354 柔らかいパンはね、違う小麦粉を使うんだって
「ルディーン君。酵母菌を増やす事には成功したのよね? でも念のため、錬金術の解析で調べてもらえる?」
「うん、わかった!」
アマンダさんは発酵スキルが使えないでしょ?
それに錬金術も使えないから、解析も使えないんだよね。
だから僕に、代わりに解析をかけてってお願いしてきたんだ。
そしたらさ、ちゃんとできてるよって出たんだよね
「お薬を作るのと違ってちょびっとしかMPを使わなかったから心配だったけど、解析で調べたらちゃんとできてるって」
「そう、それなら大丈夫みたいね」
僕の返事を聞いたアマンダさんは、ほっと一安心。
「でも念のため、本来のやり方でも成功したかどうかを確かめてみましょう」
「ほんとのやり方?」
「ええ。柔らかいパンを作るための発酵と言うのはね、本来別に作っておいた必要な分の酵母を生地に加えて作るものらしいのよ」
酵母菌を混ぜて練ったパン生地を乾かないようにして温かいとこに置いとくと、ぷく~ってだんだん膨らんでくんだって。
本当はさ、そうやって膨らんだ生地を焼く事で柔らかいパンを作るんだってさ。
でね、実は発酵ってスキルをちゃんと覚えることができたら、その置いておく時間をすっごく短くできるそうなんだ。
でもそれをいきなりやろうと思っても、きっと難しいよね?
だからその前に、出来上がったのを見ておいた方が失敗しにくいんだって。
「この工程はイメージが大切らしいのよ。だから実際にその状態を目にしておいた方が、その技術を身に着けるのにも役に立つんじゃないかって資料にも書いてあるわ」
「そっか。お料理だって、出来上がったのを見たり食べたりしてた方が作りやすいもんね」
と言う訳で、資料に書いてあった柔らかいパンの作り方の通り、酵母菌を付与した生地に濡れた布をかぶせて、しばらく待つことに。
これが寒い時期だと暖炉のすぐそばに置いたり、金属製のボウルに入れた生地をぬるめのお湯ん中に入れたりしなきゃいけないらしいんだけど、今はかなりあったかくなってきてるからこのまま置いとけばいいんだってさ。
「そろそろいいかしら?」
1時間半くらいした頃かな? アマンダさんがそう言って濡らした布を取ると、さっきはちっちゃかった生地がぷく~ってなってたんだよね。
「ほんとだ、すっごく膨らんでる」
「でしょ。じゃあ、ルディーン君。この状態をしっかりと覚えておいてね」
そう言って僕に膨らんだ生地を見せてくれた後、アマンダさんはそれをまたしっかりと捏ね始めたんだ。
そしたらね、いっぱい膨らんでた生地があっという間にしぼんじゃった。
「アマンダさん。せっかくおっきくなってたのに、またちっちゃくなっちゃったよ」
「ええ、そうね。でもこれは、おいしいパンを作るのにどうしても必要な事らしいのよ」
柔らかいパンってね、一度膨らませたのをよく練って、もういっぺん膨らませないとダメらしいんだよ。
だってそうしないと、場所によっては膨らまないとこが出てきちゃうんだってさ。
「それじゃあ、ルディーン君。いよいよ発酵の技術を覚えるための最後の工程よ」
「うん! 何をやればいいの?」
「それはね、さっきこの生地が膨らんでたのを覚えてるでしょ? それをイメージして、この生地が倍くらいの大きさになるまで膨らませてほしいの」
ああ、そう言えば発酵のスキルで生地を膨らませることができるって言ってたっけ。
って事は、それができたらスキルを覚えられるって事なんだね。
アマンダさんに言われた通り、僕はさっきの膨らんだのを思い出しながら生地を触ってみる。
そしたらね、なんとなくだけど頭の中にどうしたらいいのかが浮かんできたんだよ。
だから思い浮かんだ通りに膨らめ~って思ってたら、段々生地がぷく~ってしてきて、
「こんなもんかな?」
生地が元の倍よりもちょっとおっきいくらいになったから、僕はそこで作業をやめることにしたんだ。
だってなんとなくこれくらいがちょうどいいって感じたし、アマンダさんもさっき倍くらいまで膨らませてって言ってたもんね。
「資料に書いてあった通りだけど、本当にあっという間に発酵が終わってしまうのね」
この2回目の発酵、ほんとだったら30分くらいかかるんだって。
それなのにあっという間に終わっちゃったから、この発酵って言うスキルはホントにすごいよね。
「それじゃあこれは、調理場に持って行って焼いてもらうわね」
「そのまま焼くの?」
「ええ。本当ならもっと小さく切り分けた方がいいのだけれど、それは本来、2回目の発酵をする前にしなくちゃいけない事なのよ」
これがもし柔らかいパンが作りたいってだけならそうしたけど、今回は僕が発酵のスキルを覚えるためにやってるでしょ?
