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桜舞う日々の中で

作者: ひふみん


――桜が散る季節になると、あの日々のことを想い出す――



それは、遠い昔の日々の出来事


もうあの子のことはほとんど思い出せない


思い出せるのは、ただ一つ、庭に咲いていた満開の桜のことだけだ


あの女の子


顔は思い出せない


名前は知らない


だけど、あの日々の記憶は、確かに私の中にある


あの子が、一体何処から来たのか


あの子は、一体何処に行ったのか


それは、今となってはもう分からない


だが、もう一度あの日々に戻れるのならば、きっと言おう


―――あのとき、言えなかった言葉を―――


◇◇◇


 さわりと、風が吹いた。


 穏やかな太陽の光に、暖かな空気。


 季節は春を迎えて、とある民家の縁側に一人の少年が座っていた。


 少年は縁側から足を投げ出して、その足を所在なさげにブラブラと揺らしていた。太陽の光を遮ってできた影が、足を揺らすたびにフラフラと揺れた。


 少年は何をするでもなく、ぼーっと縁側に座っていた。ただ、庭にある一本の木に視線を向けていた。


 少年が見ているのは、桜の木だった。


 庭の一角に植えられているその桜の木は、葉に薄い桃色の蕾を付け始めていた。風が吹くたびにその葉がふわりと揺れて、少年に風を送ってくれる。


 しばらく桜を見つめていた少年だったが、次第に首がカクリカクリと前に傾き始め、それに合わせて瞼が閉じ始めた。そして、首を前に倒したまま、少年は動かなくなってしまった。しばらくするとすーすーと微かな吐息が聞こえてきた。少年は眠ってしまったようだ。


 それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 時間はゆっくりと流れ、桜の蕾が風で揺れる音ばかりが、流れていた。静寂が、その庭にはあった。


 その時だった。



―― 一陣の強い風が吹いた ――



 その風は、今まで吹いていた穏やかな風とは正反対の、乱暴とも言える風だった。その風に、少年の髪の毛は逆立ち、着ていたTシャツが乱暴にはためいた。


 少年は、ハッと目を覚ました。そこで、ようやく自分が眠っていたことに気付いた様子で、口元を拭うと、キョロキョロと辺りを見回した。



「    おはよう        」



 声が、響いた。


 突然の声に、少年は驚いてその声の方を見つめた。


「……」


 そこには、一人の女の子が立っていた。


「おはよう。目は覚めた?」


 女の子は、ずっとそこにいたかのように、少年に話しかけてきた。


 それは、白いワンピースを着た可愛らしい女の子だった。大きな眼が印象的なその子は、さっきまで少年が見ていた桜の樹の傍で立っていた。風が吹くと、腰くらいまで伸びている黒髪が、太陽の光を浴びてつやつやと輝いてふわりと舞った。歳は少年と同じくらいなのだろうが、どこか大人びて見える。


 少年は、目の前の女の子をしばらくじっと見つめた後で、ようやくコクリと頷いた。


「気持ち良かった?」


 女の子は、続けてそんなことを言った。少年は、一瞬戸惑った様子で辺りをキョロキョロと見回したが、女の子に視線を戻すと、再びコクリと頷いた。


「それは良かった」


 そう言って、女の子はにっこりと笑顔を浮かべた。その笑顔は、何となく天使を連想させた。


 しばらく静寂が流れた。女の子は、じっと少年を見つめたまま、桜の傍で立っている。一方、少年はまだ目の前の女の子に戸惑った様子で、視線を所在無げにふらふらと漂わせている。


