85 それぞれの戦い①
「ノイルさん。あそこっす」
キンタローと別れたノイル達は、死竜を操っていたエルフを倒すべく、クロウが指差す山の中腹へと向かっていた。
エルフの姿がノイルにも見え始める。中腹にいたエルフは、三人。明らかに何か焦っているように見えた。
理由は、明白である。自分達へと向かってくるノイルに対抗しようと、サンボールを呼び寄せるが一向に来る気配がない。エルフ達は、知らない。既にサンボールは、キンタローによって倒されていた事を。
焦りはするが逃げる素振りを見せないエルフ達。しかし、遂にノイルが口を大きく開く。
「ノイルさん、水流っす。あいつらの足元を削るっす」
エルフ達は、サンボールが良く見える位置を取ろうと、切り立った岩場の上にいた。そこの足元を削る……どうなるかは、一目瞭然だった。
足場を削られたエルフ達は、山の中腹から転げ落ちて行く。一人は、転がる勢いが止まらず崖へと落ちる。残り二人は止まったものの、一人は気が付けばノイルの手によって、体半分が吹き飛んだ。
最後のエルフは、それを見て首を自ら斬り自殺した。
「ぬう……まさか本当に自殺するとは。婿どのの言う通りだったな」
「本当っすね。あ! ノイルさん、落ちたエルフを確認するっす」
ノイルは、崖を確認していくと途中で首の骨を折ったのだろう。エルフの遺体を確認するとすぐにキンタローの元へと飛んでいった。
◇◇◇
「進め! 魔王様を守るのだ!! って、魔王様、前線に出ないで下さい」
トーレスの兄シーダが背後の山を利用し、丁度山と山に囲まれた場所を木の柵で結ぶように、三角形の陣を敷いてある。これで、問題は木の柵の正面だけ。まさに背水の陣であった。
ここにはエアリーズ村の村人も多数いる。
戦える者は、老人や子供を守るべくシーダ、そして皆の拠り所である魔王ゾリディアが率いる一軍に参加している。指揮を取るのはシーダ。しかし、守るべき、魔王であるゾリディアが勝手に前線に出るので、難儀していた。
ゾリディアは、自慢のライザ=ラウザの作った剣を振るう。振るう。振るう。
「ワハハハッ!!!! さあ、来い! エルフ共! 我が剣の錆にしてくれるわぁ!!」
「魔王様! せめて魔人族らしく、魔法で戦ってください!」
シーダの呼びかけも無駄で、魔王は突っ込んでいく。そして、その魔王を守るべく自然と前線が前に出る事になった。
魔人族か戦える者は、およそ三百人。今、陣を守る為残ってる百人と、魔王が率いる二百人。対するエルフの数は多くは木々に隠れ見えない。それほど多くはないように見えるが次々と現れるのでシーダは困惑していた。
「父上! あそこに魔王様が!」
トーレスと父タイナが、エルフに囲まれつつあった魔王が率いる一軍を発見する。
「うむ。魔王様を助けるぞ! かかれぇ!!」
タイナが率いていた五十人ほどの魔人族がエルフ達に突っ込んでいく。トーレスは、その戦闘を潜り抜けるように魔王の側へ走る。
「魔王様! ここは陣に戻りましょう!」
「おお! トーレス戻って来てたのか。それで、首尾はどうなのだ?」
戦闘中に聞く話ではない。しかし、トーレスはこのマイペースな魔王に慣れている。
「さぁ、撤退の合図を!」
「う、うむ! 一時、陣に戻る!! 撤退!!」
魔王率いる一軍が、囲みを破る。殿には、タイナが引き受けた。
陣とそれほど距離が離れているわけではなく、すぐにシーダと合流する。
「兄上、ご無事で」
「トーレス、戻って来てくれたのか」
シーダは安堵の表情を見せる。自分は、指揮を取るタイプではない。優秀な弟が戻って来てようやく肩の荷を下ろせると思ったのだろう。
「それで、それで。トーレスよ、ライザ=ラウザの曾孫が作った剣は見てきたのか?」
「魔王様、今はそれどころでは……」
「ええい! シーダは黙っておれ! それで、トーレスどうなのだ?」
目を輝かせながら子供のような魔王。
「それならば、まずはこの現状をどうにかしないとなりません。そうすれば、後でゆっくり御自身で確かめるとよろしいかと」
「何っ!? どういう事だ?」
トーレスは、空の向こうを指差す。魔王が視線をそちらへと向けて驚く。
「竜が二頭に!? いや、争っておるのか?」
「黒い竜の方は、キンタローさん……キタ村の村長の義父の方です」
「……はぁぁ!? 竜が義父? では、そのキンタローとやらも?」
「はい、黒い竜に乗って我らを助ける為に戦ってくれております」
トーレスにそう言われた魔王は、体の中から沸沸と沸き立つものを感じる。それは、ほとんど見知らぬ自分達を助けてくれているキンタローに触発されてなのか、それともキンタローの持つフラムの剣が見たいだけなのかは、わからない。それでも俄然とやる気がみなぎってきた。
「よし! トーレス!」
「はい」
「お前に全権を与える。見事この現状を変えてみよ」
「拝命承ります」
トーレスは、すぐにタイナとシーダを呼び作戦を耳打ちした。
「それで、トーレス。我は何処に攻めればいいのだ?」
「駄目です」
「いや、しかし……」
「駄目です。陣にいて、村人を安心させるのも魔王様の役目です」
「なんか、しばらく見ないうちに我に厳しくなったのぉ」
まるで目上に対し物怖じしないキンタローのようである。
トーレスは、キンタローに少しずつ毒されつつあった。