だから何個かに切り分けてやると失敗しちゃうかもしれないからって、大きい一個のまま2回目の発酵をやったんだってさ。
「でも、元々実験のつもりでやってるから生地もそれほど大きくないし、この大きさのままで焼いても大丈夫だと思うわよ」
「そっか。じゃあこれからは僕、もう柔らかいパンがいつでも作れるんだね」
お家に帰ったら魔道オーブンを作るつもりだし、生地が作れるんならいつでも柔らかいパンが作れるねって思ってたんだけど、
「ああ、それについては一つ、注意するところがあるのよね」
「注意する事?」
「ええ。実を言うとこの柔らかいパン、使っている小麦が少し特殊なのよ」
アマンダさんが言うにはね、僕たちが村でいつも使ってる小麦だと柔らかいパンは作れないんだよって言うんだ。
「この街の周辺で作られている小麦の殆どは、あまり粘りの出ない品種なのよ。だけどこの柔らかいパンを作るには強い粘りが出る小麦じゃないとダメらしくてね。きっとグランリルの村で普段使っている小麦じゃ、こういうパンは作れないと思うわ」
「じゃあさ、僕のお家じゃ魔道オーブンを作っても柔らかいパン、作れないの?」
「いえ、そうじゃないわよ。ただ、もし作りたいならそう言う小麦を買って帰らないとダメっていうだけ」
この小麦粉はね、この街だと麺料理とかを作る時に使うものなんだって。
僕の村じゃパンばっかりでそんなのぜんぜん食べないけど、イーノックカウでは麺料理を出すお店もいっぱいあるから、この街でならちょっと探せば売ってるところがすぐ見つかるよってアマンダさんは教えてくれたんだ。
「そっか。じゃあさ、お母さん。お家に帰る時は、絶対買って帰らないとね」
「そうね。せっかく珍しいパンが作れるようになったんですもの。家でも食べたいわ」
いつものパンもおいしいけど、柔らかいパンもきっとおいしいって思うんだ。
だからそのパンを作れる小麦粉、絶対欲しいし、それにその小麦粉を使ったら麺も作れるんだよ。
って事はパスタとか、おうどんも作れるって事だよね?
ちょっと前にクラウンコッコの骨で粉のガラスープの素を作ったもん。
あれを使えば、もしかすると前の世界で食べてたラーメンってのも作れるかも!
