482 イーノックカウの探検にしゅっぱぁ~つ!
次の日の朝、僕はお爺さん司祭様と二人で宿屋さんの前にいたんだ。
「ルディーン君。わしはヴァルトの所に行くが、本当に一人で大丈夫なのかな?」
「うん。だって今日はイーノックカウの中を探検するだけだもん」
お爺さん司祭様はね、何かロルフさんにご用事があるみたいなんだ。
だから最初は一緒に行かない? って聞いてきたんだけど、僕、この街の中をひとりで歩いた事があんまり無いでしょ?
それに次来る時はきっとお父さんやお母さんが一緒だから、絶対にひとりで探検なんてさせてくれるはずないもん。
だったらさ、せっかくだから今日はひとりでイーノックカウの中を探検しようって思ったんだ。
「しかし、ひとりで本当に大丈夫かのぉ?」
「大丈夫だよ。僕、ジャンプの魔法があるから迷子になってもすぐにイーノックカウのお家に帰ってこれるし、それにね、もし悪もんが出てきたらすっごい魔法でやっつけてやるんだ」
お爺さん司祭様は一人でほんとに大丈夫かなぁ? って言うんだけど、僕はそんなに心配してないんだよね。
だって前だったら迷子になった時にジャンプで飛んでくとこはロルフさんちだったけど、今は僕んちでしょ?
だからわざわざストールさんに馬車で送ってもらわなくってもいいし、それにもし悪もんが出て来たってその時は魔法でえいやぁってやっつけちゃうから大丈夫なんだよね。
「うむ。確かにその通りなのだが……できれば悪人が出てきても魔法で倒すのではなく、逃げてもらえるとわしとしては助かるのだが」
「やっつけなくてもいいの?」
「うむ。このような街では、そういう輩を捕まえるために兵士が巡回しておるからのぉ。その者たちの仕事を奪っては申し訳ないであろう?」
そっか、兵士さんたちのお仕事、取っちゃったらダメだもんね。
「うん、解った! 僕、悪もんが出てきたら、やっつけずに魔法で寝かしちゃって兵士さん連れてくるようにするね」
「なに、寝かせるとな?」
「そうだよ。あのね、司祭様。こないだお父さんたちと一緒に来た時、途中で悪もんが出て来たんだよ。その時に僕、スリープの魔法を使って悪もんをみんな寝かしちゃったんだ」
スリープの魔法はね、僕より強い人や魔物相手だとあんまりかかんないんだけど、弱いのだったらすっごく効く魔法なんだよね。
でね、僕みたいな子供のとこに出てくるような悪もんだったら、お父さんたちみたいに強いはずないでしょ?
だからさ、そんなのが出てきても全部スリープで眠らせちゃえばいいんだよって、僕はお爺さん司祭様に教えてあげたんだ。
「なるほどのぉ。確かに今のルディーン君より強い悪人など、少なくともこの街にはおるはずもないか」
「でしょ? だからね、司祭様。悪もんが出てきたってへっちゃらなんだよ」
お爺さん司祭様はね、僕のお話を聞いて安心してくれたみたい。
「うむ。ならば、もし悪人に攫われそうになったら、そのすりーぷとやらで撃退するのだ。間違っても攻撃魔法など使ってはならんぞ」
でもね、何でか知らないけどお爺さん司祭様は、もういっぺんすっごい魔法でやっつけちゃダメって言ってきたんだよ。
僕、兵士さんのお仕事、取っちゃう気なんてないのになぁ。
そう思った僕は司祭様に、そんなの解ってるよって言ったんだ。
「うん、大丈夫だよ。僕がやっつけちゃったら、兵士さんのお仕事、無くなっちゃうもんね」
「うむ。解っておるならばそれで良い。では、気を付けて行ってくるのだぞ」
「は~い。それじゃあ、司祭様。行ってくるね」
僕はお爺さん司祭様に元気よく行ってきますをした後、イーノックカウの探検に出かけたんだ。
探検って言っても、イーノックカウはとっても広いでしょ?
歩いてそんなに遠いとこまで行けるはずないから、まずは宿屋さんの近くにある屋台やお店屋さんがいっぱいある所まで行ってみる事に。
「こないだ来た時はお母さんたちと一緒だったから、あんまり見てまわれなかったもんね」
お母さんやお姉ちゃんたち、アクセサリーとか甘いもんが売ってるとこばっかり行くんだもん。
だからそれ以外のものが売ってるとこ、あんまりまわってないんだよね。
でもさ、前に一人で冒険者ギルドを飛び出した時は生クリームとか、ベーキングパウダーもどきとかを見つける事ができたでしょ?
だからさ、いろんなお店を見て周ったら今回もきっと、とってもいいもんを見つける事ができるんじゃないかなぁって思うんだ。
そんな訳で、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
街ん中を歩いてたらいろんな道具とか小物が売ってたけど、そういうのはお母さんじゃないとどんなのがいいか解んないよね?
