138 お留守のギルドマスターと情報の順番
「ところでルディーン君は、その司祭様の頭は見たのかい?」
「司祭様の頭? ううん。司祭様がお手紙を持ってきた時、僕はお家にいなかったから見て無いよ」
あれからちょっとの間休憩して、それから僕とロルフさん、それにストールさんの3人は馬車に乗って錬金術ギルドに向かったんだ。
で、その時ロルフさんにこんな事を聞かれたんだけど、司祭様は僕が居ない時にきたし、それにいつも長い帽子を被ってるから居たとしても頭は見れなかったと思うんだ。
司祭様の頭を見れるのって、偶然お風呂の時間が一緒になった時くらいだもん。
それもこの頃は無かったから、今の司祭様がどうなってるのか、僕は全然解んないんだ。
でもそっか、もしかしたら司祭様の頭、もう毛がぼうぼうなのかも。
けらけら。
そう思ったら、前に想像した長い髪の毛をふさ~ってかき上げる司祭様がまた頭に浮かんできちゃって、僕はお腹を抱えて笑い転げたんだ。
そんな僕を誰も叱ることなく馬車は進み、僕たちは錬金術ギルドにたどり着いた。
「それでは旦那様。お帰りの際はライラを寄越してくださいませ」
御者さんがそう言って馬車をどこかに運んで行くのを見送ると、ロルフさんはとっても嬉しそうな顔をして、僕の手を引きながら錬金術ギルドの扉を勢いよく開いた。
カランカラン。
すると鳴り響く、いつもの鐘の音。
そしてその音に気が付いてカウンターからこちらの方に目を向けた……誰?
そこには僕の知らない、若い女の人が居たんだよね。
そう言えば僕が錬金術ギルドに来た時は、いつもロルフさんがカウンターに座ってたんだっけ。
そのロルフさんが隣に居るから、僕はなんとなく今日のカウンターにはバーリマンさんが座ってるんだろうなぁって想像したんだけど、そう言えばギルドマスターがカウンターに座ってる訳無いよね。
でも、それじゃああの人は誰なんだろう? 僕がそう思って頭をこてんと倒してると、ロルフさんがその女の人に笑顔で声をかけたんだ。
「おお、ペソラ嬢。ギルドマスターはおるかのぉ?」
「これはこれはフランセン様。いえ、今ギルドマスターは席をはずしておられますが、なにか御用でしたか?」
顔を見てすぐに声をかけたって事は、どうやらこの人はロルフさんの知り合いみたいだね。
って事は、いつもギルドに居る人なのかなぁ。
受付に居たペソラさんって人は16~7歳くらいの、栗色っぽい金髪でちょっと癖毛なショートカットと緑がかった青い瞳が特徴的な女の人だ。
少しだけ小首を傾げてにっこりと笑うその顔はとっても優しそうで、この人が錬金術ギルドのカウンターに座っていると、なんだかここが本当に女性向けの小物屋さんに思えて来るんだよね。
それに服装もローブ姿のロルフさんやバーリマンさんと違ってピンクを基調とした普通の売り子さんが着てそうなものだし、案外この錬金術ギルドの中がこんな可愛い感じなのは、この人がレイアウトしてるからなのかもしれないね。
「なんと! ギルマスは不在だと申すか」
「はい。薬師ギルドから連絡があったみたいです。なんか薬草の新しい使い道が見つかったから、それについて話したいから来て欲しいらしくて」
ペソラさんの説明に、ロルフさんがピクンと反応する。
そして、物凄く興味深そうな顔をしてこう言ったんだ。
「ほう。薬草の新たな使い道とな。で、それはどのような内容なのじゃ? 少しは聞いておるのじゃろう?」
口調は優しいものの何か迫力あるロルフさんの言葉に、ペソラさんはちょっと引きつった笑いを浮かべながらそれに答えたんだ。
「はい。私も詳しくは聞かされて無いんですけど、どうも食事に使える薬草が見つかったって話ですよ。しかし薬草なんてみんな変な……じゃなかった、特徴的な香りがするのに、そんなのをよく食事に使おうなんて考える人が居ましたよね」
ペソラさんの返事を聞いて、残念そうな顔をするロルフさん。
そうだよね。それって僕がさっき教えたことだもん。新しい使い道ってなんだろうって期待したロルフさんがそんな顔をするのも解るよ。
「しかし、もう薬師ギルドに伝わっておるとはのぉ。さてはあの店主、わしの口から領主に伝わる前に先手を打ちおったな」
「えっ? もしかしてフランセン様。薬草を食事に使うと言うのは、あなたがお考えになられたのですか?」
そして残念そうな顔から一転、困ったような顔をしてこんな事を言ったもんだから、ペソラさんは大きな目を見開いて大慌て。
そりゃそうだよね。よくそんな事考えた人が居るなぁなんて言い方したのに、もしかしたらその考えた人が目の前に居るのかもしれないんだから。
