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初戦

段々読んでくれてる方が増えて励みになります。

ありがとうございます。

森の中は薄暗く、満月の光が届いているとはいえ、

木の密集しているところは暗闇である。


私は森の奥から響く、金属のぶつかり合う音が気になって仕方がなかった。

少しだけ、少しだけなら

私は森の中に入る。

金属の響くような音がだんだんと近づいてくる。

この辺に魔物が出る事はないけれど、私は何かあったらすぐに逃げれる準備をしつつ

森の中を進んで行った。


ある程度進んだところで樹木のない開けた場所に出た。

野草が生い茂っているが満月の光で他の場所よりかなり明るく感じる。

そこには二人の男が向かい合って立っていた。

「ザルジドさんと、あとあの変な男?」

ザルジドさんと小汚いローブを着た男だ。

私は何をしているんだろうと思い近づいた瞬間、それは始まった。


ザルジドが極太の両手剣を片手で持ち上げ、

それを思いっきり振り下ろた。

ローブを着た小汚い男は腕で剣を受け止め弾いていた。


ガキン!


先ほどから森で聞いた金属と金属がぶつかる音だ。

よく見るとローブを着た小汚い男の腕には金属の小手のような物が装着されている。

森に鳴り響いていた音は剣と金属の小手がぶつかる音だったのだ。


「何をやっているの?ゼルジドさん」


この呼びかけがまずかった。

こちらを向いたザルジドの顔を見て私はゾクッとて血の気が引いた。

理性を失った獣のような顔をしている。

目は血走っており、体温が高いのか背中から少し湯気のようなものも見え、

口から少しよだれを垂らしている。

ザルジドはローブの男を無視して私に突進してきた。

ザルジドは大きく剣を振りかざし私に振り下ろす。

私の足は怯えで震えている。

動かない、体がどこも、動かない。

私を死を覚悟して目をつむる。

ザルジドがなぜ私を殺すのかは分からない、

何も分からないまま、私は死ぬ。

折角兄が帰ってきたというのに、話したい事が沢山あるのに


お兄様、助けて


ガギン!


剣で切られてもいい位の時間がたった。

だけど私は切られていはいなかった。

ゆっくりと目を開ける。


「え•••」


目の前にはあのローブの男が立っていた。

男は腕に装着している小手でザルジドの大剣を受け止めている。

私は後ずさりした、恐怖からというのもあるが、

私の本能が全力で逃げろと警鐘をならしており、

私は怯えて動けなかった体を全力で動かし私は逃げようとした。


コツン


足に何かが当たる感覚があった。

足下に目をやる。


!?!?


私は驚愕した。

足下にあるのは人である。

人が倒れているのである。

しかもどこかで見たような。

ゆっくりと体を動かし、月明かりがその倒れている人物を照らし出す。

そこには初老の男女が倒れていた。


「ザルジドさんの、お父さんと、お母さん!?」


私はしゃがみこみ二人を見る。

いまだにザルジドはローブの男に剣を押し当てている。

するとザルジドは我に返ったかのように理性を取り戻した。

目の血走りも引いている。


「あー、ワリィなルカナちゃん、ちっとばかし興奮しちまった」


謝ってはいるものの依然として剣をギリギリと男の小手に押し当て続ける。


「ザ、ザルジドさん!

 ザルジドさんのお父さんとお母さんが倒れてて、

 早くお医者様に見せに行かないと大変なことになってしまいます!」


「ん?そこに倒れているジジイとババアはもう死んでるぜ?」


「えっ?」


私は驚きで目を大きく見開いた。

ゆっくりと顔をザルジドのお父さんとお母さんの方へ向ける。

よく見ると二人の目は見開かれており、呼吸もしていないようだった。

でも私が驚いたのはのそんなことではない。

親が亡くなったというのに冷静すぎるザルジドと、

冷たすぎる声色に私は驚いていた。


「逃げろ、お前がいると邪魔だ」


ローブの男が言った。

私はその言葉を聞いても動けなかった。

いまがどういう状況なのか、頭が理解しようとしないのだ。


「あー、そうだな、ルカナちゃんもジジイとババアと一緒でクソ雑子だからなぁ

 殺しちまうかもしれねぇなぁ

 ジジイもババアもクソ雑子なのによう

 聖騎士様のこのオレに指図するんだぜ!ひどくねぇか!

 首をもってちょっと捻ったら動かなくなっちまってよ!

 ちょー笑えるぜ!!」


何を言っているんだこの人は

自分の親を、殺した?

