22 えっ、あったの?
「ルディーン、ここがグランリルの村のもんがイーノックカウに来た時に泊まる定宿、『若葉の風亭』だ」
「はぁ~、おおきなやどやさんだねぇ」
僕たちは本屋に行く前に馬車を預けなければいけないからと、冒険者ギルドを出た後、うちの村の人たちがいつも泊まるという宿屋を訪れていた。
そこはイーノックカウの中心部を囲む内壁に近い大通りに面した場所にあって、その周辺は色々な店舗が立ち並ぶ一等地。
そんな場所にある宿屋『若葉の風亭』は3階建ての木造建築の建物で、壁全体が木彫り細工で飾られたその姿は平坦で硬い印象の石造り建築の建物が並んでいる中にあって、豪華さの中に安らぎとぬくもりを感じさせる建物だった。
その宿の入り口に馬車を横付けると門の前にいた制服らしきものに身を包んだ男の人がすぐに駆け寄ってきて礼儀正しく頭を下げた後、今日はどのような用件かとお父さんに尋ねたんだ。
「グランリルの村の方ですね。いつもご利用ありがとうございます。本日のご予約はお済ですか?」
「いや、まだだ。俺と息子の二人一部屋、二泊でお願いしたい」
「畏まりました。馬車は此方でお預かりしますから、手荷物と貴重品だけお持ちになって、中のフロントまでお進み下さい」
馬車を覚えられているのかお父さんの顔を覚えられているのか、宿の人はお父さんに愛想よく話しかけてこの様なやり取りをした。
そして門の横に居たもう一人の人に何か言付けるとその人は宿の中へ、そして自分は馬車をお父さんから受け取り移動させていった。
「おとうさん、ここのひとっておきゃくさんのかお、みんなおぼえてるのかな?」
「どうだろうな。まぁ、うちの村に関してはよく泊まりに来る上にいつも同じ馬車だから、それを覚えられているんじゃないか? もしお父さんの顔を覚えているのなら、名前で呼ぶだろ」
「そっかぁ」
どうやらお父さんの顔を覚えているわけではないらしい。
お父さんが有名なのかなぁってちょっと期待した分だけ残念な気分になりながら、僕たちは腰に剣を帯びた皮鎧を着た門番らしき人の開けてくれたドアをくぐって宿の中へ入って行く。
するとそこは外観とはうって変わって飾り細工などの派手な装飾も無く、壁も天井もシックな色合いで統一された落ち着いた空間で、さらに床に敷かれた絨毯も色味を抑えたワインレッドを基調とした物が使う事によって空間全体がゆったりと寛げる雰囲気に包まれていた。
そんな宿の中をキョロキョロと見回しながら、僕はトコトコとお父さんに着いていく。
そしてフロントのカウンターに着くと、そこにいた制服の男の人がにっこり笑ってからお父さんに頭を下げた。
「カールフェルト様ですね。いつもご利用、ありがとうございます。本日は二泊と承っておりますが、お間違いありませんか?」
「ああ。俺と息子、二人一部屋で頼む」
「畏まりました。ではいつものランクのお部屋を朝夕の食事つきで二泊、二名様合計で銀貨48枚でございます」
銀貨48枚って事は4800セントだから一人一泊1200セント、大体12000円くらいか。
大人でも子供でも関係なく、一部屋いくらなのかな? ラノベとかで冒険者が泊まる宿のイメージからするとかなり高い気もするけど、前世の記憶で考えると大都市のホテル代ってこれくらいだったような気がするから案外こんなもんなのかもしれない。
周りを見た感じ冒険者らしき人はいなさそうではあるけど、このロビーには魔道ランプとかも使われていないし全体の雰囲気も最高級って感じがしないから、これがこの世界で普通の旅行者が泊まるランクの宿なのかもしれないね。
ただ外に居る人と違ってフロントの人はちゃんとお父さんの顔を覚えていたところを見ると、もしかすると高い宿なのかもしれないけど。
チェックイン手続きを済ませた後、ボーイさんの案内で3階にある客室の中に入ると、そこにはベッドが二つ並んでいて窓際にはテーブルセットが。
そしてなんと、
「大浴場は1階フロント奥にある階段を降りた先になっております。時間指定は特になく、魔道ボイラーで常に給湯してのかけ流しですから、いつでもお好きな時間にご利用ください」
大浴場まであるよ、この宿。
あ~いや別にこの世界ではお風呂はそれ程珍しい物じゃないらしくて、うちの村にも共同だけど給水の魔道具と魔道ボイラーを使った浴場はあるんだよ。だけどラノベのイメージでさ、お風呂があるって聞くとなんとなく高級な気がして来るんだよね。
だからちょっと興奮したんだけど、でも部屋にお風呂がついていたのならともかく、大浴場があるというだけなら普通は驚かない事なのかもしれない。
