96 終戦
クマゴローは薄れゆく意識の中で、自分のせいで泣いているキンタローを見ていた。
あの時、まだキンタローが幼いとき、二度と泣かせまいと誓ったにも関わらず、自分のせいで泣いている。それが、その誓いだけが、クマゴローの意識を繋いでいた。
しかし、それも限界に近い。途切れる意識の中、クマゴローは夢を見る。クマゴローの近くに流れる川の対岸に四人の人影が。片腕のない背丈の高い男性と更に背丈の高い女性、その側には男の子と女の子が。声は聞こえない、しかし帰れと言っている気がする。見覚えはない、しかしどこかで見た気がする。そんな中クマゴローは涙を流していた。理由も分からない、ただその四人を見た瞬間に涙を流していた。
“あの子には、まだあなたが必要。だからこっちへ来てはいけない”
どこかで聞いた懐かしい声が頭に響く。思わずクマゴローは『母ちゃ──』と声にならない声で叫んだ瞬間に意識が戻った。
『クマゴロー!!』
突然キンタローに抱きつかれ、頭が混乱する。ここはクマゴローの倒れた森の中ではなく、見覚えのある部屋。体の痛みを押して手を見るとグルグルに巻かれた包帯が。ようやく、この部屋がキンタローの部屋で自分は生き残ったのだと理解したのだった。
自分の周りにはキンタローだけでなく、駆けつけたトーレス、フラムやアンリエッタ、ニナが。
『キンタロー。戦争はどうなったんだ?』
『終わったよ、クマゴロー。話によると、あの光の竜巻が消えた途端にエルフは逃げ出したらしい。恐らくクマゴローが倒したエルフがリーダーだったのかもしれない』
戦争が終わったと聞いて、そしてまだ自分はキンタローの側に居られると安堵する。しかし、プギーやアンリエッタも大怪我をしており、戦争の爪痕の大きさを思い知る。
『取り敢えず、クマゴローはゆっくり休んでくれ。それから……』
キンタローは、照れくさそうな顔をして『生きていてくれてありがとう』そう呟いた。
◇◇◇
「あーん、です。ぶひっ」
プギーは今、口を大きく開けて今か今かと待ち続けている。キンタローがおかずをスプーンで掬うとプギーの口に入れてやった。
「もぐ……あぁ、キンタロー様にこうして“あーん”をしてもらえるとは、プギーは今最高に幸せです。ぶひっ」
右手を失い、食べにくそうにしていたプギーを見て、キンタロー自らが介助を買ってでたのだが、プギーの功績を考えるとフラムもアンリエッタも文句はない。ないのだが、何故かいちいち言動に腹を立ててしまう。
「キンタロー様、キンタロー様。次は私が“あーん”をして差し上げます。ぶひっ」
「いや、お前の分なんだし、オレはいいよ」
「まぁまぁ、そうおっしゃらずに。はい、“あーん”ぶひっ」
プギーは左手でスプーンにおかずを掬うと、キンタローの口元に差し出す。
「……左手で、食えるんじゃねーか!」
プギーの頭を平手打ちし、キンタローは席を立っていく。プギーには呆れたものだと、フラムもアンリエッタもその場を去っていってしまう。
「あーん、もう少し堪能したかったのに。ぶひっ」
プギーは全く懲りていない様子だった。
◇◇◇
「キンタローさん、魔王様がお待ちです」
「トーレス。別に、もうキンタローでいいよ。兄弟なんだろう?」
トーレスは突然のキンタローの発言に目をパチクリさせて、耳を疑う。しかし、聞き返す事はなく軽く笑みで応えた。
「おう、魔王のおっさん。遅くなって悪いな」
「くくく、構わんよ。あと、我は魔王辞めたし。一応魔人族の代表ではあるがな」
一番驚いたのはトーレスである。全くそんな話は聞いておらず、魔王に問いただす。
「お主、我の側にほとんどおらんではないか! トーレス、お主クビだ、クビ。キンタロー、トーレスを好きに使ってやってくれ」
「まぁ、トーレスは役に立つし、もらえる者はもらっておくよ」
こうしてなし崩し的に、トーレスはキンタローの側近となる。後々、トーレスはキンタローにとってもかけがえのない側近となっていく。
「でだな、我も含めて魔人族をこのキタ村に住ましてはもらえぬか? もちろん、復興の手伝いはしよう」
「ああ、人手足りなくて困っていたんだ。歓迎するよ、魔王のおっさん」
「いや、だから魔王は辞めたんだが……我の意向完全無視か!」
こうして魔人族もキタ村の住人となり、復興に尽力して貰えることとなったのである。
『坊主、みんな戻ってきたぞ』
協力してくれているサイレントベアーが、家の窓越しに話かけてくる。
キンタローは、サイレントベアー達に一つ頼み事をしていたのだが、その報告がやって来た。
キンタローの頼み事。それは、“逃げるエルフを尾行しろ。もし見失ってもその場所に印をつけて覚えとけ”というものだった。
サイレントベアーからの報告を受けたキンタローは、トーレスに主だった者を集めるように指示した。
「さぁ、これから反撃だ!」
これで第8章は終わりです。
次回から最終章に突入します。
最終章 金と神と不運 に続く。




