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そばにいてくれてありがとう。  作者: けふまろ
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第四話 悩みと友達。

 日曜日。

 私は、図書館に出掛けた。

 ここには、沢山の本がある。

 子供向けの小説や、大人向けの推理小説、恋愛小説、ファンタジー小説や、ケータイ小説までずらり、と並んでいる。

 私は、ここの図書館が大好きだ。土日はよく本を読みに行く。

 最近読んでいるのは、推理小説のシリーズもの。

 シャーロックホームズとかそういう本格派、なものではないけど、現代を参考にした小説を読むのが、楽しみだった。全ての謎が解けた時のあの爽快感といったらない。


 私は、いつものように推理小説の並べられているコーナーへ向かった。

 その近くに、ドアがあって、そのドアの向こうには、屋外へ繋がる中庭らしき場所がある。植えられた大きな木の周りを囲むようにベンチが設置されていて、女の子達――よく見ると東さんとみくさんもいる――が、図書館にある占いの本を見て、笑っている。

「……友達、か」


 いいな。私は素直にそう思う。

 

 なにせ、私は学校で浮いているから、友達が今のところ一人もいなかった。

 私は、両親が交通事故で死んで、この学校に転校してきた。

 前の学校にいた友達は、皆、可愛くて優しくて、良い子達だったけど、ここの学校にいる子達は、なんか冷たそうだな。

 二年生ながらに、そこまで感じとれてしまった私は、以来、極力関わらないようにした。


 でもその行動が、裏目に出てしまった。

 四年の九月。

 社会科見学の、バスの席決めのとき。

 中々私のペアが決まらなかった。当然だ。

 その時のバスの席決めは、くじ引き制ではなく、挙手制だったからだ。

 男子は一人残らず順調に席決めしていったけど、私は挙手することすらも出来なくって、泣いてしまった。

 それを見た皆は「泣けば済む問題じゃないのよ」とか、「泣けばじゃあ交換するよって言ってもらえると思ったのかよ」と口々に悪口を言った。

 

 私は、辛くて辛くて。

 更に泣いてしまった。


 結局、担任の先生も困り果て、仕方なく担任の先生の隣に座ることになり。

 私が泣いて解決させようとした自己中、という話は、瞬く間に学年中に広まった。

 だから皆、私が話しかけると、曖昧に返事するし、私を避けてくる。

 初めのうちは、「何で避けるの」とベッドの中で泣いていたが、やがて平気になってきて、今では「しょうがないよね」の一言で片付けられるほどになっている。


 そんな風に成長した私でも、やっぱり、なんかちょっと、悔しいなって思うことはある。

 皆が楽しそうに、友達と遊んでいる姿を見ると、私だけが異質な感じがして、胸が苦しい。

 今だってそうだ。東さん達は、占いの本を見て、楽しそうにしているではないか。

 私も、あんな風になれたらいいのに。


 ため息をつく。


「あ、真城遥乃さん、ですよね?」

 

 後方から呼ばれて、思わず振り返る。

 私の名前をフルネームで言ってくるなんて、そうそうなかったから。いつもなら「真城」とか、「真城さん」とか、「遥乃」だったのに。


「は、はい……。って、え!?」


 図書館内だからあんまり大きな声は出せないけど、私は驚きで小さな悲鳴をこぼした。

 

 そこにいたのは、あの男の子だったから。


「……え、何で、ここに……」

「え? 何でここにって……、そりゃ、本が読みたくなったから」


 まぁ、それはそうなんだけど……。

 でも、偶然にしては、ちょっと……。


「まぁ、いいじゃん。出会いってことで。……そうだ、中庭で話そう?」



 中庭は、外の空気も取り込んでいるからか、暖かい。

 もう五月だというのに、暑い日が続いたり、と思ったら春の陽気が飛び込んできたり。

 結構バラつきがある。


 私とその男の子は、中庭のベンチに座った。と言っても、木を囲むようなベンチではなく、こじんまりとしたベンチだ。もし、木の周りのベンチに座ったら、東さんにここにいるということが分かってしまうから。


「……そういえば、貴方の名前は、何て言うんですか?」


 私は、隣に座っている男の子に尋ねた。

「ん? 僕?」

 男の子は、そう言って自分のことを指差した。

 そして、ちょっと微笑んで、言った。


平野晴樹(ひらのはるき)。東麻呂市立第二小学校の六年だよ」


 平野晴樹。

 すっごく良い名前だ。

 しかも同年代。


「……あのさ」


 私は思わず尋ねてみた。

 先日会った時、スーツを着ていたことについてだ。

「何であの時、スーツを着てたの?」

 一瞬、平野君はきょとんとしていたが、「あ、あぁ、あの時の話ね……」と話し始めた。


「実は、その日が、クラスメートの、お通夜だったから……」


「え?」


 私は、一瞬、戸惑った。

 クラスメートのお通夜? お通夜って、クラスメートの誰かが死んだの?


