275 スポンジケーキと、しょんぼりしちゃったアマンダさん
さっきアマンダさんに作ってもらったスポンジケーキなんだけど、お店で出してるお菓子とおんなじ型で焼いたもんだからいっぱいできちゃったんだよね。
だから僕とアマンダさんは、それを持ってみんなのとこに帰ってきたんだ。
「あら、ルディーン君を引っ張っていったと思ったら、さっそく店のお菓子を改良してきたのね」
そしたらそのお菓子を見たルルモアさんが、そう言いながらアマンダさんが持ってたバスケットからスポンジケーキを一つとってパクリ。
「あっ、それは!」
「すっ、凄いじゃない! 粉を入れてからあまりかき混ぜないだけで、これほど劇的に味が変わってしまうものなの!?」
一口食べたルルモアさんが、びっくりした顔で今までのより凄く美味しくなってるねって褒めたもんだから、それを聞いたお姉ちゃんたちもすぐに手を伸ばしてパクリ。
「ほんとだ! すっごくふわふわ」
「これ、ルディーンが作るパンケーキよりおいしいよ! さすがお菓子屋さんだね」
スポンジケーキってとってもふわふわでしょ? そんなお菓子をお姉ちゃんたちは食べた事なかったから、いっぺんに気に入っちゃったみたい。
だから僕が作るのより、料理人さんのアマンダさんが作ったお菓子の方がやっぱりおいしいんだねってニコニコしながら言ったんだ。
でも、そんなルルモアさんやお姉ちゃんたちの声を聞いて、アマンダさんはしょんぼり。
「どうしたのアマンダさん。そんな顔して」
「違うんです。それは私が考えたお菓子ではありません。ルディーン君が考え、その指示に従って出来上がったものなんです」
それを見たルルモアさんが、どうしたの? って聞いたんだけど、そしたらアマンダさんは悲しそうな顔してこう言ったんだ。
「卵のビネガーソースって知ってますか?」
アマンダさんはね、今お店で出してるパンのような焼き菓子をどうやって思いついたのかをみんなに聞いてほしいって言いだしたんだ。
だから僕たちはいいよって言ったんだけど、そしたらなんでか急にマヨネーズの話を始めちゃったんだよね。
「ええ、話くらいならね。確かとても美味しいけど、作れる料理人が少ないから貴族や大商会のパーティーくらいでしか出されないって言うソースの事でしょ?」
「ええ。あのソースを作るのにはそれ相応の筋力と持久力が必要なので、残念ながら私には作る事ができません。ですが、その作り方は知っていたんですよ」
アマンダさんはね、自分が作れるかどうかなんて関係なく、いろんなお料理やソースの作り方を勉強するのが大好きなんだって。
だから卵のビネガーソースの作り方も、知り合いのすっごい料理人さんに頼み込んで教えてもらったことがあるらしいんだ。
でね、その料理人さんからソースの作り方を教えてもらったおかげで、アマンダさんはお店に出してるパンみたいなお菓子の作り方を思いついたんだってさ。
「あのソースを作る時、あらかじめ調味料を混ぜた卵を、空気を含ませるようにして手早くかき混ぜておく必要があるんです。そしてさらにそこから油を少量ずつ入れて長時間かき混ぜ続ける事で、卵のビネガーソースが完成するんですよ」
「へぇ。確かに、聞くだけでかなり体力がいるって事が解るわね」
うちでは僕が作った魔道泡だて器があるから簡単だけど、ほんとならロルフさんちで料理人をしてるノートンさんみたいにとっても大きい男の人じゃないと作れないって言ってたもんね。
そんなソースだからアマンダさんには作れないんだけど、それを作るまでの間の作業を見て何かお菓子に使える物はないかなぁって考えたんだってさ。
「確かに私の体力では、本来なら分離してしまうはずの卵と油を混ぜるなんて事はできません。でもその前の工程である、卵に空気を含ませながらかき混ぜる事は出来たんですよ」
アマンダさんが作ったパンみたいな焼き菓子は、その卵に細かく砕いたお砂糖とふるった小麦粉を入れて練ったものを型に入れて、それをオーブンで焼くことで出来上がるそうなんだ。
って事はだよ、あのお菓子はやっぱり僕が考えてたのとあんまり変わんない作り方だったんだね。
「私はあのお菓子を作り出した時、とても喜びました。だって他では見た事も食べた事も無い、初めて生まれたお菓子だったのですから」
「そうでしょうね。噂では美食家で名高いこのイーノックカウの領主様も、この店のお菓子を取り寄せて楽しんでいるって話ですもの」
「ええ、それは本当の事です。よくご注文を頂いて、私がお屋敷まで届けておりますから」
「あら、本当に領主様も口にしてるんですね」
噂を聞いたことがあるよって言ったら、それにオーナーさんがほんとだよってお返事したもんだから、ルルモアさんはびっくり。
あれはそれほどのお菓子なんだねって、アマンダさんににっこりとほほ笑みかけたんだ。
「ええ。ついさっきまでは、私もその事に誇りを持っていました。でも、そこで満足してしまったのが、私の限界だったのです」
でもね、アマンダさんはそう言ってまたしょんぼりしちゃったんだ。
「こらこら、料理長。ここはお客様にお菓子を食べて喜んでもらう場所なんですよ。そんな顔をしてどうするんです」
しょんぼりして、そのまま黙っちゃったアマンダさん。
そんなアマンダさんの肩を、オーナーさんはそう言いながらポンって叩いたんだよね。
「君が先ほどのお菓子に、よほどの衝撃を受けたと言うのは私にも解る。ですが、それも君の菓子を食べたからこそ、ルディーン君が思いつく事ができたのでしょう? ならばそれを誇ってもいいのではないかな?」
「そうですよ。アマンダさんは言わば、このお菓子の基礎を作り出したって事ですもの。ルディーン君がそれをさらに改良したからと言って、それであなたの功績が無くなる訳じゃないのよ」
アマンダさんがやった事はすごい事なんだよって励ますオーナーさんとルルモアさん。
そんな二人に言われて、アマンダさんもちょっと元気になったみたい。
「そう言われると、少し気が楽になりますわ」
アマンダさんはそう言うと、顔を上げて、
「それに私ではけして思いつけない、素晴らしい焼き菓子を二つも生み出したルディーン君ですもの。私の作ったものをさらに進化させたとしても、別に驚く事ではないのかもしれないわね」
僕に笑いかけながら、こんな事を言ったんだよ。
でもさ、スポンジケーキは別に僕が考えたお菓子じゃないんだよね。
だから僕、あわてて違うよって言おうとしたんだけど、
「アマンダさんが答えを出したんだから、ルディーンがこれ以上何かを言う必要はないのよ」
そしたらお母さんに、こう言って止められちゃった。
そっか。お母さんがそう言うんなら、きっとそれがあってるんだよね。
スポンジケーキの作り方は前の世界で見てたオヒルナンデスヨで教えてもらっただけなんだけどなぁって思いながら、でも言っちゃだめなら内緒にしとかないとねって僕は、自分のお口を両手でふさいだんだ。
読んで頂いてありがとうございます。
う~ん、アマンダさんがスポンジケーキの何にそれほどの衝撃を受けたのかまで行かずに終わってしまった。
でもまぁ、話にキリが付いたので今回はここまでという事で。