前に会った時は少しがさつなところがある人だと思っていたけど、

自分の親はとても大切にしてる人だった。


「それに比べて!

 お前!結構やるよなぁ!普通オレの剣を片腕で受け止めるやつなんていねぇよ、

 詠唱は見てなかったけどそれなんて魔術強化?オレにも教えてくれよ」


ザルジドがギリギリと剣を押し当てながら威圧的に喋っている。

ここから逃げなくては、ローブの男も長くは持たないだろう。

ローブの男が殺されたら、次は私の番だ。

私は気持ちを奮い立たせ踵を返し走り出す。

早く家に帰ってパーティの続きをしよう。

今日の事は忘れて、明日から普通に生活しよう。

私は必死でありきたりな事を考えながら走った。

普通な事を考えていないと心がおかしくなってしまうから。

もうすぐ森の出口だ、遠くに家の明かりが見えている。

私は安堵した、森の奥からはいまだに金属と金属がぶつかりある音が響いているが。

よく見ると、森の入り口に兄が立っていた。

きっと私の帰りが遅いから探しにきたのだ。


「お兄様!森の奥でザルジドさんが変なの!

 それにザルジドさんのお父さんとお母さんが•••

 お兄様?」


「ん?ああそうだね、あいつは戦いを楽しむクセがある

 もう少し真面目に戦ってほしいものだ」


兄がよくわからない事を言っている。

いつもの笑顔は変わらないが、目の焦点があっていない。

どこか遠くを見ているようだ。

ふと私は兄の手下に目をやる。


「うっ」


それを見た瞬間

お腹から喉の奥に熱い物がこみ上げてきた。

たまらず私はその場に四つん這いになり吐いた。


「お、お兄様、その、その手に掴んでいるのは、

 お母様では•••」


兄の手には母の頭があった。

体が無く、首から上だけである。

首からは血が滴り、その場に血溜まりができていた。

兄は依然として遠くを見ながら、優しい声で答える。


「そうなんだ、折角僕が帰ってきたのに、このクソ雑子は僕に説教するんだ。

 僕より弱い人間が僕に指図しちゃダメだよね」


兄は母の頭から手を離す。

ゴロンと母の頭は落ち、ぴちゃっと血が跳ね、私の頬に少しかかった。

血は生暖かく先ほどまで母が生きていた事を証明していた。

兄は”このっこの”といいながら母の頭を踏みつける。

母の顔は原型をとどめていなかった。

私は放心し、ただそれを眺めるしかない。


「そうは思わないかいルカナ?

 ルカナも、僕に説教するの?」


真っすぐ向いていた兄の顔が、ぐるんと私の方に向いた。


!?!?


ザルジドと同じ目だ、あの冷徹で、人を恐怖に突き落とす表情。

私は四つん這いの状態から這うように踵を返し、森の中に駆け出した。

駆け出した瞬間、心が壊れる音がした。

自分でも分かる程、壊れる感覚がある。

胸の奥が痛くなり、服を鷲掴みし必死に走る。

涙が止まらない、嗚咽も止まらない。


「ルーカナーーー、待ってよーー」


森に優しい声が響いてくる。

いつもは大好きな声が、いまはただただ恐怖しか感じない。

このまま逃げられるとは思えない。

走っても意味が無いと分かっている。

でも足が止まらない、私の本能は壊れた心に関係なく、

足を動かしていた。


いつのまに森の端まできていた。

そこは木々が育っていない岩場で奥が崖になっている。

ここが崖だからこそ、魔物が渡って来れず、

この町は安全を保っているのだが、

この場に限っては逃げ道がなくなるという点において、

崖に辿り着く事は私の死を意味していた。

いっその事このまま飛び降りてしまおうか。

兄に殺されるより、自分から命を断った方がよいのではなかと考える。


「あーあ、追いついちゃった。鬼ごっこはもう終わり?

 昔はよくここで遊んだよね。

 母さんは危ないからって怒っていたけど。

 もしいまの強さがあの時の僕にあれば、迷わず殺していたんだけどね〜」


私は兄の方に向きなおる。

そこに私の憧れていた兄の姿はない。

そこにいるのは、冷徹な人殺しのみ。


私はもう諦めていた。あと数歩後ろに下がれば崖から落ちる事ができる。

こんな兄を見るのはもう見たくない。

私は私に中にいる優しい兄を思い出し、この世を去りたいと思った。

一歩ずつ後ろに下がる。

すると森の中から音が聞こえたきた。

木々が擦れる音と枝が折れる音。


ガサガサ!ザザー!!


