466 シュワシュワは初めてなんだってさ
今度こそ、本当に今度こそお菓子作り開始。
って事で、僕はノートンさんにケーキ作りに必要な材料を出してってお願いしたんだよ。
でもそしたら、何か不思議そうなお顔でこう聞いてきたんだ。
「ルディーン君。まずは今はやりのスポンジケーキってのを作るんだろ? それなら膨らますために、ベーキングパウダーってのを入れないといけないんじゃないのか?」
「ううん、入れないよ。スポンジケーキはね、メレンゲで作るんだもん」
ノートンさんはさ、スポンジケーキもパンケーキとおんなじようにベーキングパウダーもどきで膨らませるんだって思ってたみたいなんだよね。
でもスポンジケーキにはそんなの使わずにメレンゲで膨らますでしょ?
だからこれに入れないんだよって教えてあげたんだ。
「ベーキングパウダーを入れずに、めれんげで作る? えっと、ルディーン君。そのめれんげって言うのは何かな? ここにはそんな物はおいていないのだけど」
「あっ、そっか! メレンゲって言っても解んないよね」
アマンダさんには作り方を教えたけど、その時に僕、名前まで言わなかったもん。
だからメレンゲって言ったって解るはずないよね。
「大丈夫だよ。メレンゲってのはね、卵の白身だけをふわふわになるまでかき混ぜたやつの事なんだ」
「白身だけをかき混ぜる? って言うとあれか、つい最近商業ギルドに登録された新しい調理法」
ノートンさんはロルフさんちの料理長をやってるでしょ?
だから新しいお料理のやり方が発表されたらすぐにそれを教えてもらえるように、商業ギルドの人にお願いしてるんだってさ。
「なるほど。あれはスポンジケーキを作るための技術だったのか」
でもね、メレンゲの作り方は知ってたみたいなんだけど、それをどうやって使うかまでは解んなかったみたいなんだよね。
だからスポンジケーキに使うって聞いて、あんなものをどうやって使うのかなぁって思ってたんだよって僕に教えてくれたんだ。
「そうなの? いろんなお料理に使えそうだと思うんだけど」
「いや、あんなぼそぼそなもの、使い道はあまりないと思うのだが」
ノートンさんはね、作り方を聞いて早速作ってみたんだって。
でも何かぼそぼそなものができちゃって、焼いてもあんまりおいしくないから何に使うんだろうって思ってたそうなんだよね。
「あっ、それはおら、じゃなかった。わたしもそう思ってたなのです」
「カテリナもか。俺もな、確かに新しい調理法ではあるけど、せっかくの卵をこんな風にしてどうするんだろうと思ってたんだ」
ノートンさんとカテリナさんはね、白身をあんな風にしちゃったらおいしいお料理にできないよねって思ってたそうなんだよ?
でもさ、それって思いっきり間違ってるんだよね。
「あのね、ノートンさん。それはかき混ぜすぎちゃってるからだよ」
「かき混ぜすぎ?」
「うん! 卵の白身はね、かき混ぜすぎると硬くなってぼそぼそになっちゃうんだ」
そう言えばアマンダさんは僕が横で見ながら作ってたからちょうどいいくらいでかき混ぜるのをやめてたけど、特許って言うのを取りに行ったオーナーさんはただ卵の白身だけをかき混ぜると今までと全く違うものができるよって言われてただけなんだよね。
だからその作り方だけ教えて、どれくらいで止めたらいいのかは登録してなかったみたいなんだ。
「そうだなぁ。オムレツにしてみればよく解るかな?」
「オムレツ? 泡立てた白身だけでオムレツを作るのか?」
「ううん、そうじゃないよ。ちゃんと焼く前に黄身も混ぜるもん」
僕はそう言うとね、ノートンさんに頼んで白身を泡立ててもらったんだ。
そしたらさ、すっごい速さでかき混ぜるもんだから、あっと言う間にふわふわになっちゃった。
「ノートンさん、ストップ! それくらいにしないとぼそぼそになっちゃうよ」
「ん、こんなもんでいいのか? まだかなり柔らかい気がするが」
「だから、硬くなっちゃダメなんだってば」
僕はそう言うとね、別にしといた黄身にお塩とちょびっとの牛乳を入れてよくかき混ぜてから、木べらを使ってメレンゲがつぶれないようにゆっくりと混ぜてったんだ。
「ノートンさん。深めのフライパンを弱火で温めてからそこにバターを溶かして、それからこれを入れて蓋して焼いて」
「おう。解った」
ノートンさんはね、卵にじっくりと火を入れるんだな? って言って、魔道コンロの火を調節しながら卵が焦げちゃわないように焼いてったんだ。
そしたらさ、段々と、とってもいいにおいがしてきたんだよね。
でさ、ノートンさんは僕とおんなじように料理人のスキルを持ってるでしょ?
