144 パンケーキと知られてなかったある魔法の使い方
僕の魔法についてのお話はここまで。
と言う事で、改めてこの厨房に来た本来の理由であるパンケーキ作りをする事になったんだ。
「ストールさん。小麦粉、振るっておいてもらっていい?」
「あっ、そんなのは私がやりますよ」
さっきの話ではストールさんが作れないから代わりに僕がって事だったからお手伝いをストールさんに頼もうと思ったんだけど、それを聞いたペソラさんがハイって手を上げて私がやりますって言ったから任せることにした。
それで僕はと言うと、その間にフォークで卵を溶いて、そこに牛乳を入れて更にしっかりと混ぜて行く。
パンケーキの種類によっては最初に黄身と白身を別けてメレンゲを作ってから後で混ぜるって方法もあるんだけど、ここはお家と違って魔道泡だて器が無いから今回は普通のパンケーキを作る方法でやる事にしたんだ。
「ルディーンさん。小麦粉、振るい終わりました」
「うん。じゃあね、お砂糖出してくれる?」
「解りました!」
その間も僕は手を動かし続けて、しっかりと卵と牛乳を混ぜておいた。
だっていつもと違って今日はフォークでかき混ぜてるから、ここで手を抜くと白身がうまく切れてなくて焼き上がりが変になっちゃうかもしれないからね。
で、ちゃんと混ざったのを確認してから、今度はペソラさんが出してくれたお砂糖に取り掛かる。
使う分だけ別の器にスプーンでとりわけてっと。
「あっ、細かくするんですね? ルディーンさんは小さいから大変でしょ。私がやりますよ」
「ううん、大丈夫。魔法でやるから」
お砂糖を砕くのなら自分でやるって言うペソラさんを断って、僕は体に魔力を循環させる。
「えっ? 魔法で?」
そんな事をつぶやいたのはバーリマンさんか、ストールさんか。
魔法の循環に集中してたおかげでどっちなのかよく解んなかったけど、不思議に思ってたとしても実際にやって見せれば解るだろうからって、僕はいつものようにお砂糖にクラッシュの魔法をかけたんだ。
出来上がったお砂糖は細かくはなってたけど、まだまだちょっと荒め。
「う~ん、やっぱり一度じゃ細かくならないなぁ」
お家で作ってる時はクラッシュを3回かけたお砂糖を使ってるんだから、そんなの当たり前だよね。
とまぁ、僕は出来上がったお砂糖を見ながらそんな事を言ってたんだけど、どうやら周りはそれどころじゃなかったみたい。
「なんじゃ、今のは? クラッシュ? あれは岩を砕く魔法ではなかったのか?」
だってさ、ロルフさんが急に大声を出して、こんな事を言い出したんだもん。
だから僕は、驚いてるロルフさんに教えてあげたんだ。
「あのね、クラッシュの魔法って村の図書館にあったご本で読んだらロルフさんが言うみたいに石や岩を細かくする魔法だって書いてあったんだけど、それを覚えてから調べてみたら固いもんなら何でも砕けるって解ったんだ。だからためしにお家でお砂糖にかけてみたら、ちゃんと細かくできたんだよ。すごいでしょ」
僕の村にある魔法の本でも載っているような魔法だからこう言う使い方も知ってるんじゃ無いかって思ってたけど、どうやらロルフさんは知らなかったみたい。
そう言えばさっきもお料理をしないって言ってたから、きっとそれで知らなかったんだね。
「調べる? と言う事は、もしかしてステータス画面にそのような表示が出たと言う事なのですか?」
「ううん。石以外にも硬そうな物でいろいろ試したら解ったんだよ。でね、お砂糖だってとっても硬いもん。だからきっとできるって思ったんだ」
ところが、どうやらロルフさんだけが知らなかったって訳じゃないみたいなんだ。
だって、バーリマンさんまでこんな事を言い出したんだもん。
「ねぇ、もしかしてこんな使い方、誰もして無いの?」