ローブを着た男が森から飛び出てきた。

空中で状態を立て直し、滑りながら私の近くに着地する。


その奥からザルジドも出てきた。


「ザルジド、お前少し遊びすぎだ」


「うるせぇ、あいつ中々やるんだよ

 変な魔術強化も使ってくるしよー

 でもめちゃくちゃ楽しいぜ

 で?お前はルカナちゃんを殺るのか?

 おばさんはもう殺っちまったんだろ?

 オレももう殺っちまったしなぁ」


兄とザルジドはまるで世間話をするかのように、自分が殺した人間の話をしている。

それを見て私はまた吐きそうになった。

はやく、飛び降りて死にたい。

すると私の近くに着地したローブの男がゆっくりと口を開く。

声は少し気怠げだ。

でもそこには信念のような、強い意志を感じた。


「お前らはもう助からない

 だから確実に、ここで殺してやる」


その言葉を聞き、少しの間があった後、

兄とザルジド顔を合わせ大笑いした。


「ククックッハハハハ!」


「こいつ何言ってんだ!?ガッハハハハ!!」


兄とザルジド腹を抱えて笑っている。

当たり前だ、彼等は聖騎士。

少し前まで聖騎士見習いだったとしても、

今は正式に聖騎士となっている。

それほどの実力があるという事だ。


「あー笑ったぜ

 こんなに笑ったのは久しぶりだ

 じゃあそろそろ、お前死ねや、殺し合ってて思ったけどよ

 お前臭ぇんだよ」


ザルジドが突進し大剣を振りかざす。


ドン!


一瞬の出来事だった。

ザルジドが大剣を振り下ろそうとしたその瞬間、

ザルジドが森の方まで吹っ飛んでいた。

兄も何が起きているのか分からず、唖然としている。


「いつつ、なんだぁ、今のはぁ

 カイト!今のはなんで魔術だ!」


兄は何かを考えているようで、顎に手を当てている。

先ほどまで笑っていた兄だが、今は真剣に何かを考えていた。


「あれは、魔術じゃない•••

 もしや貴様、魔物だな?」


私はローブの男を見る。

満月の光に照らされた男の目は赤く輝いていた。

家に居た時に見た目の色は少し茶色がかったように見えたが、

今は深紅の赤い目をしている。


「カイト!

 こいつはオレ一人でやる!

 遊びはなしだ!

 殺す、殺す、確実に殺す!!!

 アーマーブレイク!

 ロックスタイル!

 切断強化!!」


ザルジドが唱えると同時に体の回りに文字が浮び上がってきた。

よく見ても何が書いてあるか理解ができない。

強引に文字におこすとすれば


 タサム ヒチ ヘシユ

 ソツネ ン"デチ ユサ

 シワ  ヒチ ツフシワ


あれはきっと魔術の詠唱時に発生するものなのだろう。

ふとローブの男を見ると、

剣を構えているザルジドを真剣に見ていた。

これから狩りをする獰猛な獣のような目をしている。

魔物は何度か見たことあるが人間型の魔物も見るのは初めてだった。

敵意をむき出しにするが、冷静にザルジド見つめている。

吸い込まれるような深紅の目、

綺麗

思わずそう口に出しようになった。

この絶望的な状況で、先ほどまで死のうと思っていたのに。

先ほどまで心が壊れていて苦しく靄がかかったようだったのに、

いまは少しだけ晴れていた。

冷静に物事を考えられるほどに


ザルジドが使用したのは魔術だ。

魔術を見るのは初めてだが、話しだけなら昔兄と一緒に魔術教本を読んだ事がある。

アーマーブレイクは敵の防御を無効化する魔術であり、

どんなに強い防具を装備してようと剣が少しでも触れれば粉砕する魔術。

ロックスタイルは自分の防具の強化である。

ちなみにアーマーブレイクを使用した剣でロックスタイルを使用した防具を切ると、

術者の力量によって結果が変わるらしい。

切断強化は私が読んだ教本には載っていなかった。

上級者向けの魔術なのだろう。

字面的に剣の切れ味を良くするような魔術だと思われる。

ああ折角、心が少しは良くなってきたのに、やはりダメか。

ローブの男は殺される。

そして私もここで殺される。


ザルジドは剣をローブの男に向け構える。

ローブの男もそれに会わせ構える。

場は静寂に包まれ、聞こえてくるのは風で木々の枝が擦れる音のみ。

戦いは始まった。


ザルジドが渾身の力で大地を蹴り突進する。

それと同時にローブの男が針の用な物を投げた。

私には軌道が速すぎて見えなかったが、ザルジドはその針を大剣で防ぐ。


カン!


