132 グランリルの秘密?
「さて、ルディーン君も来てくれた事だし、本来なら錬金術ギルドに顔を出すべきなのじゃろうが」
薬草専門店《切り株薬局》を出た僕たちは、ロルフさんの馬車に乗せて貰ったんだ。
だから当然この次は錬金術ギルドに行くんだと思ってたんだけど、この感じだと違うのかなぁ?
「違うとこに行くの?」
「うむ。わしとしてはルディーン君が持って来たと言う魔物の内臓と、先ほど手に入れたにんにくと生姜の味がどうにも気になってのぉ。できればそちらを先に確かめたいのじゃよ」
そっか。ロルフさんってジャンプの魔法の時もそうだったけど、気になる事があると早く確かめたいって人だもん。
食べた事が無いお肉や料理に使う調味料が目の前にあったら、早く食べたくなっても仕方ないよね。
おまけに、
「旦那様がそう仰ると思いまして、別館の料理人に調理の準備するようにと出立の前に申し付けておきました」
なんてストールさんが言うもんだから、僕たちの行き先は東門の外にあるロルフさんのお家になったんだ。
「お帰りなさいませ、旦那様」
東門を抜けてロルフさんの別宅に付くと、そこには何故かここには居ないはずのキャンベルさんが出迎えてくれた。
確かキャンベルさんってロルフさんの執事で、いつもは本宅の方にいるはずだよね? なのになんでここにいるんだろう?
僕がそう思ってると、キャンベルさんがロルフさんにこう言ったんだ。
「旦那様。お伝えしたい事があり、お待ちしておりました。少々お時間を宜しいでしょうか?」
「うむ。それは構わんが……」
そっか、ロルフさんにご用事があったからここにいるんだね。
そしてそれを聞いたロルフさんは長いお髭をなでながら、僕の方に目を向けた。
「ルディーン君、わしは少し外さねばならぬようじゃ。すまぬが後はライラに任せるゆえに、別館の料理人たちににんにくと生姜の食べ方を教えておいてもらえるかな」
「うん! ちゃんと美味しくできるように教えとくね」
わざわざロルフさんとお話するために待ってたんだもん。キャンベルさんのご用事はきっと大事な事だと思うんだ。
だからお料理の事は僕たちがしっかりやっとくねって、僕は胸を叩いて引き受けたんだ。
■
「これは盲点でした」
ローランドに連れられて向かった一室には、料理に特化した解析を得意とする錬金術師が待っておった。
爵位を譲ったとは言えわしは元伯爵。口にするものに関してはこの様な者が常に予めその食材を調べる事になっておるのじゃが、そのものの報告によるとルディーン君が持ち込んだ魔物の内臓には出回っている魔物の肉とは比べ物にならない程の魔力が含まれていたらしいのじゃ。
「そもそも、魔力溜まりの影響で変質した魔物たちは体内に魔力を宿しています。その為に魔物から取れる肉には多くの魔力が含まれ、それを食す事で体にいい影響があることが今までの研究で解っておりました」
「うむ。じゃから魔物の肉は珍重されておるし、貴族や金持ちはなるべく食すようにしておる」
このイーノックカウでは、病気になった時は平民とて無理をしてでも魔物の肉を手に入れて口にするほど、その魔力が人の体によい影響がある事が知られておるからのぉ。
「して、その魔力が魔物の内臓の肉に多く含まれているというのは確かなのじゃな?」
「はい。何度も確認したので、それは間違いありません」
この者が言うには、ホーンラビットの内臓は一緒に持ち込まれた肉よりも多くの魔力を含んでいたそうじゃ。
生物である以上まったく同じ魔物は存在しないのだから、当然個体によって肉に含まれている魔力の量は違う。
されど例え元が同じ種類の魔物でも、もしその身に宿す魔力にこれ程の差が出るとするのならばすでに別の魔物へと更なる変異をしていなければおかしいと、この錬金術師は言うのじゃ。
じゃがその変異が起こっていないと言う事が、それすなわち肉よりも内臓の方が多くの魔力を含んでいる証拠となるらしい。
「これは予測なのですが、魔力溜まりがある森に自生している植物は魔物同様魔力を多く含んでおります。ですから、それを取り込む内臓に多くの魔力が蓄積し、肉にはそこから運ばれた魔力が宿っているのではないでしょうか?」
そう言えば魔力の塊である魔石も体表ではなく体内にある。
実際のところは確かめてみなければ解らぬが、この事から考えるに全ての魔物は肉よりも内臓の方が多くの魔力を含んでいると考えてよいじゃろう。
しかし解せぬ。
確かに魔物の内臓の多くは森から運び出す為に捨てられる。じゃが、中にはそのままイーノックカウに運び込まれる物もあったであろうに。
何故今までこのことに気付く者が誰もおらなんだのであろうか?