 そんな空気に気まずさを感じたのか、少年は恐る恐る女の子に視線を向けると、口を開いた。


「……君は、だれ?」


 その少年の問いかけに対して、女の子は静かに答えた。


「分からない」


 女の子の返答は、ただそれだけだった。しかし、これは決して「拒絶」されているわけではないと、少年には分かった。


『この女の子は、本当に分からないんだ』


 なぜだか、素直にそう思えてしまった。


 だから、少年もそれ以上の質問をすることなく、「そっか」と短く答えた。


 女の子は、そんな少年の反応に、またにっこりと微笑んだ。


「ねぇ、また明日も遊びに来ていい?」

「……?」


 それは、少年にとっては少し不思議な申し出だった。


 まだ、太陽は真上に昇ってすらいないような時間だ。遊ぶとしたら、むしろ今からの時間のはずなのに、女の子は「明日遊びに来てもいい?」と聞いた。


『どうして、今からじゃないの?』


 そう言おうと、口を開こうとした。


 ところが、


「……あれ?」


 そこには、もう女の子の姿はなかった。あるのは、たださっき見つめていた桜の木だけだった。


 少年は何度も瞬きを繰り返し、目を擦った。しかし、やはり女の子はもうどこにもいなかった。


 少年は、小さくため息を吐きだして呟いた。


「……夢かな」


 そして、少年は再びゆっくりと目を閉じた。するとまた、すーすーという寝息が聞こえ始めた。


 庭には、桜の葉が揺れる音と、少年の寝息だけが流れていた。


ーー


 次の日、少年が縁側で桜を見ていると、またそこに女の子が現れた。


「おはよう」


 女の子は、昨日と同じ挨拶をした。


 その女の子に対して、少年はすぐに挨拶が返せなかった。


「……おは、よう」


 少年は、驚きを隠すこともできずに、何とか挨拶だけを返していた。


 そんな少年の様子に、女の子は昨日と同じように静かに微笑むと、視線をすぐ傍にある桜の木に向けた。


 桜の蕾は、順調に開き始めている。ここ連日、暖かい気候が続いているおかげで、桜の開花は順調だ。あと数日もすれば、あの綺麗な花を咲かせてくれるだろう。


 女の子は、再び視線を少年に戻した。


「待っていて、くれたの?」

「えっ?」


 女の子の問い掛けに、少年は一瞬戸惑った。驚きの表情を浮かべたその顔はとても間抜けで、思わず女の子に笑われてしまった。


「ふふふっ」


 女の子は、口元を隠して小さく笑った。その姿はとても上品で可愛らしく、少年は思わず顔を赤らめた。


「……私を、待っていてくれたの?」


 女の子は、笑ったまま繰り返した。


 赤い顔を隠すためか、少年は頭を掻くと、女の子からそっと視線を外した。そうして、しばらく視線を彷徨わせた後で、静かに頷いた。頬っぺたはまだ赤いままだ。


 女の子は、短く「そっか」と言って笑顔を浮かべると、少し首を傾げて少年を見つめた。その目は、無邪気そのものだった。


「じゃあ、遊んでくれるんだよね?」


 女の子の言葉に、少年はゆっくりと顔を上げて、女の子を見つめた。女の子は、笑顔を崩すことなく、優しく少年を見つめている。


 少年は、ゆっくりと頷いた。


 すると、女の子はますます明るい笑顔を浮かべた。


 その表情に、少年は思わず顔を逸らしてしまった。そして、照れを誤魔化すように今度は少年が質問をした。


「……何して、遊ぶの?」


 少年の問い掛けに、女の子は答えなかった。その代わりに、視線を再び桜に向けた。一体、何が気になるのか、桜の蕾をじっと見つめている。


 そんな女の子の様子に、少年は優しく言った。


「桜は、花が咲いた時が一番きれいだよ」


 そして、視線を同じく桜へと向けた。


「うちの庭にある桜も、もう少しで咲くと思うよ。そしたら、この庭はもっともっときれいになるよ」

「でも、桜は、咲いてもすぐに散っちゃうんだよね」


 女の子は、呟くように言った。


 その声に、少年は視線を女の子に向けた。


 女の子の顔は、どこか淋しげだった。これまで、少年の前では笑顔しか見せなかった女の子が見せる、初めての表情だった。


 そんな女の子の様子に、思わず少年も頭を垂れた。


「……うん、そうだよね」


 だが、少年はすぐに顔を上げた。


「でも……」


 そして、言った。


「散っていく桜も、僕はきれいだと思うな」


 少年の言葉に、女の子はゆっくりと顔をそちらに向けた。その顔は、どこか驚いた表情を浮かべている。


 少年は、照れ隠しのためか、視線を女の子から逸らして続けた。


「僕は、桜がたくさん降っている道を歩くのが好きだな。確かに、咲いている桜はきれいだし、散っちゃうのは淋しいけど、降ってくる桜の雨も、きれいだと僕は思うよ」


 恥ずかしさのためか、少年の頭は段々と下がっていき、それに合わせて声も段々と小さくなっていってしまった。


 そんな少年の様子に、女の子は「ふふっ」と笑みをこぼした。


「『桜の雨』か。すてきな言い方だね」


 女の子の言葉に、少年はゆっくりと女の子に視線を向けた。


 女の子は、満面の笑みで少年を見つめていた。


「そうだね。私もそう思うよ」


 その笑顔は、とても優しげだった。


「『何して遊ぶの?』だったっけ?」


 女の子は、先程の少年の質問を繰り返した。


 少年は、コックリと頷いた。