僕はアマンダさんに教えてもらったこの粘りの強い小麦粉のおかげで、お家に帰ったらいろんなお料理が作れるようになるんじゃないかってすっごくワクワクしたんだ。
「さて、発酵に関しては一通りやってみたし、これに関してはこれから何度か繰り返すことで物にしてもらうとして。次は醸造についてよ」
普通のお料理と一緒で、発酵も一度成功してしまえば後はそれを何度かやって身に着けるだけなんだって。
だからこのまま、醸造のお勉強に移る事になったんだ。
「とは言っても醸造は発酵の延長上にある技術らしいから、ここまでくればそれほど難しいものではないらしいけどね」
アマンダさんはそう言って笑うと、醸造ってスキルがどんなものかを僕に教えてくれたんだ。
それによるとね、発酵が空気中から探した必要な菌を材料に付与してそれを増やしたり活性化させるスキルなのに対して、醸造はその菌を使って状態を変化させる、その工程を手助けするスキルなんだってさ。
「さっき、最後に生地を膨らませたでしょ? 要はあれの発展型が醸造って訳」
「発展型?」
「そうよ。資料によると、その中でも代表的なのが糖分をアルコールに変える、ワインを代表とするお酒造りらしいわ」
発酵と醸造って、実はほとんど同じスキルなんだって。
だから発酵スキルが使えるようになったら、自然と醸造スキルも使えるようになるそうなんだよね。
と言う訳で、資料にしたがって実践開始。
アマンダさんがあらかじめ用意してくれてた材料を使って、醸造スキルを使ってみることになったんだ。
「ワインはブドウを絞った汁から作るんだけど、それは知ってた?」
「うん、知ってるよ」
「それなら話は早いわね。ここにブドウを絞った汁とワインがあるから、この二つを使って実践していきましょう」
今回はブドウの汁の中の成分を、醸造スキルでアルコールに状態変化させるんだって。
でも僕はまだお酒が飲めないからそれをやろうと思っても、ワインを飲んでアルコールってのがどんなのかを知る訳にはいかないんだよね。
でも大人の人でも僕とおんなじようにお酒が飲めない人、いるでしょ?
だからそういう人は、錬金術の解析を使って調べるんだってさ。
「両方を調べると、その違いがはっきりと解るでしょ」
「うん。ワインの方にはアルコールってのがいっぱい入ってるけど、その分甘い、お砂糖みたいなのがなくなってるね」
「それが解れば、後は何をすればいいのか解るわね。その無くなっているものを、酵母菌を活性化させてアルコールに変換すればいいのよ」
他のお酒だとまた違うのかもしれないけど、ブドウをワインにするにはさっき柔らかいパンを作った時とおんなじ酵母菌を使えばいいんだよね。
それに酵母菌はブドウの中にもあるから、パンと違って空気中から探さなくってもいいもん。
だから僕、ブドウのお汁の中にある酵母菌を増やして、それを使ってアルコールになれーって強く思ったんだ。
そしたらさ、
「あれ? なんかMPが」
そう思った瞬間、僕ん中からMPが抜けてったような感じがしたんだ。
だからステータス画面を出して調べてみたんだけど、そしたらちょびっとだけMPが減ってたんだよね。
「どうしたの、ルディーン君?」
「あのね、アルコールになれーって思ったら、MPが減ったんだよ」
「MPって?」
「えっとね、魔法を使う時に使うやつ。体ん中にある魔力だよ」
アマンダさんは魔法を使えないから、MPを知らなかったみたい。
だからこのスキルを使ったらMPが減ったって聞いて、びっくりしてるんだよね。
「それじゃあ醸造って料理人の技術じゃなく、魔法の一種だったの?」
「ううん。多分高レベルの冒険者さんが使う戦闘用のスキルとかとおんなじだと思うよ。そういうのの中にはね、MPを使うものもあるんだ」
多分だけど、料理人が使うスキルも他のジョブが使うスキルとおんなじようにMPを消費するんじゃないかな?
だからさっき僕がアルコールになれーって強く思ったら醸造スキルが発動して、必要な分のMPが抜けてったんだと思うんだ。
ん? 待って。って事はもしかして……。
「あっ、やっぱり」
そう思って慌ててステータス画面を調べてみると、思った通り料理人のスキルの欄に発酵と醸造の二つが増えてたんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
結構大変でしたが、無事発酵と醸造のスキルをゲット!
その上強力粉の存在まで知ったのですから、これでルディーン君が作れるものの幅が大幅に広がりますね。
さて、本編を読んで、何故最後だけMPが減ったのかと不思議に思った人もいる事でしょう。それはですね、そこまでの工程はスキルじゃなかったからです。
例えば酵母菌を増やす時に魔力を注いでますよね? この時は当然MPを消費していますが、実を言うとその後の活性化に関しては中に含まれている魔力を使用しているのでMPを消費していませんでした。
しかし最後の場合、スキルとして発動したので酵母菌を増やすために使った魔力ではなく、ルディーン君のMPが消費されてしまったと言う訳です。
まぁ、これに関してはもう少し詳しい話が次回語られる事でしょう。忘れていなければw




