92 それぞれの戦い。プギー編
プギーは正門に向かい駆け出す。女中用のスカートを捲り、動きやすくして。
プギーにとってこの村は故郷である。その故郷を脅かすエルフは許せるものではないのだが、それはプギーにとっては些細な事。百あれば、その内の一でしかない。先ほどフラムに言ったキンタローに褒めて貰いたい。これは本音だ。しかし、それ以上に守りたかったのだ。
初めてその気持ちになったのは、シルビアが生まれた時。キンタローに仕えた当初はキンタローにしか目が行っていなかった。
しかし、シルビアが生まれ可愛がるキンタローを見て、いつの間にかキンタローの周りにいる多くの“家族”の一人に自分が入っている事に気づいた。
だから守る。愛するキンタローが愛する人達を、シルビアを。
◇◇◇
走り続けるプギーの目の前に、門が見え始める。既に門は開いており、押し込まれつつある。ジャンが門の上で投石機でエルフの後続を抑えてはいるものの、門の上にそして、村の中に入れまいと猛獣の獣人族が門のすぐ前で奮戦しているが、既に十数人ほどしか残っていない。
門近くに到着したプギーは、鞭を持って猛獣の獣人族達で混戦になっている場所へと再び走り出す。
プギーの持つ鞭は、特別製で7m近く長さがある。もちろんキンタローにぶって貰う為にプギーのお手製だ。
その鞭を振るうと、一人の獣人を襲っていたエルフの頬に入る。混戦の隙間を縫ってピンポイントに。プギーは器用で父親譲りに身体能力も高い、何より如何にキンタローにぶって貰うかを研究、実験している間に自分が鞭を自由自在に操れるようになってしまった。
しかし、所詮は鞭である。ましてや7mの長さだと距離は出る分、威力もない。乗馬用の鞭などは肉を裂くことも可能なのだが。プギーもそんな事は重々承知である。目的は、ダメージではなく邪魔をする事。
案の定、先ほど叩かれたエルフは一瞬怯み、その間に獣人に殺された。
プギーは攻撃を仕掛けようとしているエルフを集中的に狙いをつける。弦を伸ばし矢を放たんとしている所を矢に向けて、鞭を振るい矢を叩き落とす。そうなれば、ただ腕を伸ばしたエルフに過ぎない。躊躇なくそのエルフのがら空きの胸に、獣人の剣が一突きで入る。
魔法を撃とうして手を伸ばすエルフには、目を狙い鞭を振るう。飛んできた鞭に反射的に目を閉じて、目標を見失うし、魔法を中断してしまう。
十数人しか残っていなかった猛獣の獣人達も、自分の間を縫い飛んできた鞭の意味を理解し、徐々にだが押し返してくる。
門の上からプギーに気づいたジャンだが、こちらも声をかける余裕はない。
ようやく門の外にまで押し返したのだが、ここに来てエルフの意識が変わる。
「危なっ! ぶひっ」
自分に向けて飛んできた矢を躱すプギー。明らかに自分を狙って来たものだと理解する。エルフは、女一人大したことないと高を括っていたのだが、プギーを厄介と認識しだしたのだ。
しかし、プギーの身体能力はエルフより高く、矢を射ても鞭で叩き落とされ、魔法は獣人や投石機を撃つ人達からも警戒され満足に撃てずにいた。
その身体能力の高さ故に、再度エルフ達の認識を改める事になる。プギーを完全に邪魔者、コイツがいては遅々として前進出来ないと、集中的に狙われる。
無数の矢は全てを叩き落とせず、捲っていたスカートを掠め、スカートがほどける。急に長くなったスカートに足を取られたプギーは、態勢を崩し右肩に捌ききれなかった矢を受けてしまう。
「くっ……これぐらい! ぶひっ」
右手から左手に鞭を持ちかえ、すぐに立ち上がるがエルフが前方から迫ってきていた。
「プギーさんを守るのです!」
門の上から檄を飛ばすジャン。獣人達が我先にと、エルフとプギーの間に入る。躊躇したエルフ達の上空から石が集中的に降ってくる。
石雨が止み、獣人達、そしてプギーも乱戦に参加する。鞭捌きは、利き手でなくとも衰えない。しかし、振るう度に右肩の矢傷が痛む。エルフ達の認識は変わっておらず、執拗にプギーを攻め立てる。全ては捌ききれず、傷を増やしていく、プギー。
「はぁ……はぁ……ま、まだよ。まだやれる。ぶひっ」
プギーにも疲れが見え始めた、その時。暗くなった? と、その場にいた全員が思った瞬間、多くのエルフが踏み潰された。
キンタローとサイレントベアー達を乗せたノイルだ。
彼らを見た全員が、ホッと一息をついた。ジャンも、プギーも。
「────!!」
プギーは、ノイルの背中から叫ぶキンタローが見えた。しかし、その声はキンタロー達の登場により沸き立つ喚声により聞こえない。プギーは、自分に向かって叫ぶキンタローの声を聞くために前に一歩出た。
「──後ろだ! プギーっ! 避けろぉ!!」
そう聞こえた瞬間、プギーの背中にナイフが、飛んできた魔法が右肘から下を斬り落とした……