470 お菓子、食べた事無いんだって
「ノートンさん。ニコラさんたち帰って来たし、残りのケーキも切ろ」
ロルフさんたちにはもうケーキを出してるけど、ニコラさんたちやストールさんはまだ食べてないでしょ?
だからニコラさんたちも食べられるように、残ってるケーキを切ってもらう事にしたんだ。
そしたらさ、それを聞いたニコラさんが何の事? って聞いてきたんだよね。
「ルディーン君。その、けーきっていうのはなんなの? ここが厨房って言う事を考えると、何かのお料理なのかとは思うけど」
あっ、そっか! ニコラさんたちはケーキって言われても解んないよね。
そう思った僕は、僕たちがいるとこと別のテーブルの上にのってるケーキを指さしたんだ。
「あそこに置いてあるのがそうだよ」
「ああ、あれの事ね。う~ん、初めて見る料理ね。真っ白でその上に何かの実がのっているようだけど」
「何でできているのかなぁ? あんな白い食べ物、初めて見たわ」
「そうね。それになんだか甘い香りが」
ニコラさんたちはね、ケーキを見てもそれがどんなお料理なのか全然解んないみたい。
だから僕、あれはお菓子なんだよって教えてあげたんだ。
「お菓子?!」
そしたらね、何でか知らないけどニコラさんたちがすっごくびっくりしたんだよね。
「ニコラさん、どうしてそんなにびっくりしてるの?」
「だって、ルディーン君。お菓子よ。それも小麦粉に塩を混ぜた焼いたものでも干した果物でもない!」
「そうよ。そんなお菓子、私、初めて見たわ」
「商業地区で売っているって言う話はルルモアさんから聞いた事あるけど、私たちでは恐れ多くて店に近づく事も出来なかったものね」
ニコラさんたちが言うにはね、冒険者さんたちだとお菓子なんて高くって買う事ができないんだって。
だからそのお菓子が目の前にあるからって、3人ともすっごくびっくりしたんだってさ。
「そうなの? でも僕のお母さん、イーノックカウにいる頃はルルモアさんにお菓子を買ってもらってたって僕にお話してくれたこと、あるよ?」
「ルルモアさんに?」
前にアマンダさんのお菓子屋さんに行った時にね、お母さんがまだお父さんと結婚する前はこの街に住んでて、その頃にルルモアさんがお菓子を買ってくれたって言うお話をしてくれたんだよね。
だから僕、ニコラさんたちも買ってもらった事無いの? って聞いてみたんだよ。
そしたらさ、そんなのある訳ないじゃないって言うんだ。
「えー、なんで? お母さんは買ってもらえたのに」
「ああそれは多分、ルディーン君のお母さんがかなり優秀な冒険者だったからじゃないかな?」
「優秀だと買ってもらえるの?」
「う~ん。どちらかというとルルモアさんの場合、手の届かないものを与えないって感じかしら」
ルルモアさんは冒険者ギルドの受付をやってるでしょ?
だから冒険者さんがどれくらい強いのかがちゃんと解ってて、その人がもうちょっと頑張ったら自分で買えるようになるくらいのものをくれる事があるんだってさ。
「私たちもこの街で再会してパーティーを組んだばかりの頃、ブルーフロッグの串焼きを買ってもらった事があるわ」
「うんうん。そのころの私たちはまだ本当に弱かったから、お肉なんてめったに食べられなかったのよね」
「あの時のお肉、本当に美味しかったよね。私、絶対これが毎日食べられるように頑張る! って思ったもの」
ニコラさんはね、自分たちにとってのブルーフロッグのお肉がお母さんの買ってもらってたお菓子とおんなじなんじゃないかなぁって言うんだよ。
だって今のお母さん、うちの村の森で狩人やってるくらい強くなってるもん。
「ルディーン君のお母さんって事は、グランリルで狩人をしているって事でしょ? そんなに強くなれる人相手なら、ルルモアさんもきっとお菓子くらい食べさせないと頑張らないって思ったんじゃないかな?」
「そうよね。私たちと同じブルーフロッグの串焼きじゃあ、頑張らなくてもすぐに食べられそうだものね」
そう言えばブルーフロッグって、魔物じゃなく動物なんだよね。
そんなの、お母さんだったらきっとすぐに一人で狩れるようになっちゃうでしょ?
