69 魔人族
話は、2ヶ月近く前に戻る。
魔人族の領域のイズーリア大陸の東側の広大な森の中心。そこにある魔人族の最大の村エアリーズ。
村の最奥にある館、その一室にある大きな椅子に座る立派な2本の角を頭に生やした金髪の中年の男がいた。
その男の前に綺麗に立って整列している魔人族達。
「皆、集まったようだな」
「魔王様、緊急の用とはなんでしょうか?」
魔王と呼ばれた椅子に金髪の魔人族、名前をゾリディアと言い、魔王とは呼ばれているが国という概念は無いため、実際は王ではなく村長みたいなものである。
その魔王ゾリディアと同じ年くらいの銀髪の中年の魔人族が質問した。
「うむ、タイナ。それは、そなたの息子であるトーレスが話そう」
「トーレスが……ですか?」
銀髪の中年の魔人族タイナの隣にいた、同じく銀髪の美形の青年が一歩前にでる。
「トーレス、またお前か……今度は何をしでかしたのたのだ?」
「そう言ってやるなタイナ。そなたの息子は、中位魔族だが、幼き頃から聡明で、幅広い知識とその発想力に驚かされる」
中位魔族。魔人族は、10歳時点での角の大きさで、上位、中位、下位と3つのランクに振り分けられる。魔力を貯める触媒の角は、大きければ良いとされ、エアリーズ村には上位の魔人族が住み、ほとんどの中位と下位の魔人族は、他の村に住んでいる。
タイナ家は、貴族みたいなもので、代々魔王に仕えてきた名門だった。タイナや長男であるシーダは上位だが、次男のトーレスは中位だった。
トーレスの母、つまりタイナの妻が中位だった影響もあったのかも知れない。トーレスの母は、トーレスが10歳になる前に、産まれたばかりの弟と共に行方知れずになっていた。
「はぁ……確かにそうですが。トーレス今度はなんだ? また船を作るのか?」
「父上、船はもうほぼ完成しております。今回は別の話です」
タイナは、呆れ気味な態度に対しトーレスは堂々と答える。
「うむ、トーレス。話をしてくれ」
魔王の言葉に、頭を下げてトーレスが話を始めた。
「まずは、魔人族の領域は高い山脈と幅広い大河であるバルト川、そのバルト川に続く大きなバルト湖。この3つにより他の種族は、入って来れません」
魔人族の領域の西側にあるバルト川とその川を南に下った所にあるバルト湖によって、キンタロー達が住む東側の人々の侵入を防いでいた。
「唯一、湖の畔と山脈に挟まれた街道がありますがそこには、下位魔族が住むソルト村がございます。ご存知の通り魔人族の領域に入るにはソルト村を経由しなければなりません」
トーレスは、手に持っていた簡易な地図を広げながら説明を続ける。
「ですが、ソルト村と中位魔族の住む村サトとの間の街道で、エルフが度々盗賊紛いのことをしている報告が入っております。エルフは森の中を得意としており捕縛には至っておりません」
トーレス以外の魔人族達がざわめく。エルフは、ほとんど交流を持たない。そんな種族が自分達の領域に入り、盗賊行為をしている。不気味な雰囲気が部屋に漂う。
トーレスの話は、続く。
「最近では、エアリーズとサトとの街道においても、同様な報告が来ております。しかも、その内2件は抵抗した跡もなく、上位魔族が殺されています」
更に部屋の空気が重くなる。自分達と同等の上位魔族がエルフに殺される。それは、いずれ自分も……と思わずにいられなくなった。
「それで、トーレス。エルフは、森の中だと見つけるのは困難だ。どうするつもりだ?」
タイナがトーレスに聞く。トーレスは、目を瞑り考えるふりをする。策はあった。
しかし、それは今までの慣習を崩す事になる。
トーレスは、目を開けた。
「魔王様、ここより遥か東にキタ村と言う獣人が住む村があるのはご存知でしょうか?」
「もちろん、知っておる。あそこの商会の商人にも会った事もある。確か……ジャン……だったか?」
「はい。その商会の従業員の話だと、キタ村、いえキタ村を中心に東側は大きく変わったと。何でもドワーフと獣人が手を組んで、村を発展させたらしいのです」
またもや、魔王の前に整列している魔人族達がざわめき出す。しかし、魔王が静かにするように右手を前にやる。
「トーレス、我にもわかったぞ。我々も手を組めと言うのだな」
魔王の発言に、再びざわめきが起こる。しかし、長年他と交流をしてこなかった魔人族は、問題が起こっても魔王の言う事だけを聞いてきた。
トーレス以外魔人族達は、魔王に意見を言う事はなかった。
「は、魔王様。それに、キタ村が変わったきっかけは、エルフと1人の少年だそうです。ですので、エルフに対する手段も何かあるかと思われます」
「ふむ、我は少年の方が気になるのぉ。トーレスの事だ、何か知っておるな?」
「は、その少年が現在のキタ村の村長をしていると。他には……ああ! 何でもあのライザ=ラウザの曾孫を娶ったとか。それに、ライザの逸品にも引けを取らない剣を婚約の証として貰ったとか」
魔王は、それを聞いて立ち上がり叫んだ。
「その剣、見てみてぇぇぇぇぇ!!」
魔王は、ライザ=ラウザマニアだった。
◇◇◇
数日後、トーレスは親書を持ちタイナと兄のシーダと共にバルト川の近くに来ていた。魔王は、トーレスを使者として任命し、本日出発となった。
「トーレス、お前とんでもない物を作ったな」
シーダか見上げる先には、大きな帆船があった。
「兄上、作ったのは僕ではないですよ。親方達が、頑張ってくれたんです」
「トーレス様ー! そろそろ、出発しますよー」
作業をしていた魔人族がトーレスを呼ぶ。
「トーレス、気をつけていけよ。何せ、バルト川を船で渡るなんて、初なのだからな」
「わかりました。父上も兄上もお元気で」
トーレスは、船にかかった梯子をつたい、甲板へと上がる。
「風は、どうです?」
「へぇ、東側に向かって強い風ですね」
トーレスが、船員に風向きと強さを聞き、指示を飛ばす。
「上の帆は、閉じてください。それと、風向きに対して帆を垂直に受けない様にしてください。帆が破れてしまいます」
船を繋いであるロープを全て外し、船は風を受けてゆっくりと動き出す。
トーレスは、キタ村のキンタローに魔人族の使者として、2ヶ月近い旅をした。