「お喋り」


 女の子は、短くそう答えた。


 その答えに、少年は戸惑いを見せた。


「おしゃべり?」


 まるで、初めて聞く言葉を繰り返すように、その言葉を繰り返した。


「そう、お喋り」


 少年の戸惑いを知ってか知らずか、女の子は同じ言葉を繰り返した。無邪気な笑顔だけがそこには浮かんでいる。


 少年は、しばらく女の子をじっと見つめてから、僅かに顔を下げて言った。


「うん、いいよ」


 それは、とても小さな声だったが、女の子にはちゃんと届く声だった。


「僕も、君と、おしゃべり、したいな」


 そして、少年は初めて笑顔を浮かべた。


 二人は、それから長い間話を続けた。空腹も、喉の渇きも、時間も忘れて、ただ喋り続けた。少年は、縁側で座りながら、女の子は桜の傍で立ったまま、喋り続けた。


 時間は、あっという間に過ぎた。


 太陽が夕日へと色を変えた。眩い陽光を受けていた桜の木が、今は夕日の光を浴びて、どこか幻想的に揺れていた。


 女の子が、ふっと視線を夕日に向けた。


「もう、日が沈んじゃうね」


 その言葉に、少年も視線を夕日に向けた。そして、驚いた表情を浮かべた。


「ああ、本当だ」


 少年は、じっと夕日を見つめて、不思議そうな表情を浮かべている。


「気付かなかったよ」


 それほどまでに、少年にとって、この女の子との会話は楽しいものだった。


 ずっと、お喋りしていたい。


 少年は、純粋にそう思っていた。


 だが、女の子は微笑みを浮かべて少年に告げた。


「じゃあ、私そろそろ行くね」


 そして、女の子は笑顔を浮かべた。


 「子どもは、夕暮れになったら帰らなくてはいけない」。そのことを、少年はもちろん知っていた。これ以上いると、女の子のお母さんが心配してしまうだろう。だが、少年は淋しそうな表情を隠すことができなかった。


「もっと、おしゃべりしたい」


 少年は、それだけを言って、俯いてしまった。


 そんな少年の様子に、女の子は言った。


「また、明日遊びに来るから」


 その声に、少年はゆっくりと顔を上げた。


「本当に?」


 少年の問い掛けに、女の子は笑顔で答えた。


「うん、本当に」


 そして、女の子はゆっくりと手を上げ、

「だから、ばいばい」


 と、笑顔で少年に手を振った。


 少年は、そんな女の子を少し見つめてから、同じように手を上げた。


「……うん、ばいばい」


 そして、手を振った。


 女の子は、ニッコリと笑顔を浮かべ、昨日と同じようにどこかに行ってしまった。


 少年は、振っていた手をゆっくりと下ろした。すると、そのまま縁側で横になってしまった。


 しばらくすると、少年の寝息が庭に流れてきた。


ーー


 それから、女の子は毎日少年の家の庭に来るようになった。そして、二人は毎日お喋りをするようになった。


 少年は、いつも同じ時間に縁側に腰を下ろし、じっと桜を見つめ、女の子もいつも同じ時間にその桜の傍に現れた。


「おはよう」

「おはよう」


 挨拶を交わしてから、二人のお喋りは始まった。


 少年は家族のことをよく話し、女の子は昔行ったことのある様々な場所の話をした。後は、庭の桜があとどれくらいで咲くか、という話ぐらいだった。


 お喋りの内容は、とても他愛ないものばかりであった。けれども、二人はとても楽しそうだった。少年が家族のことを話せば、女の子はそれを楽しそうに聞いて、少年が面白いことを言えば、女の子は手を叩いて笑った。女の子が様々な場所で見た色々なものの話をすれば、少年は目を輝かせてその話を聞いて、その場所に関して様々な質問をした。その質問に、女の子は丁寧に答えた。


 そんな時間が、二人にとってはとても楽しかった。何をするわけでもなく、ただお喋りをしている。そんな時間だったけど、二人にはそれで十分だった。


 女の子は、いつも必ず桜の傍にいた。決して、そこから離れようとせずに、そこに立って少年とのお喋りを続けていた。


 何度か、少年がそんな女の子を心配して、「座ったら?」と声を掛けることもあった。だが、そんなとき女の子は決まって首を横に振って、「私は、ここにいたいの」と答えていた。


 縁側と桜との僅かな距離。だが、この距離が少年にとっては、どうしようもなく遠いものに思えていた。


 二人のお喋りが始まって数日後のこと、桜の蕾も大分開きだして、そのうちのいくつかはもう花を咲かせている。


 その日も、天気はとても良く、気持ちの良い日だった。


「ねぇ、一つ聞いてもいいかな?」


 女の子は、桜に身体を凭れ掛けて、そう切り出した。


「うん?どうしたの?」


 突然のことに、少年は目を丸くした。


「君は、どうしていつもここにいるの?」


 その質問に、少年はますます目を丸くして、頬を染めた。


「どうして、って・・・」


 少年は、ゆっくりと顔を俯けて、しばらく黙ってしまった。しかし、女の子がじっと黙って少年の返答を待っているのを知ると、照れながら小さな声で言った。


「君と、会えるから・・・」


 少年は、顔を俯けたまま、顔を耳まで赤く染めた。


 ところが、そんな少年の返答に、女の子は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それからくすりと笑みを浮かべた。


