276 料理人さんでも卵はそのまま使うんだってさ
しょんぼりしてたアマンダさんがやっと笑ってくれたもんだから、オーナーさんもにっこり。
「ところで料理長。君はなぜそこまでのショックを受けていたんだい? いや、確かにルディーン君の菓子は美味しかったが」
でも何でアマンダさんがあんなにしょんぼりしちゃったのか解んなかったから、オーナーさんが聞いてみたんだよね。
「それはですね、ルディーン君が教えてくれた調理法が私が知っているものと根本からまるで違ったからなんです」
さっきアマンダさんは、自分のお菓子を卵をかき混ぜてからそれに小麦粉とかを混ぜて焼いた物だって言ってたよね。
じゃあ僕が作り方を教えたスポンジケーキはって言うと、やっぱり卵をかき混ぜたものに小麦粉とかを混ぜて焼いたもので、使った材料も全部おんなじなんだよってアマンダさんはオーナーさんに教えたんだ。
「ちょっと待ってくれ。材料も作り方も同じなら、なぜまるで別物になってしまったと言うんだ?」
「卵です。卵のかき混ぜ方が違うと言うただそれだけで、二つのお菓子はまるで違うものになってしまったんですよ」
アマンダさんはマヨネーズとおんなじように、卵をそのまんまかき混ぜてたんだよね。
それに対して僕は、まず卵を黄身と白身に分けてから両方に砕いたお砂糖を混ぜてかき混ぜてもらったんだ。
だってそうしないと、スポンジケーキは膨らまないもんね。
でも、その白身だけをかき混ぜるって事が、アマンダさんからすると全く想像もしてなかった事なんだってさ。
「一つの卵を黄身と白身に分けて使う、たったそれだけの事がそれほど重要だと言うのか?」
「はい。まさか一つの食材を二つに分け、それを別々に調理する事であれほどの違いが出るなんて、私は想像もしていませんでしたわ」
卵ってそのままかき混ぜたらクリーム状にしかならないでしょ? だけど白身だけでかき混ぜると、まるで石鹸で作った泡みたいになっちゃうもん。
でもまさかそんな風になるなんて思ってなかったもんだから、アマンダさんはびっくりしてたんだよ。
それにね、そもそも一個の食材を別々に分けて使うなんて調理法自体、今まで見た事も聞いた事もなかったんだってさ。
「確かに私も知らない調理法だが……なるほど。白身だけ使うと、そのような変化が起こるのか」
「はい。私も卵をかき混ぜる時、空気を含ませるようにすれば柔らかいお菓子ができる事は解っていました。ですが、まさか白身だけをかき混ぜる事でもっと多くの空気をお菓子に取り込んで、より柔らかいお菓子が出来上がるとは思いませんでしたわ」
「うむ。ここまで聞かされれば、料理長が言っていた調理法の根本が違うと言う意味が解るな」
オーナーさんはアマンダさんの説明を聞いて、卵の白身だけをかき混ぜるのがとってもすごい事だって解ったみたい。
「ほんの少しの違いだが、それを知っているかどうかは天と地ほど違うというわけか」
だから、ほんのちょっと違うだけなのになぁってオーナーさんはうんうんって頷きながら感心してたんだけど、
「そうです! と言うわけでオーナー、一刻も早く商業ギルドに連絡を! 特許の申請をお願いします」
そしたら急にアマンダさんがこんなこと言いだしたもんだから、オーナーさんはびっくり。
「えっと、そこまでの事なのかね?」
「はい、この調理法は簡単な事にも関わらず、その使用用途があまりに広すぎますもの」
アマンダさんはね、この方法を使えば今思いつくだけでもすっごくいっぱいのお料理やお菓子が作れるはずなんだよって言うんだ。
でも、これってただ卵を黄身と白身に分けてかき混ぜただけでしょ? だから他の人が思いつく前に特許を取っとかないとダメなんだってさ。
「それに、もしこれが錬き……いや、他の店や料理人、ましてや貴族に知られたりした場合、予め私たちが使ってもいいと言う許可を商業ギルドから貰っておかなければ大変な事になりますわ」
「なるほど、確かにその通りだな。だが料理長、その前に確認せねばならぬことがあるだろう?」
もし他の人が先に特許を取っちゃったら使えなくなっちゃうでしょ? だから先に取っちゃわないとってアマンダさんは言ったんだけど、そしたらオーナーさんがその前にやる事があるよね? って。
それを聞いたアマンダさんは、確かにそうだよねって頷いてから僕の方を見たんだ。
「ルディーン君、この調理法で作ったお菓子をうちの店でも扱わせてもらってもいいかしら?」
「うん、いいよ」
別に僕が考えたわけじゃないから、そんなの聞かなくったっていいのに。
そう思ったんだけど、いい? って聞かれたもんだから、僕はいいよって答えたんだよね。
そしたらアマンダさんが、オーナさんに向かってこんな事を言い出したんだ。