だから僕はバーリマンさんにそう聞いたんだけど、そしたらそんな使い方は今まで誰も気が付かなかったって返事が返ってきてびっくり。
「えぇ~! じゃあさ、お料理屋さんとかは今までどうしてたの? お家と違って、いっぱいお砂糖を使うとこなんか、棒で粉にしてたら大変じゃないか」
「ええ。みんなその大変な作業をしているのよ」
何か、あきらめたような顔をしながらそう言うバーリマンさん。
でもその話が信じられなかった僕はストールさんのほうを見たんだけど、
「クラークも旦那様のデザートを作る時にはいつも砕いておりますわよ。この作業を怠ると、舌触りが悪くなるからと言って」
彼女もバーリマンさんと一緒で、料理人はみんなやってるって言ったんだ。
「はぁ。ルディーン君と話しておると、今まで常識だと思っておったことが、ことごとく覆されて行くのぉ」
「そうですね。氷の魔石が作れるようになるレベルに食事に使える薬草。それに今度は魔法の新たな使い方ですから」
「それにベーキングパウダーモドキでしたか。あれもそうですね。わたくしもまさか食器洗い用の粉をお料理に使うなど、夢にも思いませんでしたもの」
ロルフさん、バーリマンさん、ストールさんと、三人が三人とも大きなため息を付きながらこんな事を言い出すんだもん。
僕は何か悪い事でもしちゃったのかと思って、おろおろしちゃったんだ。
そこに助け舟を出してくれたのはなんとペソラさんだった。
「何を言ってるんですか。ここは常識がなんだとか言うより、新しい発見があったことを喜ぶべきでしょう」
そうみんなに言ってから、彼女は僕の頭を撫でてくれる。
「ルディーンさんは偉いですよね。こんなに小さいのに魔法が使える上に新しい魔道具まで作れて。おまけに今まで誰も思いつかなかった魔法の使い方まで考え付いてしまうんですもの。やっぱり子供の方が頭が柔軟って言うのは本当なんですね」
ニコニコしながら僕の頭を撫で続けるペソラさん。
そんな様子を見た僕は、何にも悪い事をしたわけじゃなかったんだって解ってホッとしたんだ。
■
誰も試した事が無い、ですか。
わたくしは旦那様やギルドマスターの言葉を聞いて、それは当たり前ではないかと思うのです。
魔法と言うものはすべての人が使えるわけではありません。習得するにはそれなりのお金と教育、そして努力が必要です。
そしてそれだけの苦労の末に得た魔法と言う力は、その人に多くの富を齎してくれる物。
そんな魔法をただ砂糖を細かくするだけに使うと言う発想は、普通の人ではありえないでしょうね。
ルディーン様は村で本を読むことによって独学で魔法を使えるようになったとの事ですが、それゆえにお金をかけて魔法を覚えた人たちとかけ離れたその発想が、これからも旦那様に色々な益を齎して下さるかもしれませんね。
確かに当家にとって、このお方はとても大事なお客様です。だと言うのに、旦那様を含め、皆さんはルディーン様に君やさんをつけてお呼びになられています。
そのようなお客様を館の中限定とは言え、わたくしまでさん付けで呼ばなければならないとは。
はぁ。
自分の矜持とはかけ離れた事をしなければならない心労、誰も解ってはくれないでしょうね。
■
ペソラさんのおかげでみんなも考え方が変わったみたい。
「確かに悪い事が起こった訳ではないのだから、どちらかと言うと新事実が解って良かったと喜ぶべきじゃったのぉ」
ロルフさんのこの言葉に、みんなうんうんって頷いたんだ。
「じゃあ話も纏まったと言う事で、パンケーキとやらを作る作業を再開しましょう」
そしてペソラさんのこの一言でパンケーキ作りを再開。
「なるほど、ペソラ嬢は早くパンケーキが食べたいがゆえに話を纏めたのじゃな」
「ばれましたか」
こんなロルフさんとペソラさんのやり取りでみんなが笑顔になる中、僕はあと2回クラッシュの魔法をお砂糖にかけて、細かくして振るってある小麦粉の中に混ぜた。