「ふふふ、違うよ」


 女の子の思いがけない言葉に、少年は「えっ?」と声を上げた。


「私は、こう聞いたの。『どうして、君は外に出ないで、ずっとここにいるの?』って」


 女の子は、分かり易く質問を変えた。


 勘違いだったと知った少年は、そのことに改めて顔を赤くした、だが、すぐに顔を俯けてしまった。そして、落ち込んだ表情を浮かべた。それは、これまでの「照れ」とは全く違うものだった。


 しばらく、沈黙が続いた。会話が途切れてしまった庭には、桜が風で揺れるさわさわという音だけが流れていた。


「……言いたく、ないの?」


 ずっと俯いている少年に、女の子は優しく声を掛けた。少年は、しばらくじっとしていたが、ゆっくりと頷いた。


「そっか。言いたくないのか」


 女の子は、そう言った。


 少年は、『この子に嫌われてしまったかもしれない』と思った。せっかく、これまで楽しくお喋りをしてきたのに、この会話でその流れを止めてしまった。その原因は、間違いなく自分にある。だから、『嫌われてしまった』と思った。


 ところが、次に女の子から掛けられた言葉は、少年にとって意外なものだった。


「……じゃあ、仕方ないよね」

「えっ?」


 少年の目が、驚きで丸くなった。


 女の子は、さして気にも留めない様子で少年を見つめていた。


 そんな女の子の様子に、少年はただ驚きの声を上げた。


「……聞か、ないの?」


 ところが、それに対して女の子は「ふー」とため息をついて答えた。


「君が言いたくないなら、私はそれ以上聞かないよ。だって、君を嫌がらせることなんて、言いたくないから」


 女の子は、まるでそんなことは当たり前だよと言っているかのような、きっぱりとした言い方で言った。それが、少年には嬉しかった。


 少年は、安心したような笑みを浮かべて、ほっと息をついた。


「……うん、ありがとう」


 少年は、そうして視線を僅かに下げた。


「だったら、僕も君の嫌がることは聞かないようにするよ」

「えっ?」


 少年の言葉に、今度は女の子が驚く番だった。


 その反応に、少年は苦笑を浮かべた。


「だって、僕ばっかりが言いたくないことを言わないなんて、ふこうへいでしょ?だから、僕も君が嫌だと言ったら絶対に聞かない。約束するよ」


 そして、少年は顔を上げた。


 女の子は、まだ驚いた表情を浮かべたままだったが、ゆっくりと表情を柔らかくしていった。


「うん、ありがとう」


 そして、笑顔を浮かべた。


 その笑顔を見たときに、少年は思った。


 この笑顔が見たかった。


 確かに、そう想った。


ーー


 数日後、雨が降った。


 ここ連日、気持ちの良い晴天が続いていたために、その日の雨はそれまで溜めていた分を全て吐きだすかのように、よく降った。


 これまで、風が優しく桜を撫でる音や、二人の話し声しか聞こえなかった庭に、今日は乱暴に桜を揺らす風の音と、乱雑な雨の音ばかりが鳴っていた。


 それでも、少年は縁側に顔を出した。


 少年は、当然女の子は来ていないと思っていた。女の子は、どういうわけかいつも桜の傍に立って、そこを離れようとしなかった。それが、あの子のいつもの習慣だった。


 だが、今日はこんなにも雨が降っていて、風も強い。とてもではないが、わざわざここに来て、いつものようにお喋りをするような天候ではない。


 だから、来ないと思っていた。


 ところが、


「えっ?」


 少年は、庭を見て驚きの声を上げた。


 そこには、いつものように女の子が立っていた。


 傘も差さず、いつもの桜の傍で、肩を濡らして立っていた。どれくらいそうしていたのか、女の子はもう全身ずぶ濡れで、その長い黒髪からは雨露がポタポタと滴り落ちていたし、着ている白いワンピースは、雨に濡れて体に張り付いていた。