ただね、一つだけとても驚いた事があるんだ。
「ここ、水洗だ……」
なんとこの宿、部屋に付いているトイレが日本で言う洋式で、おまけに水洗だったんだ。
ただ惜しむらくはここでもトイレットペーパーは無くて、村でも使われている草だったのはちょっと残念だった。
そんな風に部屋を探検していると、お父さんが僕に声を掛けてくる。
「ルディーン、何してるんだ? 本屋へ行くんだろ」
「あっ、うん。いまいくよ」
馬車での移動だと停める場所を探さないといけないなどの問題があるから先に宿に入ったんだけど、明日は冒険者ギルドでの登録をしなければいけないし、まだ夕食の時間まで少し時間もあると言う事で僕たちはこの後、おねだりした本屋さんに行くことになっていたんだ。
僕たちが泊まっている『若葉の風亭』は商業区画にあるらしく、その周辺には色々な商会や商店が並んでいる。その中でも特に異彩を放っているのが僕たちが向かった場所である本屋さんだった。
何が異彩を放っているかと言うと、それはその外見と雰囲気かな?
建物はとても頑丈そうな石造りな上に全ての窓には鉄格子が、そして門は鉄格子の扉と鋼鉄製の扉の二段構えで、奥の鉄扉からは直径が3センチはあろう鉄の閂が上下左右の壁に向かってそれぞれ2本ずつ、計8本伸びているという、まるでどこかの砦のような物々しい造りなんだ。
その上扉の前にはブレストプレートとツー・ハンデッドソードで武装した戦士らしき人と、ローブ姿に何やら怪しげな杖を持った魔法使いらしき人が門番として立っているというおまけ付き。
その光景が商店が立ち並ぶこんな街中にあるのだから、いやでも目立っているんだよね。
そんな本屋さんに僕たちが近づいて行くと、戦士風の門番が多分ここで働くようになってから仕込まれた営業スマイルなのだろう、ぎこちなくニカッと笑ってお父さんに挨拶をした。
「いらっしゃいませ。ヒュランデル書店へようこそお越しくださいました。今日はどのような物をお探しで?」
「この子の為に魔道具の本を探しに来た。この店には置いてあるか?」
「はい、もちろんでございます。失礼ですが、身分証明書のようなものはお持ちでしょうか? ギルドのカードですね。お預かりします。グランリルの村のカールフェルト様。本日は当店のご利用ありがとうございます。では店の者に取り次ぎますので此方で少々お待ちください」
お父さんにカードを返すと門番さんは鉄格子の扉を開き、鋼鉄の扉についている小窓を開いて中に何やら伝えた。すると、
ガチャン。
8本の閂を次々と外して、扉を開いたんだ。
そしてそのまま僕たちのところまで戻ってくると、一度頭を下げてから先ほどと同じ様にニカッと笑顔を作った。
「どうぞ店内にお進みください。ただ一つだけ。防犯の関係上お客様が入店されました後、扉外の閂をかけさせて頂く事になります。これは貴族様でも同様の対応をさせて頂いておりますので、なにとぞご容赦ください」
「ああ、解った」
なるほど、あの閂は盗難防止用なのか。
そう言えばこの世界の本は物凄く高くて宝石や金と同じようなものだから、それくらいの事はしておかないと店を開けないんだろうね。
僕は先ほどの疑問の答えを得る事ができたのが嬉しくて、ニコニコしながら本屋さんの中に入っていった。
店内に入るとそこにはたくさんの本が……無かった。
と言うか僕がイメージする本屋さんですらなかったんだよね、ここ。
そこはまるでホテルのロビーのようで部屋の四隅には花が、壁には絵画が飾られており、窓のそばには客が寛げるようにとソファーのテーブルセットが幾つか置かれている。
そして正面には壁の一部をくり貫くようにして作られたカウンターがあってその後ろには幾つか棚が並んでいるものだから、それがまるでコートや手荷物を預かるクロークのように見えて、より一層ホテルのロビーのような印象をこの場所に与えていた。
「いらっしゃいませ、お客様。当店ではマジックバッグの持込が禁止されております。もしお持ちでしたら、此方でお預かりしますが」
「大丈夫だ、そんなものは持っていない」
「失礼しました。では此方へ」
僕が周りの景色からそんな事を考えていると、いつの間にか近くにいた高そうな服を着た店員さんが、お父さんに確認を取っていた。
でも、口だけで大丈夫なんだろうか? 調べないのならたとえ持っていても無いと言ってしまえば解らないから意味がないと思うんだけど。
って、それよりマジックバッグだよ! この世界にもあったの?
