327 ほんとは赤くなってないと、すっごく酸っぱいんだって
僕たちが採ってきたベニオウの実は、魔力をいっぱい吸ってるからおっきくて甘いんだよね。
なのにルルモアさんたちは、木がおっきいから実もおっきいんじゃないのかな? って勘違いしちゃったみたいなんだ。
だから僕、お母さんに教えてあげた方がいいかなって聞いたんだよ?
そしたら、そんな事を本当に知りたいわけじゃないから、別にいいんじゃない? って言われちゃった。
「学者ならともかく、彼らにとってはこんなに大きな実が採れたという事が一番大事なんですもの。ルディーンだって、食べようとしてる実がどうして大きく育ったのかって言う理由より、甘いかどうかの方が大事でしょ?」
「うん」
ルルモアさんたちだって今はこんなお話をしてるけど、多分他のお話になったらそんな事、全部忘れちゃうよってお母さんは言うんだよね。
「まぁ、見てなさい」
でね、お母さんはそう言うと、僕にウインクしてお父さんたちのとこに歩いて行ったんだ。
「はいはい。そんな事より、ルルモアさん。ベニオウの実の品質を確かめなくていいの?」
「あっ! そう言えばそうですね」
お母さんにそう言われたルルモアさんは、さっそくはこの中のベニオウの実に手を伸ばしたんだけど、
「えっ!?」
そしたら持った途端、ベニオウの実がぐちゃってなってびっくりしたんだ。
前に食べた事があったのか、ルルモアさんはベニオウの実がとっても柔らかい事をちゃんと知ってたみたいなんだよね。
それに僕たちが採ってきたのは確かに普通のよりおっきいけど、見た感じ他に変わったとこはないでしょ?
だからちゃんと気は付けてたんだろうけど、それでもいつものと変わんないつもりで手に取ろうとしちゃったんだ。
でもそのベニオウの実は魔力をいっぱい吸ってパンパンになってたもんだから、持っただけで簡単に皮が破れちゃって、そこからすっごくいっぱい出た果汁でルルモアさんの手がべとべとになっちゃった。
「ちょっ……何でこの程度で皮が破れるのよ!」
いつもとおんなじようにそっと取ったはずなのに、持っただけで実がはじけちゃったもんだからルルモアさんは大慌て。
そりゃ、そうだよね。だってこのベニオウの実は、商業ギルドの人と一緒に持ってきたもんだもん。
わざわざついてきたって事は、これを商業ギルドの人たちが買いたいって思ってるってことくらい、ルルモアさんだって解ってるだろうからね。
でも、それを見たお父さんは大笑い。
「やっぱりですか。俺たちも最初は同じように、手で持っただけで皮が破れて大騒ぎしましたよ」
初めて手に持ったらのならそうなっちゃうのは仕方ないよって、ルルモアさんに手を拭くための布を渡しながらそう教えてあげたんだ。
「なるほど。大きくなっている分、皮も薄く破れやすくなっているんですね?」
「ああ。それに実そのものも限界まで果汁を詰め込んでいるようで、普通のものより少し柔らかいかな?」
それを聞いて僕たちが持ってきた実が普通のよりただおっきいだけじゃないんだねって解ったルルモアさんは、ベニオウの実をこれ以上潰しちゃわないようにって、手のひらに乗っけるように持ち直したんだ。
「これ、皮を破ってしまったし、買い取るから食べてもいいかしら?」
「ああ、お代は別にいいよ。これは元々、ルディーンがいつもお世話になっている人達のお土産にって持って帰ってきたものだから」
でね、ちょっとつぶしちゃったし、お金を払うからこのベニオウの実を食べちゃっていい? ってお父さんに聞いたんだよ?
そしたらこれはお土産用に採ってきたもので、ルルモアさんにだっていつもお世話になってるからお金なんていらないよってお父さんは笑ったんだ。
「そうですか? じゃあ、遠慮なく」
それを聞いたルルモアさんは、手に持ったベニオウの実を、皮もむかずにガブリと一口。
そしたら一瞬だけ目を大きく開きながらすっごくびっくりした顔して、その後すぐに残り全部をあっと言う間に全部食べちゃった。
「何ですか、これ! 普通のものよりはるかに甘いじゃないですか。 私、こんなベニオウの実は初めて食べましたよ」
「えっ? ええ、確かにこの実は普通のより、かなり甘いですよね。俺たちも初めて食べた時はびっくりしたし」
「いや、びっくりと言うレベルじゃないですよ。これじゃあまるで別の果物じゃないですか!」
帝都には国中のおいしいものが集まってくるらしくって、その中にはこの世のものとは思えないくらい美味しい果物もあるんだって。
ルルモアさんも前に一度それを食べた事があるらしくって、それがこの世で一番おいしい果物なんじゃないかなぁ? って今まではずっと思ってたそうなんだ。
でもこのベニオウの実はもしかすると、その果物よりもっとおいしいかも? って言うんだよ。
「そんなにですか?」
「ええ。それに甘さもそうですが、この普通のベニオウの実よりはるかに強くて甘い香りがいいです。もしカットしたものをパーティー会場に持ち込めば、かなり広い会場でも全体にこの香りが広がるでしょうね」
果物って、味もそうだけどにおいだってとっても大事なんだよってルルモアさんは言うんだ。
例えば市場とかでいいにおいがしたら、お腹がすいちゃうでしょ?
