89 虚しい終戦
「なるほどな、オレとトーレスは兄弟で、おっさんはオレの父ってことか。おっさんの最後のあの反応は、そう言う意味か」
腕を組みをし、しばらく目を瞑って考えていたキンタローが目を開ける。
「トーレスには悪いが、オレの兄弟はクマゴローだし、親はクマゴローの両親だ。それは変わらない」
「はい。僕もそれでいいと思います。ただお礼は言わせてください。兄上は残念ながらキンタローさんが弟だと知らずに逝きましたが、父上は逝く前に知る事が出来ました。ありがとうございます」
トーレスは、後悔していた。何故、もっと早くに話さなかったのだと。話す機会はいくらでもあったのにと。
後悔先に立たず。
切り替えるしかない。兄シーダが自分の命を賭して守ってくれた意志を守るためにも。
トーレスの顔つきが変わった事に安堵したキンタローは、タイナの遺体の側に行き、その手に件のナイフを握らす。
今思うと、このナイフは母親がキンタローの身元を明らかにする為のものだったのかもしれない。長くキンタローと共に年月を重ねたナイフは、元々の持ち主の所に帰っていった。
◇◇◇
遺体の多くは陣営に持ち帰った後、その場所に埋める事になった。同じ眠るなら、この土地で一緒の方がいいだろうとの配慮だ。タイナ、シーダも同じように埋葬する。
トーレスはノイルとクロウを借り、魔人族の村の様子を見て回る。どの村の農作物も家も壊滅な状態で、とても復興をすぐに出来る状態ではなかった。
特に下位魔族が住むソルト村。陸路で魔人族の領域に入るにはこの村を通るしかなく、関所の役目を果たしている為か相当暴れたのだろう。家屋は、最早建物の形を成していない。多くの遺体と瓦礫しか残っていなかった。
中位魔族が住むサト村、上位魔族が住むエアリーズ村も似たような状況で、辛うじて数人の生き残りをクロウが見つけたに過ぎなかった。
陣営に戻ったトーレスは、魔王に状況を報告すると共に移住の提案をする。一部の魔人族から反対意見は出たものの、現状を打破する提案を出せと、キンタローに詰め寄られ何も言えなくなった。
陣営から、船で移住させる為にバルト川沿岸に移動を始める。まだエルフがいるかもしれないと、最大限に警戒しながらの移動は、二日ほどかかった。
生き残った魔人族は約五百人。三千人いた魔人族の六分の一だが、船には一度に百人ほどしか乗れない。ノイルが引っ張っても往復で一日かかってしまう。その間、隠れるところの無い沿岸で、ノイル無しに魔人族を守らなければならないのだ。
「キンタローさん、どうしますか?」
「どうもこうも、ないだろう? 三日かかってもやるしかないだろうが」
船を安定させる為に船底にある石を取り除き、空いたスペースに人を乗せれば、二百はいけると以前トーレスは話をしていた。
それでも三日。キンタローが見た夢の事もある。一日でも早く戻りたかった。
先発二百人を移動させるため船底の石を全員で捨て始める。船が軽くなる分、どんどん船底に人を入れていく。少ない食料と水を詰め込み、ノイルは船を引っ張りながら出発した。
ノイルの背には、魔王が乗っている。初めは最後まで残ると言い張った魔王だが、閉鎖的な種族である魔人族を安心させるのも魔王の役目だと、トーレスに説得され先発で出発する事になった。
◇◇◇
結局第二便を送り届けても、エルフは襲ってくることはなく、船底に再び石を運び込み、今から最終便が出発する準備をしていた。
しかし、却ってそれが不気味な印象を与えた。ノイルもおらず、残っているのは約百人ほど。狙うには絶好の機会にも関わらず、エルフの気配すら感じない。
「キンタローさん、これは……」
「確かに嫌な予感がする。キタ村が心配だな」
出発の準備が終わり、キンタローとクロウはノイルの背中に、トーレスは船に乗り出発する。ノイルは今までで一番速く飛んで船を引っ張っていく。これで最後だ。船が痛んでも構わないと言わんばかりに。
案の定、半ば辺りを過ぎた頃、船底に水が入ってくるようになる。百人による懸命な掻き出しをしていくが、進むに連れて大きくなっていく。
「婿どの! 対岸が見えた!」
キンタローがノイルの背中から確認する。
「あと少しだ……」
お構い無しにグングン進んでいき、船底だけではない、船全体が軋み始める。キンタローは今度はノイルの背中から、河底を確認すると、浅瀬に入っていく所だった。
「トーレス! 今だ!」
キンタローの叫び声に答え、トーレスは指示を飛ばす。
「縄を切ってください!! それと全員衝撃に備えて下さい!!」
一人の船員がノイルと繋がっていた縄を切ると、飛んでいた速度がグンッと上がりキタ村へと飛んでいく。
一方、トーレスの船はノイルに引っ張られ、そのままの勢いで浅瀬へと突っ込んでいった。
船底を削る音が鳴り響く。物凄い揺れから身を守るべく周りの者も何かしらに捕まる。船の底は浅瀬に当たり削れて勢いも消えていく。辛うじて沿岸に乗り上げると、とうとう傾き始め、遂には船は横倒しになる。
クロウがその様子を確認しキンタローに伝えた。一先ず安堵すると、前だけを見てキタ村を目指して飛んで行った。