191 もしかすると孫より可愛いかも知れぬのぉ
「ふむ。これは確かに有用じゃわい」
「ええ。この書式が広まれば特に魔道具や魔法陣、それに魔法や錬金術を学ぶ者にとって、かなりの助けになるでしょうね」
わしとギルマスはルディーン君が教えてくれた一覧表という新たな書式について話し合っておった。
「特に最後に書籍のページ数を載せるというアイデアがよい。これまでも魔法について書かれた本の中に呪文を書き連ねてその後ろにページを書くと言うタイプの目次があるものを見た事があるが、そこにこの書式を使えばより使いやすくなるじゃろうて」
「ええそうですわね。呪文だけ並べられても殆どの者はそれがどのような魔法か解りません。それに対して、この書式ですと横にある説明でどのような効果がある魔法か一目瞭然ですもの。そしてその呪文のことをより詳しく知りたければ、横に書かれたページを開けばよいのですから専門書がより使いやすくなるでしょうね」
この書式を採用した目次を入れればどうしてもページ数が増えてしまう。
そうなるとどうしても本の値段は上がってしまうじゃろうが、それを考えても一部の専門書にはこの書式は採用すべきじゃとわしは考える。
なぜなら魔法のように呪文の発音を人から習わねばならないものではこの書式の効果はあまり発揮されないかもしれぬが、魔道具作りや魔法陣を書く作業をする際にはこの書式を使った目次があるか無いかで効率が大きく変わってしまうと思われるからじゃ。
じゃが……。
「伯爵。この書式、有用なだけに扱いに少々困りますわね」
「ギルマスもそう思うたか。うむ、これは流石に地方都市の錬金術ギルドから広めるようなレベルのものでは無いからのぉ」
この書式は少々有用すぎるのじゃ。
確かにこれが普及すれば多くの者が助かるじゃろうし、何よりこれは魔道具などだけにしか使えぬものではない。
一般人には理解する事が難しい政治や経済の専門用語とて、この書式を使えばたちどころに誰にでもよく解るものになってしまうじゃろう。
そして当然暗号などの機密を扱う部署でも大いに重宝されるじゃろうから、その用途はまさに無限大じゃ。
それだけに帝国中央がこの書式を知れば、他国に知られぬよう機密扱いにしたがるじゃろうな。
なにせ政治経済、そして戦場でもこの書式を知っておるか知らぬかでかなりの差が出るのは目に見えておるからのぉ。
「それはやはり領主様に?」
「うむ。それが良かろうて。流石に一般人や一貴族には荷が重過ぎる情報じゃ。この書式を広めるならばその時にはエーヴァウトに骨を折ってもらうとしよう」
我が愛しの孫も、この様な問題を押し付けられれば少々戸惑いもするじゃろう。
じゃが、この書式を帝国中央にあげれば間違いなくあやつの手柄となる。
流石に侯爵への陞爵とまでは行かぬじゃろうが、それなりの実績にはなるじゃろうから少しは中央での発言権も増えるじゃろうて。
じゃから多少の面倒ごとは引き受けて貰わんとな。
「まぁそれはいいといたしまして、問題はルディーン君への報酬ですね」
「うむ。どこでこの様な知識を得たのやら。いや、もしかすると……」
「伯爵。何かお心当たりが?」
かなり前の話なんじゃが、ルディーン君はわしに前世の記憶があると語ったことがある。
あの時は子供らしい想像じゃと思ったが、もしかすると……。
「いや、流石にそれは無いじゃろう。あまりに荒唐無稽すぎるし、もしそのような知識があるのであればあのように幼いままでいられようはずも無いか」
「荒唐無稽と申しますと?」
「うむ。実はのぉ、前にルディーン君がわしにこう申したのじゃ」
わしはギルマスにルディーン君の前世の記憶の話を語って聞かせたのじゃ。
すると彼女は何故か合点がいったような顔をしおった。
「どうしたのじゃ、ギルマス。そのような顔をして」
