったんだよ。
でね、僕はお湯が沸くまでの間に、作ってもらった生地を銅製のちっちゃな浅い入れもんに入れてったんだ。
「ノートンさん。これを蒸し器の中に入れて、それが終わったらお鍋にこの布をかけて」
「布をかけるのか?」
「うん。これ、蒸し器用のお鍋じゃないから、そうしないと蓋からお水がぽたぽた蒸しパンの上に落っこちちゃうもん」
木で編んだ蓋だったらそんな心配しなくってもいいけど、このお鍋の蓋は金属製でしょ?
このまんま上にのっけたら、蓋についたお水がしたに落ちちゃうから布をかけないとダメなんだ。
でね、その上に長い鉄串を二本のっけてから蓋をして20分ほど。
ぱくっ。
「うん、やっぱりおいしい」
「これはまた……普通のパンとは違い凄くしっとりしていて、その上信じられないほどふかふかだ。まさかこんなパンが存在したとは」
僕は出来上がったばっかりでほっかほかの蒸しパンを頬張って、そのおいしさにクレイイールの事なんてすっかり忘れちゃうくらいすっごく幸せな気分になったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
38.5話以来の蒸しパン登場です。
そういえばこれも、オーブンなしで作れるパンなんですよね。
子供のおやつにできるくらい簡単に作れる(魔道or電動泡だて器があれば)し、その上その味はパンケーキともスポンジケーキとも違う特別なものですから、ノートンさんが驚くのも無理はありません。
因みにですがこれ、卵を全卵ではなく白身と黄身を分けてメレンゲを作り、それに牛乳と油を混ぜると台湾カステラになるそうな。
こうすると元のレシピよりもはるかに美味しくなるけど、でもあの話を書いたころはそんなもの、無かったんだよなぁw




