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153 貴族の社交ではお菓子一つでも武器になる


「ねぇストールさん、ロルフさんを置いてきちゃって良かったの?」


「はい。旦那様は本日、イーノックカウ中央部にある本邸にお帰りになられます。ですから、我々とはまた別の者が錬金術ギルドにお迎えに上がる予定となっておりますので心配はいりませんよ」


 僕はてっきりロルフさんも一緒に東門の外にあるお家に帰るんだと思ってたら、僕の後にストールさんが乗ってきてそのまま扉を締められちゃってびっくり。


 で、何でって聞いたらこんな答えが帰って来たんだよね。


 でもそう言えばロルフさんのお家ってイーノックカウにある方がいつも住んでるとこなんだから、当たり前だったね。



 ■



「フランセン様、少し宜しいですか?」


 ルディーンを見送った事で、私はいつもの口調に戻って伯爵に声をかける。


 と言うのも、確かめておかなければならない事があるからだ。


「なんじゃギルマス、改まって。何かあるのか?」


「はい。伯爵、料理であれ菓子であれ、新たなレシピがどれほどの価値があるかをご存じ無いはずはありませんでしょ。と言う事は当然、ルディーン君にはパンケーキのレシピを教えていただいた対価をお支払いになられたのでしょうね?」


「いや、それはその……」


 私の追及に落ち着かない様子を見せる伯爵。


 この様子からすると、やはりルディーン君にこの話はしていなかったようですね。


「お解かりだとは思いますが、あのパンケーキと言う料理は一つの菓子としての価値を超えております。本来ならばよく練った生地を発酵させ、それをしっかりと熱した石窯で焼かなければ作る事ができないパンと同等。いやむしろそれよりも柔らかくて美味なパンに変わるものをあのような短時間に作り上げることができるのですから、あのパンケーキと言う菓子は、ある意味革新的な料理と言えるでしょう」


「うむ。確かに今回は高価な卵と砂糖、それに牛乳を用いたが、あれは小麦粉と塩、それにベーキングパウダーと言う粉さえあれば、後は水を加えるだけでパンの代わりのものを作り出すことができるであろうな」


 流石に伯爵も気付いておられたようですね。


 あのベーキングパウダーと言う新たな素材は、使い方によっては旅人たちの食生活を変えてしまう可能性があるほどの食材ですもの。


 今現在、町や村の間を移動する場合は平民や冒険者、それに旅商人たちだけでなく金持ちや貴族たちでさえ、その多くは移動中の主食として固焼きのパンを用いています。


 これは移動中にパンを焼くことができないからなのですが、この固焼きのパンは意外と場所をとる上に年老いた者だとふやかさなければ食べられないと言う欠点があるのです。


 ですがこのベーキングパウダーと言うものの存在が知れ渡った場合、この状況は一変するでしょう。


 何せ、予め小麦粉に塩とベーキングパウダーを混ぜておいた物を皮袋に入れて持ち運べば、後は水を加えるだけでその場で柔らかな主食が手に入るのですから。


「それに、なによりこのパンケーキと言う菓子はとても美味でした。錬金術ギルドにはあまり食材がそろえて居りませんでしたから単純な物しか口にできませんでしたが、ルディーン君の話からすると色々なアレンジが効くのでしょう? でしたら、他の貴族や王族を晩餐に招いた時の武器に、十分なるものですわ」


「うむ。先日も孫に雲のお菓子のことを問い詰められてのぉ。もしこのパンケーキの事を知ればアレの事じゃ、またわしの所に駆け込んで来るのが目に見えておるわ」


「そう言えば、それが元で雲のお菓子を作る魔道具の公表を遅らせていると言うお話でしたね」


 ルディーン君が私たちに齎した二つの菓子はどちらも帝都でさえ見たことの無い物ですから、美術と美食に傾倒されている現伯爵様ならば確かにこのパンケーキの存在を知れば大騒ぎをする事でしょう。