「いや、その方法を考えたのはわしでは無い。店主と共に、その情報を聞いただけじゃよ」
でも、ロルフさんがすぐに否定してくれたもんだからホッと一安心。
ところが次の瞬間、ペソラさんはまたびっくりする事になるんだ。
「わしらにその情報を伝えたのは、このルディーン少年じゃ。わしも先ほどその薬草を使った料理を口にしたが、大層美味じゃったぞ」
だって薬草を料理に使えることを教えたのは、ロルフさんが手をひいて錬金術ギルドに連れてきた僕だったからね。
「こここっ、これは失礼いたしました。まさか、こんなお坊ちゃまがそのような情報を齎したなどは思わず」
だからペソラさんは大慌てで僕にぺこぺこと頭を下げたんだ。
「ロルフさん、どうしよう。僕、謝られてもどうしたらいいか解んないよ」
「確かにのぉ。これ、ペソラ嬢。そのような態度をとられても困るだけじゃ。いい加減、頭を上げい」
「はい。申し訳ありません、フランセン様」
ロルフさんに言われて、やっと僕にぺこぺこするのはやめてくれたけど、今度はロルフさんに頭を下げてるよ。
これにはロルフさんもちょっと困った顔で笑うしかなかったんだ。
「ところで旦那様、切り株薬局の店主は何故この情報を旦那様がご領主様に挙げるより先に薬師ギルドに伝えたのでしょう? まさかあの店主、この情報の手柄を自分の物にするつもりでは?」
「いや、それは流石に無いじゃろうて。何せ情報の出所をわしが知っておるからのぉ」
ペソラさんがやっと落ち着いた頃、ストールさんがこんな事を聞いてきたんだよね。
でもロルフさんは、それは違うよって言うんだ。
だから、じゃあ何でロルフさんより先に情報を持ってったの? ってストールさんが聞くと、これはあくまで自分の考えだよって前置きしてから教えてくれたんだ。
「情報が出回る前に自らが開示する事で周りに良い印象を与え、かつギルドに恩を売りたかったのでは無いかな?」
「良い印象を与えて、恩を売る、ですか?」
「ふむ。薬草を使って料理を作ると言う情報は、扱い方によっては金になるのじゃよ。何せ広がる前と後とではその薬草の価値が変わってしまうからのぉ。この様な情報を手に入れた場合、普通なら秘匿して値が上がる前に買い集めるものじゃからな」
ロルフさんの言葉を聞いて、だからですかと納得するストールさん。
でも僕とペソラさんは、それだったら何でその情報を出したのか余計に解んなくなって、頭にはてなマークを浮かべてたんだよね。
だからストールさんはさっきの説明で解ったみたいだけど、そんな僕たちの為にロルフさんはもっと解りやすいようにって続きを話してくれたんだ。
「ただ今回はその情報をただで手に入れたことをわしが知っておるからのぉ。もしこれで金儲けをする様な事があれば店主の商人としての信用は地に落ち、切り株薬局はもはや潰れるしかなくなるのじゃよ」
ロルフさんが言うには、情報を誰かから得た時は、それに対するお金を払わないといけない規則になってるんだって。
ただ今回は子供の僕が話した事だから、まずはお父さんやお母さんに聞いてみて、それを僕がどこで知ったのかを確かめないといけないんだってさ。
だってもしかしたら、村で隠されてた情報をつい僕がしゃべっちゃったのかもしれないからね。
「じゃから店主はきっと薬師ギルドでもルディーン君から齎され、わしがすでにその事を知っておると話しておるはずなんじゃ」
「そうなんだ。あっ、でもそれじゃあ何でこの話がマロシュさんの評判に繋がるの?」
「それはな、1人がその情報を使って金儲けをすれば罪になるが、その町の薬師や薬局全体でとなればまた話が違うからじゃよ」
お金を払うのはどこの誰が最初に見つけたのかを調べてからになるけど、こう言う情報ってギルドに持って行った時点で買い取る事が決まっちゃうんだって。
でね、その情報は国中のギルドに伝えられるらしいんだけど、当然最初にその情報を買ったギルドが一番その恩恵を受けることになるんだ。
「わしが挙げようが店主が挙げようが、情報提供者に払われる金額は変わらぬ。じゃがのぉ、わしが領主に上げるとなると当然この街の薬師ギルドと同時期に帝国府にもこの情報が伝えられるのじゃよ」
「ああ、なるほど。そうなったらこの街の薬師ギルドは儲けられる期間が減ってしまいますからね。それよりは自分が早く伝えて、ギルドに恩を売った方がいいって考えたんですか」
「うむ、その通りじゃ」
ペソラさんの言葉を聞いて、嬉しそうに長くて白いお髭をなでながら頷くロルフさん。
そっか。順番って大事なんだね。
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