2 家族~ある日、森で出会ったのは熊さんでした~
ダダダ……しかしやくもはにげられなかった。ってお話
イズーリア大陸──広大な森林を囲むように高い山脈が連なったこの世界には、様々な種族が暮らしている。
獣人、エルフ、ドワーフ、妖精族、魔人族、そして魔獣。
国という概念は無く、村や街などに同一種族で纏まって暮らしていた。
◇◇◇
ある日、魔人族達の住む街の一つは、ちょっとした騒ぎになっていた。
生まれたばかりの赤子と母親が、行方不明になったからである。
赤子には本来魔人族にはあるはずの角がなかった。
母親は、従来捨てられるはずの赤子を偲びなく思い、共に街から出ていったのである。
◇◇◇
1ヶ月ほど経ったある日、魔人族の領域より遥か西の森の中から物語は始まる。
うずくまって倒れている女性を、側に立ち見下ろす者達がいた。
『赤子?』
女性は赤子を守るように、抱き抱えて亡くなっている。
『父ちゃん、この子まだ生きてるよ』
◇◇◇
転生を終えた八雲は、身体に感じる妙な浮遊感で、気持ち悪くなり意識を取り戻す。
(うぷっ、気持ち悪ぃ……)
ゆっくり目を開けてみる。
自分の視界に入った紅葉のような手を見ると、本当に転生したのだと自覚する。
(マジかぁ……それにしても……)
八雲は、未だ感じる妙な浮遊感の正体が、自分の身体を揺らしている事に気付く。
どうやら、誰か自分の服の襟の部分を持って歩いてるみたいだ。
(もうちょっと丁寧に扱ってくれよ……)
抗議でもしようと、まだ動き辛い首を上にあげ、相手を見てみる。
そして、すぐに視線を戻した。
(ええ? 赤ん坊だから目が悪いのか?)
八雲は相手に気づかれないように、再度見上げてみる。
──くま──
八雲は目を擦り、相手を見る。
──クマ──
八雲は相手をジッと観察する。
下顎から上へ突きだした狂暴そうな牙。全身灰色の毛むくじゃら。何故か二足歩行だが、その両手に持つのは八雲と、鹿っぽいぐったりした生き物。
──熊──
(あれぇ、もしかしてオレ、エサか?)
『父ちゃん、この子目を覚ましたみたいだよ』
熊の肩口からもう1頭熊が顔を出してきた。
アルメイダが最後に言ったあの言葉を思い出される。
『20年は頑張って、生きてくださいね』
(5分も経ってないよ。超ハードだよ)
八雲は、そのまま気を失ってしまった。
◇◇◇
八雲は顔が濡れて、その冷たさで意識を取り戻した。
(冷たぁ……ていうか! 臭っ! 獣臭っ!!)
慌てて起きると、顔を舐めている子熊の顔が視界に入り、お互いに目が合う。
『母ちゃん、こいつ起きたよー』
洞穴の奥から2頭の親熊が出てくる。
『あぁ、良かった。急に意識が無くなるもんたから、心配したよ』
(そうですか、そうですか。それは大変、ご迷惑おかけしました。それじゃアッシはこの辺でおいとましすね)
誤魔化しながら、その場を去ろうと身体を動かすが上手く動かせない。
顔を舐めたのとは別の子熊が、八雲の手をがっちり固定し、寝ボケながらしゃぶってる。
元々、今は赤ん坊なので喋れるはずもないし、ジタバタと手足を動かしているだけに過ぎないけど、その姿を見た母熊が八雲を優しく抱き上げる。
そして、手にくっついていた子熊を引っぺ剥がすと、膝の上に乗せた。
『私たちの言葉がわかるとは思えないけど、何かの縁だからね、あんたは私たちの家族になるんだよ』
母熊が優しく語りかける。
八雲は口を開け呆けるが、そこで初めて重要な事に気付く。
(はっ! 熊が喋ってる!!)
母熊の言葉に混乱するも、その目はとても優しく、本当に自分を家族として迎えてくれるつもりなのだと不思議に信じる事ができた。
『まぁ、言葉も通じないし、信じろと言っても無理があるね』
母熊に言われて、首を横に振り否定する。
『ん? もしかして私たちの言葉がわかるのかい?』
今度は首を縦に振り肯定する。
『おお! 父ちゃん、父ちゃん。この子、魔獣の言葉がわかるみたいだよ。凄いねぇ、この子は。こんなヒト族は初めて見たよ』
母熊に頭を撫でられながら、照れ臭そうにし、胸が少し温かくなるのを覚える。
前の人生を含め、母親に頭を撫でられた事などなかった。
父熊、母熊、顔を舐めてた子熊、手をしゃぶってた子熊、そして今、洞穴の壁に逆さまにもたれて寝ている子熊の五頭が、八雲の新しい家族になった。
『じゃあ、そろそろご飯にしようかね』
母熊がそう言うと、八雲を父熊に渡し、奥から鹿っぽい生物を取って来て、子熊の兄弟たちに分けだす。
八雲は、父熊の膝の上で対面に座り固まっていた。
『いっぱい飲みなさい』
固まった八雲に、父熊が、自分のお乳を差し出して、咥えさせる。
イヤイヤと抵抗するが、悲しいかな赤子の習性なのか、気持ちとは裏腹に勝手に吸い続けてしまう。
何か大事なものを失った気分になり、八雲の頬に一筋の涙が流れた。
お腹が膨れ、父の乳から離れる。
ゲフーッとゲップをしながら自力で膝から降りると、そのまま、悲しさのあまり泣き崩れた。
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