だからそういうとこは見るだけにして、次は食べ物を売ってるとこに移動したんだ。
だってさ、前に一人で歩いてた時も村にないものがいっぱい売ってたもん。
きっと今回もすっごいものが見つかるんじゃないかなぁって、僕はわくわくしながら見てまわったんだよね。
そしたらさ、その途中でいろんな豆がいっぱい売ってるお店屋さんを見つけたんだ。
「わぁ。ここだったら、新しいお菓子に入れるもんが見つかるかも?」
僕はおいしそうなものがあったらいいなぁって思いながら、そのお店の中に入ってったんだよ。
「いらっしゃい。おや、坊主。親御さんはどうした? もしかして迷子か?」
「こんにちわ! ちがうよ。僕、今一人で街の中を探検してるんだ」
そしたらね、お店のおじさんが僕が一人でいるのを見て、もしかしたら迷子なのかなぁって思ってみたいなんだよね。
だから僕、冒険者ギルドのカードを見せて、迷子じゃなくって探検してるんだって教えてあげたんだ。
「へぇ、支払いができるギルドカードを持ってるのか。なら、坊主はお客さまだな。それじゃあ改めて、いらっしゃい、何をお探しで?」
「えっとね、何があるか解んないから、売ってるもんを見てまわってもいい?」
「おお、いいぞ」
豆屋さんのおじさんがいいよって言ってくれたから、僕はお店の中に置いてあるものを一個一個見ていったんだ。
そしたらさ、緑色のやちょっとオレンジ色っぽいの、それにピーナッツぽいのやアーモンドっぽいのとか、このお店の中にはほんとにいろんな種類の豆が売ってたんだ。
でね、僕はその中から、ある一つの豆を見つけたんだよ。
「あれ? これって、大豆だよね」
その豆はね、茶色がかったクリーム色の真ん丸な小っちゃい豆だったんだ。
それがどう見ても前の世界に合った大豆って豆にそっくりだったもんだから、僕、その豆に鑑定解析をかけたんだよね。
そしたさ、それはソイ・シードってお名前の豆で、種類はちょっと違うみたいだけど前の世界の大豆とほとんどおんなじもんなんだってさ。
「そう言えばこれ、僕が知ってる大豆よりも、もっとおっきいかも?」
そう思った僕は、もっとよく見てみようって入れもんの中から一粒だけ取ってみたんだ。
そしたらそれを見たおじさんが、ちっちゃいのに変わった豆に興味を持つんだなぁって。
「変わってるの?」
「あ~、いやな。坊主くらいの子供だと、普通はこっちにあるようなおやつになる豆に興味を持つもんなんだ」
おじさんの言う通り、このお店には炒ってからお塩を振ってある、そのまんまおやつにできるような豆も売ってるんだよね。
なのに僕がこの大豆みたいな豆を取ったもんだから、おじさんは変わってるなあって思ったんだってさ。
「そっか。あのね、僕、お料理もするんだよ? だからこれはどんな味がするんだろうなぁって見てたんだ」
「そうか。その豆はソイと言って、そのままだと硬くて想像もできないだろうが、まる一日水に浸してから煮ると、その状態からは想像できないくらい柔らかくておいしくなる豆なんだぞ」
おじさんが言うにはね、この大豆みたいなのはどんなお料理に入れても美味しいけど、どっちかって言うと濃い味付けの料理に入れた方がおいしいんだって。
「それにな、その状態からは想像もつかないだろうが、このソイはまだ青いうちだと殻付きのまんま焼いて取り出したものに塩を振って食べると病みつきになるほどすごくうまいんだ」
「そうなの?」
「ああ。今ならそこらの屋台でも買えるはずだから、後で覗いてみるといい」
おじさんはね、今の時期だったら殆どお店で扱ってるはずだから、野菜が売ってるとこで若いソイを頂戴って言えば買えるはずだよって教えてくれたんだ。
そっか、枝豆のまんまでも売ってるんだね。
それを聞いた僕は、後で絶対探しに行かなきゃって、ふんすと気合を入れたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
作中でお爺さん司祭様は悪人が出てきても、絶対に魔法で倒したりしないようにと言い含めていますが、皆さん、その理由は解りますね?
特にすごい魔法なんか使った日には……どう考えても眠らせて衛兵を呼ぶのが間違いなく正しい対応ですよね(苦笑
さて、ルディーン君、イーノックカウの探検を開始したばかりだというのに、早速大豆を発見しました。
大豆って、ただ煮るだけでもすごくおいしいんですよね。
その上枝豆まで売っているというのですから、これを持って帰ればお父さんは大喜びでしょう。・
なにせルディーン君の家には、入れたお酒を冷やす事ができるという魔法のジョッキがあるのですから。
ただ……ゆでた枝豆に冷えたエールかぁ。呑みすぎでシーラお母さんに叱られるハンスお父さんの絵が目に浮かぶようですねw




