30 外国語?の発音を覚えるのって難しいよね
冒険者ギルドの二階に上がり、幾つか並んでいる扉の一つに入ってそこにあったテーブルセットの椅子に座ると、ルルモアさんが口を開いた。
「えっと、ルディーン君の冒険者ギルドへの登録だったわよね」
「ちょちょちょっちょっとまって、さっきのはなんだったの? なんでみんな、ぼくのことみてたの!?」
いきなり何事も無かったように冒険者ギルドへの登録の話に行こうとしたから、僕は慌てて止めた。
だって、さっきのは凄くおかしかったもん。
依頼書前の人たちまでみんな動きを止めて僕を見てたんだよ、どう考えてもおかしいじゃないか。
「チッ、誤魔化せなかったか」
チッって! ルルモアさん、キャラまで変わってるよ! もしかして今の僕の状況って、それくらいとんでもない事なの?
でもなんでそんな事になったのか僕にはさっぱり解らないから、不安ばかりが募って行く。
「ぼ、ぼく。なんかわるいことしちゃったの? もしかして、つかまっちゃう?」
あまりの事に、ぼろぼろと涙がこぼれてくる。
こんな格好、キャリーナ姉ちゃんに見られたら『ルディーンがまた泣いてる。もう、泣き虫なんだから』なんてまた言われちゃいそうだけど、どうやったって止められない。
「だって、みんな、みんなぼくの、ぼくのことみてたもん。だからぼ……ぼく、きっとわるいこ……ううっ、うわぁ~~~ん!」
声をあげながらの大号泣。
それに慌てたのはお父さんとルルモアさんだ。
「大丈夫だ、ルディーン。お前は何も悪い事なんかしてない!」
「そっそうよ、ルディーン君。あなたが悪い事をしたからみんな見てなんじゃないの。ルディーン君が魔法を使えるって聞いて、みんなビックリしてただけなのよ」
泣き出してしまった僕をなんとか宥めようと、必死に何も悪い事はしていないんだよって教えようとしてくれる。
そんな二人の言葉を聞いて、僕はちょっとだけホッとしたんだ。なんだ、僕が何か悪い事をしたわけじゃないんだって。
でも、それじゃあなんで、みんな僕の方を見てたんだろう? ルルモアさんは魔法が使えることを知ったからだって言ってたけど、そんな事であの騒がしかったギルドが静まり返るはずがないよね。
だって魔法は村にあった本に書いてあった通り、誰にだって簡単に使えるようになるはずだよね? その証拠にキャリーナ姉ちゃんだって、練習を始めて10日もかからないくらいで使えるようになったもん。
「ぐすっ。うそだもん。まほうはだれにでもつかえるようになるって、えらいひとがかいたほんにかいてあったもん」
「いやいや、普通はそう簡単に使えるようにはならないからな」
それこそ嘘だ。
だって僕だけじゃなく、キャリーナ姉ちゃんだって練習したら簡単に使えるようになったんだよ? だから本に書いてあった事に間違いはないはずだ。
僕はそう確信してお父さんに言い返す。
「つかえるもん! キャリーナねえちゃんだってつかえたもん!」
そんな僕の話に言葉を失うお父さん。
ほら、やっぱり嘘だった。
ならみんなが僕の方を見ていたのには他に理由があるはずだよね?
そう思った僕は、それをお父さんからなんとか聞き出そうとしたんだけど……。
「カールフェルトさん! キャリーナさんって確か、半年くらい前に冒険者登録をした娘さんの事ですよね? まさか、あの子も魔法が使えるのですか?」
いきなりルルモアさんがお父さんにそう言って詰め寄ったものだから、僕はびっくりして何も喋れなくなっちゃったんだ。
この様子からすると、どうやらルルモアさんはキャリーナ姉ちゃんが魔法を使えることを知らなかったらしい。
って事は、お父さんはそれを冒険者登録の時に話さなかったと言う事なのかなぁ?
「あっ、いや。キャリーナは魔法が使えるというか……」
「どうなんですか!」
「その、キャリーナが使えるのはルディーンのような攻撃の魔法ではなく、神官が使う癒しの魔法でして」
ルルモアさんのあまりの剣幕にお父さんはついに折れて、キャリーナ姉ちゃんが魔法を使えることを彼女に話したんだ。
するとルルモアさんは、理由を聞いて納得したと言う顔になる。
あれ? 何でそれを聞いて納得したんだろう? 僕とどこが違うの?