 それにまだこの国で知られていないベーキングパウダーと言うこの素材。これがあればまだまだ色々な料理や菓子を生み出せるはずです。


 流通の際の主食としての価値もそうですが、貴族の理論で考えるとその料理や菓子の方がはるかに価値があるように思えます。


 何せ他ではけして作る事のできない、まったく新しい美味なる料理なのですから。


「それにのぉ、ルディーン君はこのパンケーキに関して、まだ何かを隠しておるようなのじゃ」


「隠している、ですか?」


 私は伯爵の言葉に疑問を覚える。


 と言うのも、これ程の菓子の作り方を惜しげもなく我々に教えたあのルディーン君が、何かを隠すと言うのに違和感を感じたからだ。


 しかし、貴族間で色々な腹の探り合いをしてきた伯爵はこの手の機微にはとても敏感ですもの。


 それだけに伯爵が隠し事をしていると言うのであれば、それは事実なのでしょうね。


「うむ。これはあくまでわしのカンなのじゃが、わしらと言うより、わしに何か隠したい事があるのではなかろうかと思っておる」


「伯爵にですか? ですが、その隠し事と言うのはこのパンケーキに関しての事なのですよね? 料理をなさらない伯爵に、一体何を隠すと言うのですか?」


「それが解らんから、わしも戸惑っておるのじゃよ」


 伯爵はそう言うと、静かに髭をなでる。


 これは彼の癖のようなもので、大きな感情の起伏があった時にはいつも行っているようですから、この動作が見られた以上実際に戸惑われているのでしょうね。


「しかしルディーン君が何か隠し事をしている状況で、このパンケーキとベーキングパウダーと言う新たな知識を他に広める訳にはいかんからのぉ。じゃからわしは、この件に関してルディーン君に報酬の話をするのをためらったのじゃ」


「なるほど。そのような意図があったのですね」


 確かに何か隠し事があると言う事は、それをむやみに周りに広めると後でとんでもない問題が生じる可能性がありますものね。


 ルディーン君のことですから些細な事の可能性が高いのですが、わざわざ危険を冒す必要も無いでしょう。


「うむ。それにのぉ、どのみち一度ルディーン君の親御さんと会って雲のお菓子の魔道具についてや金の話をせねばならなかったのじゃから、その際に尋ねてみるのがよいとも思っておるのじゃよ」


「そうですね。その隠し事がなんなのか、親御さんに訊ねれば解るかもしれませんし、もしその場で解らなかったとしても、何故伯爵に隠し事をしたのか親から訊ねていただくと言う手もありますから」


 ルディーン君の話では、グランリルの村でパンケーキを振舞っているとの事ですから、そこで作られているものと私たちの前で作ったものに違いがあれば、例え親御さんがその隠し事に心当たりが無かったとしてもその違いから何か推測できる事があるかもしれません。


「とにかくじゃ。ルディーン君は村に帰ったら親御さんに出向いてもらえるよう伝えてくれると約束してくれたのじゃから、わしらはそれを待つとしようではないか」


「そうですね」


 こうして私たちは、後日訪れるルディーン君の親御さんとどのような話をするのか、しっかりと打ち合わせをする事になった。



「ところでフランセン様。雲のお菓子とパンケーキ、我がバーリマン子爵家も次の社交シーズンの武器として使用しても宜しいのですわよね?」


「まぁ、事の経緯からするとお主が望むのであれば当然と言えるのじゃが……おぬしは社交界から遠のいておるのではなかったのか?」


「はい。私はあのような魑魅魍魎が跋扈するところには近づきたくはありませんわ。ですがいつも子爵家の一員としての責務を何も果さず錬金術ギルドの仕事に専念させてもらっているのですから、こう言う時くらいはお兄様やお父様の役に立ちませんと」


 バーリマン子爵家前当主の6女、クリスティーナ・ミル・ぺトラ・バーリマンはそう言うと、普段は見せない貴族の女性らしい優雅な笑みをロルフに向けるのだった。


 読んで頂いてありがとうございます。


 バーリマンさんのフルネーム初公開。


 皆さんはもうお忘れかもしれませんが、54話でロルフさんがさらっと話している通り彼女も貴族の生まれです。


 とは言っても子爵家を継いでいる兄に子供がいるので継承権はすでに無く、貴族の一員であると言うだけで本人も言っている通り社交界とは距離を置いているのですが。


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