僕は名乗らない
「だ、大丈夫??そんなに驚かすつもりはなかったんだけど…」
流石の腕時計でもこの驚きようには焦ったようだ。
「いてて…何なんだこいつは、初めて見たぞ」
「失礼な!言わずと知れた腕時計様じゃないか!」
どこが言わずと知れてるんだろう。
おじさんは着けていたゴーグルを外して僕の右腕を焼き付けるように見る。
「腕時計様、まずお前に名前が無いのが気に入らないな。私みたいにスーパーカッコいい名前がないと!!」
そう言いながら適当なポーズを決める。
そういえばこの腕時計の名前なんて気にした事なかったな。
いやそもそも腕時計に名前あるほうが珍しいと思うけど。
「名前なら…ある!!」
どこかの雑誌(忘れた)の効果音が聞こえてきそうな勢いの声だった。
「俺はバジだ!バジルじゃないぞ?カタカナ2文字でバジ!これからはコーマもそう呼んでくれ」
「おー!良い名前じゃないか!ってかお前はコーマっていうんだな、二人ともよろしくたのむ!」
(この腕時計、バジっていうんだ)
僕たちは互いにお辞儀し合った。
「それでおじさんの名前はなんていうんだい?」
おじさんはニヤリと笑ったと思ったら、ダイナミックに躍動ながら自己紹介し始めたのだった。
「私は決しておじさんなんかではない!」
くるりと一回転。
「この世界を救う!」
握り拳を高く上げ、
「正義の30過ぎ!」
いや、やっぱおじさんじゃないか。
「ピースライダー!!!!」
ピースライダーと名乗るやっぱりおじさんは、ピースのポーズを恥ずかしげもなく、満面の笑みで僕たちの前に魅せつけた。
凍てつく空気に乾いた風が吹く。
(とんでもない人に出会ってしまったかもしれない)
何度もそう思うのだった。