455 ニコラさんたちの服、買わないとダメなんだって
「そっか。それじゃあ、お洗濯が終わったら元の格好に戻るんだね」
ニコラさんたちが何でメイドさんの格好をしてるのかを教えてもらったもんだから、僕はお洗濯が終わったら元通りになるんだねって思ったんだよ。
でもね、そんな僕にストールさんは、それじゃダメって言うんだ。
「確かに洗濯をすれば、今日の所は問題なく過ごせるでしょう。でも、それでは何の解決にもならないのです」
「なんで?」
「それはですね、このままではまた数日後にまた同じ事が起こるからですわ」
ストールさんはね、服が一着しかなかったら、それが汚れた時に今日とおんなじ事が起こるんだよって教えてくれたんだ。
だってまた服が汚れちゃったら、その時も洗濯する間、メイドさんたちの服を借りなきゃならなくなるでしょって。
「いや、今日は急な事だったからこんな事になっているけど、次からは夜のうちにちゃんと石鹸を使って洗濯をして、それを干しておきさえすれば朝には乾くから大丈夫よ」
そんなストールさんにニコラさんは、次は夜に洗濯するから大丈夫って言ったんだよ?
でもね、それを聞いたストールさんはすっごく怒っちゃったんだ。
「そういう訳にはいきませんわ。あなたたちはこれから、このルディーン様の館で生活をするのです。そのような場当たり的な行動を許すわけにはまいりません」
ニコラさんたちが今までみたいに、冒険者としてどっかの宿屋さんに泊まるって言うんだったらそれでも問題は無いんだって。
でもね、これからは僕んちに住むことになるでしょ?
だからそんなのは絶対に許さないって、ストールさんは言うんだ。
「この館には旦那様やバーリマンさんが訪れる事があります。それにルディーン様が商会を立ち上げた後は、商談で他の商人が訪れる事もあるでしょう。そのようなところに、日にも干していないような服を着て本当にいられると思っているのですか?」
「それは……」
ストールさんの言う通り、イーノックカウの僕んちにはいろんな人が来るようになるかもしれないんだよね。
それにここでお勉強するメイドさんたちや執事さんたちも、自分たちはきれいな格好をしてないと怒られるのに、ニコラさんたちは怒られなかったらなんとなくヤな気分になっちゃうかもしれないでしょ?
だからニコラさんたちも、ちゃんとした格好をしてくれないとダメだよってストールさんは言うんだ。
「でも私たち、新しい服を買うお金なんか……」
それを聞いたニコラさんはね、ちっちゃな声で、そんなお金ないって言ったんだよ。
でもね、
「ええ、それは解っておりますわ。ですからそのお金は、主人であるルディーン様に出して頂こうと思っております」
そしたらストールさんはにっこり笑って、僕に買ってもらってねって言うんだ。
「えっ、僕?」
「はい。この子たちはルディーン様に仕える身であり、その契約上、その衣服はルディーン様が用意せねばならないのですから」
あっ、そう言えばそんなこと言ってたっけ。
確か住むとこと毎日のご飯、それに着るものは主人になる人が全部用意しないとダメなんだったよね。
って事はストールさんの言う通り、ニコラさんたちの服は僕が買ってあげないとダメなんだった。
「そっか。じゃあ、買いに行かないとダメだね」
「そんなの、ダメです!」
それを思い出した僕は、ストールさんに服を買いに行かないとねって言ったんだけど、そしたらニコラさんがおっきな声でそんなのダメって言うんだ。
「なんで? 冒険者ギルドで、そうしないとダメってルルモアさんが言ってたよ?」
「確かにそうだけど……でも私たち、ルディーン君に大きな借金をしてこの立場になっているんだよ? それなのに、これ以上何かを買ってもらうなんて」
「でもでも、今泊まってる宿屋さんのお金は僕が払ってるでしょ?」
「それはそうだけど、服を買うとなると宿に泊まるのなんかより多くのお金がかかるのよ? それも私たち3人分。そんな出費、させられないわ」
そう言えば僕んちでも服は高いからって、お兄ちゃんやお姉ちゃんが着れなくなった服を僕やキャリーナ姉ちゃんが着てるんだよね。
でもさ、ニコラさんたちはお下がりをくれる人なんていないでしょ?
だからストールさんの言う通り代わりの服がいるんだったら、やっぱり僕がお金を出して買わないとダメなんじゃないかなぁって思うんだ。
「ストールさん。ニコラさんたちの服、このまんまじゃダメなんだよね?」
「はい。長雨などで洗濯ができない場合も考えて最低でもあと2着ずつ、古着でもよろしいですから必要だと思いますわ」
ホントだったらもっとあった方がいいそうなんだけど、ニコラさんたちに合う大きさの服が古着屋さんにいっぱいあるかどうか解んないでしょ?
だからとりあえず今はあと2着ずつあれば、しばらくの間は大丈夫じゃないかなぁ? ってストールさんは言うんだよね。
でもね、それを聞いたニコラさんたち3人は、すっごくびっくりしたお顔になっちゃったんだ。
「2着ずつって、それって上下共にって事でしょ? という事は私たち3人で6枚も買ってもらうって事?」
「いくらなんでも、それは……」
ニコラさんたちはね、上下1着ずつでも高いって思ってたのに、2着だなんてとんでもないって言うんだよ?
でもこの後、そんなニコラさんたちがもっとびっくりする事をストールさんが言い出したんだ。
「それだけではありません。できましたら、それぞれに新しい服を上下ひと揃えずつ、あつらえて頂けたらと思っております」
「はぁ?」
これにはびっくりしすぎちゃったのか、ニコラさんたち3人はお口を開けて固まっちゃったんだよね。
だから僕、代わりになんで作んないとダメなの? ってストールさんに聞いてみたんだよ?