それとおんなじで、パーティーとかでもいいにおいがする果物が置いてあると、それだけでみんな嬉しくなっちゃうんだってさ。
「それほどですか……」
そんなルルモアさんのお話を聞いて、商業ギルドの人がすっごく真剣な顔したんだよね。
だからどうしたんだろう? って思ったんだけど、
「あの、すみません。私にも一つ、頂けないでしょうか?」
そしたら、自分にも食べさせてって言ってきたんだ。
そう言えば商業ギルドの人って、持ってきたベニオウの実を箱のふたを開けて見ただけで食べてなかったっけ。
なのに目の前で食べたルルモアさんが、世界で一番おいしい果物なのかも? なんて言い出したんだもん。
食べたくなっちゃうのは当たり前だよね。
「えっ? 口にしてなかったのですか?」
「ええ。これほど大きくて立派な実ですから、それだけでも十分に価値があるという事に頭が行ってしまって、まさか味までがそれほど違うとは思わなかったんです」
それを聞いてびっくりしたのがルルモアさんだ。
だって僕たちと一緒に冒険者ギルドまで来たくらいでしょ?
まさか食べてないなんて、全然思ってなかったんだってさ。
「そう言えば商業ギルドの天幕では、蓋を取って箱の中身を見せただけだったなぁ」
「ええ。ですが、味がそこまで普通のものと違うとなると、冒険者ギルドに依頼を出す前に確かめておきたいのです。もちろん代金はお支払いしますから」
商業ギルドの人はお金を払うって言ってるけど、ルルモアさんにはただであげたのに商業ギルドの人からお金を採る訳にはいかないよね。
でもさっきルルモアさんに、これはお世話になってる人へのお土産だからあげるよって言っちゃったでしょ?
だからお父さんは、どうしよっかなぁ? って考え始めちゃったんだ。
「あらハンス、何も悩む事ないじゃないの。ベニオウの実はいっぱい採ってきたんだし、一つくらい食べさせてあげたら?」
「そうだよ! それにルルモアさんも、まだ赤くなってるのを食べただけでしょ? 硬いのもおいしいんだから、切ってみんなでちょこっとずつ食べればいいじゃないか」
でも、そしたらお母さんが、意地悪しないで食べさせてあげたら? って。
だから僕、それならルルモアさにも赤くなったのだけじゃなくって、硬いのを食べさせてあげようよってお父さんに言ったんだよ。
「硬いの?」
でもね、ルルモアさんは僕の言った硬いのもおいしいってのが気になったみたいで、何それ? って、お父さんからお返事が返ってくる前に聞いて来たんだ。
だから僕、このおっきなベニオウの実は、まだ赤くなってないやつもおいしいんだよって教えてあげたんだよ?
そしたら、それを聞いたルルモアさんだけじゃなくって、商業ギルドの人までびっくりした顔になっちゃった。
「ルディーン君。まだ赤くなってないって、それはまだ真っ赤に完熟しきってない実って事よね?」
「ううん。僕が言ってるのは、まだあんまり赤くなってないやつの事だよ?」
「まさか!? 熟してないベニオウの実は甘さがまるでなく、ただ酸っぱいだけのはずなのに」
「えっ、そうなの?」
「ええ。ベニオウの実の甘みって、中に含まれる強い酸味が熟す事によって変化したものらしいのよ。だから熟す前の物は酸っぱくってとても食べられないと聞いた事があるわ」
なんと、まだ赤くなってないベニオウの実って、ほんとは酸っぱいだけで全然美味しくないんだって。
でもさ、僕たちが採ってきたベニオウの実は、まだ赤くなってなくったって甘かったよね?
「うそだぁ。だって、さっき森ん中で食べたら、すっごくおいしかったよ?」
「えっ!? そんなはずは……」
「それが本当なんですよ。一度食べてみてください」
だから僕、赤くなってなくてもおいしかったよって教えてあげたんだよ?
けど、そしたら今度はルルモアさんが嘘だって顔したもんだから、お母さんが僕の味方して食べてみたら解るよって、石の蓋をまな板代わりにしてまだ赤くなってないやつを切ってくれたんだよね。
でもさ、ルルモアさんも商業ギルドの人も、すっごく酸っぱいって思ってるもんだからなかなか食べようとしないんだもん。
だから僕、それを一個とってポイってお口に放り込んだんだ。
コリコリコリ。
うん、やっぱりおいしいじゃないか。
そんな風に僕がちょっと硬いベニオウの実をおいしそうに食べてたら、それを見たルルモアさんが恐る恐る手を伸ばして、お母さんが切ってくれたベニオウの実を一切れ、お口に放り込んだんだよ?
そしたら、
「ほんとだ。これ、おいしいわ」
こう言ってびっくりしたお顔になっちゃったんだ。
「もう! だからおいしいって、言ったじゃないか!」
「疑ってごめんなさい。でも、まさか熟していないベニオウの実がこんなにおいしいなんて思わなくって」
「ちょっと失礼。では私も」
そんな僕たちを見た商業ギルドの人も、ベニオウの実を一切れ取ってパクリ。
「これはまた……食感は果物と言うよりどこか根菜のようですが、味は甘みの強い柑橘系の果物のようで……こんなものは今までに食べた事が無いですが、確かにうまい」
そしてこんな不思議な食べ物、初めて食べましたって、僕たちに困ったような顔して笑ったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
前にも何度か魔力を多く含んでいるものはおいしいと書きましたよね? これはそのおいしさは食べ物によって甘みだったり旨味だったりします。
これがベニオウのような果物だった場合は甘みとして感じるんですよ。
なので本来ならとても強い酸味しかないところに魔力がとても甘い果汁として加わった事で、甘酸っぱくてとても美味しく感じられるようになっていると言うわけです。