だからお母さんには、もっと買うのが大変なお菓子を買ってくれてたんじゃないかなぁってニコラさんは言うんだ。
「あっ、待って! という事は、もう少し頑張っていたら私たちもお菓子を買って貰えてたのかも?」
「そう言えばそうね。もう私たち、いつでもブルーフロッグの串焼きを買えるくらいは稼げるようになっているもの」
ニコラさんたちはもうちょっとだったのになぁって残念がってたんだけど、でもそれを横で聞いてたストールさんがちょっとあきれたようなお顔でこう言ったんだよ。
「あなた方は冒険者ギルドからの忠告を聞かず、準備を怠ったから今の立場になったのではないですか?」
「うっ」
冒険者ギルドではね、ゴブリンやコボルトは草むらに隠れて狙ってくるから、足の防具はちゃんと付けなきゃダメだよって冒険者さんたちに注意してるんだよね。
でもニコラさんたちは足の防具を着けてなかったもんだから、おっきなおケガをしちゃったんだもん。
そんなんじゃいくらブルーフロッグのお肉を食べられるようになってても、ルルモアさんはお菓子を買ってくれないよってストールさんは言うんだ。
ニコラさんたちは、それを聞いてしょんぼり。
でもね、そんな3人にノートンさんは笑いながらこう言ったんだよね。
「でもまぁ、そのおかげでルルモア女史もまだ食べた事が無い、このケーキという新しい菓子が食べられるんだ。よかったじゃないか」
ニコラさんたちはルルモアさんにお菓子を買ってもらえなかったけど、その代わりに今ケーキが食べられるでしょ?
だからそんなにしょんぼりしなくってもいいんだよって。
でもね、それを聞いたストールさんが、ノートンさんをコラ! って叱ったんだよね。
「クラーク、無責任な事を言ってはいけません。この事に限らず、物事の基本や準備は大切なのですから」
「それは解っているが、終わってしまった事をいつまでも引きずっても意味が無いだろう? それはいい経験だったと反省すればいいだけの話だ」
「それはそうですが……」
ノートンさんはね、失敗したからってしょんぼりしててもしょうがないよって言うんだよ。
お料理だってみんな、何度も失敗しながらおいしいものが作れるようになるんだもん。
大事なのはね、何で失敗したのかをちゃんと考えなきゃダメって事なんだって。
「失敗ってのは経験なんだ。この子らは大きな失敗をして、周りの助言というものがいかに大事かを身をもって学んだのだろう? ならばそれでいいじゃないか」
「確かにその通りですが、先ほどの姿を見ている限り、失敗を経験として昇華させているようには見えませんでしたよ?」
「そこはこれから指導していけばいいだけの事。今はその失敗により、このケーキが食べられるという結果を見ないと」
失敗する事で大きな利益を得られることもある、だから人生は面白いんだよって言いながらニカッって笑うノートンさん。
ストールさんはそんなノートンさんを見て、おでこに手を当てながら首を振って小さくため息をついたんだ。
「何これ! 甘っ!」
「干した果物より甘いよ、これ」
その後みんなでクイーンベリーケーキを食べたんだけど、そしたらニコラさんたちが甘い甘いってすっごくびっくりしてるんだよね。
だから僕、砂糖が入っているんだから当たり前じゃないかって言ったんだけど、
「砂糖!? これ、砂糖が入ってるんですか?」
「あわわっ、じゃあこの甘いの、みんなお砂糖なの?」
そしたらお砂糖が入ってるって聞いて、もっとびっくりしたお顔になっちゃったんだ。
何でかって言うとね、ニコラさんたちはお砂糖を食べた事が無いからなんだって。
「お砂糖、食べた事ないの?」
「そりゃあ、無いわよ。だってあんな高いもの、買えるはずないもの」
僕はいっつも一角ウサギの魔石から作ってるもんだから忘れてたけど、そう言えばお砂糖って1キロで金貨2枚もするんだっけ。
ニコラさんたち、さっきブルーフロッグのお肉が食べられるようになったなんて言ってたくらいだもん。
それだったらお砂糖を買った事無くってもおかしくないよね。
「るっ、ルディーン君。このけーきってお菓子、もしかして物凄く高いんじゃ?」
「う~ん、どうなんだろう? ねぇ、ノートンさん。これって高いの?」
「そうだなぁ、とりあえずクイーンベリーはある程度するかな? だがまぁそれより、このケーキそのものの方が価値があるかな?」
ノートンさんはね、まだ世の中に出回っていないお菓子は、ただそれだけでおっきな価値があるんだよって教えてくれたんだ。
「旦那様。このケーキという菓子、どれくらいの価値があると思います?」
「そうじゃのぉ。少なくとも社交界シーズンに貴族のパーティーで出せば大きな騒ぎになるのは間違いないじゃろうな」
「ほらな、凄い価値があるだろ?」
ノートンさんはそう言って笑ってるんだけど、それを聞いたニコラさんたちはびっくりしすぎちゃったみたいで、
「きっ、貴族様のパーティーに出すお菓子……」
3人ともお口を開けたまんま固まっちゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
ルルモアさん、エルフだから冒険者ギルドにかなり昔からいるんですよね。
その経験上、ある程度見ていればその人が努力をしたらどれくらいまで行けるか解るんですよ。
だから将来有望な冒険者を見つけるたび、おごって奮起を促していたんですよね。
なので実を言うと、ニコラさんたちも結構有望視されていた冒険者だったりします。
実際、もしゴブリンに怪我をさせらりしなければ近い将来、お菓子を買ってもらえるくらいにはなっていたでしょうね。