「オーナー、許可が取れました。ですから一刻も早くルディーン君の名前で特許申請をお願いします。そうですね、これほどの新技術ですから、秘匿特許でも通ると思いますので、そちらで」
「解った。それでは行ってくる」
オーナーさんはそう言うと、急いで出て言っちゃった。
でもさ、白身だけを泡立てるのは僕が考えたわけじゃないよね? だから僕、大慌てでアマンダさんに言ったんだよ。
「何で僕の名前なの? これ、僕が考えたわけじゃないのに!」
「ええ!? って事は、これは誰かから教えてもらった調理法なの?」
そしたら今度はアマンダさんが大慌て。
びっくりした顔でお母さんの方を見たんだけど、
「いいえ、うちの村ではだれもそんな調理法を知りませんよ」
そう言われちゃったもんだから、何が何だか解んないって顔になっちゃったんだ。
だから僕、生まれる前から知ってたんだって教えてあげたんだよ? けど、そしたらお母さんが笑いながら、
「ああ、ルディーンがいつも言ってるあれの事だったのね」
だって。
そっか。お母さんにはいっつも前の世界のお話、してるもんね。
だからちゃんと解ってくれたみたいで、アマンダさんに説明してくれるって言ってくれたんだ。
「思い込み、ですか?」
「はい。これはうちの主人が錬金術ギルドで聞いてきた話なんですが、どうやらルディーンはできたらいいなぁって思った事があると、物語などに出てくる内容から想像してその方法を見つけ出してしまうようなんですよ」
「それはまた、すごい才能ですね」
「なるほど。という事は、前に冒険者ギルドで教えてくれた魔力の回復方法も?」
「ええ。ルディーンに何故そんな事を知っていたの? って聞いてみたら、前の世界のゲームでそうやってたんだよ、なんてよく解らない事を言ってましたから、多分そうだと思います」
お母さんは僕とお姉ちゃんたちをテーブルに残して、アマンダさんとルルモアさんとの三人でちょっと離れた場所に移動してお話し中。
だから何を話してるのかよく解んないけど、お母さんにまかしとけばきっと大丈夫だよね。
そう思ってお姉ちゃんたちとお菓子を食べながら待ってたんだけど、そしたらアマンダさんもちゃんと解ってくれたみたいで、ニコニコしながら帰ってきたんだ。
だから僕、アマンダさんに僕の名前で特許を取るのは変だよね? ってもっかい聞いたんだよ?
でもそしたら、やっぱり僕の名前でとらないとダメって言うんだ。
「なんで? 僕が考えたわけじゃないのに!」
「そうかも知れないけど、それはルディーン君が生まれる前にいたって言う世界で教えてもらったんでしょ? だったら誰が考えたのかなんて解らないもの。ルディーン君の名前で取ってもらわないと、困ってしまうわ」
さっきも言ってたけど、早く特許を取っとかないと別の人が取っちゃうかもしれないんだって。
そしたらアマンダさんたちが使えないから、今取らないとダメなんだってさ。
「だったらさ、アマンダさんの名前で取ればいいじゃないか」
「あらダメよ。私はルディーン君に教えてもらったんだから」
オーナーさんが取りに行ったのは僕がアマンダさんに教えた方法だよね? だから別の人の名前で登録すると、それはずるになっちゃうからダメなんだってさ。
「僕が考えたわけじゃないのに……」
「あきらめなさい、ルディーン。あなたが取らないと困る人がいるんだから仕方ないでしょ」
お母さんにまでこう言われちゃったもんだから、結局僕の名前で取ってもいいよって事になっちゃったんだ。
僕が考えたわけじゃないのに……。
読んで頂いてありがとうございます。
今回、作中に秘匿特許というものが出てきます。
これは普通の特許が申請してお金を出せばその情報を得られるのに対して、この秘匿特許は特許取得者の許可を取らないと申請自体が通らないために情報を得ることができない特許になります。
この秘匿特許というものは普通、貴族が申請でもしなければそう簡単に通るものではないのですが、今回のようにやり方が解れば誰でもすぐにまねできるにもかかわらず、その特許を使う事によって多くの利益を得られたりする場合は申請が通る事があるので、アマンダさんはオーナーさんに秘匿特許で申請してみて欲しいと言ったと言うわけです。
また特許の内容は秘匿されていますが、権利者の名前自体はよほど特殊な場合や王族や貴族に関係する人物を除いて基本公開されるので、ロルフさんやバーリマンさんがこの話を後で知ってもルディーン君に頼めば簡単に許可が出るので使う事ができるようになります。
と言うか、それ以前にルディーン君があっさりと教えそうですけどね。アマンダさんに教えたら、すっごくびっくりしたんだよ! なんて言いながらw