そしたらさ、このお家には偉いお客さんが来る事があるかもしれないからなんだよって教えてくれたんだ。
「ルディーン様が立ち上げる商会は、魔道具や美容にまつわるものなどを取り扱う予定である事はご存じですわね?」
「うん」
「そのようなものは皆とても高価なものばかりですから、取り扱うのはどうしても大きな商会や貴族家の者になってしまうのです」
そっか、言われてみたら確かに偉い人がいっぱい来そうだね。
ストールさんはね、そんな人たちが来た時に汚い格好をしてたら。恥ずかしい思いをするのはニコラさんたちなんだよって言うんだ。
「ですからルディーン様には、この子たちの衣装代を出して頂きたく思っているのです」
「うん! ニコラさんたちが恥ずかしいって思ったらかわいそうだもんね」
そう思った僕は、ストールさんに買ってもいいよって言ったんだよ?
でもね、ここでちょっと困ったことに気が付いたんだ。
そう言えば僕、あんまりお金持ってないや。
さっきニコラさんたちが言ってた通り、服って古着でも結構高いんだって。
でも僕、村だと全然使わないからお金をあんまり持ってないんだよね。
「ギルドカードでもお金は払えるけど、一度にいっぱい使えないようにしてあるって言ってたもんなぁ」
お金はね、いっぱいあるとそれだけ使っちゃう人がいるんだって。
でもちっちゃい内からいっぱい使っちゃうと、悪い子になっちゃうかもしれないでしょ?
だからおっきくなるまでは僕のギルドカード、一度にいっぱいお金を使えないようにしてあるそうなんだよね。
「ストールさん、新しいのも作ってって言ってたもん。だったら絶対お金払えないよね」
もしかしたら古着だけなら買えるかもしれない。
でも新しいのを作るんだったら、きっとすっごくいっぱいお金がかかっちゃうんじゃないかなぁ?
そう思った僕は、なんかいい方法ないかなぁって、頭をこてんて倒しながら一生懸命考えたんだよね。
そしたらさ、いい考えを思いついたんだ。
「そうだ! 僕、魔石を持ってるじゃないか」
僕、魔道具が作りたくなった時や魔法の触媒に使う時のために、いろんな大きさの魔石を皮袋に入れていっつも持ち歩いてるんだよね。
それを何個か売れば、きっとニコラさんたちの服だって買えちゃうんじゃないかな?
そう思った僕は早速革袋を腰のポシェットから出して、中からおんなじくらいの大きさの魔石を3個取り出したんだ。
「ねぇ、ストールさん。ニコラさんたちの服、これ1個ずつで買える?」
「えっと、これは魔石ですわよね」
でね、それをストールさんに見せてこれで買えるかなぁ? って聞いてみたんだよね。
だってもし買えないんだったら、もっとおっきな魔石を出さないとダメだもん。
だから手のひらにのっけて見せてあげたんだけど、そしたらストールさんは困ったようなお顔でごめんなさいって。
「申し訳ありません。わたくし、魔石の値段は解らないのです」
「そっかぁ」
「ああ、ですがバーリマン様ならご存じのはずですわ」
ストールさんに解んなくっても、錬金術ギルドのギルドマスターをやってるバーリマンさんなら知ってるはずだよね。
だから近くにいたバーリマンさんを呼んで聞いてみたんだけど、
「ルディーン君。これはどんな魔物からとれた魔石なのかしら?」
そしたらこんな事を聞いてきたんだよね。
だから僕、村の近くの森で狩ったビックピジョンからとれたのだよって教えてあげたんだ。
「うちの村の森だといっぱいいるから、僕、よく狩るんだ。この魔石だったら一角ウサギの魔石よりおっきいから、売ったらニコラさんたちの服が買えるんじゃないかなぁって思ったんだよ」
でもそれを聞いたバーリマンさんは、困ったお顔でストールさんに聞いたんだよ。
「確かに買えるでしょうけど……ねぇ、ストール」
「はい、何でしょうか?」
「あなたはルディーン君に、あの子たちのパーティードレスでも仕立ててもらうつもりなの?」
「いえ。1着は新しいものをと言いましたが、あくまでこの館で過ごすための服を仕立てるつもりです」
「そう」
バーリマンさんはね、ちっちゃな声で価値を知らないのであれば仕方がないかって言った後でこう教えてくれたんだ。
「空を飛ぶ魔物はね、比較的弱いものでもとれる魔石は大きくなる傾向にあるのよ。ましてやこれはグランリルの森に住む魔物からとれたもの。ルディーン君は簡単に狩れる魔物だと言っているけど、ブレードスワローと同じくらいの大きさになってるわ」
「と言いますと?」
「そうね、冒険者ギルドでの買取価格で金貨5枚と言ったところでしょうか」
これを聞いた僕とストールさんはびっくり。
だって金貨5枚って言ったら、前の世界で50万円くらいの価値があるって事なんだもん。
なのにこれ1個で一人分の服が買えるかなぁ? って聞いたら、そりゃあパーティー用のドレスでも作るの? って聞かれちゃうよね。
読んで頂いてありがとうございます。
ビックピジョンはブレードスワローのように早く飛ぶ魔物ではありません。
ただ、名前にビックとつくように比較的大きな魔物なんですよね。(とは言っても軍鶏を一回り大きくしたくらいの大きさですが)
だから当然そこそこの強さを持ってはいるのですが、なにせ相手はルディーン君です。
帰り道で見かけたらちょっと狩っとこうくらいの気軽さで狩れてしまうので、そこからとれる魔石がそれほど高く売れるものだなんて思っていなかったと言う訳です。