ストレージもクローゼットも記憶が戻った時に試してみたけど開く事ができなかったから、てっきりその手の物はこの世界にはないものだと思っていたんだけど。
ドラゴン&マジック・オンラインではプレイヤーはキャラ製作時からストレージとクローゼットと呼ばれる二つのアイテムボックスを持ってたんだ。
クローゼットは装備品を60種類、そしてストレージも同じく60種類までならどんな大きな物でも、それこそ手に入れた土地に建てる事が出来る家でさえ入れて持ち運ぶ事が出来る収納空間だったんだけど、ゲームをしているとこれだけでは当然足りなくなってくるんだよね。
だからこの収納を増やすクエストが実装されたんだけど、各自が持っている空間を広げると言うのではストーリーを作るのが難しかったのか、その代わりに用意されたのがアイテムボックスと同等の効果を持つマジックアイテムであるマジックバッグを作ってもらえと言うクエスト、所謂カバンクエだった。
このクエはストレージとクローゼットそれぞれ別に分かれていて、簡単なお使いクエストなのにクリアするとそれぞれ60種類入るページが追加されたんだ。
だからゲーム当時はレベル上限開放クエ同様、プレイヤーは全員が必ずクリアする必須クエの一つでもあったんだ。
とにかく確かめないと。
もし僕が思っているマジックバッグだとしたらぜひとも手に入れたいからね。
「おとうさん、マジックバッグってなに? どんなものなの?」
「ああマジックバッグと言うのはな、一見すると普通のバッグに見えるんだけど、その中にはその外見の数十倍の物が入るという魔道具だ。遥か昔は普通に使われていたらしいけど今では作り方が失伝してしまったらしくてな、王族や貴族、または余程の金持ち以外は持っていない貴重品だな。さっき持っていないか聞かれたけど、否定してもロクに調べもしなかっただろう? あれは来店した客に気分よくなってもらおうと持っていないのは解っているはずなのに必ず訊ねて、うちの店はどんな客でも王族や貴族と同等の扱いをしていますよってこちらに伝えてる訳だ」
そっか、マジックバッグはこの世界にも存在するけど出回ってないわけね。
その上持っているのが王族とか貴族じゃ、手に入れるのはまず無理、あきらめるしかないか。
期待した分だけ残念な気持ちが込み上げて来るけど、こればっかりは仕方がない。
ん? いや待って。
お父さんはさっき、余程の金持ちじゃなければと言っていたじゃないか。
なら諦めるのはまだ早いんじゃないかな?
そうだよ、お金で手に入るものなんだから、努力次第では僕にでも手に入れる可能性があるって事だよね。
「おとうさん。ぼく、おかねをいっぱいためる! そしていつかまじっくばっぐをかうんだ!」
目標はでっかく! 初めから無理と決め付けていては何もできないじゃないか。
希望を胸に、そんな事を言いだした僕の頭をお父さんは優しい笑顔でなでてくれたんだ。
「ああ、ルディーンならいつかきっとマジックバッグを手に入れることが出来るよ」
そう言いながら。
読んで頂いてありがとうございます。
少しずつ、ブックマークが増えていくのが見るのが楽しみな今日この頃です。
もし気に入ってもらえたら、続きを書くモチベーションになるので入れてもらえるとありがたいです。