 女の子は、じっと桜を見つめていた。


 桜も、女の子と同じように雨に濡れていた。もう八分ほど咲いてきている花からは、雨露が滴り落ちていたそれが、そのときの少年には「桜の涙」のように思えた。


 女の子は、桜を見つめたまま、じっと動かなかった。髪の毛を伝って雨露が顔に流れ落ちてきても、それを一切気にすることなく、桜だけを見つめていた。


 少年は、慌てて声を上げた。


「何しているの!」


 それは、普段の少年からは想像もできない、大きな声だった。


 その声に、女の子がゆっくりと少年に視線を向けた。


 そして、女の子はどういうわけか、笑顔を浮かべた。


「桜を、見ているの」


 女の子は、笑顔のままで言った。


「……なっ!」


 その言葉に、少年は目を見開いて言葉を詰まらせた。


 一体、この子は何を…


 驚きしか、なかった。


 少年は、裸足のままで庭に飛び降りた。自分の体が雨に濡れることも、足が泥で汚れることも構わず、女の子の元へ駆け寄った。


 そんな少年を、女の子は不思議なものを見るような眼で見つめていた。


「家に、入ろう!」


 少年は、縁側を指差して言った。その指が、雨で濡れていく。


 しかし、女の子からの反応はこれも予想外のものだった。


「……駄目」


 女の子は、短くそう言って、首を横に振った。


 その返答に、少年はまた唖然とした。


「な、なんで?」

「私は、ここにいないといけないの」


 女の子は、淡々と言った。


「なんで?」


 少年は、同じ質問を繰り返した。もう、少年の体もずぶ濡れだった。


 少年の質問に、女の子は答えなかった。視線を、再び桜へと向けると、そのまま静かに桜だけを見つめ始めた。


「……言いたく、ないの?」


 数日前に、女の子から言われた言葉を、今度は少年が言っていた。


 女の子は、それに対しても答えようとせずに、ただ桜だけを見つめていた。


 少年は、小さく息を吐き出した。


「……約束、したもんね」


 少年は、小さく呟くと、僅かに視線を下げた。髪の毛を伝って、雨露がぽたりと地面の水たまりに落ちた。


「君が言いたくないことは、僕も聞かないよ」


 女の子は、まだ桜を見つめたままだった。


「でも、」


 少年は、ぐっと顔を上げた。その目は、強い意志を持って、女の子の横顔を見つめていた。


 少年は、手を伸ばして、女の子の腕を掴んだ。少年の行動に、女の子は驚きを隠そうともせずに、少年を見つめた。


 少年は、女の子の目を見つめて言った。


「聞かないから、家に入ってよ」


 少年の目から、雨の雫が流れ落ちた。


「お願いだから、家に入ってよ」


 女の子は、驚きの表情を浮かべたまま、少年を見つめていた。だが、男の子は視線をその目から外そうとはしなかった。


「僕は、君がここで濡れているのを黙って見ているなんてできない。だから・・・」


 少年の顔が、次第に俯いていった。


「だから……」


 そして、声も次第に小さくなっていった。


 それから、しばらく二人の間には沈黙が流れた。少年は、俯いたまま、じっとして動かない。女の子は、そんな少年を見つめたまま、動かない。


 雨音ばかりが、辺りには流れていた。


 そして、


「………た」


 ふと、声が聞こえてきた。


 それは、微かな声であったが、その声に少年は顔を上げた。


「えっ?」

「……分かっ、た」


 確かに、女の子はそう言った。雨音で掻き消されそうなほど、その声は小さかったが、確かに少年にその声は届いていた。少年は、顔を綻ばせた。


 少年は、女の子の手を握って、縁側まで連れてきた。女の子を縁側に座らせると、少年はそのまま家の中へと戻って行った。


 しばらくして、その手にタオルと服を持ってやってきた。


「ごめん、僕の服しかないんだけど……」


 申し訳なさそうに、少年が言うと、女の子は静かに首を横に振った。


「ううん、十分だよ」


 女の子は、少年が差し出すタオルと服を受け取った。


「ありがとう」


 そして、女の子は満面の笑顔を浮かべた。その笑顔に、少年は慌てて視線を逸らした。


「じゃあ、僕ちょっとまだ持ってきたいものあるから、着替えていて」


 そう言って、少年は逃げるようにしてまた家の中へと戻って行った。女の子は、言われた通りにタオルで髪の毛を拭いてから、少年の持ってきた服に着替えた。サイズは、ぴったりだった。


 少年は服を着替えて、その両手に二つのマグカップを持って戻ってきた。


「ホットミルクだよ」


 少年は、一つのマグカップを女の子に渡した。女の子は、それを両手で抱えるようにして受け取ると、ふっくらとした笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 そして、ふーふーと息を吹きかけてから、一口飲んだ。


