481 お勉強は途中でやめちゃダメなんだよ
「あっ、そうだ!」
ニコラさんたちがお爺さん司祭様が頼んでくれたワインを飲んでたらね、ユリアナさんがいきなりおっきな声を出したんだ。
だから僕たちびっくりして、なになに? ってユリアナさんの方を見たんだよ。
そしたらユリアナさんはにっこり笑いながら、こんな事を言い出したんだ。
「ルディーン君、もうちょっとの間イーノックカウにいるんでしょ? だったらさ、その間私たちに剣の使い方を教えてよ」
ユリアナさんたちはね、昨日教えてもらったからって今日のお昼のお休みの時とかに剣を振る練習をしたんだって。
でも自分たちだけだと本当にちゃんとやれてるのか、よく解んなかったみたいなんだよね。
「昨日教えてもらったばっかりだから、ある程度はちゃんとできていると思うのよ? でも私たちだけじゃ、それが本当に正しいのか解らなくて」
「確かにそうよね。あと数日この街にいるのなら、その間だけでも、私たちに剣の指導をしてもらえるとありがたいわ」
ユリアナさんのお話を聞いて、ニコラさんも同じように思ったみたい。
だから村に帰るまでのちょっとの間、僕に剣のお稽古を手伝ってって言ってきたんだよね。
「そっか。うん、いいよ。僕、手伝ってあげる」
僕、錬金術ギルドでのお薬を作るお手伝いが終わったから、別に何のご用事もないでしょ?
だからニコラさんたちの剣のおけいこのお手伝いをしてあげてもいいよって思ったんだよ。
でもね、そんな僕にお爺さん司祭様はこう言ったんだ。
「ルディーン君、それはならぬぞ」
「なんで? ニコラさんたち、教えてって言ってるのに」
「それはな、この者たちには別の、今やらねばならぬ事があるからなのだ」
お爺さん司祭様はね、ニコラさんたちには今、剣のお稽古より先にやらなきゃダメな事があるでしょって言うんだ。
「今おぬしらは、ストールから礼儀作法の指導を受けておるではないか」
「それはそうですが、ルディーン君はあと数日で村に帰ってしまいます」
「そうですよ。ストールさんはずっとイーノックカウにいるんだし、ルディーン君が村に帰った後に指導の続きをしてもらえばいいじゃないですか」
お爺さん司祭様は、ストールさんが教えてくれてるお勉強をしないとダメでしょって。
だけど僕、あとちょっとしかイーノックカウにいないでしょ?
だからニコラさんとユリアナさんは、その間だけはストールさんのお勉強はお休みしてもいいんじゃないの? って言うんだ。
でもね、そしたらそれを聞いたお爺さん司祭様は、そんな事しちゃダメって言うんだよね。
「そなたたちは剣の指導をして欲しいというが、今やっておるのは長い間自己流でやってきたものを正しく扱えるようにする、いわば修正作業であろう? であるならば、ほんの数日指導を受けたところで大した変化はないのではないか?」
お爺さん司祭様はね、ニコラさんたちの剣のお稽古は、長い間、何度も何度も繰り返しやる事でしかうまく行かないものなんだよって言うんだよ。
だからちょっとの間僕が教えたからって、すぐにうまくなるものじゃないでしょってニコラさんたちを叱ったんだ。
「それはそうですけど……」
「それにな、ルディーン君は確かに魔物を狩る事ができる程剣をうまく使う事ができる。しかし、この子は狩りを始めてまだ1年も経っておらぬ。そのような子が、うまく指導などできるはずが無かろう」
お爺さん司祭様の言う通り、僕はどっかがおかしいなぁってのは解っても、それをどうやって直していいのかなんて解んないんだよね。
だから僕がニコラさんたちのお稽古を見てたからって、ちゃんと教えられるわけないよねって。
「それに対して、今ストールから教えを受けておる礼儀作法は、おぬしたちにとって初めて触れるものであろう?」
「はい」
「ならば今は一番技術を吸収できる時期であり、逆に少しでも休めば今まで学んだことがすべて無駄になる大事な時期ではないか」
剣の使い方と違って、ストールさんが教えてくれてる事はニコラさんたちが今までやった事がない事ばっかりでしょ?
だからそれがちゃんと身に付く前に休んじゃうと、今までお勉強したことが全部無駄になっちゃうんだって。
そんなのダメだから、今はそれがちゃんと身に付くまでは休んじゃダメってお爺さん司祭様は言うんだ。
「ああ見えて、ストールはかなり忙しい身だ。それが時間を割いておぬしたちを指導してくれておるのだぞ? それを無碍にしてどうする」
お爺さん司祭様にこう言われて、ニコラさんたちは3人ともしょんぼりしちゃった。
でもね、それを見たお爺さん司祭様は、うんうんって頷きながらにっこり。
「その様子からすると、わしの言った事はきちんと理解したようだな」
「はい、ストールさんはルディーン君の館に来ているメイドさんや執事さんたちの指導もしないといけないのに、私たちの指導までしてくれてるんですよね」
「それなのに、私たちのわがままでそれを無駄にしてはダメです」
「司祭様に言われるまで、それに全然気が付きませんでした」
ニコラさんたちはね、お爺さん司祭様にそう言ってごめんなさいしたんだよ?
そしたら司祭様は、解ってくれたのならいいよって。
「それに今急いでルディーン君から習わずとも、少しすればよい指導員がこの街に訪れる事になっておるからのぉ。剣を習うのであればその者からの方がよかろうて」
「剣の指導が上手い人ですか?」
「それは誰なんです?」
お爺さん司祭様が剣の先生がもうすぐ来るよなんて言ったもんだから、ニコラさんたちはびっくり。
それは誰なの? って聞いたんだよね。
そしたらお爺さん司祭様、それは僕のお父さんなんだよなんて言うんだもん。
僕、それを聞いてすっごくびっくりしちゃったんだ。
「司祭様。お父さん、イーノックカウに来るの? なんで?」
「これこれ。君が居住権を取った事で、親御さんや兄弟たちも同時にその権利を有したからギルドカードの更新をするために来て欲しいと冒険者ギルドから言われたではないか」
「あっ、そっか! お父さんたちもギルドカードの更新ってのをしないとダメなんだっけ」
居住権ってのがあるとね、イーノックカウに入るのにお金がいらなくなるんだって。
だからお父さんたちも早く来て、ギルドカードに居住権を持ってますよって書いてもらわないとダメなんだ。
「うむ。流石にわしらが帰ってすぐにとはいかぬであろうが、その方がこの者たちにとっても都合がよかろう」
「ええ、そうですね。あまり早く来すぎても、ストールさんからの指導がある程度身に付いていなかったら剣の扱いを教えてもらえませんから」
ニコラさんはそう言うとね、お父さんと一緒に来るまでに絶対お勉強を終わらせとくよって僕とお約束してくれたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
今ニコラさんたちが習っている礼儀作法ですが、それはあくまで最低限ここまでできればいいという程度のものです。
でも村出身のニコラさんたちにとっては、ストールさんの指導はとてもつらい事だったりするんですよね。
そんな辛い指導も、その先に剣の指導という楽しみが待っているのなら耐えられるはずです。
ルディーン君と次会う時には、彼女たちもきっと立派な淑女になっている事でしょう。(流石にそこまでは無理ですってw)