「バーリマンさん。ベーキングパウダーモドキ、どこにあるの?」
「ああ、ちょっと待ってね」
バーリマンさんは僕にそう話しかけられると、厨房にある戸棚のひとつを開けて中から大きな袋を取り出した。
それを見た僕は、こないだ屋台で見つけて村に買って帰ったものと同じ袋だったから、すぐにそれがベーキングパウダーモドキだって解ったんだ。
「それでこれをどう使うのかしら? 私も前にルディーン君からこの粉が料理に使えると聞いて一度舐めてみたんだけど、ちょっとすっぱい上に苦くて、とても料理に使えるようには思えなかったのだけど」
「それはそうだよ。だってこれ、ほんのちょびっとしか入れないもん」
そう言うと僕は、大体小麦粉の20分の1よりちょっと少ないくらいかな? それくらいのベーキングパウダーモドキを袋から掬って細かくしたお砂糖に混ぜ、それを振るった小麦粉全体に振り掛けるように入れたんだ。
で、その後、ペソラさんに声をかける。
「ペソラさん。これ、もう一回振るって」
「ええ、いいわよ」
こうして3つの粉がしっかりと混ざるようにもう一度振るってもらったら、後はさっき作った卵液に混ぜるだけ。
ペソラさんから木ベラをもらうと、僕はそれをさっくりと混ぜて行く。
「えっとね、この時はあんまり混ぜすぎちゃダメなんだよ。ちょっと粉が残ってるなぁって思っても、しっかりと振るってあればちゃんと溶けてくれるからね」
「そうなの?」
「うん。逆に混ぜすぎちゃうと美味しくできなくなっちゃうんだ」
こうしてできた生地を一旦横において、今度は焼く準備。
でも僕んちと違ってここには魔道コンロがあるから、簡単なんだよね。
僕はペソラさんに持ってきてもらった台に乗ると、フライパンを魔道コンロに乗っけてスイッチオン! ある程度熱くなったら横に置いてあった脂身を入れて油をしいた。
ジュウッ。
で、その後は先に用意して置いた濡れた布の上にフライパンをおいてちょっとだけ冷ましたら、弱くした魔道コンロの上において準備完了。
「それじゃあ焼くね」
お玉に掬ったパンケーキの生地をちょっと高い位置からフライパンに落として行く。
「あれ? そんな高い所から落とすんですか?」
「うん。こうするとね、パンケーキがまん丸になるんだよ」
そんなやり取りをしているうちに生地にぽつぽつと泡ができて、その泡がはじけ始めたらひっくり返す合図だ。
ぺちゃん。
勢いよくひっくり返すと跳ねちゃうから、フライ返しで慎重にひっくり返すと、あとはただ待つだけ。
こうして段々とパンケーキが膨らんできたら念のため細い鉄串を真ん中に刺して、それに生地がついてこなかったら完成だ。
「はい。これがパンケーキだよ。お砂糖が入ってるからちょっと甘いけど、上にバターを塗ったり、ジャムを塗ったりしてもおいしいんだ」
「へぇ、そうなんですか。でも最初はそのままで」
僕がそう言いながらお皿に乗っけてナイフで8等分にしてからみんなの前に出すと、待ってましたとばかりにペソラさんがパクリ。
「おお、これは本当に美味しいですね」
「ペソラ、はしたないですよ」
その様子を見てちょっと小言を言ったバーリマンさんも続けてパクリ。そしたらなんとも言えない、いい笑顔になったんだよね。
で、その後はロルフさんやストールさんも食べ始めたから、僕は2枚目に取り掛かる。
「なるほど。これなら村で一番パンケーキを焼くのがうまいと言うのも頷けるのぉ」
「そうですわね、旦那様。これならばクラークが作ったものと比べても遜色ありませんもの」
パンケーキの焼ける甘い匂いと、楽しそうな話し声。
こうして錬金術ギルドの厨房には、みんなの美味しい笑顔があふれたんだ。
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