297 魔法の武器が一本しかないから騎士様じゃダメなんだって
もし見つかったら僕だけが魔法で逃げるんだよって言われてたけど、遠くでふよふよしてる幻獣はまだこっちに気付いて無いみたい。
だから僕たちはそ~っとそこから離れて、イーノックカウまで帰ってきたんだ。
「あら、おかえりなさい。ポイズンフロッグ退治は順調?」
「ええ。ポイズンフロッグの方は順調に進んでますよ。ただ」
でね、僕たちはそのまま冒険者ギルドへ行くとルルモアさんがニコニコしながら迎えてくれたもんだから、お父さんは周りに聞こえないようにちっちゃな声で幻獣が出たんだよって教えてあげたんだ。
「幻獣が出たですって!?」
ところが、それを聞いたルルモアさんがこんな風に周りに聞こえるくらいおっきな声で叫んじゃったもんだから、冒険者ギルドにいた人たちみんながびっくりした顔でこっちを見ちゃったんだよね。
でもルルモアさんさんはそんな事、まったく気にしてないみたいで、
「すぐにギルドマスターに報告しないと。カールフェルトさんたちも一緒に来てください」
そんなみんなを無視して、僕たちをギルドマスターのお爺さんがいるお部屋まで連れて行っちゃったんだ。
「それは間違いなく幻獣だったんだな? 見間違いなんかじゃなく」
「ああ。実物を見たのは俺も初めてだが、あんな生き物は幻獣以外にはいないだろうから、まず間違いない」
ほんとなの? って聞くギルドマスターのお爺さんに、お父さんはさっき見た幻獣がどんなのだったのかを教えてあげたんだよね。
そしたらギルドマスターも、それは間違いなく幻獣だろうなぁって、ちょっと怖い顔しながら頷いたんだ。
「ギルドマスター。森の奥に幻獣が出たと言うのなら一大事です。すぐに領主様に連絡をして、魔法の武器と騎士団の出動を要請しないと」
「まぁ待て、ルルモア。騎士団はダメだ」
「どうしてです? 幻獣が出たと言うのであれば、一刻も早く領主様に連絡をしないと」
「ああ、解っておる。幻獣は魔法の武器でしか倒すことができぬのだから、当然領主様への連絡は急がねばならん。先ほどわしがダメだと言ったのはな、騎士団への出動要請の方だ」
大慌てのルルモアさんに、ギルドマスターのお爺さんはとにかく一度落ち着こうねって言ったんだよ。
でね、その後ギルドマスターは、何で騎士団の人たちに出動してって言いに行っちゃダメなのかを教えてくれたんだ。
「知っているとは思うが、幻獣は魔法の武器でしか倒すことができぬ。だから領主様から武器を借りる必要があるが、それを誰に使わせるかが大きな問題なのだ」
「誰に、ですか?」
「ああ。帝都やダンジョンがある街と違い、このような辺境では皇帝陛下からお預かりしている魔法の武器は1本しか無いのだ。それだけに、確実に幻獣を葬れるもの以外にその武器を持たせるわけにはいかぬだろう?」
ギルドマスターのお爺さんはね、そんな実力がある人はこの街の騎士団にはいないって言うんだよね。
「幻獣というものはな、弱いものであってもこの街の近くにいる魔物などよりはるかに強い。カールフェルトさん。あなたの目から見て、その幻獣はどれくらいの強さを持つと感じましたかな?」
「これは俺の見立てではないんだが……脅威度はブラックボアクラスか、もしくはそれ以上だ」
ブラックボアと聞いて、ルルモアさんはすっごくびっくり。
「それほどの強さを持つと言うのですか!?」
「解ったであろう? 魔法の武器が1本しか無い以上、幻獣討伐は一人で行わなければならんのだ。ルルモアよ、そんな実力を持つ者がこのイーノックカウの騎士団にいると思うか?」
「帝都ならともかく、この街にはいないでしょうね」
流石に帝都にだったら、とっても強い騎士様が何人かいるんだって。
でもね、このイーノックカウはおっきな街だけど近くに戦争しそうな国はないし、近くの森に出る魔物もそんなに強くないからブラックボアとおんなじくらい強い幻獣を一人でやっつけられる騎士様はいないそうなんだ。
「でも、でしたらどうなさるのです? まさかギルドマスターご自身が、討伐に向かわれるお積もりですか?」
「いや、今回の場合、そこは問題なかろう」
じゃあどうするのさ? って言われたギルドマスターのお爺さんは、黙ってお父さんの方を見たんだよね。
そしたら、それを見たルルモアさんも、あっそうか! って顔したんだ。
「確かにカールフェルトさんなら適任ですね」
「ああ。誰もいないのであればわしが出向くが、今回はカールフェルトさんに頼むのが一番だろう」
ギルドマスターはとっても強いんだけど、でもお爺さんだから森の奥まで行くのが大変なんだって。
それでも、もし誰もいなかったら行かなきゃいけないんだけど、今は幻獣をやっつけられるお父さんがいるでしょ?
