96 魅惑の食材との出会い
「あっ、そう言えばギルドカード持ったまま出て来ちゃった」
冒険者ギルドを辞めるって言って飛び出してきたのに、僕はギルドのカードを持ったままだった事に気が付いたんだ。
だから僕は立ち止まって、首からぶら下がっている冒険者ギルドのギルドカードを手に取った。
やめるのならこれ、返さないといけないよね?
このカードはギルドに入っているよって言う事が誰にでも解るようにって渡される物なんだから、やめるのなら持ってちゃいけないと思うんだ。と言うか、これを返さないとやめる事、できないんじゃないかな?
でも飛び出してきちゃったのに冒険者ギルドのカードを返すために戻るのもなんかやだったから、僕はそのまま錬金術ギルドに向かうことにした。
それにやめるって言ったけどルルモアさんは慌ててたし、ギルドマスターのお爺さんも僕を止めようとしてたもん。お父さんはやめても大丈夫だって言ってたけど、それは僕が大丈夫なだけでルルモアさんたちはきっと困っちゃうんだと思うんだ。
なら後はお父さんに任せたほうがいいんじゃないかな? さっきも大人たちだけでこそこそなんかやってたし、僕が本当に冒険者ギルドをやめた方がいいのかどうか、僕が居なくてもルルモアさんたちとちゃんとお話してくれるだろうからね。
北門の近くにある冒険者ギルドから市場通りにある錬金術ギルドに行くまでにはいろいろなものがある。その中でも一番僕の興味を引いたのは露天市だ。
この間来た時は森に行く準備をする為だったから防具を売っている店や狩りに必要な道具を売っている店にしか行かなかったけど、今回は何かが欲しくて来たわけじゃないから、ただフラフラといろんな露天を見て回ったんだ。
「わぁ、流石にいろんな物が売ってるなぁ」
村と違って大都市であるこのイーノックカウでは、本当にいろんな物が売られてた。
ここって見たことも無いような綺麗なアクセサリーとかカラフルな布で作られた服。それにお家で使う食器や農作業で使う道具まで売ってるんだよ。
でも、その中でも僕が一番興味を引かれたのは食べ物を売っている屋台なんだ。
とは言っても僕が気になったのはお肉を焼いたものや珍しいお菓子とかじゃなくて、料理する前の材料の方ね。
村でもよく見かける物や前世の記憶の中にある物だけじゃなく、僕が見たことも無いような物もいっぱいあって、それを見て回っているだけでもとっても楽しいんだ。
それに食べ物を売っている屋台はみんな活気があって、前を通るだけでわくわくするんだよね。
そんな屋台を幾つか見て回っていると、一箇所だけ他とはちょっと違った感じの屋台があったんだ。
その屋台の上に置かれていたのは銅のような物で作られた筒状の入れ物で、その蓋の部分には一度締めてしまえばそう簡単に開かないようにする留め金が付けられてた。
そして筒の口には何かの動物の皮なのかな? 弾力がありそうな物が貼り付けられていて、蓋を閉めたら中の物がそう簡単にこぼれなくなるような工夫までしてあったんだ。
それにそれを売っているおじさんの後ろには、見たことがある金属製の大きな入れ物が幾つか並んでいる。
えっと、確かあれって牛乳を買って来た時の入れ物だよね? って事はこの筒は牛乳を入れるための物? でもそれにしては小さいし、何よりあんなに厳重に蓋が開かないようにする必要も無いと思うんだよね。
そんな事を考えながらずっと見てたからなのか、それとも自分から声がかけられなくて困っていると思ったのか解んないけど、おじさんが僕に声をかけてきたんだ。
「坊やがお探しなのは山羊かい? それとも牛の方かな?」
山羊? 牛?
初めは何を聞かれたのか解らずにちょっとぼ~っとしちゃったけど、おじさんの後ろにある入れ物を見て気が付いた。
ああそっか。山羊の乳か牛の乳か、どっちが欲しいのか聞いたんだね。
でもさぁ、誰が見たって僕は動物の乳を入れる入れ物を持ってないのは解ると思うんだ。って事は、このおじさんは目の前に並んでいる入れ物に入れて売るつもりなんだよね?