「温かくて、美味しい」


 女の子の声を聞いて、少年も自分のマグカップに口をつけた。


「本当だ」


 そうして、二人で顔を見合わせると、お互いににっこりと笑い合った。


 雨は、降り続いた。


 だが、そんな中でも二人は、お喋りをした。縁側で、お互いにマグカップを持ちながら、お喋りを続けた。


 雨音が、とても心地よく流れていた。


ーー


 翌日は、この上ないほどの快晴になった。


 庭には、昨日の雨の名残として、あちこちに水溜りができていたし、庭にある草木もいまだに雨露に濡れているものがあった。


 そんな中で、一際目立つ綺麗なものがあった。


 満開の桜だった。


 昨日、あれほどまでに冷たい雨が降り続いていたにも関わらず、庭の桜は、今満開の花を咲かせていた。


 その色彩は、どのように表現すればいいのだろうか。


 ピンク色、桃色、薄紅色。


 どの名称も、この花には似合わない。


 桜色。


 その名称のみが、この花を形容していた。自身の名前を付けた色彩こそが、目の前にあるこの花の形容には相応しい。


 他のどの名称も当てはまらない、独自性を持った花は、ただ綺麗だった。絶対的な美しさのみが、その花にはあった。


 少年は、しばらくの間その花の美しさに魅了されていた。それは、女の子が来たことにも気付かないほどのものだった。


「おはよう」


 女の子は、いつもの挨拶を掛けた。


 それで、ようやく少年は女の子に気付いた。


「ああ……おはよう」


 少年は、慌てて挨拶を返した。


 その様子に、女の子はいつものように純粋な笑みを浮かべた。


「桜、綺麗?」


 女の子は、短く問い掛けた。だが、それに対して少年は返答することなく、ただじっと女の子を見つめていた。


 女の子は、とても綺麗だった。


 服装は、これまでと同じ白いワンピースだった。昨日は、雨に濡れて体に張り付いていたその服も、今日は太陽の光を反射させて輝いている。風に吹かれるたびに、ふわりふわりとはためいていた。


 顔も、別段変わったところはなかった。これまで、少年が見ていた女の子と全く違うことのない可愛らしい顔で、いつもと同じように立っていた。


 だが、いつもと違っていた。


 今日の女の子は、純粋に「綺麗」だった。それが、今まで少年が可愛いと見ていた女の子との決定的な違いだった。今日の女の子は、綺麗と表現するのが、一番相応しかった。


 だから、少年はただ戸惑っていた。


「……隣、座ってもいい?」


 女の子が、静かに言った。


 その声に、少年はようやく我に返った。


「うん、いいよ」


 少年の声は、どうしようもなく、小さくなっていた。


 女の子は、微笑みを浮かべて桜の傍を離れた。太陽の光を全身に受けた女の子は、やはりとても綺麗だった。


 女の子は、少年の隣に座ると、すぐに少年の横顔を見つめた。だが、少年はその顔を見返すことができず、ただじっと目の前の桜だけを見つめていた。


 また、風が吹いた。


「ようやく、満開になったね」


 女の子も、視線を桜へと移した。


「うん」


 少年は、少し顔を俯かせてから頷いた。


「この桜も、あとは散っちゃうだけだね」

「えっ?」


 それは、予想だにしない言葉であった。


 少年は、思わず女の子に顔を向けた。女の子は、それを待っていたかのように、優しげな笑みを浮かべて少年に顔を向けた。女の子の顔を正面から見つめて、少年は一瞬ドキリとした。


 しかし、そんな少年に対して、女の子はただ少年の目を見つめて淡々と言葉を続けた。


「前に、言ったことがあったよね。桜の花は、満開になったら後は散っちゃうだけだって」


 少年は、ゆっくりと頷いた。


「あのとき、あなたは、散っていく桜も綺麗だ、と言ってくれた。確かに、そうかもしれない。そうかも、しれないけど……」


 そして、女の子はふと少年から視線を逸らした。


「私は、やっぱりそれがどうしようもなく淋しい」


 それは、少年が久しぶりに見た女の子の笑顔以外の表情だった。


 どうして、そんな淋しそうな表情をするの?


 そんな風に、声を掛けたかった。


 女の子は、視線を桜へと向けた。


「どうして、生命というものは、それぞれでその長さが違うのかな?」


 その横顔を、少年はただ見つめていた。


「桜の花だけじゃない。蝉の一生や蛍の一生も同じようなものだよ。大人になるために、何年も何年も頑張って、それで大人になって、だけど、そうしてようやく大人になれたっていうのに、その期間っていうのは、本当にすぐに終わってしまう。人間のように、何十年もその生命を紡いでいけない」


 女の子は、そこまで言って、また顔を俯けてしまった。その横顔からは、どうしようもない淋しさだけがあった。


 女の子の言っていることは、少年には難しすぎた。


 だが、少年は思っていた。


 何かを、言ってあげなくちゃいけない。


 そう、思っていた。


「……でも、綺麗だよ」

「えっ?」


 少年の言葉に、女の子の驚きの声が上がった。女の子は、ハッと少年に向き直った。少年は、強い視線でその女の子の目を見つめ返していた。


 そして、少年は言葉を続けた。


「ひとに比べたら、他の生き物のいのちは、短いものかもしれない。でも、その分、そういうものってとてもきれいじゃないかな」


 少年は、視線を桜へと移した。


「いのちが短い生き物は、その短い時間の中で、その一生を頑張って生きなくちゃいけない。それって、とっても大変なことだと思うんだ。ひとは、長く生きられる。でも、そのいのちの中で、本当に頑張って生き続けることってできるのかな?でも、いのちの短い生き物は、それをやっている」


