3 サイレントベアー~鉛色の暗殺者~
鉛色の暗殺者と書いてサイレンサーと読む……ことにした。
《サイレントベアー》──イズーリア大陸の南東部にある森に住む、灰色の熊型の魔獣である。
種族名ではないが、広囲の探知能力と高レベルな気配断ちにより、いつの間にか側に近づかれる事から、人族が付けた総称である。
実際は温厚で、危害を与えようとしなければ自らは襲わない。
同じく森に住むエルフとは、お互いに脅威に思っており、問答無用で襲ってくるエルフに対しては、先に襲うこともある。
特性として、家族を大事にしており出産は母熊だが、子育て、授乳に関しては父熊がおこなう。
◇◇◇
数日が過ぎ、八雲は今日も今日とて父の乳にしゃぶりついたあと、ヨロヨロと父熊の膝から降りる。
味は悪くない。
寧ろクセになる味だ。
また飲みたくなる衝動と乳が父のである衝動に、毎日揺らいでいた。
今、八雲は洞穴の壁を掴み力を込めて立ち上がり、最近の日課になっているスクワットをしている。
八雲には3頭の子熊の兄弟が出来た。
初めは区別が付かなかったが、3頭それぞれ、性格が違う。
八雲がここに初めて来た時、舐めて八雲を起こした子熊は兄貴肌で、八雲の面倒を良く見てくれる子熊。
八雲の手をしゃぶっていた子熊は非常に甘えん坊で、だいたい睡眠時も含め八雲を舐めている。
最後の1頭は遊んでいる時以外は常に眠そうにしている、のんびり屋。
スクワットを始めた理由は、のんびり屋の子熊にある。
最初見た時に、洞穴の壁に逆さまにもたれているほどの寝相の悪さ。
初日の睡眠時、子熊達は一番幼い八雲を、囲むようにして寝ていた。
案の定、寝相の悪い子熊が寄って来る。それを避けようとするが、手をしゃぶってる子熊が、がっちり腕をホールドしていて動けない。
辛うじて呼吸だけは確保したが、3頭に挟まれる形で一睡も出来なかった。
◇◇◇
次の日は、前日に奇妙な形で潰れている八雲を心配して、母熊が一緒に寝てくれた。
しかし、どうやら寝相の悪さは母熊譲りらしく、巨体が、自分に向かって倒れこんで来た時は死を覚えた。
辛うじて火事場のくそ力とでも言うのか、なんとか回避出来たものの、ただただ恐ろしかった。
動けない事は死に直結する。そう思いスクワットを始めたのである。まずは、歩けるように。
寝場所も、元の場所の方が呼吸さえ出来れば、マシだと戻すことにした。
◇◇◇
『父ちゃん、コイツも遊びに連れってていいかな?』
スクワットを始めてから数日経った頃、兄貴肌の子熊が父熊に聞く。
『構わないけど、川より向こうに行っちゃ駄目だぞ』
『『『ハーーイ』』』と返事をしながら3兄弟は八雲を背中に乗せて、洞穴から飛び出してく。
『最近、あの子ずっと変な動き繰り返すから心配してたけど、発散すれば治るだろ』
父熊が独り言を呟いた。
◇◇◇
その日の夜八雲は洞穴の天井を見ながら(明日からスクワット、倍だな)そう心に誓う。この日、3兄弟は川辺でお互いに水をかけ合い、遊んでいた。
八雲も動けはしないが、時折自分にかかる水飛沫の冷たさに気持ちよくなる。
3兄弟は夢中で遊びに遊んだ。
そして夢中になり過ぎて、結局八雲を忘れた。
(夕日、キレイダナー)
遠い目をしながら茫然としていると父熊と、父熊に怒られた3兄弟が迎えに来る。
勿論、ますます変な動きを繰り返す八雲に、ますます心配になる両親だった。
◇◇◇
1ヶ月ほどが経ち、八雲は立てるまでになっていた。
こんなに早く立てるのは、スキルの恩恵である。
《足腰強化》─ 足腰の強化に補正がかかる。老後は安泰。ぎっくり腰無効。
一見使えないかと思われたスキルだが、足腰の強化に補正がかかる。つまりは1鍛えれば10強化される。
あれ以来、遊びに出て流石に忘れて帰られる事は無くなっていた。
しかし、背中から振り落とされる事17回。木の上から落とされる事2回。10mくらいの崖から落ちる事1回。
八雲は、結構な目に遭うが、かすり傷はあるものの、怪我らしい怪我は無かった。
これもスキル《衝撃耐性》の恩恵である。
八雲は喋る訓練もコッソリとしていた。
とにかく会話がしたい。
そして自分を家族として迎えてくれたお礼を言いたかった。
恩恵など無いため、なかなか上手くは喋れないが、片言ながら少しづつ上達してきている。
やはり『父さん』『母さん』と初めて呼ぶ事が喜んでくれるだろう。
少し照れ臭そうに明日の事を思いながら眠りについた。
◇◇◇
『助けて~~~~~!! 死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃう~~~~!!!』
八雲のこの世界での初めて発したのは悲痛な叫びだった。
読んでくださりありがとうございます。
※まだまだ勉強中です。誤字脱字がございましたらご報告ください。