「はい。なるほど前世の記憶ですか。そう言えばそんな話をしていましたわね。前々からルディーン君の発想はどこから来るのかと考えていたのですが、でも彼がそれを真に信じているのであれば、納得がいくと思ったのですわ」
はて? 言っておる意味がよく解らぬのじゃが。
そう思い、ギルマスにどういう意味かと問うてみた所、
「人は普通、何かいいアイデアを思いついたとしても、同時にそれが本当にできるかどうか必ず疑問に思うものです。そしてそれと同時に失敗を恐れると言う気持ちも持っているので、挑戦するには勇気がいるものなのです。ですが、その思い付きが絶対に正しいと確信を持てたとしたらどうでしょう? その者は何の抵抗もなくそのアイデアの完成に向かって進んで行くのではないでしょうか?」
「なるほど。ルディーン君は思いついたものは全て前世の記憶にあるものじゃと考えておると言うのじゃな」
それならば確かに合点が行く。
ルディーン君は子供特有の常識に捕らわれない思い付きと、それを現実にしようとする知恵と行動力を併せ持つ子なのじゃろう。
そしてそれに考え付いたものが絶対に成功すると言う自信まで加われば、あれほど色々な物を生み出したとしても頷けると言うもの。
「今回の書式にしてもそうです。先ほど伯爵が仰った通り、魔法の専門書の中には呪文からその魔法のページを調べる目次が載っているものもありますでしょ? それを見たルディーン君がこんな形のものがあったらいいと思いつき、そこから前世にもこんなものがあったのではないかと考えた結果生まれたとすればどうですか?」
「うむ。ルディーン君の発想力ならば、この書式にたどり着いてもおかしくは無いじゃろうな」
ルディーン君は魔法を村の図書館にあった一冊の本から学んだと言っておったからのぉ。
それならば今よりも更に幼き頃、その目次を見て浮かんだ小さなひらめきが彼の中で前世の記憶と言うストーリーと混ざり合う事によってしっかりとした形になったのかもしれん。
「じゃが、それだけにちと困った」
「そうですわね。情報には対価を。この書式を帝国中央府にあげるとなると、その報酬を出さねばならないのですが……」
「うむ。これに関しては金ではなく、間違いなく地位という報酬を出そうと言う話になるじゃろうな」
この書式の情報、いずれは他国にもれるとしてもしばらくの間は帝国内で独占したいと思うじゃろうから、自然とその発案者の流出を防がねばならぬと言う流れになるじゃろう。
となると、その発案者に相続ができぬ爵位である一代騎士爵か準男爵を与え、帝国の家臣にしてしまうのが一番の早道じゃ。
「じゃが、流石にあのような幼子を貴族社会に送り込むわけにはいくまいて」
「ええ。それに親御さんが許すはずもありません。もしそうなれば」
「うむ。最悪の場合、親御さんがルディーン君を連れて他国に逃げると言う選択をするやもしれん」
カールフェルト家は家族全員が一流の狩人であり、イーノックカウの兵士ではとても太刀打ちできぬほどの強者ぞろいじゃ。
もしその様な事になれば押しとどめる事など不可能じゃろうな。
「それに、ルディーン君との繋がりが無くなるのはとても辛い。彼はもう、わしにとって可愛い孫のような存在じゃからのぉ」
「それは私も同じ思いですわ。では伯爵、この書式に関しては何かいい案が浮かぶまで」
「うむ。しばらくの間秘匿するとしようかのぉ」
国の利益には反するかも知れぬが、それもまた仕方なしじゃ。
何、わしはもうすでに伯爵位を明け渡しておるし、ギルマスも子爵家の相続権はすでに失っておる。
一応この国の貴族として最低限の責任はあるが、個人の利益を捨ててまで帝国に貢献せねばならぬような立場では無いからのぉ。
「一応ルディーン君には口止めをして置かなければいけませんね」
「うむ。わしらのためにもな」
わしとギルマスは、こうしてこの情報をほんの少しの間胸の奥に仕舞い込む事に決めたのじゃった。
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