 一陣の風が、吹いた。少年の頬を、女の子の頬を、撫でて吹きぬけていく。


 少年は、また女の子に視線を戻した。


「短いいのちの中でだから、セミも、蛍も、今僕たちが見ている桜だって、こんなにきれいだよ」


 そして、少年はその顔に満面の笑顔を浮かべた。


「そういう、ものなんじゃないかな?」


 少年は、ただ無我夢中で言葉を紡いでいた。浮かんできた言葉を何とか繋げて、覚えたばかりの難しい言葉なども使って、紡いでいった言葉だった。だから、少年自身も自分の言葉の意味を全て理解していたわけではなかった。


 ただ、この子に何かを伝えたかった。


 あるのは、ただそんな想いだけだった。


「……あなたは」


 声が、流れた。


 それは、優しくて温かい女の子の声。だけど、今はその声の様子がどこか違う。


 女の子は、泣いていた。


「どうして、そんなに優しいのかな?」


 女の子は、そう言って顔を覆ってしまった。


 そのまま、泣き続けた。少年は、そんな女の子を、ただ見つめていた。その目には、純粋な優しさだけがあった。


「………行きたく、なくなるよ」


 女の子の呟きが、少年に聞こえていたかどうかは分からない。


 ただ、一陣の風が通り過ぎて行った。


 それに乗って、桜の花びらが一枚、舞った。


ーー


 桜が散ってしまうのは、本当に早い。


 数日前にようやくその綺麗な花を咲かせてくれたと思った桜の花は、もう散り出していた。風が吹くたびに、その風に乗って桜の雨が庭には降りしきっていた。その光景は、ただ純粋に綺麗だった。


 少年は、そんな桜を縁側でただじっと見つめていた。


 その隣には、同じくじっと桜を見つめている女の子の姿がある。


「もう少しで、桜も散っちゃうね」


 女の子の声が、静かに響いた。


 少年は、ただ頷くことしかできなかった。


「うん」

「これから、季節はまた変わっていくね」


 それに対しても、少年はただ頷くだけだった。


「うん」

「……ねぇ」


 女の子の声に、少年はそちらに顔を向けた。そこには、静かな微笑みを湛えた女の子の表情がある。


 その表情を見たとき、どうしてだろうか。


 少年は、



 次の言葉を聞きたくない。



 そう思った。


「ねぇ」


 女の子は、もう一度、言葉を繰り返した。今度は、少年の目をじっと見つめて、言った。それは、まるで何かを確認しているかのようだった。


 そして、女の子は言った。


「私がいなくなったら、あなたはどう思うのかな?」


 そのとき、強い風が吹いた。乱暴な強い風が吹きつけてきて、引き戸をガタガタと鳴らし、少年と女の子の服をはためかせた。桜の花びらが、少年たちに降ってきた。


 二人は、しばらくお互いに黙って見つめていた。


 女の子は、微笑みを浮かべたまま、少年を見つめていた。


 少年は、ただ驚きで目を丸くし、女の子を見つめていた。


 そんな時間が、長く続いた。


「………だ」


 先に、視線を逸らしたのは、少年だった。


「……そんなの、嫌だ」


 それは、どうしようもなく零れてくる拒絶の言葉だった。


「そんなの、嫌だよ」


 少年は、もう一度女の子に視線を向けた。そこに、少しでも「淋しさ」が見られれば、少し気も楽になると思った。


 だが、女の子の顔に浮かんでいるのは、ただ微笑みだけだった。


 少年は、また視線を逸らした。


「どうして、そんなことを聞くの?」


 声が、震えていた。少年は、これから女の子から聞く言葉が怖くて、耳を塞いでしまいたかった。


 だが、女の子は答えた。淡々とした口調で、その事実だけを答えた。


「私は、もう少しでいなくなっちゃうから」


 その声が、とても遠くで聞こえた気がした。


 少年は、しばらく女の子を見つめていた。まるで、その後に「なんてね」と言われるのを待っているかのような、懇願の視線だった。しかし、女の子は少年の目を見つめたまま、その後に何も言おうとはしなかった。