だから今回はお父さんに、領主様から借りる大事な魔法の武器で幻獣をやっつけてもらうんだってさ。
「カールフェルトさん。本来ならEランクの冒険者に依頼する内容ではないんだが、引き受けてもらえないだろうか?」
「ええ。俺も初めからそのつもりだったから、何の問題もない」
幻獣を一人でやっつけるのはすっごく大変だから、そんな依頼は普通Aランクとかの人にお願いするんだって。
だからね、ホントだったら2こ下のCランク以上の冒険者、それも6人くらいのパーティーじゃないと指名依頼しちゃダメなんだよ。
でもお父さんだったら幻獣を一人でやっつけられるのが解ってるからって、特別に今回だけはレベル制限なしの依頼にしてEランクでも受けられるようにするんだって。
「すまんな。ちゃんと報酬は正規のランクの基準に従って出すから、頼む」
「幻獣と言っても、倒す武器さえあればそれほど苦労しない相手だからな。わざわざギルマスに頭を下げてもらうほどの事でもないよ」
ギルドマスターのお爺さんはお願いしますって頭を下げたんだけど、それを見たお父さんは簡単にやっつけられるからいいよって笑ったんだ。
「領主様の館に幻獣が出たことを報告して、魔法の武器の貸し出し要請をしてきて。私はこちらの方に出す、幻獣討伐の指名依頼書を用意するから」
ギルドマスターのお部屋を出てギルドのカウンターのとこに帰ってくると、ルルモアさんは早速近くにいたギルドの制服を着たお兄さんに領主様のとこに行ってって指示を出して、自分は机の下から羊皮紙を1枚取り出して依頼書ってのを書き始めたんだ。
そんなルルモアさんに冒険者ギルドにいた人たちはみんな、何か言いたそうな顔してたんだよね。
多分さっき聞いた幻獣の事を聞きたいんだと思うんだけど、一生懸命依頼書を書いてるルルモアさんにそんなこと聞けるわけないでしょ?
だから代わりにって聞こうかと思ったのか、みんな僕たちの方を見たんだよね。
でもお父さんたちと一緒にちっちゃな僕がいるもんだから、やっぱり話しかけづらいみたい。
おかげでチラチラとこっちを見るんだけど、結局誰も声をかけてこなかったんだ。
「う~ん、ちょっとここは居心地が悪いなぁ」
でも、みんなから見られるのはあんまりいい気持しないよね?
だからお父さんは、その気持ちがつい口に出ちゃったんだけど、
「あっ、そうね。カールフェルトさん。こっちはまだ少し時間がかかるから、裏の買取カウンターの所まで、今日狩った分を持って行ってもらえるかしら?」
そしたらルルモアさんが、獲ってきたポイズンフロッグを買取カウンターまで持って行ってって頼んできたんだ。
「ああ、解った。シーラ、ルディーン。行くぞ」
そしたらそれを聞いたお父さんは、ここから離れられるのがうれしいかったのかニコニコしながらそう言って入口から出ると、お母さんや僕と一緒に冒険者ギルドの裏にある買取カウンターへ向かったんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
前にも本編で書きましたが、冒険者ギルドの依頼はランクごとに分かれていて依頼書に書かれているランクより二つ下の冒険者までしか受けることができません。
それもランクが下の冒険者が受ける場合は、受け付ける時に人数や今までの実績を見て無理と判断された場合、その条件を満たしていたとしても受理してもらう事が出来ないんですよ。
それだけに今回のハンスお父さんに出した依頼はかなり特別だったりします。
そう、特別なんですけど……前にルディーン君も、ブレードスワローの件で同じような依頼を受けてるんですよねぇ。
特別なはずなのにこんなに乱発して、ギルドマスターは大丈夫なんだろうか?w




