87 決着と後悔
「皆、魔王様を守るのだ!」
シーダの合図で、先頭で暴れる魔王を守るべく中位魔族で構成された部隊を進めるが、魔王は更に前に行く。
トーレス率いる本隊も、この救援で態勢を立て直したが、やはりどのエルフが魔法を使うのか、見極められず犠牲者が増えていく。
「父上は、大丈夫だろうか?」
トーレスは、指示を飛ばしながらも遊撃で走る父タイナを心配する。
タイナの遊撃部隊は、タイナを含めて五人まで減っていた。
魔法を使うエルフを見つけては、奇襲をかけるのだが、初めは上手くいっていたものの、エルフも対応してきている。何より、どこから湧くのかエルフの数が余り減らないのだ。
数が中々減らない事はトーレスも感じていた。救いなのは、やはりそれほど魔法を使うエルフの数が多くない事と、魔法が限定的であることだ。
魔王の方も、徐々にエルフも対抗してきており、前へと進めなくなってきていた。
誰もがこの現状を変えたいと願った時、戦場に影が落ちて暗くなる。
何事かと、エルフを含めて多くの人が空を見上げた時、一瞬で理解出来た。
その影は、エルフ達が固まっていた場所へと森の木々を踏み倒し落ちてくる。
「親父さん、やれ!」
その言葉を発されると同時にトーレス達の頭上に何かが一瞬で通り抜けると周りの木々が倒れていく。
「キンタローさん!」
影の正体は黒き竜のノイル。トーレス達の頭上を通ったのはノイルの尻尾だった。
エルフ達の動きが止まる。目の前に現れた黒き竜に態勢を崩され瓦解し始めた所にトーレスの号令で、散り散りになったエルフを蹴散らしていく。
エルフも魔法を使おうとするが、その度にノイルの尻尾が飛んでくるは、奇襲は受けるはで儘ならない。
隠れたくても森はノイルに踏み潰され、倒れた木に隠れようとしても、ノイルの上からキンタローやクロウに丸見えだった。
身を隠して、魔法や弓矢で攻撃するエルフにとっては一気に劣勢になり森の奥へ奥へと逃げていく。それでも目が抜群にいいクロウにとっては無駄な事で、クロウの視界に一瞬でも入ってしまうと、ノイルの魔法が飛んでくる。
こうしてキンタロー達の参入で、魔人族は助かる事となった。
◇◇◇
「大丈夫か、トーレス?」
ノイルから降りてきたキンタローは、真っ先にトーレスに話かける。しかし、キンタローの声に反応したのはトーレスではなかった。
「おお! お主がキンタローか。は、早くその剣を見せてくれ!」
「あぁん!? なんだよ、おっさん。オレはトーレスと話してるんだよ。あっち行け、シッ、シッ」
虫を追い払うかの様に、冷めた目でキンタローは追い払おうとする。青ざめたのはトーレスと側に来ていたシーダだ。
「き、キンタローさん! あの、この方が魔王様です。魔王ゾリディア様です」
トーレスは耳打ちするが、キンタローは益々不機嫌になる。
「あ? だから、どうした? 魔王だったら人が話しているのに突然割り込んでいいのかどうかわかれ」
再び、虫を払う仕草をする。しかし、これは単なる八つ当たりだった。
キンタローが不機嫌な理由は、ノイルの妻サンボールを操っていたエルフ達に腹を立てており、またそのサンボールを自らの手で殺した事への腹いせに過ぎなかった。
当の魔王はと言うと、特に不機嫌になる訳でもなく高笑いをしている。流石にトーレスもどうしたものやらと困惑していると、父タイナが戻ってくる。
高笑いをする魔王に不機嫌そうな表情のキンタローに、トーレスとシーダが右往左往している姿を見た、タイナは思わず吹き出す。
事情を聞いたタイナは、益々可笑しくなってくる。特に優れた才は無いが人当たりも良く、礼儀正しい嫡男のシーダ、頭の良さ回転の速さは今まで自分が会ってきた人物で随一の才のトーレス。優秀な二人の息子が、右往左往して困惑させるキンタローに興味を抱いた。
「あ、キンタローさん。紹介します。こっちが父のタイナ、魔王様の側にいるのが兄のシーダです」
トーレスに紹介されたタイナとシーダは、丁寧に礼をすると、思わずキンタローも頭を下げてしまった。
「魔王をしているゾリディアだ」
キンタローが頭を下げている隙に側に来て、握手を求めてくる。流石にこれは、無視できない──が、キンタローはスルーしようとして、トーレスと目が合う。
「…………キタ村の村長のキンタローだ」
トーレスの顔をたててやり、握手を返してやると、魔王は、ニヤッと笑いキンタローの肩を抱き寄せる。
「で、ライザ=ラウザの曾孫が作った剣は、それか?」
懲りない魔王に、キンタローはジト目で返してやるが、大きなため息と共に剣を抜いて渡した。
そこで、キンタローは気づく。柄にはフラムが装飾した「大好き」の三文字を。
「おおお! これは凄い!」
魔王は柄には一瞥もせず、鞘を抜くとその出来に驚いた表情をする。
「凄いではないか、キンタロー。ライザ=ラウザの剣と遜色ないぞ!」
ガハハといつになく豪快に笑う魔王は、キンタローの背中を叩く。
「それに、この柄の装飾から愛を感じるぞ。素晴らしい装飾だ!」
しっかり見ていた魔王にキンタローは、残っていたナイフの柄に手をかけるが、トーレスが首が取れるのじゃないかと思わせる位、横に振るので止めた。
そんな魔王とキンタローのやり取りの最中、トーレスは内心どうすべきか悩んでいた。キンタローに、父や兄に事実を話すべきなのか、それともまだ早いのか。
トーレスはその悩みの決断を、今この場でするべきだったと後悔する事になる。
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