だから初めて作るお料理なのに、どれくらい焼けば一番おいしくなるか解ってるみたいで、
「うん、こんなもんかな」
そう言うとフライパンを火からおろして蓋を取ったんだよね。
「おお、これはまた、かなりふわふわなものが出来上がったな」
「ノートンさん。それを二つに折ってから、お皿にのっけて」
「二つ折りに? ああ、なるほど。そうする事で、焼いてない部分にも余熱でさらに火を入れるんだな」
そう言うとノートンさんはオムレツをフライパンの上できれいに二つ折りにした後、それを木のお皿の上にのっけてくれたんだ。
「これは……オムレツだけどオムレツとは違う料理なのです」
「ああ。いくらうまく半熟に焼いても、こんなふわふわなオムレツは作りようが無いからな」
卵料理はとってもおいしいから、ノートンさんもカテリナさんもロルフさんちでよく作って出してるんだって。
だから二人ともとってもふわふわなオムレツを作る事ができるそうなんだけど、目の前にあるのはそんなのよりもずっとふわふわでプルンプルンしてるんだもん。
二人ともそれを見ながら、すっごいのができちゃったなぁってびっくりしてるんだ。
「これはね、スフレオムレツって言うお料理なんだよ。とってもふわふわだし、シュワシュワしておいしいんだよ」
「えっと、シュワシュワって言うのがよく解らないが、とりあえず試食をしてみるか」
「はい、食べてみるのです」
ノートンさんとカテリナさんはそう言うと、手に持ったおさじでスフレオムレツを掬ってパクリ。
「おっ! なるほど、確かにシュワシュワだ」
「こんなお料理、初めてなのです」
そしたらね、二人ともさっきスフレオムレツを見た時より、もっとびっくりしたお顔になっちゃった。
でね、そんな大騒ぎしてる僕たちの所に、何してるの? ってロルフさんたちが寄ってきたもんだから、
「旦那様。これを召し上がってみてください」
慌てて新しいおさじを渡して、食べてみてって言ったんだよ。
「これはまた、かなりぶ厚く作ったオムレツじゃのぉ」
「どれほどの卵を使ったのかしら?」
「ふむ。魔道コンロの試運転とは言え、これはまたえらく豪勢なものを作ったものだな」
おさじを受け取ったロルフさんとバーリマンさん、それにお爺さん司祭様は言われた通り目の前のスフレオムレツを掬ってパクリ。
そしたらその味にびっくりしたのか、3人ともすっごいお顔してノートンさんの方を見たんだよね。
「なんだ、これは」
「何と表現したらよいのでしょう? 初めて食べる味と言うか」
「クラーク。一体何を卵に入れたのじゃ? お前の事だから危険なものではない事は解っておるが……」
ロルフさんたち、シュワシュワしてるスフレオムレツを食べて、なんか変なものが入ってるのかもって思っちゃってみたい。
そっか、だからあんなお顔でノートンさんの方を見たんだね。
でもそんなロルフさんたちに、ノートンさんは笑いながら何も変なものは入れてませんよって。
「驚くのも無理はありません。でも、特に変わったものは何も入れていないんですよ」
「何も入れておらぬじゃと? では、何故このような味がするのじゃ?」
「さぁ? それはルディーン君に聞いてください」
ノートンさんがそんなこと言うもんだから、ロルフさんたちはみんな僕の方を見たんだよ。
「えっ、僕?」
「ああ、これは君の指示で作ったものだからね。それに卵が何故こんな味になったのかは、俺も知りたいんだよ」
作ってはみたけど、こんな味になるなんて思わなかったってノートンさんは笑うんだ。
それにね、カテリナさんも同じように思ってたみたいで、僕に何で? って聞いてきたんだよね。
だから僕、それはさっき泡立てた白身のせいだよって教えてあげたんだ。
「泡立てた白身? ああ、そうか! このシュワシュワした食感は、口の中で白身の泡がはじける事で感じるのか」
「これ、ノートンよ。一人で納得しておらずに、わしらにも解るように説明せぬか」
「ああ、申し訳ありませんでした、旦那様。このオムレツにはですね、先日商業ギルドから発表されたばかりの新しい調理技術が使われているのです」
ノートンさんはね、白身だけをかき混ぜるとすっごくふわふわになる事、そしてそれを使ってオムレツを作る事でこんなふわふわでシュワシュワなものができるんだよってロルフさんたちに教えてあげたんだ。
「なるほどのぉ。して、その調理法で作ると、何故にこのような変わった食感になるのじゃ?」
「それはですね、このオムレツにはその調理法によって作られた白身の小さな泡が多く含まれているので、口に入れるとそれがはじけてこのような食感が生まれるのだと思われます」
「ふむ。ならば白身を泡立ててから加えれば、他の料理でもこのような不思議な食感が得られるのじゃな?」
ノートンさんのお話を聞いて、ロルフさんはどんなお料理でもメレンゲを入れたらシュワシュワするのかなぁ? って思ったみたい。
でも、そうじゃないんだよなぁ。
「ちがうよ。オムレツは柔らかいからシュワシュワするけど、黄身を入れずにオーブンで焼いたらカリカリになっちゃうんだ」
「そうなのかい?」
「うん! メレンゲはね、お砂糖を混ぜてからオーブンで焼くとカリカリサクサクの、とってもおいしいお菓子になるんだ」
「えっ、そうなのか?」
ノートンさん、さっきメレンゲをどんなふうに使ったらいいのか解んないって言ってたでしょ?
