今は覚えていなくても
コーマが目にした景色はごく普通の商店街だった。
八百屋、文房具屋、どこか風情のある駄菓子屋、どれにもこれといった特徴はない。
しかし、そこを彷徨っている人間は違った。
言うなれば、自我は無くただ脳からの指令に従っている肉塊のよう。下を向いて一言も発さず歩いていたのだ。
「何なんだ、この人たちは…?」
腕時計に聞きそびれた質問のことなんて、もはや僕の頭にはなかった。目の前に広がる光景に不安と衝撃を受けている。
「ネガティブの世界の住人は、その名の通りみんなネガティブなんだ!」
「なんだよそれ…そもそもこんなところにお母さんなんているわけないじゃないか!僕のお母さんはもっと明るくて…ってあれ?」
(何で僕のお母さんが明るいって思ったんだろう?)
「…何も覚えていなかったのに」
「早速記憶が少し戻ったんだね!これもこの世界に来たおかげかな〜?」
煽るような口ぶり。
「…ったよ」
「え?」
この腕時計はまだ信用できないけど、旅をしていたら記憶が本当に戻るかもしれない。
「わかったよ」
「腕時計の言うことに、今は従っておく」
腕時計の声色がさらに高くなった。
「ほんとうに!ほんとうに!ほんとうに!?君なら分かってくれるとおもってたよー!やっぱり君は…うんぬんかんぬん…」
とりあえずはこの世界を旅しよう。
怖いけど。
不安だけど。
不本意だけど。