95 それぞれの戦い 結末編
「プギーっ!!」
「婿どの! あれを見るのだ!!」
ノイルの背中から降りようとしたキンタローは呼び止められ、ノイルの視線を追う。そこには見たことのある、光の竜巻が。
キンタローは、すぐに行きたい衝動をグッとこらえて、プギーの元に駆けつける。すぐに着ていたローブを破り、右手の傷から流れる血を止める為、上腕部分をきつく縛った。
「はぁ……き、キンタロー様……見てくれてましたか……何とかエルフを……はぁ、はぁ。ぶひっ」
「ああ、プギー。よくやった、これで皆、助かるはずだ。だから、お前も死ぬな!」
目も虚ろで、呼吸も荒くなって苦しい筈だが、プギーは笑顔を見せる。
「やったぁ……キンタロー様に誉められました。目標果たしちゃいました……あとは、キンタロー様に叩かれるだけが……心残りかなぁ。ぶひっ」
「相変わらずだな……そんなもん後で幾らでも叩いてやるよ。だからまずは傷を癒せ」
「本当ですか……言質取っちゃいましたよ。ぶひっ」
キンタローは強く頷くと、プギーの目が大きく見開き立ち上がる。
「やったぁ、やりました。念願のキンタロー様からのお仕置きが頂けます。ぶひっ」
先ほどまでの様子が嘘かのように、跳びはねながら喜ぶプギー。キンタローの顔が徐々にひきつっていく。
「おい。どういうことだ、説明しろ」
「ふふーん、右手はともかく背中は、まぁこれを見てください。ぶひっ」
徐に服を脱ぎだすプギー。周りの獣人たちは、その胸に目をやるが、キンタローはその下に注目する。
「コルセット?」
「ふふーん、キンタロー様に、腰の括れを見て頂く為に常に着けております。しかも、背中には姿勢を良くするために鉄板入りです。女中長として当然の事ですわ。ぶひっ」
公共の場でいきなり脱ぐプギーの神経も分からないが、右手は痛くないのかと問う。
「ふふーん、こんなものキンタロー様から頂ける痛みに比べたら屁でもありませんわ。ぶひっ」
恐るべしは、プギーの性癖である。未だに流れる右腕からの血をペロリと一舐めするプギーは、妖艶というよりただただ不気味だった。
地面に落ちていたプギーの鞭を拾い上げると、プギーの鼻めがけて振るう。
「ぶひいっ! あぁん、まずは一発頂けましたわ。このあと幾らでもと言質も頂きましたし、これからが楽しみでしょうがないです。ぶひっ」
「言質……そうだな、ここにいる全員が聞いていたものな。よし、消すか!」
腰の剣を抜き冗談めかして言うが、キンタローの目は本気だった。
獣人やサイレントベアー達、ノイルも全員聞いていないと言わんばかりに首を横に振る。
ジャンは流石で既に目を瞑り、耳を塞いでいる。戦闘中なのに、それはどうかと思うが。
◇◇◇
プギーを村の中へ運び入れるよう指示を出し、サイレントベアー達の所に行くと、キンタローが最初に協力を求めたサイレントベアー一頭を残し、何か指示を出す。
「親父さん、エルフを徹底的に叩き潰せ! もうすぐ、ニナが魔人族を連れて来るはずだ! 協力して根絶やしにしてしまえ!!」
そうノイルにも指示を出したキンタローは、サイレントベアーに跨がり村の中へと戻っていく。
『クマゴローの匂いわかるか?』
『ああ、あの嬢ちゃんな。任せろ』
クマゴローの匂いを追っていくと、向かう方角はやはり先ほどの光の竜巻のあった方角。キンタローは嫌な予感を背中に感じながらクマゴローの無事を祈るばかりだ。
「あ~、キンタローなの~」
途中でゴルザ達と一緒にいるミカンを見つけると、速度を緩める事なく、そのまま手でミカンを捕まえた。
「あ~~~れ~~~、なの~~!」
あっという間にミカンを連れ去ったキンタローを見てゴルザとキンコも唖然とした。
「ミカン、クマゴローはどうした?」
「わからないの~、やることが出来たって、どっかにいっちゃったの~」
ミカンを懐へ入れると目でサイレントベアーに合図を送りスピードを上げさせた。
『もうすぐだ! しかし、これは……』
クマゴローの匂いに近づくにつれ、血の匂いも強くなる。キンタローには血の事は話さなかったが、薄々キンタローも気づいていた。
『クマゴロー!!』
真っ先に視界に入ったキンタローは、サイレントベアーから飛び降りクマゴローへと近づき、倒れているクマゴローを見て顔を蒼く染めた。
『しっかりしろ! クマゴロー!!』
耳元で叫ぶと、ピクリと体が反応する。しかし、全身血だらけで、特に右腕の損傷が酷かった。何があったのかはある程度予見出来たがキンタローは確認の為、辺りを見回すと一人のエルフがうつ伏せで倒れていた。そのエルフは背中にまで穴が開き絶命しているのがわかる。
『うっ……き、キンタロー。お、オレはやったぞ……』
『動くな、クマゴロー。ミカン、サイレントベアーを連れてゴルザにクマゴローを運ぶ用意をしてもらってくれ!』
『わ、わかったの』
ミカンもクマゴローの信じられない姿に小さな体を震わせながらも、ゴルザの元へと向かった。
キンタローは上半身の服を脱いで破ると、特に酷い右手に括りつけると、クマゴローがこれほどの傷を負わせた相手を確認するためにエルフの遺体を蹴って仰向けにする。
顔を確認したキンタローは、クマゴローが本当に一人でけりをつけたのだと。一人でやった事に、ちょっと残念ながらに思いもした。
◇◇◇
クマゴローは光の竜巻に飲まれる瞬間、エルフの位置を確認する。
エルフは魔法を使う度に、いちいち立ち止まって使用していたのを見逃していなかった。
クマゴローの目前にあのエルフがいる。その事に気づいていたクマゴローは、腕さえ竜巻を越えれば届くと確信を持っていた。
それからのクマゴローに躊躇いなど一切無かった。
勢い良く振りかぶり渾身の一撃を竜巻に叩きつける。クマゴローの手は腕は、血飛沫が舞い、毛も飛んでいく。皮を切り、肉を切り裂く。その間はほんの一瞬。
エルフは、竜巻から突然現れた手に驚く間もなく、爪が胸に突き刺さった。
その威力は竜巻で弱まる事はなく、エルフの胸から背中まで一気に貫く。エルフが倒れると同時に竜巻は、かき消されて中から血まみれのクマゴローが倒れてきた。
次で今章は終わりです。
次章は、最終章になります。