 少年は、ゆっくりと口を開いた。


「なん、で?」


 その声は、とても弱々しいものだった。初めて二人が出会ったときの、少年の声だった。


 女の子は、ふっと視線を逸らした。その視線の先には、花びらが舞う桜の木がある。


「桜の季節が、終わる」


 女の子は、静かな声で言った。


「そうしたら、私は行かなければならないの」

「どこに?」


 少年は、女の子の横顔を見つめたまま言った。


 女の子は、視線を少年に向けた。


 そして、女の子は笑顔を浮かべた。


「分からない」


 その笑顔は、とても儚くて、悲しげで、どうしようもなく切なかった。


「………」


 しばらく、沈黙が続いた。


 桜の花びらだけが時間の経過を教えてくれて、それ以外のものは全て静止していた。


 それほどまでに、その庭は静かだった。


 そして、


「ぼ、僕は……」


 少年は、僅かに視線を落として、ぐっと手を握り締めた。


「ぼ、僕は……!」


 そして、少年が意を決して顔を上げたとき、


 女の子は、桜の木の傍に立っていた。


「これまでの日々は、本当に楽しいものでした」


 女の子が、言った。しかし、その声は、とても遠くで聞こえた。少年と、女の子の距離は、数十メートルしかないのに、その距離がとても永いものに感じた。


「………だ」


 だから、少年の声は女の子には届かなかった。


「私は、もう行きます。ここで、あなたとはお別れです」


 女の子の姿が、とても輝いて見えた。桜舞う木の下で、女の子はとても綺麗だった。


「……いやだ」


 少年は、言葉を続けた。しかし、その声は女の子には届かない。


「あなたの元に来られて、私は幸せでした」


 女の子の元に、駆けて行きたかった。


 あの雨の日のように、何も考えず、ただ女の子を護りたい一心で、駆けて行ったあの日のように、駆けて行きたかった。


 だが、身体が動かなかった。


 頭は真っ白で、足も動いてくれない。


 少年は、ただ声を出すことしかできなかった。


「……いやだよ」

「私と別れても、あなたには幸せな日々が必ず待っています」


 その声は、どうしようもなく優しくて、


「だから、大丈夫」

 

 温かかった。


「でも……」


 しかし、突然女の子が顔を俯けた。


「また、来年、桜の季節になったら」


 そして、女の子は顔を上げた。


 女の子の頬には、涙が伝っていた。


「私のことを、想い出してほしいな……」


 それは、女の子の最後の願いだった。


 少年は、動けない身体の代わりに、目一杯の声で言った。


「絶対、忘れない」


 少年は、何度も続けた。


「きみのこと、僕は絶対に忘れないからね」


 その声に、涙が混じり始めた。


「絶対に、忘れないからね!」


 少年は、腕に力を込めた。


 身体は、嘘のように軽く持ち上がった。


「だから……!」


 そして、少年は立ち上がった。


 その時、



ーー 一陣の風が、庭を吹き抜けていった ――


 桜の花びらが、一斉に少年に降り頻ってきた。だが、少年は顔を背けることなく、女の子の姿を見続けていた。


 桜舞う中で、確かに少年は見た。


 女の子が、笑顔で手を振っていたのを。



「         ばいばい         」



 その言葉を残し、女の子は消えてしまった。


 その庭に残ったものは、桜の花びらだけであった。


 少年は、ふと手を伸ばした。そこに、一枚の花びらが舞い降りてきた。


「………」


 少年は、その花びらを優しくその手で包むと、踵を返して縁側を後にした。


 少年の足音が消えると、庭にはまた穏やかな静寂が訪れていた。



◇◇◇


 庭の桜の木は満開だった。


 風が吹くたびに、ふわりふわりと花びらが舞い落ちて、地面に降り積もっていく。


 その光景は、本当に綺麗だった。


「………」


 私は、マグカップを片手に縁側で座っていた。一口啜ると、温かいミルクが身体の内側をほっと温めてくれた。


 私は、目を閉じた。


 やはり、あの日の女の子の姿は想い出せなかった。


 想い出せるのは、今日と同じくらいに綺麗だった、桜の花びらだけだった。


 このまま寝てしまおうか。


 それは、とても良い考えな気がしてきた。たまには、こういったところで日向ぼっこというのも、気持ちの良いものだ。


 私は、マグカップを置くと、瞼を深く落とした。そうすると、自然と穏やかな睡魔が下りてきた。


 と、その時だった。



「        おはよう         」



 声を、聞いた気がした。


 それは、いつかどこかで聞いた声だった。


 私は、ハッと目を覚ました。そして、視線を自然と桜の木へと向けた。


「………」


 そこには、誰もいなかった。やはり、あるのは桜舞う一本の木だけだった。


 しかし、私は笑みを浮かべていた。そうして、また瞼を落として、力を抜いた。


 そして、私は眠った。


 ただ穏やかに、眠った。



◇◇◇


 それは、遠い昔の日々の出来事


 もうあの子のことはほとんど思い出せない


 思い出せるのは、ただ一つ、庭に咲いていた満開の桜のことだけだ


 あの女の子


 顔は思い出せない


 名前は知らない


 だけど、あの日々の記憶は、確かに私の中にある


 それだけが、確かな事実だ


 あの子が、一体何処から来たのか


 あの子は、一体何処に行ったのか


 それは、今となってはもう分からない


 だが、もう一度あの日々に戻れるのならば、きっと言おう


「僕は」

『私は』


「どうしようもなく、きみのことが好きでした」

『どうしようもなく、貴女のことが好きでした』


Fin.


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