 私の心の騒ぎを見透かしたように、平野君は言う。


「ほら、知らないっけ? ……第二小学校で、女の子が自殺した話」

「あ……」


 私は、思い出した。

 確か、ニュースにもなったはずだ。

 

「東麻呂市立第二小学校の六年女子児童が自殺」というニュースを見て、自分の街でこんなことが……。と驚愕したのを覚えている。


「お通夜でめちゃめちゃ泣いている子がいてさ。……男の子なんだけどね。なんか、自殺しちゃった子の日記読んでたら、急に泣き出しちゃって。……両想いだったっぽいよ。年上なんだけどね」

「へぇ……」

 

 急に、その場がしんみりとした感じになる。

 重い空気になったのを悟ったのか、平野君は、「あ、そういえばさ……」と急に話題を変えてきた。


「……僕のクラスの男子が、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と一緒に蘇我入鹿(そがのいるか)を倒した中臣鎌足(なかとみのかまたり)を、なんて言ってるか知ってる?」

 

 私は首を横に振る。


「生ゴミの塊って言ってんだよ」


「ふふふっ……」


 思わず笑ってしまう。

 生ゴミの塊だなんて、中臣鎌足も不憫なものだ。

「中臣鎌足さんも、可哀想なものですね」

「まぁ、天国に行ったら謝っておくんだね」

「天国なんて、あるかどうかすらも分からないですけどね」

 だよなぁ、と笑う平野君。


「……そういえば、真城さん、悩みごとある?」

「へ?」


 何を言い出すんだろう、この人は。

 いきなり、私が悩んでいることを見抜くなんて。

「……ありますけど、でも、情報知らない人に、そんな、悩みごとを持ちかけるなんて、迷惑で、失礼じゃないですか!!」

 どんどん体が熱くなる。辺りをきょろきょろと見渡す。人前で発表するときに緊張して周りの様子を窺ってしまう時の、癖だった。

 頬が赤くなっているのだろうか、私は。


「……駄目? 僕、結構悩み相談されるんだけど」

「だ、駄目って、そ、そうですよ! 悩み相談されるからって、名前と学校しか知らないのに、相談するなんて」

 私は一歩後ずさる。

 もしかして、平野君、チャラい?


「……あのさ」

 

 平野君は、いきなり私に問いかけた。

「え?」


「この前、初めて会った時、……何で河原で遊ぶ子供達を、寂しそうな目で見てたの?」

 え……?


 何で、そのことを知っているの?

「……っていうか、見てたの?」

 平野君は、頷いた。


「……もしかしたら、何か、悩んでいるのかなって。……こんな風になりたいなって、そんな顔してたから」


 この人は、もしかして、心が読めるのだろうか。

 そんな突飛なことを思ってしまうぐらいに、平野君は、私の心を見透かしていた。


 私は気がつくと、コクコク、と首を縦に振っていた。

「……そうなんだね。やっぱり」


 平野君は、ちょっと笑った。

「真城さんって、最初は大人っぽいって思ったけど、実は、結構子供っぽかったりする?」


 何で分かってしまうんだろう。

「こ、子供っぽいって、言われても、子供だし……」

「あはは、そうやって自分の立場を利用するなんて、悪知恵の働いた子供だねぇ」

 意地悪してるでしょっ! と思って、平野君をちょっと睨む。

「はは、冗談だよ。睨まないで」

 よく言うよ。

 でも。


「気がついてくれて、ありがとう。……学校じゃ、気がついても誰も話しかけてくれないんだもん……」

 

 私は、平野君にお礼をした。

 だって、初対面状態の男の子に、悩みがあるかだなんて聞かれたのは初めてだったから。


「……やっぱ、悩みあんだね……」


 平野君は、続けて、「悩みって、何?」と話しかけた。

「あのね」



 それから、私は、全部を話した。

 学校で浮いていること。きっかけのこと。

 全部、話した。


 

「ふぅん、そうなんだね……」

 話を聞き終わるが否や、平野君は、ベンチから立ち上がった。

「……もうそろそろ、やらなきゃいけないことがあるんだ。……帰るね」

 そんなことを言いながら。


「……あ、じゃあ、バイバイ」


 私は、手を振る。


 っていうか、何で私、悩みごと話してるんだ?