だから焼いただけで全然別の味になるって聞いて、すぐにやってみようって言い出したんだ。
と言う訳で今度は白身だけをノートンさんに、さっきよりちょっと硬めに泡立ててもらったんだ。
でね、クラッシュの魔法で細かくしたお砂糖を泡がつぶれないように何度かに分けて混ぜてから、バターを塗った鉄板の上にそれを木のさじでぼてって落としていって、お料理スキルでこれくらいの熱さかなぁって感じるくらいの温度に予熱したオーブンの中に入れて焼き始めたんだ。
「後はね、このまんま50分くらい焼いて、そしたらオーブンを切ってほっとくと出来上がるんだよ」
「放っておく? すぐに出してはダメなのかい?」
「えっとね、ゆっくり冷やさないとサクサクじゃなくなるんだって」
このお菓子はね、前の世界で見てたオヒルナンデスヨって言うのの中で何人かの芸能人って言う人たちが自分の子供と一緒に作ってたんだよ。
でね、その時に作り方を教えてた太めの優しそうなお姉さんが、すぐに開けちゃうと縮んで硬くなっちゃうんだよってみんなに教えてくれてたんだ。
だから僕、開けちゃダメって事は知ってたんだけど、なんでそうなるのかまでは知らなかったんだよね。
「なるほど。オーブンの蓋を開ける事によって卵が収縮して、泡がつぶれてしまうのじゃな」
でもね、ロルフさんが僕の話を聞いて急にこんなこと言い出したもんだから、みんなびっくりしちゃったんだ。
「旦那様。それはどういう事なのでしょうか?」
「クラーク。これはどちらかというと、おぬしの専門分野であろうが」
ロルフさんはちょっとあきれたようなお顔でそう言うとね、ノートンさんにこう言ったんだ。
「柔らかく焼いてもらったオムレツも、資料に目を通しておる内にさめてしまえば硬くなるじゃろう? それと同じでこの菓子も急速に冷やすと硬くなり、せっかく作った白身の泡がつぶれてしまうのではないか?」
「なるほど。だからなるべくゆっくりと固まるよう、オーブンの中でゆっくり冷やすのですね」
ロルフさんのお話を聞いて、そうか! って頷くノートンさん。
そしてその後、
「もしかすると、このお菓子以外にも同じような調理をする事で柔らかくなるものがあるかも?」
ノートンさんはそう言うと、ふっとい両手を胸の前で組んで、う~んって考えこんじゃったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
わぁ、なんとびっくり、まさか今回もお菓子作りまで行かないなんて(棒読み)
まぁ今回の話は、初めからケーキ作りまで行かない事が解っていて追加したものなんですけどね。
ケーキに限らず、現代のお菓子と言うのは技術の結晶だったりします。
その中でもケーキと言うのはある意味芸術と言えるものであり、そこで使われている技術の一つだけとっても、この世界でなら社交の武器に使える程のものなのです。(プリッツ程度でもそうなのですから当然ですよね)
そう思ってこの話を追加したのですが、この一連のエピソードをロルフさんが領主に持っていくと大変な事になります。
その中でも特に生クリームなんかは、プリッツもどきよりももっと汎用性がある、それも甘味ですからねぇ。
ただそれを言うと皆さんもご存じの通り、もっと凄いものがこれまでに何個か出てきているのですけどねw