剣をもう一度構え直した瞬間ザルジドが少し体勢を変えた。

ローブの男が投げた針は二本あったのだ、一本は剣で防いだが、

もう一本は鎧に当たる。


カン!


針は鎧に弾かれあらぬ方向へ飛んでいった。


「避ける意味なんてなかったな!

 クソみたいな攻撃しやがってなめてんのか!?」


突進しながそう叫ぶザルジド。

もうローブの男の目の前まで着ていた。

ザルジドは勢いに任せて剣を下ろす。

その刹那


グサッ!!


ザルジドの身動きが止まる。

大剣を掲げたまま、その場に立ち尽くす。


ゴフッ!


ザルジドが吐血した。

ローブの男と被って何が起きているのか分からず、

私は一歩右にずれる。

そこには腹に剣が刺さっているザルジドが立っていた。

ローブの男の小手からは片手剣の長さの剣が突き出ていて、

それがザルジドの鳩尾の部分を貫いていた。


「お、前、、その剣、どっから、、、」


ローブの男はザルジドの腹から剣を抜く。

ザルジドは膝から地面に崩れ落ち倒れる。


「それ、小手か手甲か分からないけど腕に装着している装備の中に、

 剣を収納できるんだね」


ローブの男は剣を小手の中に収納した。

兄がゆっくりとザルジドに近づきながら話す。

一定の距離を保つように、兄が前に出るのと同時にローブの男と私はそこからゆっくりと離れる。


「でももう使えないよ、あんな不意打ち、

 あーあ、あっけなくやられちまってお前は昔から詰めが甘い

 何が一人でやるだよ」


ザルジドを見下ろす兄、よく見るとザルジドはかろうじて息をしていた。

今から手当すれば、一命を取り留めるかもしれない。

すると兄が腰に挿しれいる長剣と短剣の二本の内、長剣を抜いた。


「お前も!

 所詮!

 クソ雑子だったか!」


目の前では異様な光景が広がっていた。

兄は吐き捨てながら、ザルジドに剣を突き刺している。

ザルジドは脊髄反射でビクビクと体が痙攣していた。

先ほどまでかろうじて息をしていたが、今は完全に命を断たれている。


「お兄様もうやまて!

 どうして、どうしてそんな事をするの!

 あの優しかったお兄様が!どうして!」


もし昔の兄がまだ心に少しでも残っているのなら、戻ってきて欲しい!

そう願って私は叫んだ!

でも届かなかった•••

兄は首を傾げている。


「あれはもうダメだ、諦めろ」


口を開いたのは私の目の前に立つローブの男だった。


「あそこま進行しちまったらもう治らない

 元々治るようなものでもないが」


淡々と男は言葉を続ける。

私には一体何を言っているのかが分からない。

進行?治る?

何かの病気を説明するような口ぶりで話すローブの男。


「ねぁねぁ話し終わったー?

 でさぁーお前のその力、何なの?

 急にザルジドの魔術が消えたように見えたんだよね

 たかだか魔物にあいつのロックスタイルを破れるわけないしなぁ

 まぁお前を殺す前に教えてよ」


軽い口調で兄が話しかけながら、剣を構える。

私は数歩後ろに下がった。

これから始まるであろう戦いの巻き添えを食らわないように。


「アイスフィールド!」

タイオム ギアチ ムヲ"オム


兄がそう唱えると兄の回りにあの変な文字が浮び上がった。


バリバリバリ!


そう音を立て、兄の足からローブの男に向かって地面が一気に凍り付いて行く。

アイスフィールド、自分の回りの地面を凍らせる魔術

魔術教本を読んだときは『自分の回りを』と記載されていたが、

兄の使ったアイスフィールドは直線に移動している。

相当な鍛錬と技術の高い魔術操作がなし得る技なのだろう。

ローブの男はそれをジャンプして避けた。

氷の道はそのまま木に当たり、一瞬にして氷漬けにした。

威力の高さが分かる。

間一髪で避けたローブの男だが、空中にいるローブの男を逃がす兄ではない。


「アイスランス!」

タイオム ヤミムネ" ミシナム


兄の回りに無数の鋭い氷の槍が出現した。

ローブの男をはそれを見るや針のような物を投げようとする。


「遅い!」


兄が剣を振り下ろすと氷の槍はローブの男に向かって放たれた。

ローブの男は空中に居るため、避ける事ができない。

あの小手に収納された剣で弾き返したとしても、

何本かは確実刺さる数の氷の槍が、ローブの男に向けられている。

そして男が放った針は、兄にはあたらず足下に刺さった。


パリン!