 まるで詐欺に引っ掛かってしまった人のようだ。

 って、言い方が酷いけど……。


「うん。じゃあね」


 そう言った瞬間。



「あ、晴樹君!」


 愛らしい声がした。

 と同時に。


 木の周りのベンチから、女の子が立ち上がった。


 東衣織さんだ。


「こんな所で会うなんて珍しいねぇ。……勉強?」

 平野君は、東さんを見つめる。その目が、一瞬鋭く光った。


「……まぁ、勉強ってところかな」

「やっぱり、私と同じ塾に通ってても、頭の良さが全然違うね~」

 東さんは、ちょっと声のトーンを上げて、平野君と手を繋いだ。

 塾が一緒。だから、友達っぽいのか。


 でも、東さんは、平野君を友達と思っていなさそうな……。


「やっぱ晴樹君はイケメンだねぇ」

 東さんは、にこにこ笑っている。いつものしっかり者の優等生とは大違いだ。


 やっぱり、好きなのかな……。


「……そう言ってもらえて、嬉しいな。でも全然僕、イケメンじゃないし」

「またまたぁ。そんな奥ゆかしいところも、うちのクラスの馬鹿な男子とは大違い!」

 東さんは、にこやかに笑うと、するっと腕を絡ませた。

「私、晴樹君のこと、ずっとカッコイイって思ってたんだ」

 東さんは、平野君に笑いかける。えくぼが可愛い。

 平野君は、一瞬頬を赤らめて、「あ、ありがとう」と俯いた。


「じゃあ、僕もうそろそろ帰らなきゃいけないから!」


 平野君は、笑って中庭から出た。

 その目がちょっと私を見ていた気がしたのは、気のせいかな……?


 まぁいいや。

 私も帰ろう。


 そう思って、中庭から本館へ通じる扉を開けようとした。

 

 その時、誰かに肩を掴まれた。

「!?」


 振り返ると、東さんがいた。

 形の良い顔を少し引きつらせた笑みをしている。学校ではこういう姿を見たことがない。

 怒っている……のだろうか。


「……ねぇ、真城さん」

「はい……?」


 思わず首を捻ってしまう。

「はいじゃなくて。……あのさ、晴樹君とどういう関係なの?」

 

 そこ?

「……え、えっと、つい最近仲良くなったというか……。何ていうか……」


 曖昧な返事をしていると、東さんの顔がどんどん曇っていく。

 多分怒っている……。いや、もう絶対怒ってる……。

 私と平野君の関係を誤解しているのかな。


 返事を返すのに困っていると、東さんと一緒に本を見ていたみくさんやその他の女の子達が、「衣織ー? どしたのー?」と近寄ってくる。


 どうしよう、どうしよう。と悩んでいると、頭の中に、一つのキーワードが転がり込んできた。


「友達……。そうそう、友達! 私、平野君とつい最近知り合って、友達になった……っていうか……」


 せっかく自信のあるキーワードが出てきたというのに、また曖昧な返事になってしまう。

 

「へぇ、なるほど。そっか、友達かぁ」

 だが東さんは、そんなことお構いなしに、頷いた。

 どうやら、怒られずにすんだようだ。


「じゃあ恋人同士とか、そんなんじゃないのね。あぁ、よかった」

「こ、恋人同士なんて! いや、めっそうも!」


 恋人、なんて言われてしまい、特に見覚えがなくても動揺してしまう。

 また怪しまれるかと思いきや、東さんは頬を赤らめた。


 あ、これってもしかして、女子特有の、ああいう雰囲気?


「実は私ね、晴樹君のことが好きなの」


 あぁ、やっぱり。

 いや、東さんが晴樹君のことを好きっていうのはさっきの雰囲気でまぁまぁ知っていたんだけど、何て言うか、予想通りにそういうムードになってしまって、なんか微妙というか……。


「だから、真城さんが彼の恋人になってしまったのかなって思って。ちょっと悔しくって……」

「なんだ。……別に友達だよ? 恋人同士とか、そんなの、なってくれそうにもないって」


 急に安心して、私は言った。

「東さんは可愛いから、きっと両想いになれるよ。頑張って」

 そして、東さんの手を掴む。白い手が、ほんのりと暖かくて、やっぱり可愛い。

 ほら、こんなに美人で白いんだから絶対モテるよ。

 だって、私が知っている中で、東さんに片思いしている男子は五人ぐらいいたはずだから。


「……ありがとう、真城さん」

「え?」


 東さんは、私を見て、クスッと笑った。

「真城さんって、いっつもクラスの誰ともつるまない一匹狼って感じだったんだもん。四年の頃嫌なことがあって以来、周りと関わっていないって、私も話は聞いていたんだ。

 でも真城さん、話してみたらすっごく気さくで優しい人だった。何で友達が出来ないんだろうって、不思議なくらい。


 ねぇ、私達、友達にならない?」


「!!」

 

 純粋に嬉しかった。

 東さんは、こんな私のことを、気さくで優しいと言ってくれたのだ。

 自分勝手で、周囲から浮いている私を。


「……うん。ありがとう」


 私は頷いた。


「良かった。ありがとう! 結構馬鹿な私だけど、よろしくね、遥乃ちゃん!」


 東さんは、私を、遥乃ちゃんって呼んでくれた。

 だったら、私も。



「こちらこそよろしく! 衣織ちゃん!」


 こうして、私の友達第一号は、優しくて可愛い、東衣織ちゃんになったのだった。

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