理由が解らない僕は、ルルモアさんになんで怒るのをやめたのか聞いてみた。
「ねぇねぇ、なんでキャリーナねえちゃんがまほうつかえるの、おとうさんがだまっててもおこらなくなったの?」
「えっ? ああ、ルディーン君には解らないか。あのね、冒険者ギルドに登録するのなら癒しの魔法が使えるという事はあまりまわりに言わない方が良いからなのよ」
「え~、なんで?」
言わない方がいいの? だって怪我した時、それを知らなかったらキュアかけてって言えないじゃないか。
そう思った僕はその疑問をルルモアさんに聞いてみると、意外な答えが返ってきたんだ。
「それはね、そもそも魔法と言うのはどんなものでも習得が難しいでしょ。その中でも癒しの魔法は習得条件が厳しくて、使える人が神官以外では世の中に殆どいないからなのよ。もし使えるって事を知られたら、きっとパーティーを組もうって希望する人が殺到してしまうわ。そうなるのが解っていたから、お父さんはルディーン君のお姉ちゃんが癒しの魔法を使えることを黙っていたんだと思うよ」
「えぇ~! かいふくまほうをつかうのって、そんなにむつかしいの? でもおねえちゃんも、かんたんにつかえるようになったよ」
「それはきっとグランリルの司祭がかなり正確な呪文の発音で、いつも魔法を使っていたからじゃないかしら?」
ルルモアさんが言うには普通の魔法は親が魔法使いじゃなくても家庭教師や帝都にある学校で呪文の発音を覚える事ができるけど、神官が使う魔法はそう言うところでは教えてないから体内で魔力を循環できる人でも使えるようにはならないんだって。
「実は一部の才能がある人や、長年使い続けている高位の司祭以外は癒しの魔法を正確な発音で呪文を唱えていないのよ。殆どの神官はなんとか魔法が発動する程度の曖昧な発音で使っているから、それを聞いて真似したくらいじゃ癒しの魔法は発動しないわ。だから普通は神殿でしっかりと修行しながら学ばないと使えるようにはならないのよ」
なんと! まさか呪文の発音が障害になって使えないなんて思っていなかったから、この話にはホントびっくりした。
僕の場合は前世の記憶があるからドラゴン&マジック・オンラインの時の魔法のつもりで呪文を唱えていたけど、どうやらそれが幸いして口がうまく回らなくても魔法が発動してたんだね。
そして喋り方はともかく、発音自体は正確な僕が教えたから、キャリーナ姉ちゃんも魔法が使えたんだと思う。それならお姉ちゃんも僕同様、最初から魔法が発動したのにも納得できるもん。
「ん? も?」
そんな事を考えていた時、急にルルモアさんが何かに気付いたような声をあげたんだ。
「どうしたの?」
そんな姿に、いきなりどうしちゃったんだろう? って思ったから僕はそう聞き返したんだけど、ルルモアさんからの返事はなく逆に質問を返されてしまった。
「ルディーン君。あなたさっき、キャリーナちゃん”も”って言わなかった?」
「ん? いったよ。キャリーナねえちゃんもかいふくまほう、つかえるもん」
その僕の返事にルルモアさんはとても驚いた顔になった。
「そんな、あり得ないわ……」
そしてそんな事を言い出したから、僕は何がありえないのか聞いてみた。
すると、ルルモアさんが勘違いをしていることが解ったんだ。
「だって、確かに神官にも攻撃魔法はあるわよ。でもその殆どは不死の存在へのもので、ウサギや鳥のような動物に効果のある魔法は相当高位の司祭にならないと使えないはずよ? なのにそんな魔法をこんな歳で使えるなんてあり得ないわ」
なるほど、回復魔法が使えるって聞いて僕が神官系のジョブだって勘違いしたのか。
それなら納得。だって神官系の物理攻撃魔法って確か20レベルくらいにならないと覚えないもん。
8歳で20レベル近いと思われたら、そりゃあびっくりするよね。
だから僕は違うよって教えてあげたんだ。
「ちがうよ。さっきおとうさんがいったでしょ。ぼくがつかってるのはマジックミサイル。こうげきまほうのほうだよ」
「っ!?」
その瞬間、僕は生まれて初めて綺麗な人の間抜け面と言うものを見る事になったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
少しずつ、ブックマークが増えていくのが見るのが楽しみな今日この頃です。
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