でも、どう考えてもこの入れ物では小さすぎると思うんだ。だってどう見ても300ミリリットルくらいしか入らなそうだもん。
「えっと、僕は山羊のお乳も牛のお乳もいらないよ。ただ、この並んでる入れ物はなんなのかなぁ? って思ってみてたんだ」
「おおそうか。それはすまなかったな。じっと見てるからおじさん、てっきり親に言われて買いに来たのかと思ったんだ」
そう言って頬をかきながら照れ笑いするおじさん。そっか、やっぱりお客さんだと思ってたんだね。
でもさぁ、それならやっぱりおかしいよね?
「何で僕が買いに来たお客さんだと思ったの? 僕、お乳を入れる入れ物、持ってないよ」
「ん? ああそうか。坊やはこの入れ物が何か解らないって言ってたな。それじゃあこの缶の中身が何か、解らなくても仕方ないか」
おじさんはそう言いながら笑い、後ろのミルク缶の蓋をとって柄杓で中の液体を掬うと僕に見せてくれたんだ。
「これはな、山羊や牛の乳の上澄みに溜まったとろりとした部分を集めた物なんだよ。氷でよく冷やしたこれと少しの塩をこの器に入れて30分ほど振ると、なんとバターが出来上がるんだよ」
「バター? バターってあのバターだよね? パンに塗ったりするやつ」
「そう、おじさんたちはパンに塗るなんて贅沢な使い方はあまりしないが、確かにそのバターだよ。坊やはいいとこの子のようだから知らないかもしれないけど、バターは出来上がった物も普通に売られてはいるけど作るのにかなりの労力がいるから結構値段が高いんだ。だからおじさんは、こうして材料と作る道具をセットで売ってるんだよ。これ位の大きさならお父さんお母さんが忙しくても子供だけで作る事が出来るし、この器を持ってくれば中身だけでも買えるから材料費だけで何度でもバターが作れるからね」
なるほど。確かにバターを作るのは大変だよね。僕も前世の記憶で知ってるけど、確か長い間ずっと振ってないといけないはずだもん。
ん? でもちょっと待って。確かバターを作る材料って。
「おじさん。牛のをちょっと見せて」
「牛のか? いいぞ。ほれ」
おじさんは牛乳の方の上澄みを少しだけ柄杓に掬って見せてくれたから、それを僕は鑑定解析で調べてみる。
すると、乳脂肪分48パーセントのクリームと出たんだ。
「やっぱりそうだ!」
これ、生クリームだ。なんとなく黄色っぽくてどろっとしてるけど、間違いない。
そっか、生クリームって牛のお乳の上に溜まったやつだったんだね。
「えっと、なにがそうだったんだい?」
これがあれば色んな物が作れるって大興奮の僕に、おじさんがそう聞いてきたんだ。だから教えてあげたんだよ。
「あのねぇ、これがあればケーキとかアイスクリームが作れるんだよ」
「ケーキ? アイスクリーム? いや、おじさんよく解んないけど……そうか、坊やの住んでいるところではこれを料理の風味付けだけじゃなく、色々な方法で食べるんだなぁ。でも俺が知らないような調理法があるとなると、もしかして坊やが住んでいる所はここから遠いのかい?」
お家まで? えっとここに来るのにどれくらいかかったっけ?
「えっとね、確か7時間くらい馬車に乗れば帰れるよ」
「そうか、なら何とかもつかな。でもこの上澄みは悪くなりやすいから、もし買って帰るつもりなら氷で冷やしながら持ち帰らないといけないよ。それに冷やして持って帰ったとしても、一日二日で食べきる事。お貴族様やお金持ちみたいに冷蔵庫とか言う魔道具を持っているならともかく、ずっと氷で冷やし続ける事なんてできないだろうからね」
そう言えば生クリームって、悪くなりやすいんだっけ。
そう思っておじさんの後ろに並んでいるミルク缶を見ると魔石がくっついていた。って事はあれもきっと魔道具なんだろうなぁ。
「うん。でも今すぐに帰る訳じゃないから、村に帰る時にもう一度買いに来るね」
「おう。待ってるぞ。そのときは親御さんも一緒なんだろ?」
「お父さんと一緒だよ。今日帰るって言ってたからまた後でね」
僕はそう言うと、手を振りながらおじさんと別れたんだ。
お家に帰れば冷蔵庫があるし、魔石もあるから屋台のおじさんがやってるみたいに入れ物自体が冷える魔道具を作れば生クリームも長持ちするよね。
ホント、氷の魔石が作れるようになっててよかった。
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