知る準備
本当は説明回にしたかった。
本当です。
兄が谷底に落ち、この崖には私とローブの男、それとザルジドの死体だけとなった。
森の中にはザルジドのお父さんとお母さんの死体もある。
そして、私の家には、きっと母の死体があるのだろう。
本当は今すぐ、家に帰って母だけでも埋葬したい。
だけどそんな気力を体力も、今の私には残っていなかった。
そして、家と森をつなぐ入り口には母の頭、多分家の中に母の体。
それを見れば、私の心はまた壊れてしまうだろう。
だから私は、家には帰らない。
これからの事は考えなければならない。
15歳の女が一人で幸せに生きて行ける程、世の中は甘くないとわかっている。
たとえ生きて行けたとして、お金を稼ぐには都市に行き、奴隷同然として働くか、
娼婦になる以外ないだろう。
私は微かな望みをかけ、目の前のローブの男に話しかける。
「私を、つれていって」
彼がどこに行くかは知らない。
どこから来たのかも、名前すら知らないのだ。
だけど私に頼れる人は、もうこの人しか居なかった。
この場にいる唯一の大人に、私は頼ったのだ。
「それは無理だ、覚悟の無い人間に一緒に来られても迷惑だ」
少し突き放すように言うローブの男。
当たり前か……
覚悟というものが何なのかは分からない。
だが奴隷になるのも娼婦になるのも、私自身が決めること。
彼の奴隷になったって、他の人間の奴隷なったって結果は同じだ。
もし、彼ではなく他の誰かに雇われたとしても、その前に飢え死にしたら終わり。
「何でもします
覚悟はできています!
だから、お願いします!」
私は頭を下げる。
どうなるか分からない人生だが、底辺なのは間違いないと感じた。
「しょうがない、ついてこい」
軽く溜め息まじりにそう言うと、ローブの男は歩き始めた。
私はそれについて行く。
とぼとぼとローブの男の足下を見ながら30分程歩いた時、ローブの男が立ち止まった。
立ち止まると同時に私は顔を上げる。
そこには洞窟があった。
「今日はここで休む」
洞窟の中に入って行く男。
少し怖いと感じたが、私も中に入って行く。
月の明かりが洞窟の入り口まで照らしているが、少し中に入れば真っ暗だった。
目が多少慣れても、この洞窟がどれくらいの大きさなのかも分からない。
奥で何やら音がする。
男が作業をしているのだろう。
この暗闇で作業ができるのは、魔物の特性なのだろうか。
ボッ!!
「うっ!」
強烈な光に思わず声が出た。
たかだかランプに火がついただけなのだが、
そのランプが想像以上に明るく、洞窟の奥まで見える程照らしている。
だんだんと光りに目が慣れていき、洞窟の中を見回す。
ごつごつと岩が隆起しており、ぴたぴたと上から水が滴っている箇所もある。
男はローブを脱ぎ地面に敷いた。
私に背を向けて敷いたローブの上に腰を下ろす。
もしや……ここで……私は初夜を迎えるのでは!?
初めてがこんな洞窟なんて、しかも臭いローブの上で……
せめて、せめてベットで処女を散らしたかった……
「お前さっき何でもするって言ったよな」
!!
きた、きてしまった、処女なんて案外簡単に失うものなんだな。
今日は人生で一番不幸な日だと思っていたけど、ここまでとは……
男は私に背を向けたままごそごそと何かをやっている。
私は一歩ずつ前へ進む、服を少しずつ脱ぎながら。
あと数歩で男が地面に敷いたローブに辿り着く。
「いよっと」
ドサッ!!
男が急にこちらへ振り返って何かを地面に置いた。
どこから取り出したのか、元から底にあったのか分からないが。
そこに置かれたのは大量の本だった。
分厚い本が10冊程度置かれている。
「二日やる、とりあえず全部読め、話はそこからだ」
男はローブの上で横になり寝る準備に入っている。
むしろもう寝ていないか?
で……私の………初夜は?
心の準備がいくらかできていたのに
急ではあるが、頑張っていたのに
だけど安心している自分もいる。
で、目の前に置かれた本は何なのだろう。
私は積まれた本の一番上を取る。
表紙には”初心者でも分かる魔術教本!!”と書いてあった。
試しに1ページ開いてみる。
そこには魔術の教本らしく魔術の基礎が書いてあった。
魔術の心得
心得1:自分の思い描いた形を想像すること
心得2:自分の力を過信しないこと
心得3:身の丈にあった魔術を使いましょう
心得の次は基礎魔術の種類、その次は基礎魔術の応用と
細かく分かりやすく書かれている。
私は本を閉じ、積み重なってる本の山を見る。
これを、二日で全部読めということか。
やるしかない。
自分にそう言い聞かせ、私は本を読み出した。
もしこれを二日で読み終える事ができなかったら、私は捨てられるかもしれない。
もしくは今度こそ、処女を捧げる事になるかも。
一冊目が読み終わり、二冊目に手を伸ばす。
次の本は魔物に関する本だった。
ふと顔を上げ洞窟の入り口に目をやると、薄らと日の光が差し込んでいる。
やばい、一冊読むのにかなりの時間をかけてしまった。
この調子だと二日でこの量を読み終えるのは不可能に近い。
でもやるしか無い、理解できない事も多少はあったが、
私は必死で本を読み進めた。
渡された10冊は全て教本や参考書であった。
寝るまも惜しんで読み続けていると、一応ご飯が出てきた。
ご飯と言うのもお粗末でただの木の実だったり草だったり、
生の肉は流石に食べれないので手をつけなかったが、
もし私が今後この男に付いて行くのであれば、料理は自分でやろう。
そう思った。
そう思いながらも言葉には出さない。
私が選んだ道は、もしかしたら奴隷や娼婦よりも大変な道になっているのではないだろうか。
そんなことが思考を過ったがいまはそんな事を考えている暇はない。
私は無我夢中で本を読み、知識を吸収していった。