「な!」


兄が驚きの声を上げる。

私も驚いた。

兄が放った氷の槍が全てくだけ散ったのだ。

氷の欠片が地面にパラパラと落ちる。


「何をした!

 ええい関係ない!

 アイスランス!!」


また兄が魔術を唱える。

だが今度はあの独特の文字が浮び上がらず、

氷の槍も出現する気配がない。


「な、なんだ、なぜ出ない!

 アイスランス!

 アイスランス!!」


何度唱えようとも、魔術が発動する気配がない。


「なぜだ!貴様!なにをした!!」


焦りからか兄の額には汗が滲んでいる。

目にした事が無い程、狼狽え動揺していた。


「お前はもうダメだ、だから教えてやる

 お前は魔術の本質ってしっているか?

 魔術とは本来目に見えない精霊の力を借りて放つもの

 魔術を唱えた時に浮かび上がってくる文字は、

 お前が何をしたいかを精霊に伝えるいわば言葉だ。

 だからお前の言葉の逆を、俺は精霊に伝えた

 それだけだ」


「何をわけの分からない事を言っている!

 精霊の言葉だと!?

 それの逆を伝えるだと??

 まず魔術が使えない魔物に、どうやってそんなことができる」


「それをお前の言う必要は無い

 これは俺の努力だ

 単にそれが報われただけだ」


ローブの男が一歩ずる兄に近づいていく。


「ヒッ、ち、近寄るな!

 アイスフィールド!」

 タイオム ギア


パリン!


男が再度針のような物を投げ、兄の足下に刺さる。

それと同時に発生しかけていた魔術が砕け散った。


「お前も所詮、魔術が使えなければただの人

 お前らの言葉を借りるとすれば、クソ雑子?だったってことだ」


「な、何だお前!

 何なんだよお前は!

 来るな!来るなーーー!!」


「俺か?

 俺は、ただの、復讐者だ!」


兄が恐怖の表情に染まり必死で構えている剣を振り下ろす。


ガキン!


ローブの男は収納されている剣を出し、それを弾いた。

兄の剣は手から離れ、地面に突き刺さる。

そしてローブの男は剣をもう一度構え直し、

横に一閃、兄を斬りつける。

兄は必死のそれをバックステップで避ける。


「お兄様!」


「え?あっ」


兄のすぐ後ろは崖になっていた。

バックステップしたことにより、兄は崖へと飛んでしまったのである。

私は走った。

なぜ自分が走っているのか分からない。

だがまたしても私の本能が足を動かした。


「お兄様ー!!!」


私も崖から身を乗り出す。


あともうちょっと、あともうちょっと、

届いて!届いて!!


ギリギリのところで兄の手を掴む事に成功する。

だが私の体も半分程崖から身を乗り出している状態。

15の少女が大人の男性をひっぱり上げるのは無理がある。


分かっている、分かってはいるけど助けずにはいられない。

母を殺し、ザルジドを殺し、私を殺そうとした兄をいまでも恐怖している。

でも、それでも!


「話せルカナ!オレはお前のように弱い人間に助けられちゃいけないんだ!」


「黙ってくださいお兄様、いま引っ張り上げますから」


「辞めろと言っているんだ!

 オレはお前を殺そうとした!こんな兄を」


「それでも!それでも、あなたは私の家族であり!

 大好きな、兄ですから」


私はぽろぽろと涙を流す。

このまま、一緒に落ちてもかまわない。

私にはもう何も残されていないのだから。

兄を見ると、兄も涙を流していた。

兄の涙を見るのは初めてだ。

ああ、今日は初めての事ばかりおこる。


「そうか、そうだったな

 ルカナ、最後にお前に会えて良かった

 帰ってきてよかったよ」


そう言うと兄は腰にさした短剣を抜いて、自分の腕へと押し当てる。


「お兄様!何を!」


「ルカナ、幸せになれよ」


兄は自分の腕を切り落とした。

崖の底へと落ちて行く兄、

私は言葉にならない声で叫んだ。

喉が潰れる程の絶叫で、何を言っているのか自分でも分からない。


あとを覆うとして私も崖を飛び込もうとしたのを、

ローブの男が制止する。


「私の世界を一夜でめちゃくちゃにしといて!

 どうして最後の最後で、あんな、いつもの、優しい兄に」


涙が止まらない。

崖をのぞいても兄の姿はどこにも見えなかった。

崖の上に立っているのは私と、ローブの男だけだった。

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