その疑問をわしが口にしたところ、錬金術師からこんな答えが帰って来たのじゃ。
「魔物の内臓を料理人が実際に手にしていればそのスキルにより美味である事が伝わり、やがて誰かがこの事に気付いた事でしょう。しかし、残念な事に料理人の手に魔物の内臓が渡る事は今のシステムではありえないのです」
話によると魔物の内臓という物は総じて悪臭を放ち、また見た目もグロテスクとの事。
それだけに街に持ち込まれた場合も、その匂いが肉に移らぬよう早々に取り除かれ、すぐに破棄されていたそうなのじゃ。
「カールフェルト様は草食の魔物の内臓だから口にできるのでは? と申されていたそうですが、動物でも糞は肉食より草食の方が匂いが少ないと言います。ですから草食であるラビット系の魔物が多く獲れるグランリルの村だからこそ、魔物の内臓を口にしようなどと考える者が出てきたのではないでしょうか」
なるほどのぉ。しかし、そう考えると納得できる事がある。
この周辺に住んでいて、グランリルの村人が総じて強者である事を知らぬ者はおらん。もしやその強さの秘密が、この魔物の内臓を食している事なのではないか?
確かに強い魔物が近くに住むと言う環境で鍛えられると言うのも事実じゃろうが、大量の魔力を含む内臓を食す事により他の地に住む者より頑健な体を手に入れているとも考えられるのではないか?
「なんにしろ魔物の内臓に多くの魔力が含まれていると言う事が解ったのは僥倖。少量の食事でより多くの魔力を体に取り込めると言う事が解ったのじゃからな」
それだけに、この事実は中央におわす皇帝陛下にもお知らせすべきなのじゃが……されどその前に色々と調べねばならぬか。
今のところルディーン君が持ち込んだラビット系の内臓しかサンプルが無いのでは、本当にそれが全ての魔物に適用されるかどうか解らぬからのぉ。
「この街に持ち込まれた物が皆悪臭を放っておると言う事は、肉食や雑食の魔物の内臓を食べる事がかなわぬと言うのも事実なのじゃろう。そうなると森の奥に分け入り、ツリーホーンハインドのような鹿の魔物の肉を持ち帰ってもらわねばならぬな」
そう考えたわしは、草食の魔物ならば同じように内臓を食べる事ができるのかどうかを調べる為に早速指示を出す。
「ローランドよ、いつものチームに依頼を出せ。その際、大変ではあろうが内臓を捨てず、倒したままの姿で街まで運ばせるのじゃ。内臓だけでも良さそうな物じゃが、もし悪臭を放つようならそれを持って町に入れぬかも知れぬからな」
「解りました。早速依頼書を作成したいと思います」
こうして後日、わしはCランク冒険者たちの手によって運ばれたツリーホーンハインドを手に入れた。
そう手に入れたのじゃが……。
「これはとても食べられませんね」
「うむ。流石にこれは無理じゃな」
運びこまれた魔物の腹を割いてみたところ腹の中には異臭が充満し、その悪臭が肉にまで移ってとても食べられるような状態ではなかった。
「こうして見ると、同じ草食でもウサギでなければ内臓を食す事はできぬと言う事なのじゃろうか?」
「いえ、そうとは限りません。カールフェルト様は全ての内臓の部位を持ち込まれたわけではありませんから、草食の魔物でも食べられない部位があって、その部位を取り除く事によってこの異臭が移るのを防げるもかも知れませんから」
なるほど。確かにハインドの肉は普通、この様な異臭を放ってはいない。
ならばこの異臭は別の場所から移ったと言う事なのだから、その部位さえ捨ててしまえば内臓を食べられる可能性もあると言う事か。
「して、その異臭を放つ部位は冒険者でも見分けられるのかな?」
「倒した時点でその異臭がしないと言う事は多分無理かと。ですから、現地で料理人の職を持つ者に選別させる必要があるでしょう」
料理人をCランク冒険者に同行させるじゃと? 森の奥まで?
「できると思うか?」
「無理でしょうね」
むう。どうやら食す事のできる内臓をこのイーノックカウで手に入れる事は、現状では残念ながら叶わぬようじゃな。
読んで頂いてありがとうございます。
ロルフさんは深読みしてますが、グランリルの村の住人が強いのは当然内臓を食べてるからじゃありません。
と言うかルディーン君が教えるまで誰も食べてなかったんですから、そんなはず無いですよね。
因みにロルフさんたちが知りたがっている事を知らないので教えませんが、後日下処理の仕方をルディーン君がスキルで知ったのと、にんにくや生姜のような匂いを消す調味料が手に入った事によりグランリルではボア系の内臓も普通に食べられるようになって行きます。
あと当然鳥の内臓も。
肉がおいしいと言うのですから、ブレードスワローあたりは内臓も美味しいんじゃないかなぁw